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    okri_ameba

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    okri_ameba

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    バレ深さん二次創作です
    柚希さん宅バレンティンさん深鈴さんお借りしています。許可ありがとうございます!

    溽暑の熾 夏の暮。外気はまだ生温くじっとりと重さを運んでいる。町はずれの安アパートは都会の喧騒からは遠く、蝉たちが賑やかに生を謳歌していた。
     西日が傾いてきたので畳の上に寝転がした深鈴を移動させ、扇風機の向きも調整した。
    汗をかいているな。と首筋に伝う雫を眺め、一枚だけまとっていた肌着をめくりあげて脱がしていく。首まではつかえるものがないから素直に脱がせられたが頭を通そうとしてそこで目があった。
    「なんだ。まだ足りないのか?」
     挑発的な物言いをしてくるくせに、目はかつてのような輝きはなく暗く沈んでいる。けれど僕はそれでも見捨てたりはしない。
    「そんなわけないだろ」
     さっさと残りをはぎ取り視線をそらした。用意していた濡れタオルで深鈴の体を拭いていった。腹にも背にも傷痕が残っている。四肢はわずかに付け根を残しその先は失われていた。それでもまだ体だけは残っている。五体のほとんどを失ってなお欠けない何かがこの男を生かしていた。それを僕はこれ以上、少しもこぼしたくない一心で体をぬぐった。
     
     香賀深鈴は軍人だった。先の戦争で一次侵攻の際には右脚を失いながらも最前線で一人生き残り、戦果を上げた功績を讃えられ一足飛びに昇進を続けていった。そして二次侵攻の際に拠点の爆発に巻き込まれながらもまた生き延び、英雄として世間に受け入れられたのだった。
     あいつとは士官学校からの付き合いで、軍に入ってからもあちらが先に進んでいくまでは同じ所属で切磋琢磨していたから、悲劇の英雄として祭り上げられる様に僕は苛立ちをつのらせていた。
     戦場での深鈴はここが舞台の中心だと言わんばかりの戦いぶりで、苛烈で、目にしたもの全てを射殺さんばかりのその視線のぎらつきは今でも僕の脳裏に焼きついている。あれは火の玉だ。太陽だ。その輝きは人を惑わせるに充分だったが近づき過ぎれば燃え尽きるのはきっとこちらなのだ。

    「夕飯にしよう。今日は味噌カツ買ってきたから」
     ちゃぶ台に飯や箸を並べながら声をかけ、深鈴を低めの椅子に座らせてやった。
     好物を買ってきてももう反応は無かった。全てに対して興味関心を無くしてしまったようだが、それでも飯の量は食べるのでこの時間が好きだった。生きている感じがして。
    「髪結べ」
     言われるがまま長く伸びた髪を結んでクリップでまとめた。どうせ僕が食べさせてあげるし、後ろ髪なんて食べるときの邪魔にならないだろうし、寝るときには邪魔になるからすぐにほどくのもわかっていたけれど。
     深鈴が僕を頼ってくるなんてそれだけで優越感に浸ってしまうが、同時にあの自由でこちらのことなんか顧みずに先へ進む灼熱を、ここでただ燻らせていることにひどく腹の腑がむかむかとしてくるのだった。
     
     夜。横でぐったりとしながら眠っている深鈴をみて、どうしようもなく悲しくそして虚しくなってさめざめと泣いた。この男の四肢が戻らぬことへの悔しさと、四肢が戻らぬことへの安堵感が胸の中でのたうち回っていた。
     あの時、病室でつまらなそうな顔をしているから連れてきたというのに、変わらぬ日々に焦る気持ちもあった。けれども、このちんけなアパートの一室には頼れるのは僕しかいないのだ。その仄暗い自信だけが僕を支えていた。
     薄くなった掛け布団を引き寄せ、首筋にのこる爪痕がわりの噛み痕を指でなぞりながら眠りについた。

    明け方、まだ部屋に光もろくに差さない頃、ドンと何かが倒れる音がした。眠い目をこすりながらもしかしたら深鈴が水でも飲もうとしているのかと考えた。もともとの身体能力が高かったこともあり、深鈴は何かと自分で動こうとする所がある。それも僕の見ていないところで。ここにある食器類は深鈴が扱いにくいものしかないのだから夜でも起こせば面倒をみると言っているのに頑なにそうしようとはしなかった。
     やれやれと布団から出て様子を見に行くと、予想とは違い玄関前で深鈴は倒れていた。おおかたドアノブに手(といっても拳一つ分ほどもない突起だが)を伸ばそうとして自分の髪を踏み倒れたのだろう。
    「どうしたの」
     声をかける。別に、とでも返ってきてまたいつもの日常を始めるのだと思って。
    「もう飽きた。だから帰る」
     ガンと頭を殴られたような衝撃が走った。飽きた?帰る?その意味が脳髄まで届かない。
    「なに、言ってるんだよ」
    「ヴァル?」
     そんなことは許さない。全身を埋め尽くした感情は怒りだった。拳に伝わる感触で自分が殴っていることに気づいた。なんで、どうして。僕はこんなにも尽くしているじゃないか。お願いだからここから逃げようだなんてしないでくれ。
    「はあっはあっ……は」
     額から流れ落ちる汗を手の甲で拭った。汗よりも粘性のある感触が広がっただけだった。
     目の前に転がる汚れた男を見て、何でこんな姿にと悔やみながら水場へ運んだ。

    ユニットバスというには貧相な浴室は上部に固定されたシャワーと、人が一人立って水を浴びられるスペースに水受けに毛の生えたような浅い浴槽があった。シャワールームといった様相だったがこの小ささがかえって深鈴を湯につからせようとするにはちょうど良く、常ではないが湯を張ってやる日もあった。
    浴槽内に深鈴をもたれかけさせ、シャワーのコックを捻り、ぬるま湯で血を洗い流していった。
    謝罪をうわ言のように唱えながら汚れを落とし終わり、流れていく湯がきれいなものだけになるのをみて栓をした。静かにお湯が満ちていくのを眺めてようやく心が落ち着きそうだ。と、その時、深鈴が口を開いた。
    「なあ、いい加減現実見ろよ」
    「何言ってるんだよ」
     たまにこういう事を言ってくるのだ。でもこちらがしっかりと受け応えてやると満足するのかそれ以上は聞いてきたことはない。
    「お前が病院から連れ出して欲しそうだからそうしてやったろ。飯もお前が好きなやつ出したし、世話も嫌ならお前はっきりいうだろ。何が不満なんだ」
    俯きがちだった深鈴が顔を上げこちらを見てくる。
    「よく聞け」
     威圧感はなく落ち着いた調子だったにも関わらず僕の体は張り詰めていた。いつもとはもう違うということをこの一言で知らせてくる。
    「病院から連れ出して欲しいなんて一言も言っていないよな? お前がそう思っただけで。急に連れ出して何かと思ったらただ何をするでもなく過ごすだけだ。飯だってお前俺の好物どれだけ知ってんの? 飯の内容自体いい加減飽きたっての。俺は別にここからいつでも帰れるし誰でも世話をしてくれる。世話したいって言う割には俺には使えない食器や家具のまま生活させるしよ。髪を伸ばしているのは動く時に引っかかって転びやすくするためだろ?本当にそういう所はさかしいよな」
    「……うるさい!」
    うるさいうるさいうるさい。そんなことは知らない。そんなこと……全部わかっていた。わかっていてやっていた。いや食事の好みはあれでいいと思っていたけれど、僕だけが必要になるように仕向けようとしたのは事実だった。
    「あああああ!!」
     深鈴の腰を引きお湯に沈ませた。黒髪がたゆたい顔を覆っていく。その隙間からこちらを見てくる深鈴の目はあの時のようにぎらついていて綺麗だった。このまま何も言わずにこちらだけ見てくれればいいのに。そう思いながら未練がましくも深鈴の体を湯船から引き揚げた。
     深鈴がぜえぜえと少しばかり息を荒げて咳き込んだ。濡れた髪が邪魔なのか首を振るので、張り付いた髪をそっとよけてやった。
    「……お前、俺が生きてるからこんなことできるけど死んだらその後どうするつもりなんだ?」
    「お前は死なないだろ! いつだって絶対生還する英雄様なんだから。死なない…僕がやることでなんか死ぬ訳がないんだ」
    「死ぬよ。俺もお前と同じ人間だからな」
     そう言って深鈴は呆れたようにため息をついた。僕が、まるで何もわかってないみたいに。
     そんな事言われたってわからないよ。お前と僕はこんなにも違っていて、どれだけ優位に立ったと思ってもお前はいつの間にか僕の上にいるんだ。そんな事、わかっているくせに。そう思ってもそんな事を言えば余計機嫌を悪くするのは流石にわかる。
     だから考えた。深鈴が死んでしまったらどうするか。どうしようか? 信じられないことが起きてしまったら……それは死にたくなるだろうか。
    「し、心中する」
    「どうせ死ねないだろ」深鈴がにたりと歯茎をあらわに笑って見せる。
    「可哀そうだからお前の喉笛を噛みちぎってやろうか」
     ちらりと除く犬歯は鋭く、確かに躊躇なく深鈴はやり遂げるだろう。
    結局この男から貰えるのは憐れみなのかもしれない。死ぬのは怖くて嫌だけれど、あの灼ける眼がこちらを見ているのだから殺してくれと頼んでみるのもいいかもしれない。もうこれ以上いい考えが浮かばないんだ。
    「頼む……僕を」
    「本当に、お前は自分の事ばっかだな」
     ひどく胸がすうすうとした。最後の最後まで待っていてくれた何かを僕は無くしてしまったことを感じた。注がれた視線が痛く眼を逸らした。壁にかかっていた鏡が自分の顔を映してくる。久々に自分の顔を見たな。誰だこの顔は。目が淀んでいたのは僕自身だった。
    「お前のために罪人になるつもりなんか無えよ」
     その言葉に、もう自分が出来ることなど何もないのだと知らされ、どうすればいいのかわからず、ただただ嗚咽が漏れていった。
     狭い浴室に汚い反響が積み重なっていくのだった。


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    okri_ameba

    DONEバレ深さん二次創作です
    柚希さん宅バレンティンさん深鈴さんお借りしています。許可ありがとうございます!
    溽暑の熾 夏の暮。外気はまだ生温くじっとりと重さを運んでいる。町はずれの安アパートは都会の喧騒からは遠く、蝉たちが賑やかに生を謳歌していた。
     西日が傾いてきたので畳の上に寝転がした深鈴を移動させ、扇風機の向きも調整した。
    汗をかいているな。と首筋に伝う雫を眺め、一枚だけまとっていた肌着をめくりあげて脱がしていく。首まではつかえるものがないから素直に脱がせられたが頭を通そうとしてそこで目があった。
    「なんだ。まだ足りないのか?」
     挑発的な物言いをしてくるくせに、目はかつてのような輝きはなく暗く沈んでいる。けれど僕はそれでも見捨てたりはしない。
    「そんなわけないだろ」
     さっさと残りをはぎ取り視線をそらした。用意していた濡れタオルで深鈴の体を拭いていった。腹にも背にも傷痕が残っている。四肢はわずかに付け根を残しその先は失われていた。それでもまだ体だけは残っている。五体のほとんどを失ってなお欠けない何かがこの男を生かしていた。それを僕はこれ以上、少しもこぼしたくない一心で体をぬぐった。
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