気紛れの花冠日も時間も関係ない場所。
太陽から隠れた、それでいて不思議と暖かい、誰もいない——別の部屋には居るのだろうが——静かな縁側。
其処に彼は居た。
特に隠し事があるわけでもないし、そういった事をするような柄でもない。
そもそも疚しさを感じるような存在ではないのだが——腰掛けた彼はひとり、楽しげもなく、ただ無表情のままに、手を動かしていた。
ふと、何者かの気配を感じた彼は、視線を其方へと向けることなく口を開いた。
「乾の。……御前か」
そう声を掛けられれば、其れは当たり、とでも言うように、姿を現した。
乾と呼ばれた男は微笑み、此方を見ぬ神儀に臆することなく歩みを進める。
「お隣、頂いても?」
神儀は視線をひとつ此方へやり、すぐに手元へと戻す。
どこまでも無愛想なのだな、と思いつつも乾はそれを肯定と受け取り、彼の隣へ腰掛けた。
この様子では、彼の手遊びが終わるまでは、言葉を交わしてくれないようだ。
それを理解した乾は、暇潰しに、と彼の手元を観察する。
「……おや、これは」
彼は摘んだ草花を編み、花冠を作っていた。
以前、笛や笹舟を作っているところを見掛けたことはあったが、花冠のような可愛らしい物までもを作るとは。
それも、全てが丁寧という訳ではない。彼の性格を鑑みるに、何度か飽きて放っていたのだろう。所々に解れが見え、それを補強するように、そして覆い隠すように、花で括られていた。
乾は目を丸くするも、微笑ましく思い、彼の傍に咲いていた花に目を向ける。
彼の周りには邪魔にならない程度に草花が生い茂っており、それは足元だけでなく、縁側にまで侵食しようとしていた。
乾が触れようとすれば、するすると蔓が絡みつくように伸びてくる。
ある条件下において、乾やその神儀は天の影響を及ぼすことが出来る。彼は無意識のうちに使いすぎてしまったのだろう。
そういえば、始めの頃にも制御できず——否、制御する気すら無かったのだが——似たことが起きていたような。
「おまえさん。集中のしすぎ、ですよ」
彼の視界を遮るように、手を差し出す。そうして漸く彼の手が止まった。
「はあ……。後で構ってやるから、暫し待て」
直ぐに仕上げてやる。
そう言って何処から取り出したのか、橙色の紐を、花を避けるように編んでいった。
無論、乾は構われるために、ここまで探しに来た訳ではないのだが。基本的に彼は話を聞かない、という事を知っている乾は何を言うでもなく、大人しく彼の手元を見つめていた。
そして最後に端を蝶のように結ったかと思えば、完成した物に興味は無いのだろう。周りの植物は飽きたように土へと還り、花冠は放り投げるように此方へと寄越した。
「良いんですかい、こんなものまで頂いてしまって」
「ただの思い付きだ。意味は無い。……それよりも、だ」
神儀は乾の耳元に手を伸ばすと、こそりこそりと指先で弄ぶ。こそばゆいからと乾が頭を揺らせば、手は下がり、今度は顎の下を撫で始めた。
どうやら興味の対象が乾へと移ったらしい。
喉を指の背で撫でたり、鼻先をこちょばしたり、と好きに触れるのである。
「……まさかとは思いますが。おまえさんは拙者のことを猫か何かだとお思いで?」
「似たようなものだろう? 我の御前は構われたがりだからな」
じとりと見つめるも、意味を成さなかったようだ。
言い切られたことに関しては不服だが、間違ってはいない。
言い返せない乾は為す術もなく、頬をぷくりと膨らませたまま、神儀の気が済むまで撫でられていた。
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花冠...白詰草、蒲公英
白い花冠です。神儀は花言葉というものを知りません。
散歩した先でぼーっと空を見ていたら、足元から生えていました。