「いいよ自分でなんとなくやるし。俺感覚派だから」
こいつの不真面目は今に始まった事ではない。しかし昼彦はこのあと妖刀契約者暗殺の任務を任されているのだ。斉廷戦争での妖刀契約者や六平千鉱と交戦する可能性がある。自分は刀剣を使わないとしても相手の戦い方を知っている方が戦りやすいだろう。それに昼彦の性格上、誰かの暗殺が成功し次第、妖刀で戦おうとするはずだ。やはり少しでも事前に剣術を身につけさせたい。
「うるさいな……。久々李真面目すぎてしんどいんだってば」
口論は加熱し互いの口調は怒気を帯びてくる。昼彦の丸い目は今は細く吊り上がり、小憎たらしさを増していた。
「ちょ、ちょっと二人とも。落ち着いてよ」
口論を近くで聞いていた昼彦の相棒は、どんどん語気を荒げていく俺たちに動揺し始めた。しかし俺たちはそれを無視して口喧嘩を続ける。
「あーもう、ウザいウザい」
昼彦が悪態を吐きながら頭を振った。昼彦の色素の薄い髪が頭の動きに遅れてふわふわと揺れる。この状況に似つかわしくないお可愛らしい様に無性に腹が立って、俺は昼彦の後ろ髪を掌いっぱいに掴んで強く引っ張った。
「だいたいこの髪はなんだ!! ちゃらちゃら伸ばしやがって! 戦闘の邪魔だろ!!」
細い髪が一本一本俺の手に纏わりついてくる。この感覚も言いようがなく不快だった。
「……放せよ」
昼彦は低い声でそう言って俺を睨みつけた。昼彦の眼光は鋭く、冷たく、俺は少し背筋が寒くなる。昼彦は俺を睨みつけたあと乱暴に俺の手を振り払うと部屋を出ていった。
「久々李! 今のはよくないよ」
一部始終を見ていた昼彦の相棒が俺に話しかける。俺の胸あたりの高さにあるその顔は青ざめて血色が悪くなっていた。
「お前も昼彦の肩を持つのか」
昼彦はやたらと周囲に甘やかされる。幽といいこいつといい、斗斗だって、俺が不満を口にしたらたしなめてくる。俺は半ば諦めの境地で昼彦の相棒を見下ろす。
「そういうわけじゃないけど、えっと……」
昼彦の相棒は何か言いたそうに口ごもる。「なんだよ?」と俺が言葉の先を急かすと、昼彦の相棒は辿々しく続けた。
「子供の頃、久々李は昼彦の髪を褒めたでしょ。だから昼彦は髪を伸ばしてるんだと思うよ」
(え?)
そんなことあっただろうか。俺は古い記憶の糸をたぐるも全然思い出せない。キョトンとしているであろう俺の顔を、昼彦の相棒は気まずそうに見上げてくる。
(いや、仮にそういうことがあったとしても、昼彦がそれを理由に髪を伸ばすか?)
あの昼彦が、俺に褒められたからという理由で髪を伸ばすだろうか。そんな性格だろうか?あいつ。昼彦の相棒も同じことを思い至ったのか目を泳がせながら
「俺はそうだと思ってたけど、昼彦がそう言ったわけじゃないから違うかも。ごめん。忘れて」
と言った。
(なんか面倒臭いな)
真偽はどうであれ別に昼彦の髪はどうだっていいのだ。問題は昼彦が剣術を舐めていることなのだ。……いや、俺もイライラし過ぎたか。幽は昼彦の自由にさせろと言っていたし、俺が気を揉むようなことではないのかもしれない。
(もう昼彦には構わないでおこう)
あのあと昼彦とは一言も口を聞かないまま、俺は別の仕事のためにアジトを離れた。
✳︎
(どこだ座村の娘)
俺は今、京都殺戮ホテルに来ている。人質にするために追っていた座村の娘がここに逃げ込んだかもしれないのだ。娘を探してホテルの廊下を歩いていると携帯が震えた。斗斗からメールが来たようだ。俺はすぐにメールを確認する。
「昼彦が!? 馬鹿かよ!!」
その内容に衝撃を受けた俺は思わずそう叫んだ。斗斗によると昼彦が殺戮ホテルに来ていて、ホテルの従業員と交戦中らしい。ここの従業員達は礼玄一刀流免許皆伝の手練ればかりだ。妖術を使えなくなった昼彦じゃ分が悪い。加勢しに行かないと……。
(もう構わないでおこう)
不意に数日前のことが思い出される。昼彦と喧嘩をして距離を置こうと思った時のことを。
(いやいや、流石に見殺しにはできん)
俺は僅かな逡巡のあと昼彦のいるロビーへと走った。
刀を打ち合う音が響く。俺が初めに目にしたのは一人の男を袈裟斬りにする昼彦の姿だった。
(!? 昼彦、礼玄一刀流が身についている?)
よく見ると身についているというほどではないが、明らかに礼玄一刀流を参考にした太刀筋である。昼彦も六平千鉱同様、見様見真似で剣術を学ぼうとしているのか。俺に師事しなかったことは癪だが、ここは介入せずに様子を見た方が良さそうだ。昼彦はまだ数人残っている従業員達と戦っている。俺はそれを物陰から見守ることにした。
(あいつ髪をまとめてるのか?)
初めは昼彦の動きに夢中で気づかなかったが、よく見ると昼彦は髪を団子状にして後頭部にまとめていた。
(お、俺が邪魔とか言ったからか……?)
ズキリと胸の辺りが痛くなる。いやでも昼彦だって悪いんだから……。俺はうじうじと心の中で言い訳を重ねた。そうしているうちに昼彦はバッサバッサと敵を斬り伏せ、残るは受付の男一人になっていた。
「もうあんただけだよおっさん」
床にも壁にも血が飛び散り、男たちの斬られた腕や頭部が散乱している様は悲惨の一言だ。その中心で童顔の青年が佇んでいるのは、この仕事に染まっていてもアンバランスだと感じる。
「剣術って案外大したことないね」
昼彦が受付の男にかけた言葉に思わずムッとする。しかしそう思ってしまうのも仕方がないのか。幽が高く買っている通り、昼彦には才能があるのだ。剣術だって感覚で身につけてしまうのかも。
「俺、千鉱に会いに行きたいから受付通してよ」
昼彦は受付の男に飛びかかる。
(不味い!!)
瞬時にそう感じた。昼彦も同じだったようで、昼彦の表情が固まる。そうか、この男が京都殺戮ホテル支配人・戦国与次郎。このホテルで一番の実力者。
ギィィイン
全館に響き渡るような音に耳を塞ぎたくなる。刀を握る手はビリビリと痺れ、重い衝撃が身体中に広がった。その一撃はあまりに重く鋭く、目の前に火花がちらつく。俺は昼彦と戦国与次郎の間に割って入って与次郎の刃を受け止めていた。
(やはり実力が段違いだ)
他の従業員達は昼彦でも通用したが、戦国与次郎は昼彦にはまだ早い。俺たちは与次郎の一撃に吹き飛ばされ受付から少し離れたところに着地した。
「く、久々李」
昼彦だって相手の実力が測れないわけではない。珍しくおっかなびっくりしている様子は少し可笑しかったが、このまま大人しく引き下がってくれるのなら助かる。
(やはりこうして間近で見下ろすと気になるな)
いつも見ている長髪は、今日は簪でまとめられていた。どうまとめたのか知らないが少しぐちゃっとしていて、鮮血が染み込んで赤い模様を作っている。先ほどのうじうじとした気持ちがこみあげて来たものの、俺は上から昼彦の頭を掴んだ。
「頭ッ!! 似合ってるぞ!!!」
声が裏返りそうになりながらも俺はそう叫ぶ。昼彦の頭は温かかった。指の腹に髪の感触が伝わる。俺はこの感触を知っている。そうだ、思い出したぞ。
(確かに俺は昼彦の髪を褒めたことがある)
まだ俺も子供だった頃のことだ。昼彦の桃色の髪が珍しくて、綺麗で、こうして頭に触れたことがある。感嘆している俺に昼彦は得意げにフフンと鼻を鳴らしていたっけ。
「ハァ?何それ」
昼彦の呆れたような声で現実に引き戻された。回想している場合ではない。戦国与次郎と戦わなければ。
「こいつはまだお前の手に負えん。下がっていろ」
言ってから「しまった」と思った。この言い方だと臍を曲げて反発してくるだろうか。しかし昼彦は意外にも「はいはい、熱血剣士さん。俺は千鉱のところに行ってくるから、こいつ片付けといてね」と言ってひらひらと手を振った。心なしか声が弾んでいる気がする。六平千鉱に会えるからか?でも俺たちの仕事は人質として座村の娘を確保することだ。それを忘れるなよ。
「よろしいでしょうか?」
戦国与次郎が俺に声をかけてきた。ああ。もちろんだ。しかし律儀に待っていてくれるとは。そう声に出しはしなかったが、与次郎は俺の心を読んだかのように言葉を続ける。
「横槍を入れるのは無粋ですから。それにあなたはずっと気を張り詰めていらっしゃったから、どうせ不意打ちはできませんよ」
与次郎は肩をすくめてみせた。そういう与次郎にも一切の隙はない。雑談している最中にも痛いくらいの殺気を感じる。
(強者との対決だ)
俺はふつふつと沸き上がる斬欲に身を任せ、刀の柄を握りしめた。