「起きろ」
布の擦れてる音がする。揺さぶられる感覚。
きっと彼に起こされているんだろう。
彼とは誰だ?
「……ねむい」
「眠い訳あるか。もう10時間以上眠ってるぞ」
それでも動かない自分に、深い溜め息と共に、毛布を剥がされる。
瞬間、馴染みの無い冷気が身体を包み込む。思わず身体を身震いさせてしまった。
懐かしい感覚。しかし、私はその正体を掴む事が出来なかった。
これは一体?
「いじわる」
「そのまま眠りこけて、後でグズるよりは何倍もマシだろ。大体前もそうだったじゃないか……、───」
頬を膨らませ、不貞腐れた顔を見せる。文句を一つ言えば、十になって返ってきた。
煩わしくて耳を塞げば、男は少し寂しい顔をする。
「悪い。お前の悪口を言いたかった訳じゃない」
「……」
謝罪の言葉を口にしても、私が耳を塞いでいたからだろうか。男は近くにあった棚から何かを手に取る。
次に振り返ってきた時には、目の前に白くてやわらかい、真っ赤なリボンがあしらわれた熊のぬいぐるみがあった。
どうしてこの男が持っている?
「ほら、コイツも泣かないでくれってアンタに言ってる」
無理矢理引き上げた声による下手くそな演技。ぎこちなくぬいぐるみの腕を動かして、泣き止むように告げるその仕草に、時間の無駄だと感じてぬいぐるみを受け取る。
「……、くま」
抱きしめた時に腕に伝わるこの子の毛の感触に自然と目を細める。
懐かしい?
私の機嫌が直った様子を見れば、男は口元を緩め立ち上がり口を開いた。
「パンケーキ。食べた事はあるか?」
「パンケーキ?」
首を傾げる、ない。
この時はまだ食べたことが……。
待て、私は何を見ている?
「小麦粉も卵も高くなってたけどな。職場から運良く貰えたんだ」
「……わぁ」
ラップの包みを外せば、皿の上でやわらかいケーキが跳ねる。それから漂う甘くて暖かい匂いが自分を迎えた。
この時の食料の相場は高かった。それに小麦粉や卵となれば、それ相応の値段はした筈。
そんな貴重なものを自分に振舞ってくれるこの男は本当に誰なんだ?
私は何を忘れている?
「そんな気にしなくていい。お前の為に作ったんだから」
「……、うん!」
フォークを握りしめ、彼が切り分けてくれたケーキに突き刺す。
シロップがたっぷりかけられた欠片を口に含めば、甘味が全身に染み渡たるようだった。
「美味しい!」
「それは良かった」
私の笑顔を見れば彼は目を細めて笑う。
その顔を見て、私も心做しか無いはずの心が温かくなった。
幸福とはまさにこの事なのかもしれない。
「全部食っていいからな」
「やだ。███も一緒に!」
慣れない言葉を口にする。
それなのに、私はこの名前に違和感を覚えなかった。
そうだ、彼は。
───────
─────
───
ぶつんっ
「、っ!」
飛翔型ピットに腸を食いちぎられた衝撃で目を覚ます。怪物たちの喚き声と共に、仲間たちの攻防を繰り出す音で意識が段々と覚醒する。
「チッ、こんな時に余計な事に意識を向けるな阿呆が!」
帽子を被り直し、深呼吸と共にバットを強く握りしめる。己を奮い立たせる為だ。
「スプートニク!管理者に一番近い貴様が叩き続けろ!ミリアは彼女の援護をしろ!」
一段と甲高い声が血肉の塔に響き渡る。
「後衛の奴らは彼女らが動きやすいように雑魚を潰せ!」
精一杯声を張り上げる。
「傷付いたものは私から離れるな!全て受け止める!!」
眼前の敵を叩き潰す。行く手を阻む敵を叩き潰せばいずれ分かる筈。
その時まで、己は歩み続けるのみだ。