今日は夕焼けの草原の姫君の誕生日らしい。メディアにもほとんど出たことがなく国民でも顔を知らない謎に包まれているプリンセスだ。そんな謎のプリセスの取材を引き受けたヴィルは少し緊張しながら王宮へ向かった。ヴィルは王宮の一室に案内された。そこには既にファレナ国王がいた。辺りを見回しても
「殿下、お会いできて光栄です。私ヴィル・シェーンハイトと申します。」
辺りを見るとファレナ殿下しかいなかった。
「今日はありがとう、さぁ、席に着いてくれ、妹はもう少しで来るだろう、」
ヴィルは落ち着かない様子で座った。緊張しながら待っているとドアが開いた。
「遅くなり申し訳ございません」
プリンセスは褐色の肌に光るエメラルドグリーンの瞳、右目には大きな傷をつけていた。猫っ毛の髪を高い位置に1つに束ね、黄色いワンビースを身にまとっていた。ヴィルは目を見開いて硬直してしまった。どこからどう見てもレオナだったのだ。レオナの方もただヴィルを見つめて黙って目を見開いていた。数秒間2人は見つめあっていた。ヴィルはありえない、どうしてここに?と聞こうと口を開こうとした。
「帰れ」
ヴィルの言葉より先に発せられたのはレオナのその言葉だった。
「は?」
「今なら忘却魔法だけで済ませてやる。まだ長居するってなら、この城ごと砂に変えてやる!」
レオナはまっすぐヴィルを睨みつけていた。砂にするそういったレオナの言葉に召使い達が凍りついて怯えていた。ファレナ殿下もだ。見れば全員手袋をしていてもしかするとレオナに直接触れないためなのかもしれない。呆れた、実の兄弟を怯えるだなんて、
「あんた、世界トップクラスのモデルに傷をつけようですって?ふざけないでちょうだい、」
撮影スタッフたちはヴィルの怒っている姿を見たことがなかったので全員凍りついた。学園ではいつもどうりの馬鹿みたいな喧嘩だ。だが、ここではそうはいかないのだ。
「ハッ、それはいいな、てめぇの顔面ズタボロにしてやるよ、」
そう言ってレオナはヴィルに近づいて胸ぐらを掴んだ。レオナの顔が30cmもないほどに近づいた。相変わらず綺麗な瞳をしている。ヴィルはじっと見つめていた。
「、、あんた、まさかすっぴんとか言わないわね?」
「あぁ?だったらなんだよ!」
王宮の人はレオナに指1本触れようとしないのか?普通はお付のものがしてくれるだろうと思った。
「俺は嫌われ者だからな、」
自嘲する言い方に腹が立った。この王宮にもだ。ヴィルは胸ぐらを掴むレオナの腕を乱暴につかみあげた。
「ほんっとありえない!あたしだって嫌いよ!あんたなんか!」
ヴィルはそう言ってレオナをソファに突き飛ばした。レオナはグルルルっと唸りながら下から睨みあげていた。ヴィルは手早くカバンからコスメポーチを取りだしてレオナの頬に触れた。
「じっとしてて、」
10分ほどでレオナのメイクを完成させた。その頃にはレオナの機嫌は先程よりかはマシになっていた。
「お前、ほんと好きだよな、俺の顔、」
「あら?気づいてたの?」
「お前、俺のメイクだけはなんだかんだ言ってしてくれるし、いやでも気づくわ、」
ヴィルはもう一度レオナの頬に触れた。優しく、宝物を確かめるように、
「素敵ね、」
驚くほどの甘い声だった。アタシは今どんな顔をしているのだろうか。レオナは少し頬を赤らめてそっぽを向いた。
「俺は!取材受けるとか言ってねぇ!帰れっていてんの!」
そう言いながらもレオナの耳は機嫌よくピルピルと動いていた。自覚がないのだろうが嬉しい時や機嫌のいい時は耳がよく動くのだ。
「もぉ!そんなこと言わないでするわよ!カメラ回ってる時に足広げたりしないでね、あんたほんとしそう」
「なに?もしかしてそういう振り?俺のスカートの中でも見てぇのか?」
レオナはからかうようにケラケラと笑っていた。
「暴力の次は性的暴行ですか?世界トップクラスモデルさんは、」
レオナは足を組んで上機嫌だった。短いスカートの中からチラリと生脚が覗いていた。
「ちょっと、はしたないわ!あんたのせいで20分も押してるの!ごめんなさい!もう大丈夫よカメラ回してください。」
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取材が終わってマネージャーから少し怒られた。まぁ当たり前だ。夕焼けの草原のプリンセスに手を出してしまっているのだ。ファレナ殿下はこちらも非があると謝ってくれていたが当の本人はどこにも見当たらなかった。 その後、夕焼けの草原の街の取材に当たることになっているのだ。本来ならプリンセスも一緒にと誘う予定だったがおそらくそれは無いだろう。少し残念な気持ちではあった。
「ヴィル、」
後ろから声をかけられて振り返るとそこにはレオナがいた。
「なによ」
レオナは俯きながら
「おまえ、この後何してる?」
と尋ねてきた。ヴィルは少し驚いた。レオナからそんなことを聞いてくるとは想像もしていなかったのだ。
「この後は街の散策に出かけてるわ、レオナも一緒にどう?」
レオナは少し考えながら言った。
「まぁ、王宮にいるよりはマシだな、」
レオナは少し辛そうに笑った。あんたの、そういう所が大っ嫌いなの。アタシは美しいものは好き。だけど、どんなに美しいものでもあんたにそういう顔をするやつ全て潰してやりたい。
「レオナ、好きよ、」
思わず口に出してしまった言葉にヴィルは驚いた。
「は?」
レオナはしばらく硬直してやっと言葉の意味が理解出来たのだろうかゆっくりと口を開いた。
「何、?ドッキリだろ?あーそういう?嫌がらせ?ほんとたち悪ぃな、おまえ、」
好かれることに慣れていないレオナはそう、自分を守るように行っていた。レオナは大粒の涙を流していた。ヴィルはそっとその背中を抱きしめた。
「違うわ、本気よ、あたし、あんたのことがどうしようもなく好きなの。」
レオナは突き放すことなくただヴィルの腕の中で泣いていた。そして、ひときしり泣いたあとヴィルに言った。
「嫌いになったらすぐ言えよ、好きじゃねぇのにその振りされるのがいちばん辛い、」
ヴィルはレオナの目尻に溜まった涙をそっと親指で拭った。
「ふふっ酷い顔ね、レオナ、安心しなさいあたしがあんたを嫌うわけないでしょう?」
夕日が差し込む窓辺でレオナに口付けを落とした。