「じゅーりちゃん♪」
甘い甘い、チョコレートの匂い。
口に含むなら甘さは控えめにしてほしいところだけど。
この嗅ぎなれた香りは、嫌いじゃない。
「……は!?」
その五感のひとつで、樹里は意識を覚醒させる。
「えへへ、遊びに来ちゃった!」
視界を地面と平行にするべく慌てて飛び起きると、窓枠に腰掛ける少女はくすくすと笑った。
「おまえ……チョコか!?こんな時間に……しかもここ2階だぞ!?」
「ふふ」
「てかチョコの体力でここまで登ってこれるわけねーだろ!夢だなこれ」
ちょっとひどくない!?と膨れっ面をする智代子に近付く。
いつもと違う容貌の彼女に少しときめきを覚えてしまうのは、夢のせいだと思い込んで。
「なんか……チョコなのにチョコじゃねーみてーだな。寒くないか?その服」
「……こんな状況なのに心配してくれるなんて、樹里ちゃんってば優しいんだから」
四角いフレームから、ふわりと蝶のように降り立つ智代子らしき少女。それを見ていよいよ、目の前の智代子が智代子ではないと認識するのには十分だった。
「……まだ呑気な顔してるね?」
この色を見たことがある。これは、いつかのドラマの撮影の時に見せた智代子の演じる一面の1つ。その時に比べてどこか淫靡な雰囲気を纏った瞳が妖しく光る。
「ここは、夢の中」
「夢……?」
「今日はね、こっちの世界の樹里ちゃんに会うために来たんだ」
「ははっ、夢じゃなくても現実で会えるってのに」
ニコニコと微笑をたたえる目の前の少女が、なにを目論んでいるかは検討もつかない。
しかし、夢見心地な樹里はこの非現実的なやり取りに既に陶酔している。
「ねぇ、樹里ちゃんの精気……欲しいな?」
「……えっ?……うわっ!?」
目と鼻の先に智代子のつやつやとした唇がある。驚いて、咄嗟に身を仰け反らせた樹里がバランスを崩した。
「なっ……いきなり何すんだよ!?」
「捕まえた♡」
目の前には智代子の顔。垂れ落ちた髪が擽ったくて退けようとした手を掴まれる。
特徴的なまあるい瞳はそこになく、ただ、獲物を目の前にした獣がいた。
「ゆ……夢にしたってキスはダメだろ!?」
「ねぇお願い……私もうお腹ペコペコなんだよ?」
「し、知るか!アタシから出せるもんなんて……ひうっ!?」