アハキィ子孫を見守る聖龍の話🌳『アハウ....契約更新だ』
🕶『あぁ、この偉大なる聖龍クフルアハウの名にかけてその願いしかと聞き届けよう。汝は吾輩の永遠の伴侶となり、汝の血が途絶えぬ限り汝に属する者に吾輩の加護を与え続け未来永劫この聖龍が護り続けること約束しよう』
そう誓ってからもう何百年が過ぎただろうか。
いまでもあの時の熱を忘れたことはない。
🌳『んっ♡あっ...♡あかちゃん...できたらっ...どんな子だろうな...?♡』
🕶『はっ、なんだ、こどもがほしいのか?』
🌳『ん...未来永劫、守って、くれるんだろ?....っふぁ....♡』
🕶『あぁ』
🌳『それに..俺が死んでも、...っはぁ♡これなら寂しく、ない、だろ?ん...♡』
🕶『あぁ...』
🌳『この身も.....んぁ♡...いのちも、胎も、未来も、ぜんぶ、ぜんぶ、アハウのものに、あっ♡...して、くれ...♡』
そういって縋るように求められたことも、月明かりに照らされてふたり溶け合うように過ごしたことも、夜の香りも。
🌳『うん...かわいいな....目はアハウ譲りだな』
🕶『見た目お前と瓜ふたつじゃねーか』
👶『あーう!』
🕶『イデデデデデ!オレ様の尻尾を噛むな!』
己と同じ瞳を持ち伴侶によく似た姿で生まれた子を抱いて愛おしそうに見つめ、忙しなく過ごしていたことも。
🌳『随分と遅くなってしまったが....ようやく最初の契約を果たすことができるな』
🕶『べつに....オレ様からすれば人間の一生なんて瞬き程度の時間だ』
🌳『ふふ、あれだけのことしといて、瞬き程度なのか?』
🕶『まぁ、瞬きに詰め込むにはいささか濃厚だったことは認めよう....』
🌳『俺も...俺もアハウで満たされた人生は幸せだったよ』
🕶『ふん、この偉大なる聖龍クフルアハウ様が伴侶なのだから当然だ』
🌳『子どもたちのこと、頼んだからな....』
🕶『あぁ』
🌳『あいしてくれて...ありがとう』
🕶『ん...』
🌳『アハウ、愛してる』
🕶『あぁ、愛してる』
🌳『最後に、キス....して...』
そういってキスしてやったら幸せそうに眠りについたお前の安らかな顔も、お前の魂も、その記録も。
いつまでも昨日のようにそこにあってまぶたを閉じれば鮮明に蘇る。
時折、あれは夢だったのではないかと思うときがある。
だが今日までしっかりと受け継がれる血筋が現実であったとアハウにそう告げている。
瞼の裏で流れる華々しい記憶の数々を抱いて、あともうすこしだけ眠っていよう。
『うわああーーーーーー!!』
どこか遠くに幼い子供の声が聞こえる。
あぁ、そうだ、愛しい我が妻からの贈り物がまだある。
まだ終わらぬ約束がある。
子どもたちのこと、頼んだぞ。アハウ。
🕶『キィ...ニチ......』
瞼の裏に光を感じゆっくりと瞳をあける。
暗い部屋には固く閉ざされていたはずの扉から光が漏れ出て、一人のこどもを照らしていた。
そしてこどもはアハウと目があった瞬間に口を開いた、大音量の悲鳴と共に。
🧒『うわああああああ!!!!動いた喋ったぁぁあ!!!!』
🕶『うるせぇな.....あ?なんだこのチビガキ...』
差し込む光が逆光になり姿がよく捉えられない。
記憶がただしければ自分は訳あってここに封じられていたはずだが。
しあわせな夢から目が覚めてからすこしぼんやりしつつも記憶をたどっていく。
🕶『...というかなんで封印がとけて...』
🧒『わああどうしよ!ここってたしか開かずの部屋なのに触ったらあいちゃったし中にいた人形が...!』
🕶『あ?おまえここにどうやって入って.....』
ようやく目が慣れてきて目の前の慌てふためくこどもの顔をみた瞬間、アハウは目を疑った。
🕶『....いやまてガキ、その顔よく見せてみろ』
顎を掴みこちらに向けさせれば、そこには見たことのある瞳がこちらを見つめていた。
まさに生前のキィニチのような瞳をもつ子供。
アハウの記憶している限り、わが血族の中にキィニチと同じ瞳を持つものは生まれなかった。すべて吾輩譲りの蒼い目をしていたはずだ。
まだ幼いこどもは涙目で唇をきゅっと結び、本を力いっぱい抱きしめて震えながらこちらを見上げていた。
🧒『にゃにするんら!!』
🕶『........そうきたか...』
🧒『は、はなせっ!お、おれのこと食べてもおいしくないぞ!』
🕶『べつに食わねぇよ...』
🧒『パパが言ってた、書庫と繋がる宝物殿には1か所だけなにか術がかかってて誰も開けられない部屋があるって!きっと強力ななにかが入ってるっていってたけどもしかして悪いやつをとじこめてたのか?!』
宝物殿というのはアハウが血族に代々守るように命を下した場所でもある。
なんてことはないキィニチの遺品やそれに関するものがあるだけだ。
扉には純血に近い龍の血を持つものにしか開けられない呪いをかけている。数百年を経て一族が大きくなればなるほど血は薄まり今では開けられる者はいないはずなのだが、このこどもはあっさりとそれを開けてしまった。
心当たりがあるとするならば.......
🕶『はは〜ん....なるほどそういうことか』
🧒『うぅ....!』
🕶『ははは!悪いやつか、そうかもな、こんなクソ生意気なガキはやっぱりここで食っちまおうか』
🧒『うあああん!やだっ!たすけてっ!!』
揶揄い半分でこどもに噛み付くふりをしようとした瞬間に電撃のようななにかが走り、こどもを守るようにアハウを弾いた。
🕶『ッ!!!!!』
🧒『う、あれ?なんか今光って...』
🕶『ってぇな....冗談だっつの、こんなのも契約で弾かれんのかよ』
🧒『け、契約?そ、そうか、きっとお前うちのご先祖様が封印した悪霊だろ!』
🕶『悪霊ぉ??おいおいこのオレ様を悪霊呼ばわりするとはいい度胸だな、オラオラ』
🧒『はう!ひゃめろっ!ほうをひっぱるなぁ!』
🕶『お前なんて名前だ?』
🧒『お、おしえないっ...!!』
🕶『おうおう、足まで震えてビビってんなぁ』
🧒『ビビってないっっ!名を名乗るならお前が先にいえっ』
🕶『あぁ?あ〜〜〜〜.....』
🧒『っ...』
🕶『まぁ、アハウでいい』
🧒『いま絶対ぼくの持ってる本みてテキトーに名前いっただろ!』
🕶『逆に、仮にオレ様が悪霊で合ってた場合本当の名前なんか知っていいのか〜?』
ニタニタと悪い笑みを浮かべれば、こどもはわかりやすく怯える。
うーん、この反応嫌いじゃない。
🧒『ひぅっ....アハウ!アハウってよぶから!』
🕶『で?オレ様の安眠を妨害してまでこんなホコリくせーとこでガキが一人でなにやってんだ』
🧒『し、調べもの』
🕶『しらべものぉ?』
🧒『ん、ご先祖様のこと調べてるの』
🕶『......ふーん...なんでまた?』
🧒『アハウには関係ないだろっ、いいから離せっ!ぼくは忙しんだっ!』
こどもは『烈炎の領主クフルアハウと血族の起源』と書かれた本を大事そうに抱えていた。
なにその本、吾輩知らない。
🕶『それなにが書いてあるんだ?』
🧒『これはうちの一族のはじまりについて書いてあるんだ!うちのご先祖様はそのむかし烈炎の国の聖龍に娶られたんだって。だからぼくは龍の末裔だって、家に代々伝わるこの本をじいちゃんが読んで教えてくれた』
🕶『ふーん...』
🧒『その聖龍はお嫁さんがすっごく好きだったのか、そのお嫁さんが死んだ後もお嫁さんの身体を借りて現在もどこかで生きてぼくたちのことを見守ってるって言い伝えがあるんだ。うちは龍に愛された一族だってじいちゃんが言ってた。』
🕶『....』
🧒『ぼくが龍の末裔なんてほんとかな?もしその聖龍がいたら聞きたいことがあるんだ』
🕶『まぁ、あのビビリ方で龍の末裔は説得力ないもんなァ』
🧒『うううるさいっ!』
🕶『で、その聖龍に会って何を聞くつもりなんだ?』
🧒『そ、それは....な、なんでもいいだろ!アハウに教えてやる義理なんてないんだからな!』
こどもは頑なに言いたがらないが、だいたいの予想はついている。
生前のキィニチと同じ瞳をみて確信をした。
🧒『いまはそんなことどうだっていいだろ!いますぐパパ呼んで再封印してやるんだから!』
🕶『ほぉ〜ん?言ってくれるじゃねーか、そもそもなんでオレ様が封印されてたのかわかってんのか?オレ様がその気になりゃお前の身体ごと乗っ取ることだってできるぞ、それがどういう意味かわかるか?』
🧒『ひっ...』
🕶『むしろ一族のだ〜いじな封印を勝手に開けたことがバレて大変なのはお前の方だろ?』
🧒『そ、それは....っ』
🕶『なら、取引といこうじゃねえか。この条件をお前がのむなら、オレ様はお前の家族にもお前にも手を出さないしこの部屋からも出ないでいてやる』
元より契約上、血族相手にそんなことができるわけもないのだが。
純粋無垢なこどもには十分な脅し文句だった。
🧒『な、なにが望みだ....!』
🕶『オレ様の従者となり毎晩ここに来て供物を捧げろ』
🧒『く、供物...?』
🕶『まぁオレ様は寛大だからな、良質な食事で許してやる』
実際のところアハウの身体の維持は燃素エネルギーが主体の為食事などは必要ないのだが。
🧒『ほんとうにそれだけだなっ?!』
🕶『あぁ、さぁどうする?』
🧒『わ、わかった...!約束する』
🕶『取引成立だ』
取引などと大げさな言葉を使いはしたが、実際にはなんの効力もない口約束であった。
純粋な子供はそれを信じて疑わず、毎晩いろいろな食事を運び約束を果たしていた。
しかし子供の順応力というのはたいしたもので、数カ月もすれば用がなくてもアハウのいる宝物殿に向こうのほうが入り浸るようになっていた。
子供は書物を好んで良く読み、時には書物の内容を宝物殿に誰も来ないのをいい事に好き放題実践するようになった。
🧒『はい、アハウごはんだよー!』
🕶『おい不敬なクソガキ、オレ様のことペットかなにかだと思ってんのか?』
🧒『アハウ今日はこの本読んで!知らない文字があって読めない!』
🕶『話聞けクソガキ!.....あぁ?こんなのも読めねぇの?これはな....』
書物に夢中な子供は気づけばあたりまえのようにアハウの足の間に座るようになり、目をキラキラさせてはわからないことがあれば逐一『ねぇなんで?どうして?』とアハウにたずねていた。
そしてアハウはそのキラキラした瞳にはめっぽう弱く、その時ばかりは知恵の聖龍としての威厳を見せていた。
🕶『ぐ....この既視感......』
🧒『アハウっていろんなことしってるね、なんで?』
🕶『あ?おまえみてぇなちんちくりんとは年季が違うんだよバーカ』
🧒『バカって言ったほうがバカなんだよ!次はこれ読んで!』
🕶『まだ読むのかよ!ガキはとっとと寝ろ!』
アハウは口ではそう言いながらも、毎晩子供が疲れ眠りに落ちるまで見届けていた。
なかでも子供のお気に入りの本は自身のルーツに関わるものばかりであった。
🧒『この約1000年前に龍の花嫁になったキィニチって人はどんな人だったのかなぁ?この本に書いてあるのってなんだかぼくの瞳の色と似てる気がするんだよね!』
🕶『.......』
🧒『それに聖龍をメロメロにしちゃうんだからすっごく美人だったんだろうな〜!しかも英雄なんでしょ?ぼくって英雄の血も引いてるかもしれないのかな!』
🕶『....さぁどうだろうな』
🧒『聖龍ってやっぱりでっかいのかな?!火とかふけるのかな?!お願いしたら背中に乗せてくれたりするのかな...!』
🕶『ハ、おまえみたいなマメ粒じゃ踏みつぶされて終わりだろうがな!ギャハハ!』
🧒『むー!なんでいじわる言うんだよ!!ぼくはこれからおっきくなるんだっ!』
そうして宝物殿は聖龍とその正体を知らない子供の特別な場所になり、気づけばアハウが目覚めてから1年が過ぎていた。
今日も子供は飽きもせず宝物殿にやってきては色々なことを実験していた。
🕶『おいクソガキ、オレ様を中心にへんなもん描くな』
🧒『アハウがそこどいてくれればいいだけだよ』
🕶『なんでオレ様がどいてやらなくちゃならねーんだ、つかなんだこの落書き』
🧒『落書きじゃないっ!これはちゃんとした術なんだっ!ぼくは聖龍に会いに行くんだ!!』
🕶『まだ諦めてなかったのかよソレ.....おいおい、これ時戻しの術式じゃねぇか。どこでそんなの知ったんだ』
🧒『ここの書庫にあったんだ、前回はぼくの字がまだ上手じゃなかったからうまくいかなかったんだ...』
🕶『たとえ字が上達したとして、お前のへっぽこ術式じゃ起動すらしねぇよギャハハ』
🧒『そんなのやってみないとわかんないだろ!アハウはそこで黙ってみてて!』
🕶『だいたいな、そんな大掛かりな術式は代償に莫大なエネルギーが必要なんだぞ。お前の一族全員集めて束ねたって足りやしねぇぜ』
🧒『できた!これ、どうみてもこの本の通りだよなっ!』
🕶『話聞けよ....まぁよく書けてはいるな....お前画家とか目指すべきなんじゃねぇ?』
🧒『いくぞ...!ぼくは聖龍に聞くことがあるんだから!』
🕶『どうせ不発だろうけど余興だと思ってオレ様が見ててやる、せいぜいそのはずかしい口上やらなんやらでオレを楽しませてみろ』
仮にエネルギー問題が解決したとしても、時を戻したい該当の時代の遺物がなければ不発に終わる術式だ。
その両者を揃えるのは現代においてはほとんど不可能に近い。
そのはずであった。
🧒『アハウ!アハウ!これなんか光ってない?!』
🕶『は.....?!』
🧒『あ、アハウ....これってもしかして?!』
間違いなく術式が起動している。
いや、よく考えたら莫大なエネルギー源ならあるじゃねぇか...!
このオレ様だ....!
この宝物殿は元より地脈の真上に存在している上に、オレ様が要になって流れる地脈を安定させてエネルギーを血族の守護に転用させているのだ。
長期間安定した量で力を出力し続けられるようにスリープモード、つまり封印状態にして今のいままで眠りについてたんだ。
そしてこの宝物殿にはキィニチの遺品が多数存在する....!
まずい....起動の条件をすべて満たしている....!
🧒『ど、どうしよう!どうしよう!アハウ!』
🕶『本当に起動させるやつがあるか!!このバカ!!』
この手の術式は起動条件が厳しい分、1度起動したら絶対に止まらない!
クッソ、せめて飛ぶ時代くらい制御ができれば....!
🕶『おいチビ!!そこの腕輪を取ってこっちにこい!急げ!』
🧒『アハウ!』
腕輪をぎゅっと握ってアハウの腕に飛び込んだ瞬間に眩い光が2人を包み込んだ。
次に目を開けた時には、澄んだ青空のその真っ只中にいた。
下には草原がどこまでも広がり、山々に囲まれた大地には見たこともない恐竜のような動物が闊歩している。
アハウにとってはよく見慣れた景色が広がっていた。
そして二人は大地に向かって真っ逆さまに落ちていく。
🧒『アハウ!!!ぼくたち落ちてるーーーーーーー!!!』
🕶『黙ってろ!舌噛むぞ!!!!いいか、絶対に死んでも離すんじゃねえぞ!!』
子供がアハウにぎゅっとしがみついたのを確認すると、力をかき集め衝撃へと備えた。
莫大な量の元素力と燃素が集まる様子は、まるで流れ星のような煌めきを放っていた。
同時刻 ─懸木の民の集落─
?『なんだ、あれ.....流れ星か?』
?『あんなクソデケェ流れ星があってたまるかよ、あのデカさで視認できる流れ星なんて隕石レベルだぞ』
?『あのままだと森に落ちそうだな......それに近隣には集落もあったはずだ、確認しに行くぞ』
?『へーへー』
────────────
結果から言うと、二人は無事であった。
アハウが子供を抱きしめたまま咄嗟に元素力と燃素を使い落下の衝撃をなんとか相殺しきり森の木々がクッションとなったおかげで怪我を負わずに着地することができた。
🧒『し、しかともっだ』
🕶『はぁ〜〜〜〜.........とんだ厄介事に巻き込みやがって.....』
🧒『ゔっぐすっ』
🕶『あ〜生きてんだから泣くな泣くな...』
🧒『ひぐっぐすんっ』
しゃくりをあげ泣く子供が落ち着くように抱きしめたまま背中を撫でてやる。
🕶『しかし、さっきのはさすがのオレ様もヒヤっとしたぜ....あの術式とんでもねぇ量のオレ様の力を吸いやがって....』
無事に着地できたのもつかの間、聖龍には別の問題があった。
転移した瞬間から肉体が実体ではないのだ。
魂だけ肉体からはぎ取られ、いまは無理矢理力をつかって器を構成している。おそらく実体はあの宝物殿に残されたままのはずだ。
術式で莫大な量の力を消費され、咄嗟に魂の器を作り、加減をする暇もないまま耐衝撃に力を使い込んだせいで残りの力はわずかだ。
正直この器の維持も長くは続かないだろう。
さてどうしたものか。
🧒『アハウ.....ひぐっ..ごめんなさい....ぐすっ...』
🕶『起こっちまったもんは仕方ねぇ、今はここから帰ることだけ考えろ』
🧒『ぐすっ...でもここどこ.....?』
🕶『ここはナタ、お前が散々読んでた本にでてくる約1000年前の聖龍がいる時代だ』
🧒『それってぼくの術式が成功したってこと....?』
🕶『まぁそうだな....いいかチビ、今から言うことをよく聞け』
🧒『....?』
🕶『オレは諸事情あってここにはいられない』
🧒『えっ...?!』
🕶『時間がない話を聞け、お前あの腕輪は持ってるな?』
🧒『これのこと....?』
🕶『それを絶対に無くすな、帰りに必ず必要になる。』
🧒『うん...』
🕶『それからこの時代の聖龍クフルアハウを探せ、そして聖龍に会ったらこの腕輪を見せるんだ。わかったな?』
🧒『でもその聖龍ってどこに....』
子供が不安そうに見上げれば、アハウの身体は端々から消えかかっていた。
🧒『アハウ身体が消えて....!』
🕶『悪いが時間切れだ。その腕輪はお前の身も守る、聖龍にあうまで絶対に手放すな。とにかく一旦太陽の落ちる方向を目指してこの森を抜けろ....!』
🧒『待って!!アハウどこにいくの?!アハウ?!』
アハウの身体は粒子となり、腕輪に吸い込まれるように消えていった。
子供はアハウの名を呼び続けアハウの行ったとおりに日の沈む方向へ進み出すが、どんどん日が落ちていく森のなかではだれも返事をしない。
歩くうちに道の勾配はどんどんと急になり、舗装されていない道に足は疲れ切り、草木に足を取られて転んでしまった。
運悪く狭い道の横は崖であった。
2度目の落下を助ける者はおらず子供は下へ落ちていった。
重い瞼の向こう、遠くに二人分の声が聞こえる。
?『おい、こいつ生きてるのか?』
?『息はまだある、おそらくそこの崖から落ちてきたんだろう』
?『あの高さから落ちて生きてるとかこいつ人間なのか?』
?『さぁわからない、とりあえずこの子を連れて帰る、いいな?』
?『ったく、人使いの荒いやつだな!』
ふと、あたたかさを感じる。
柔らかいものに包まれている感触。
?『にしても、このガキ全然起きねーな』
?『静かにしろアハウ.......ん、熱はないみたいだな』
おでこにやさしくぬくもりがふれた気がした。
暗くなっていく森の中で呼び続けいた名前が聞こえた。
アハウ....アハウ....?そこにいるの?アハウ?
アハウを姿を求め、瞼に光を感じゆっくりと目を開けた。
目の前にはずっと探していた姿があった。
?『目が覚めたんだな、大丈夫か?』
姿を認識した途端に子供は悪夢から覚めたかのように、探し求めていた姿に抱きついた。
🧒『どこいってたんだよアハウ!』
ぎゅうと抱きついたアハウからの返事はなかった。
いつもなら説教なり悪口なり返してくるのにと、不思議に思い見上げれば心配そうな表情を向けながらも困惑しているようだった。
🧒『アハウ....?』
?『すまない、俺はアハウではないんだが....アハウの知り合いなのか?』
?『あぁ?オレ様はこんなチビガキ知らねぇぞ』
間違いなくアハウの姿なのに、まるで別人のような振る舞いを見て子供はやっと気づいた。
いつものアハウとは瞳の色がちがう、まるで鏡で自分の瞳を見ているようだった。
アハウによく似た姿の人と、ちいさなマスコットがこちらをのぞき込んでいた。
?『....目覚めたばかりで混乱してるのかもしれないな』
?『はじめまして、だな。おれは名はキィニチ、普段は竜狩り人をしている。』
🧒『キィ...ニチ....』
🌳『あぁ、君が崖の下で倒れてるのを見つけて連れてきたんだ。外傷は見られなかったが、痛むところはないか?』
飽きるほど読んだ本にでてくる主要人物とまったく同じ名を持った、アハウのそっくりさん。
普段のアハウとはまったく正反対で優しく穏やかな声で話しかけてくる。
ぼくは夢でも見てるのかな?
🧒『だ、だいじょうぶ、えと.....キィニチおに.......おねぇちゃん.....?』
アハウはたしかにここが約1000年前の聖龍がいる世界だと言っていた。
そして目の前には聖龍のお嫁さんと同じ名前を持つ人。
女の人にしては声が低い気がするけど......本に書かれていることが間違いないならキィニチは龍の花嫁だ。
だからお姉ちゃん、であってるよね?
🌳『なんで疑問形なんだ....?一応俺は男だが、女性と間違われるのははじめてだな...』
?『ブフッ、おいキィニチお前ついに女に間違われるようになったのか?アハハハハハ!』
🌳『うるさいぞアハウ。.....目覚めたばかりなのに騒がしくてすまないな。おそらく崖から落ちたせいで混乱しているのだろう、いまはまだ休んでいたほうがいいな』
キィニチは抱きつく子供を無理に離すことはせず、いつかのアハウのように背中を優しくさすってくれた。
見た目はアハウなのに言葉も言動もアハウじゃない、でもぬくもりはどこか似ていて不思議と心は落ち着いてきた。
🧒『アハウ....』
キィニチとの出会いの衝撃に先程から『アハウ』と呼びかけていたことにようやく気づき子供はハッとした。
ここが約1000年前のどのくらいの時期なのかはわからないが、キィニチが龍の花嫁なら聖龍クフルアハウが近くにいてもおかしくない。
いつものアハウはここが聖龍がいる時代だって言ってた、もしかして....!と期待を込めてキィニチが『アハウ』と呼びかける方向へ視線をうつした。
🧒『......アハウ....?』
🌳『先程もアハウの名を呼んでいたが......コイツを知っているのか?』
🕶『なんだ?この偉大なる聖龍クフルアハウ様を突然呼び捨てとはクソ生意気なガキだな!』
そこにはサングラスをかけたドット絵のかわいい黄色のマスコットがふよふよ浮いていた。
しかもなんだかうすっぺらい。
子供は目をこすり、もう一度見上げる。
🧒『聖龍.....クフルアハウ.....』
🕶『様をつけろ、様を』
🌳『やめろ、アハウ』
子供がかつて読んだ本にはこう記されていた。
聖龍クフルアハウは深紅の瞳と翠の翼を持ち空を自由に翔る知恵を司る巨大な黒龍であり、翠の炎ですべてを焼き尽くし烈炎の国の頂点に君臨する領主だと。
🧒『........さ.........さ....』
🕶『フン、偉大な吾輩を目の前に言葉もでないか?』
子供はずっと待ち望んでいた聖龍との対面に、今日一番の大声が部屋に響きわたった。
🧒『詐欺だーーーーーーーーーーーーー!!!!』
─────────────────────
花嫁と言い伝えられていたキィニチの名を持つ人物は男性であり、聖龍と名乗る生物は自分の知る情報とはあまりにもかけ離れていた。
いつもいるアハウはもうどこにもいなくて、書物から得た大量の知識は早々に覆されて帰り方もわからない。
大きな声を響きわたらせた後、子供はあまりの情報の多さに目の前に広がるのが未知の世界だということを自覚した。
自覚した途端に不安がこみ上げてきて、ついにわんわんと泣きだしてしまった。
聖龍を名乗り顔を真っ赤にして子供に怒る生物にキィニチはゲンコツを落とし、その生物をどこかに追い出してしまった。
🌳『びっくりさせてしまったな、すまない』
キィニチは一定のリズムでやさしく子供の背中をぽんぽんして、呼吸が落ち着くまでそうしていた。
いつも一緒にいたアハウのような暖かさに懐かしさを感じてすこしずつ落ち着きを取り戻した頃だった。
子供はもうひとつ大事なことを思い出した。
🧒『あ.....腕輪.....!!!!腕輪どこにいっちゃったんだ...!』
アハウに帰るときに絶対に必要だと言われた腕輪の所在がわからず、ふたたび目に涙が溜まり始める。
🌳『腕輪.....これのことか?』
再び泣きそうな子供にキィニチがやさしく声をかけ、探していた腕輪をそっと差し出した。
🧒『それ!!』
腕輪をみるやいなや子供はキィニチの手からそれを受け取り、大事そうにぎゅっと腕輪を抱きしめた。
帰り方はわからないけど、アハウに言いつけられた大事な腕輪だ。
キィニチは子供の反応に少し驚いたが、すぐにやわらかな表情へと戻った。
🌳『....よかった、大事なものだったんだな』
🧒『うん.....』
キィニチの優しい手に撫でられ腕輪を見てようやく安心したのか、今度は腹の虫が鳴き始めた。
🧒『あ.....』
🌳『お腹が空いただろう?いまなにか食べるものを持ってこよう』
🧒『あ....まって!いかないで...』
離れていこうとするキィニチに子供は反射的に服をぎゅっと掴んだ。
なにかを察したキィニチは子供の手を解くことはせず、そのまま抱き上げた。
子供と同じ高さの目線になりキィニチはやさしく声をかける。
🌳『なら一緒に行こうか』
🧒『...うん...』
子供を抱っこしたままキィニチはキッチンに向かい、スープが入った鍋を温めはじめた。
泣き疲れた子供はキィニチの肩に頭をあずけ、ゆらゆら揺れるコンロの灯りと美味しそうなスープの匂いにつつまれうとうとし始めていた。
しばらくするとキィニチは温めたスープを器に入れ、片手で持ちテーブル置いた後冷蔵庫から缶詰を取り出し再びテーブルへ戻った。
キィニチはイスに腰掛け膝の上に子供を乗せた。
🌳『簡単なものですまないな.....食べられそうか?』
🧒『うん』
🌳『熱いから冷ましてから食べるんだぞ』
野菜とソーセージの入ったシンプルなスープはとても美味しそうだ。
キィニチからスプーンを受け取りスープに口をつけた。
スープは緊張をほぐし、身体をじんわり温めた。
🧒『おいしい....』
🌳『そうか、ゆっくり食べるといい』
ふーふーしながら食べる横で、キィニチは缶詰を開けもうひとつの器にうつしはじめた。
缶詰に書かれた文字は読めないがどうやら果物のようだ。
🌳『ザィトゥン桃もあるから、スープを飲み終わったら食べるといい』
🧒『桃....食べる!』
頬を膨らませてスープをふーふーと冷まし、桃を一口食べるたびに目がキラキラする子供をキィニチは微笑ましく思い子供が食べ終わるまで穏やかな表情で見守った。
🧒『ごちそうさまでした!』
🌳『あぁ、口に合ったようで良かった』
🧒『あ、あの、キィニチおにいちゃん...』
🌳『ん?』
🧒『あ、ありがとう...』
🌳『どういたしまして、君は良い子だな。名前を聞いてもいいか?』
アハウにも教えたことのない本当の名前。
でも何故だかキィニチにはそれを伝えてもいいような気がした。
🧒『えと...🧒....』
🌳『ん、いい名前だな。おしえてくれてありがとう』
そう言ってニッコリと微笑み子供の頭を優しく撫でる。
いつもわしわしと力任せに撫でてくるアハウとは違っていて、すこし気恥ずかしい。
でもキィニチに褒められるとなんだかちょっと嬉しい。
🌳『もうすこしだけお話してもいいか?』
🧒『う、うんっ』
🌳『どうしてあの森にいたんだ?』
🧒『わ、わかんない...気づいたらあそこにいた』
🌳『そうか....その時から1人だったのか?』
🧒『ううん.....一緒にアハウが...あ!アハウっていうのは』
キィニチにアハウについて説明しようと思ったところで子供は言葉が止まった。
そういえばアハウは自分にとってなんなのだろう。
アハウは友達.....とは少し違うし、相棒....とも違う。
色々な事を教えてくれる師匠的な存在ではあるけど、ぼくを揶揄ったりしていじわるして遊ぶその姿は師匠と呼ぶにもちょっと違う気がする。
でもいつもぼくが眠れるまで一緒にいてくれたり、ぼくが悲しいときはぼくの泣き顔を見て笑いながらも抱っこしてくれる。
家族みたいにいつも近くにいるのに、家族のように彼のことを知ってるわけでもなく、本当の名前も知らないし明らかにヒトではない彼の正体がなんなのかひとつも知らないままであった。
🧒『えと...ぼくの家の入っちゃいけない部屋に閉じ込められてた悪霊...?みたいなので...そのアハウと遊んでたら、ぼくが練習で描いた術式が突然光って二人とも気づいたらあの森に飛ばされてたんだ』
🌳『それは大丈夫なのか....?とにかくその悪霊のことをアハウと呼んでいたんだな?』
🧒『うん。でも本当の名前かはわかんない、出会ったときにぼくが読んでた本を見て適当にとったんだと思う』
🌳『そのアハウとははぐれてしまったのか?』
🧒『うん森ではぐれちゃった....だからアハウのこと探してるの...』
🌳『そうか、君の言うアハウはどんな外見なんだ?』
🧒『キィニチおにいちゃんに似てるかな!』
🌳『俺に?』
🧒『だから、起きたときにおにいちゃんのことアハウと間違っちゃったんだ....』
🌳『そうだったんだな....』
🧒『パパとママ、今頃怒ってるかな.....』
🌳『........』
🧒『アハウならたぶんお家に帰る方法知ってるんだ、だからキィニチおにいちゃんおねがい!いっしょにぼくのアハウさがして!』
🌳『....わかった、明日は一緒に最後に別れた森にいこうか』
🧒『うん!ありがとうキィニチおにいちゃん!』
🌳『今日はもう遅いから寝ようか』
🧒『あ!えとキィニチおにいちゃん...!』
🌳『ん?』
🧒『あのねっ、いつもはアハウといっしょに寝てて...えと...』
🌳『....今晩は俺と一緒に寝るか?』
🧒『...うん!』