欲しいものは今度こそ、この手で「……んでな、その時オオタチの毛が逆立ってあわや一触即発」
「あはは、なにそれえ」
ブルーベリー学園リーグ部部室。久々にパルデアからやってきたチャンピオン・アオイの目の前には、妙に饒舌なスグリがいた。
(久しぶりに会ったし出合い頭にバトルの申し込みでもされるかと思ったけど、なんだかそんな雰囲気じゃないな)
アオイの顔を見かけるや否や、スグリはやけに上機嫌におしゃべりを始めて現在に至る。そんなスグリの様子に若干の違和感を覚えつつも、アオイは楽しく会話を続けていた。
「あっごめん、さっきから俺ばっかりしゃべってたな。アオイ長旅で疲れてるべ椅子さ座って」
「それは別に良いんだけど……今日はなんかご機嫌だね、スグリ」
椅子に腰かけるタイミングで会話が途切れ、アオイは疑問を口にしてみた。
「そうかなあー、でも確か、前にネリネがアオイと話すとセラピー効果があるって言ってた。それで俺も癒されてたのかもしれないな」
(ん)
そう言われて、アオイはネリネと話した時のことを思い出す。確かにアオイもそのようなことを彼女本人から聞いたことがある。
「癒されたって……スグリ、もしかして疲れてるの」
「いや俺は元気だべ。そりゃ授業は大変だけど、前と違ってちゃんと食って寝てるし。ネリネにも顔色良くなったって言われた」
(んんん)
乙女の勘が何かを知らせそうになったアオイは、探りを入れてみることにした。
「じゃあ……最近誰かにドキドキすること、あった」
「ドキドキ……」
スグリの大きな目がまばたきを一つ落とす。そこに――
「お久しぶりですアオイ。学園へようこそ。」
「ネリネさん」
「ネリネ」
リーグ部の自動扉がが開き、ネリネが二人のもとにやってきた。
「時間通りの到着、流石です。今はスグリと会話中区切りがつきましたら次はぜひネリネと雑談を……」
「え、ちょっとネリネ今日はこれから一緒にキャニオンエリアの見回りに行くって言ってたべ」
「ええ、なので出発の時間までで結構」
スグリにぴしりと告げた後、ネリネはアオイに近づき小声で囁いた。
「……スグリと二人きりなのは嬉しいけれどなぜか緊張するので……アオイと話して心を落ち着けたい」
あまり表情を変えることのないネリネが、わずかに眼鏡の奥の瞳に困惑の色を揺らめかせる。
(ん~~んんん……)
なんとなく自分が置かれている状況が飲み込めてきたアオイは、とりあえずチャンピオンスマイルを顔に貼り付け、成り行きを見守ろうとしたけれど。
「〜っそうやってアオイはまた……俺の大事なものをっ」
しびれを切らしたスグリの発した言葉によって、場の空気の均衡が崩れた。
(ああ、やっぱり)
アオイが脳内で呟くと同時にネリネが反応した。
「……スグリ大事、とは一体」
「え」
「スグリ、今なんじゃないドキドキしてるの」
「え」
ネリネとアオイに矢継ぎ早に言葉を投げかけられたスグリは、ほんのり頬を赤らめながらタンクトップの胸元をぎゅっと握りしめ
た。二人の言葉の意味を理解しようとすればするほど、その薄い布を握り込む手に力が入る。
「ところでネリネさんその見回りとやらの時間はいつですか」
「……はっ、いけない、出発予定時刻まであと2分少々」
懐から取り出した懐中時計に視線を落としたネリネは、しまったと言わんばかりに僅かに眉間にしわを寄せた。
「ならまずはそちらに行ってきてください。お話はあとからゆっくり聞かせてもらいますから」
そう言いながら、アオイはスグリとネリネの背中を部室のドアに向けてポンッと押す。二人分の困惑の声がアオイの耳に漏れ聞こえるが、こうでもしなければ話が進まない。否、巻き込まれている身としてはこれくらいの荒技は許してほしい。
これ以上は当人同士でとっとと進展しろ、と。
「っ、では、戻りましたら今度こそお話を――」
振り向きざまにアオイに声をかけようとしたネリネだったが、思いがけない衝撃に言葉が途切れた。
「俺のとこさ来て、ネリネ」
スグリが右手でネリネの左手をがしっと掴み、ドアに向けて駆け出したのだ。
「スグリ」
「わやっごめん、痛かった」
そのままドアの向こうへドタバタ姿を消していった二人を見届けると、一仕事終えたアオイはふうっと息を吐いた。
「……ゼイユとタロちゃんも呼んでおこうかな。わたしだけじゃ手に負えないかも」
やや強引な背中の押し方だったかな、とも思った。しかしまさかスグリがあんな行動に出てくれるとは。
(スグリはもう、大丈夫だね)
手に入れたいものに、真正面から手を伸ばせるようになった君なら。