ーGiliaー夜風に乗って煙草の煙が流れていく。
ビュービューと風が吹く20階建てのビルの屋上のフェンスを跨ぎそれにもたれるようにして座り込んで眼下を眺める。
行き交う車や人を見下ろしながら、煙草を吸い込む。
(皆なんのために生きてんだろうなぁ………)
仕事終わりのサラリーマン、子供を連れた主婦、仲良く話しながら集団で並んで歩く学生……
どれも俺にはショーウィンドウに並べられた流行を身に纏ったマネキンのように見えた。
それぞれ一個人としてではく、誰もが同じように見える。
当たり前の幸せ。
それを手にしていながら、ごく当然かのような顔をして歩いている。
どいつもこいつもハリボテの人形だ………
世の中の当たり前という綺麗な見せかけを着飾ってその腹の内ではど汚い本心を抱いて歩いている。
例えそれが身近な人間であろうと……
『どっちもはだめよ─────』
母親の声が頭に木霊する。
(うるせぇ………)
母親に刷り込まれた、白か黒か、どっちかしか選べないという洗脳。
それが俺を今でも苦しめる。
善か悪、か。
好きか嫌い、か。
敵か味方、か。
生か死、か。
母親に幼少期に植え付けられた呪縛が今でも俺を縛り付けてくる。
『お母さんの味方?─────』
(うるせぇ、うるせぇ…うるせぇ……!!)
過去の母親の残像にイラつき後ろのフェンスを殴る。
指に挟んだ煙草はすでに根本まで燃えてしまった。
舌打ちをしてそれを揉み消す。
アリの様に規則的に日常を送る眼下の人間を見下ろす。
(当たり前ってなんだ。知らねーよそんなん…………)
なのに、周りは俺に当たり前になることを押し付けてくる。
母親も歪んでしまった俺に当たり前になることを望んでくる。
『何が味方だよ……テメェがかわいいだけだろうが』
父親の暴力から俺を助けもしなかった癖に、自分の味方かと聞いてくる母親の顔が脳裏に今でも焼き付いている。
その母親が今日家に久しぶりに帰ってきやがった。
大嫌いな母親と一緒の空間にいることが耐えきれなくてケッチを走らせここにやって来た。
数少ない俺だけの居場所だ。
まさかこんな所に人がいるなんて誰も思いもしねぇだろ。
ここに居れば誰も俺に気付かねぇ。
ここに居れば、世の中の鬱陶しいしがらみから逃れられる。
(つってもそれも一瞬だけどな………)
いっそここから飛び降りてしまえば俺は楽になれるだろうか………
そんなことを何度も考えた。
でも、まるで俺を苦しめ続けるアイツらのせいで死んでいくようで悔しくていつも寸でで立ち止まる。
それさえも、お前はそんなこともできないのかと言われてるような気がして苛立ちがこみ上げる。
(くそが………)
目を瞑り、気持ちを落ち着かせるように深く息を吸いアイツの顔を思い浮かべる。
アイツの手を握って、死んでしまおうかと誘った俺に、アイツは悲しいからやめろと言ってきた。
偽善だけのどこかのドラマで聞いたような陳腐なセリフだと思った。
でも、そう言った時のアイツの目は今にも泣きそうに目の縁が赤くなって、俺を責めるように真っ直ぐ俺を見つめてきた。
なんでそんな目で見るのかわからなかった。だからアイツに聞いた。
そしたらアイツは俺が自分の目の前から消えちまうのが悲しいと泣きながら抱き着いてきた。その時のアイツは震えていた。
俺はまだ死んでもいねぇのに。
こいつは俺が死んだらここまで、否、これ以上に悲しんでくれるのかと思ったらなんかちょっと嬉しかった。
俺はまだ必要とされている………
俺にまだ早まるなと縋ってくるアイツは俺の事を抱き締める力を強めてきた。
まるで俺を離さないとでも言っているみてぇだった。
俺にまだ生きてて欲しいのかと聞いたらアイツは涙でぐしゃぐしゃになった顔で当たり前だと笑っていた。
『だから、俺と一緒に生きよう。』
アイツはそうやって俺に言ってくれた。
ずっと俺は独りだと思っていた。
独りで生きて、独りで死ぬ。
誰も俺を気にしない。
でも俺が何か面倒を起こすとそんな時だけ俺を邪険にし、お前は狂っている。まともになれと鬱陶しく俺に執着してくる。
俺の周りにはそんな奴しかいなかった。
だからアイツがそうやって俺に生きろと執着してきた時、こんな執着の仕方もあるのかと思い知った。
だから、俺はまだ死ねない。
アイツが俺に生きろと執着してくる限り、俺はアイツに生かされ続ける。
アイツの顔を思い浮かべていたら自然と気持ちも落ち着いてきた。
(会いてーな………)
アイツは辛くなったらいつでも俺を呼べと俺に指切りで約束させた。
そんな子供じみた約束の仕方でもアイツは絶対守れと俺が約束を破らないように目で脅してきた。
そんな必死なアイツが可愛くてわかったよと笑って返事をした。
『いつでも飛んで行くから』
アイツはそう言って俺に約束してくれた。
♪─────
だから、アイツに電話を掛ける。
俺からの着信に3コール目で出たアイツに思わず広角が上がってしまう。
アイツは約束通り、俺が電話を掛けるとすぐ俺の所に行けるようにいつも俺からの着信にすぐ出てくれる。
『───今から会えねぇ?』
電話に出たアイツがすぐ行くと言うから、いつものとこと俺の居場所を教える。
何度かこうして俺に呼び出されてここに来たことがあるアイツがわかったと言って電話を切った。
もうここは俺だけの居場所じゃない。
誰も知らない訳じゃない。
俺とアイツだけが知っている、俺達だけの居場所だ。
アイツに初めてこの場所を教えたとき、ここからの景色が綺麗だと言った。
そんなこと気にしたこともなかった。
ずっと、アリの様に規則的に行き交うハリボテの人形のような人間ばかり見ていたから。
こんな綺麗なのに見ないと勿体無いとアイツは俺に笑ってきた。
何度もここに来ていたのに、今までも気にも止めなかった、ここからの景色をアイツと初めて眺めた。
キラキラと街の明かりが輝いて、ありきたりな日常の一部なのにどこか非現実的で、俺達だけ世の中の喧騒から抜け出してそれを眺めているみたいだった。
綺麗だなとアイツの言った言葉に同意する。
そしたらアイツは俺だけ独り占めしてずるいと拗ねてきた。
それからはたまにアイツも誘って、ここにただ夜景を見に来たりもするようになった。
ただ世の中の鬱陶しいしがらみから逃げる為だけの居場所が、俺達のお気に入りの居場所へと変わった。
それもアイツがいる時だけ、だけど。
俺一人で見ていたってただいつもと同じ景色にしか感じない。
(早く来ねぇかな………)
アイツが来る前にフェンスの内側に戻る。
俺に死ぬなと言うアイツは、俺がその境界線を超えて外側に立っているのを見るとこっちに来いと怒ってくる。
アイツが怒ると機嫌を治すまでかなり面倒だ。
だから、アイツが悲しんで怒らないように、アイツの為にちゃんとこっちに戻ってアイツを待つ。
『────、』
フェンスに両肘を乗せて待っていた俺の背後からアイツが俺の名前を呼んでくる。
『おせーよ、待ちくたびれたー』
アイツの方に振り向いて、駆け寄って甘えるように抱き締める。
『汗かいてんじゃん』
『急いで来たんだよ………』
俺の呼び出しに、息を切らして駆け付けてくれたコイツが可愛くて更に抱き締めると、汗臭いから離れろと俺を離そうとする。
汗の匂いなど気にならない。
むしろコイツが俺の為に、いつでも飛んでいくと約束した通り、必死に来てくれることが嬉しくて堪らない。
だからコイツの汗の匂いを胸いっぱいに吸うようにしてコイツの首に顔を埋める。
『あーもう、ったく…………』
何を言っても無駄だと悟ったのか、ため息を付いて俺の好きなようにさせてくれる。
だからその首に吸い付いて跡を残す。
『またそんな見えるとこに付けて………』
コイツはそんな俺の独占欲も仕方ないなと笑って俺の気が済むまで好きにさせてくれる。
コイツが俺のモノである証がくっきりと赤くそこに残っている。
死んだらコイツともこんな事出来ない……
今まで、俺に絡み付いてくる鬱陶しいものから散々逃げ続けてきたが、コイツが俺から離れていくのだけは許せない。
最近ますますコイツへの独占欲が強くなってきた。
俺が死んだら、コイツに近寄る奴を排除できない。
俺の好きにさせ、甘やかしてくれて、たまに怒ってくれて、俺の為に泣いてくれる………
それも俺が死んじまったら、俺に今こうしているように他の奴にも同じ事をするのか?
(誰にもやらねぇ……コイツは俺だけのモンだ………)
想像しただけでも虫唾が走る。
コイツは、俺を見つけてくれた唯一の奴だ。
そんなコイツを俺もやっと見つけた…………
(誰にも渡さねぇ……………)
死んで誰かにコイツを奪われるくらいなら、死ぬまでコイツの側にいる。
そんな惜しい事ぜってぇするもんか。
だから俺はコイツが死ぬまで絶対に死なない。
コイツが死ぬ時が、俺の死ぬ時だ。
俺と一緒に生きろと言ったコイツの言葉通り、俺はコイツが死ぬまで、コイツと生き続けると心に誓った─────
終わり
あとがき的な↓
あのシーンまじでめちゃくちゃ好きなんですよ何度見返した事か……
あそこのシーンに一虎の脆さとか儚さとか詰まってる気がする……
目を離したら目の前から消えてしまいそうな感じ。
生きて🐯ちゃん………
そんな一虎を書きたくて、でも救いが欲しくてCPは入れたいなと。
今回一虎の心理描写メインだから相手はあえて決めてないです。
私は勿論アッくんに来てほしいなと思いながら書いたけど、場地さんでも千冬でも、誰にでも捉えられるように書いたので、
アイツとかコイツとかちょっと読みづらくはなったんですが、お好きに解釈して楽しんで貰えると嬉しいです💦