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    ponkanzzz

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    ジュソ堕ちⅡ
    展示作品 短編

    清い 正しい 美しい 見送りの切符というものがあることを悠仁ははじめて知った。ちゃんと券売機に『入場券』というのがあって、それが見送りをするひとのための切符なのだ。
     新幹線のホーム、隣を歩く男はまっ黒のスーツを着ていて、けっしていいとはいえない顔色、一見喪服かと思うがネクタイが黒くないので喪服ではないことがわかる。悠仁のまったく趣味ではない、なんとなくギラギラしたネクタイ。でも金髪のこの男にはこのネクタイがものすごくよく似合い、そういう男のことを、悠仁はそれなりに好きになりかけていた。好きという感情は、自分でどうこうできるものではない、舵のこわれた舟のようなものだ。男の名前を七海という。きれいだと思う、名前も、金髪の髪も。

    「もう悪いことしちゃだめだぜ」
     そんな子ども向けヒーローアニメに出てくるような陳腐なことを七海に言い、悠仁は彼を見上げた。
     七海はちらっと悠仁を見て、はい、と口先だけで神妙そうに返事をする。

     この呪詛師の男とはじめて会ったのは任務中のことだった。
     山梨の山間部で不可解な死が立て続けに起こっている、調査せよ、とのことで赴くと、特定のエリアに入ろうとした人間が次々に呪殺されており、それをよくよく調べると、この男のしわざだった(そこでは夥しい量の大麻が栽培されており、売人は七海に多額の報酬を支払っていたのだ)。
     とにかくそれをきっかけにして悠仁と七海は出会い、悠仁はかなりの苦戦を強いられたが、からくも七海を捕縛して五条悟に引き渡した。悠仁には何をどうしたのかよく知らないしわからないが、五条と高専側は、七海となにかしらの取引をしたらしく、彼は呪力をコントロールされた状態で、放逐されることになった。らしい。
     らしいというのは、本当にどんな話がついたのか悠仁は知らないためで、ではなにを知っているのかといえば、この男が東京を離れるということ一点だけだった。それ以上は五条も教えてくれないし、これ以上あの男に関わるなと、釘をさされている。
     ああ見えてひとりひとりの生徒をよくみて気にかけている五条は、悠仁は、と数日前にこう言ってきたばかりだった。

     悠仁は、かんたんに人を信用しすぎる
     いったん明け渡した場所にズカズカとはいってきた人間は、そうやすやすとは出ていかないものさ
     つけ込まれるなよ

     わかったな、あいつが東京を出てったらもう二度と会うな、とはっきりとそう釘をさされたので、これにて悠仁と七海は今生の別れである。悠仁は五条がそうしろと言ったことには従うことにしている。五条は悠仁の命の恩人だし、なにかあったときには、悠仁も五条に殺してもらわねばならない。
     見送りになんてこなくていいですよ、と七海は言ったが、袖振り合うも多生の縁、悠仁が捕まえた男なのだから、行く末を見届けてやらねばならない。それに、今生の別れだ。二度と会えない。悠仁はこの男の金髪が好きだった。はじめて見たときになんてきれいなんだろうと思った。深いみどりの目も、面立ちも、恵まれた体躯も。それから名前、七海。美しい名前。悪いやつだけど嫌なやつじゃない。話せばわかるかも、仲良くなれるかも。
     なんの根拠もなかった。本当に単純に見た目がタイプだったのかもしれない。よくわからない。でも惹かれた。理由はしらない。

    「ナナミンさあ、」
     悠仁は七海が転がす大きなスーツケースを、コン、と叩いた。悠仁は勝手に、彼のことをナナミンと呼んでいる。七海はなんですかそのへんな呼び方、とさいしょ盛大に顔を顰めただけで、それ以来はその呼び名について一度も言及しなかった。悠仁の好きにさせている。
    「ナナミン、いったいどこまで行くの、東京を出て。五条先生も教えてくれなくて」
    「知ってどうするんです」
     七海は、前だけ向いて、そっけなくそう答えた。まあ、確かに。知ったところで。でも気になった。彼の乗ろうとしている新幹線は、西へとむかう線だ。
    「いや…どのへんまで行くのかな、と思って」
     悠仁は言葉をえらびながら言う。
    「たとえばそこが食い物のうまいところなら、なにかうまいものをみつけたら教えてよ。景色のいいところなら、写真なんかとって送ったりしてほしいしさ。もしおれが出張とかで近くに行くことがあったらさ、ほら、その…」
     そこまで言って、悠仁は困惑した。会うなと言われているんだった。でも同時に、おれはまたナナミンに会いたいと思っているんだな、とつよく自覚した。まいったな。厄介だな。この人のことを好きなのに、二度と会えない。

    「……あたたかいところに」
     七海が、歩くのをとめて、喪服もどきの胸ポケットから切符を出す。切符に書いてある席番号と、とまっている新幹線の入り口とを確認し、また胸ポケットにしまった。
    「あたたかいところに、行こうかと」
     悠仁に向かって、そう言った。
    「………へえ」
     曖昧に返事をした悠仁に、やっと深いみどりがこちらを向く。悠仁はこくん、と唾を飲んだ。
    「……いいね、あったかいとこ。いいな、」
     そこで、新幹線の発車のアナウンスが流れて、音楽が鳴りはじめた。ああ。お別れだ。
    「どうしますか」
    「えっ?」
     七海は、じっ、と対のみどりで悠仁を見ている。
    「きみ、一緒にきてくれますか?」
     音楽が、おわりそうだ。そう長い音楽ではない。じき電車が出る。
    「え?」
    「あたたかいところにでも行って、死のうかと思って」
    「はっ?」
     プルルルルル、発車の最後通告。
    「でもきみが一緒にきてくれるなら、死ぬのはやめようかな」
     プルルルルル、鳴り止む、もうすぐ。あと数秒。みどりはただ悠仁を見ている。じっと。瞬きもしないで。悠仁は、一瞬で思考を張り巡らせた。
     死ぬ?何言ってんだ、一緒に行く?ついていくってこと?ナナミンに?この電車に乗って?でもこのあと任務が。今日は任務がある。五条先生が。悠仁。つけ込まれるなよ。行ってすぐ帰ればいいか?あたたかいところ、どこまで?日帰りできるか?悠仁、関わるな。任務何時集合だったっけ?悠仁!死ぬ?本当に?どうしよう。どうしよう。
     どうしよう。
     みどりが悠仁を射抜く、音が止む。
     シューッ!とドアのしまる音が響き、慌てて悠仁は、七海の手を掴んで電車に乗り込んでいた。
     すぐ脇でドアが閉まる。完全に閉まる。また音楽が鳴って、一瞬静かになる。背中にどっ、と汗をかいた。ゆっくりと、ゆっくりと、電車は動きはじめる。
     信じられないおもいで、悠仁は七海の顔を見る。ドコッ、ドコッ。心臓が派手な音をたてはじめた。
     しばらく悠仁と七海はお互いの顔を見合っていた。悠仁はそのあいだ息をしなかった。耳のあたりで、ドコッドコッ、と心臓の音がするよう。
     じっと悠仁の顔を見ていたみどりの二対は、そんな悠仁を見ながら、キューッと細められ、その一瞬あとには悠仁は、七海にきつく抱きしめられていた。

     んふ

     抱きしめてきた男が、悠仁の耳元で笑っている。笑ってんじゃねえよ、とあたまのなかでよわく悪態をつく。笑ってんじゃねえ、笑いごとじゃねえ。
     悠仁は恥ずかしいほど、汗をかき、がたがたと震えていた。んふふ、と男はやはり笑っている。恥ずかしい。こんな。どうしよう。任務、五条先生、電車、任務。ごめん、先生、ごめんなさい。
     なにがおそろしいのかわからないけれど震えがとまらず、悠仁は呼吸を乱した。七海はそれを、力をゆるめずに抱きしめ続け、かわいそうに、と耳元で言う。
     かわいそうと言われて、惨めで泣きそうだった。腹の底が震え、あつい空気のかたまりがせりあがってきて、かちん、と悠仁は歯を食いしばる。そうしなければ嗚咽がもれそうだった。格好わるくて恥ずかしい。拳が震える。
    「一緒にきてくれてうれしいです」
     七海は歌うように言う。

    「うれしい」

     うれしい。
     それじゃ、いいかと思った。手品にかかったみたいに肩から、少し力が抜ける。
     うれしいのか。この男。目の前のきれいなこの男がよころぶのであれば。
     悠仁はじょじょに力を抜く。まあいいや。なんとかなる。いいや…いい。
     七海はからだをそっと離して、真正面から悠仁をみた。それからまた、キューッ、と目を細めて笑った。

     震えは、いつのまにかおさまっていた。


     あたたかいところって、いったいどこだろう。



     終
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    recommended works

    poskonpnr

    DOODLEisrn
    ワンドロお題の「夏休み」から連想ゲームをし、全く関係ない話になりました なんか夏 なんかまだブル─口ックおる
    +1Hぐらいやってる気がします すいません。。
    「え」
     嗅ぎ慣れたような匂いに凛は意識を戻した。辺り一面が白一色の部屋を見、ここが医務室の類であるとすぐに判断して首を回す。こめかみに鈍い痛みがあった。
    「あ、糸師さん、具合どうですか」
     返事をするまでもなく、看護士らしい男が凛の横たわるベッドをのぞき込んだ。そのスクラブを見るに、どうやらここは練習場にある医務室でなく病院らしい。
    「……っす、大丈夫です……?」
    「全然、無理しなくていいですよ。糸師さん練習してたんですけどね、倒れちゃって。覚えてます?」
    「……あ」
     久々の早朝練、まだあたたまりきっていない空気が心地良かった。気温の上昇を嫌って練習自体は昼前には終わることが決まっていたが、いつにもまして気をつけて水分は摂るようにしていたつもりだ。ただ、思ったより蒸し暑いのは気になっていて、あるタイミングから吐き気がしていたように思うが、それがどれくらいの時間帯のことだったのかはもはや分からない。覚えているとも、いないとも取れる微妙な相槌で凛が返すと、看護士は大して気にも留めていないように笑った。
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