素晴らしき哉、不運! 「南蛮人には信仰する神の子が世に生まれたことを祝する“降誕節”という風習がある」という話を福富屋から聞き齧った学園長の突然の思いつきにより、冬季休暇の只中にもかかわらず学園内で全校パーティーが行われることになった。
各々がその準備に追われる中、留三郎は異邦人の風習に乗ることへどうしても納得がいかない。そんな彼を見かねた伊作は「降誕節は救世主が現れて世界が変わり始めた日。それは何も神の子だけの話ではなくて、世界中の誰もが生まれた時点で世界を変えているのだ」と語りかける。どういうことかと理解に苦しむ留三郎へ伊作は、ちょうど1年前に川で溺れている哀れな南蛮人を救けた時のことを話し始めた。
1年前、当時五年生だった伊作は、進級要件として言い含められていた個人の野外実習に行き詰まり途方に暮れていた。成果物として持ち帰る筈だった潜入先の物品の数々を、紛失したり他人に譲ったりしているうちにすべて手放してしまったのだ。このまま手ぶらで帰ればきっと進級はできない、友人たちと別れ、或いは学園を追放されるかもしれない。やはり自分に忍の道は務まらないのではないだろうか──そう考えるうちに冷たく流れの速い川が目につき、ぼんやりと極端な選択が伊作の頭を過ぎる。
ところがそこに、川に流され溺れかけている南蛮人の男が1人横切った。伊作は思わず夢中で救助活動に手を出してしまい、最終的には無事に川から南蛮人を引き上げることに成功する。南蛮人は伊作の名を聞くや否や「アブラハムの子、笑いの子」と大いに感謝を述べ、聖書の中の“イサク”という人物について話し始めた。
「神への捧げ物として、年老いた父親に焼き殺されそうになった息子」というイサクの身の上に自身に通じる不運さを見出した伊作は一瞬不貞腐れるが、南蛮人は「イサクがいなければ、神は人間を見限ったかもしれない。今の世界があるのは彼のおかげでもある。イサクは確かに世界を変えたのだ」と諭す。
「名前が同じだからと言って、きっと自分には世界を変える力などない。不運のせいで周囲に迷惑を掛けてきたし、それでも不運が起こる度に何度か立ち直ってきたけれど、今回ばかりはそうもいかず取り返しのつかないことになってしまった。どうすることもできなくて、目の前の川に流されてみたらどうだろうかと考えていた時に、溺れているあなたを見つけた」と呟く伊作に、「あなたは私の命の恩人、さっき世界を変えたばかりじゃないか」と南蛮人は励まし、次の瞬間、目の前に「善法寺伊作が存在しない世界」の不思議な光景が現れ始めた。
学園に入学した留三郎は一人部屋で、喧嘩っ早い性格を周囲に理解されず次第に孤立していき、傷を適切に処置してくれる同室が存在しないため傷痕が数多く目立つようになり、終いには実習での負傷が元で命を落としてしまった。
仙蔵も、体格や調薬などの共通の理解を持った友人に恵まれず、文次郎の存在こそあっても伊作のよく知るような高潔で完璧な雰囲気は何処にもなく、また火薬作りも捗っていない様子であった。
文次郎も留三郎と相変わらず喧嘩ばかりしている様子だが、有効的な仲裁役が殆どいないせいでふたりは三年の終わりに決定的な絶好状態となってしまった。実習で動線が重複しても協力し合う姿勢が見受けられず、実際この世界に於ける留三郎の死は、文次郎が彼を見離さなければ避けられた可能性が大いにあった。
小平太の無茶を止められる存在も長次しかおらず、傷を作っては放置するため小平太は感染症に度々苦しめられるようになった。また塹壕掘りはこの世界の彼もよくやっているが、「行き当たった落とし穴の中に誰かが残っている」という発想が足りず、ある時図らずも苦無で後輩に大怪我を負わせてしまい精神を病んでしまった。
長次は話好きの友人を得ることができず交友関係の輪が広がらなかった。顔の傷のせいで無口無表情になってからは拍車が掛かってしまい、孤立する中で小平太の存在に依存するようになった。事故で狂ってしまった彼に引きずられるようにして、長次もまた狂気に陥ってしまった。
そして当然だが、これまで伊作の治療や救助を得て生き延びてきた人々にはそれが与えられないため、学園の内外で死者や負傷者、病人が甚だしく増えてしまった。件の南蛮人も勿論、伊作がいないので何処までも流されてしまい、やがて──
自分ひとりがいないだけで、友人たちは碌に関わり合うこともなくこんなに孤独になってしまうのかと戸惑う伊作は「どうか元の世界に戻って欲しい」と強く願い、その通りになったことへ大喜びした。「あなたは自分の不運が周りに害を与えていると思うかもしれないが、そうじゃない。寧ろあなたが彼らの間にいるだけで、不運も吹き飛ぶほど沢山の幸せを与えているのだから、それをどうか忘れないで」と言いながら南蛮人は去っていき、伊作は仲間たちの待つ学園へ帰っていった。すると失くした筈の成果物が知らぬ間に5つも提出されていることを知り、それらは友人たちがひとつずつ伊作の代わりに「伊作のもの」として持ち帰った品々であることも判明した。こうして伊作は課題達成を認められて無事に六年生への進級を果たしたのであった。
「南蛮の人たちは、世界を変えてくれた救世主に“ありがとう”が言いたくてお祝いをするのだと思う。そんな人がこの世界にいたかどうかなんて俄には信じられないけど、でも自分と出会ってくれた一人ひとりに“出会ってくれてありがとう”と伝えることはできる。僕は今日をそんな日にしたい」と語る伊作に留三郎は漸く奮起し、「伊作がそう言うなら盛大にやらないとな」と屈託なく笑った。
それと同時に会計員会から異例の大盤振る舞いが通知されて動揺と歓喜が学園中に広まるのだが、それはまた別の物語……。