きみのねがおレイマシュふうふ小話2
ある休みの昼下がり。
キッチンで何か準備を進めているマッシュが、声を掛けた。
「レインくん、クリスマスに出す新作の味見を頼みた…」
いんだけど、と言おうとしたところで留めたマッシュ。目線の先にはソファに横たわってすうすうと寝息を立てて眠る、レインの姿がいた。寝落ちする前に本を読んでいたのだろう、本は見開きのままで腹部の上に載せている状態だった。
「レインくん、寝てるのか。」
最近夜遅くまで働き詰めだもんなぁ…と思いながら、先ずは本をレインから離し、読んでいたページが分かるように小さなメモ用紙を栞代わり挟んでサイドテーブルに置き、寝室から肌触りの良いウサギ柄のブランケットを持ち出してレインにそっと掛ける。
よほど疲れているのか、普段なら些細な物音にも敏感で目を覚ます彼だが、マッシュの一連の動きに起きる気配は全く無いのだ。
「お疲れさま。おやすみ、レインくん。」
マッシュが小さな声で言うと、ふわりと頭を撫でた。
「ん…」
「!」
まるでマッシュの言ったおやすみに反応するように、レインは小さく声を洩らした。起こしてしまった?とマッシュは一瞬だけヒヤッとしたが、どうやらそうでもないようでほっとする。
(そういえば、レインくんの寝顔ってじっくり見るの、新鮮な気がする…。)
いつもは自分が先に寝ることが多く、また愛兎の世話の為に自分よりも先に起きるので、最愛の人の寝顔を見るのはなかなかのレアなものだった。
(ちょっと寝顔を堪能しても、いいよね…?)
別に悪戯をする訳じゃない。ただ愛おしい旦那さんの寝顔を見ていたいだけ。なるべく起こさないように近づき、すとんと床に腰を下ろすとマッシュはレインの寝顔を見ていた。普段は眉間に寄せている皺も、今は消えて穏やかで幼い子どものような無垢な表情だった。
『かわいいなあ…』
はっと思わず言葉が出てしまう。小声だから知られる事も無いから、大丈夫だよね。
(こんな事、本人には言えないけど。)
『改めて見ると、レインくんってほんとに綺麗なんだよなぁ。』
厳しい戦いに勝ち抜いた強くて、がっしりとした体格も。ぼろぼろになりながらも杖を握り締め、骨ばった指の節々に自分に触れる時は優しくて温かい手のひら。左手の薬指には同じ指輪、少しだけかさついている唇…外に出ればそんな事は一切お構い無しだけど、この家に居る間だけは自分に向けられているのだと思うと何だか不思議で、でも嬉しい。そう思うだけで、満たされていく気持ちになる。
「…レインくん。僕、とてもしあわせだよ。」
ふふっと自然と頬が緩やかになる。するとレインの寝顔に眠気が誘われてしまったのか、マッシュは「ふあぁ…」と欠伸が出た。
お昼寝の時間にはちょうどいい。
(僕もちょっとだけ寝よう…。)
レインに寄り添うように、自分の腕を枕にしてうとうとと、夢の中に入っていった。
程なくして、レインが小さく溢す。
「………しあわせなのは、オレも同じだ。」
マッシュが眠りにつく少し前から、実は起きていたレイン。マッシュの視線を感じ取り、目を開けるタイミングを失ってしまったのでしばらく寝てるフリをしていたのだ。
そしてマッシュのひとりごともしっかりと聞いていたのだった。
こいつ、オレの事可愛いと言ったか。
可愛いのはお前の方だ。
オレが綺麗とも言ってたな。
綺麗なのも、お前の方が一番だ。
掛けられたブランケットから手を伸ばして、マッシュの柔らかく艶やかな黒髪を指で梳く。
「まぁ、オレが聞いていた事は黙っておくか。……オレと居てくれて、ありがとな。マッシュ。」
夢の中でシュークリームに囲まれているのだろう、口の端から涎を垂らしている最愛の嫁を見て、レインはふっと笑うのだった。
終