【飯P】雨音の下、マントの内 枯れ果てているように見える冬野にも、目を凝らせば水仙や冬わらびの緑が点在している。一度目につけば、周りが寂しい枯野であるが故に、より一層その生命力でもって視線を引き付ける。
久々の手合わせの合間、僕とピッコロさんは大きく抉れた岩壁の内に腰掛けていた。休憩といっても、北風に嬲られては余計に体力を奪われるばかりだ。ここにいれば他より少しは風を避けられる。厚い雲に覆われた空は重苦しい灰色で、冬の割に空気も湿っていた。
「お前、少し腕が落ちたんじゃないか」
ピッコロさんが侮るように言うので、僕はむっとする。確かに、ハイスクールへの入学を控え、以前ほど鍛練に打ち込めていない……とはいえ、今の手合わせでは特段押されてもいなかったはずだ。
「じゃあ、このあとはピッコロさんが立てなくなるくらい打ちのめします。マントとターバン、取った方が良いですよ。身軽にしてないと一瞬で終わっちゃうから」
「余計な世話だ。おれはお前が机に向かっている間も、日々鍛練を重ねている」
軽口を叩き、僕らが立ち上がりかけた途端、曇天の底から細かな雨粒が落ちはじめた。足が止まり、顔を見合わせる。言葉には出さずとも、どうしようか、と互いに迷っていることが分かる。諦めて帰るか、少し様子を見るか。
「……小雨だし、すぐ止むかな?」
「かもな……」
示し合わせるでもなく再び腰掛け、それぞれにため息をつく。せっかく久し振りに二人で修業しているのに、簡単に帰りたくなかった。絹のようにつややかな雨糸が、乾いた冬野を見渡す限り覆っている。
「なんか僕……寒くなってきました」
「汗が冷えたんだろう。拭くものか、着替えは?」
「ないです……」
ピッコロさんが呆れている。あんまり久し振りだから、嬉しさが先に立って何も持たずに出てきてしまった。いや、雨でなければそれでも問題はないのだ。家まではそう遠くもない。
「こっちへ寄れ」
ピッコロさんが僕の腕を引く。素直に近付くと、着けたままのマントを僕の肩へも羽織らせてくれる。厚手のマントは、軽く羽織るだけでもあたたかい。身体の触れ合うところから、体温が融け合いはじめる。
「昔はよくこうしてマントに入れてくれましたね。もっと身体が小さかった頃」
懐かしい思いで、僕は間近からピッコロさんの横顔へ目線を投げ上げた。背が伸びたことで、少し窮屈にも感じる。腕に腕を絡めると、かすかに困惑する気配が伝わってきた。
小さな頃と同じように気遣ってくれるのは嬉しかった。しかし僕の気持を分かっていて、この気安さだ。既に何度も、半ば強引に身体を奪った僕に対して、油断が過ぎやしないだろうか?
「あったかいですよね、これ。でも、道着はこんなに薄着で……寒くないですか」
隠されている胸に腕を這い込ませて、大きく開いた衿元まで辿り着く。道着の内にまで手を忍び込ませても、戸惑いこそあれど僕を強く制することはしない。どこからが情欲で、どこまでが子供の戯れか、判断がつかないのだ。肌理こまかくしっとりとした膚を思うさま撫でまわし、それでも僕はマントから追い出されることはなかった。
「僕、はじめに会った時よりだいぶ大きくなりましたよね」
「……そうだな」
「なのにこんなにくっついて、マントの中へ入れたりして、大丈夫だと思ってるの?」
僕の声音に不穏なものを感じたのだろう、身構えようとしたピッコロさんを、僕は地面へ仰向けに押し倒す。砂と土のくすんだ地面に、真っ白なマントが眩しく広がる。起き上がろうとする身体を押し留めて、僕はその腰に跨がった。
「ふふ、誰の腕が落ちたって?」
「悟飯、重いぞ」
「そうですか? じゃあこっちの方がいいかな」
ピッコロさんを組み敷いて地面に肘をつく。マントごと地面へ縫い止められて、身動きが取り辛いに違いない。
さっき撫でまわした胸元へ、再び手のひらを忍び込ませる。今度は劣情が込められていると明確だからだろう、かすかに身震いするような反応がある。この体勢で、更に縫い止められていれば僕を押し退けられないと悟っているのか、抵抗らしい抵抗はなかった。
「雨が止むまで、どうせここから出られませんよ。別なことしましょう。ピッコロさんが立てなくなるくらいね」
「生意気な……」
身体を屈め、僕を睨み上げるピッコロさんの唇を塞いだ。薄い唇が、雨天の冬風にすっかり冷えている。しかし舌を挿し入れた咥内はあたたかく、同じように体内もあたたかいだろうと思われた。舌を絡め取り、唇を甘く食む。角度を変え、深く唇を重ね、しつこく咥内を探ると、こぼれる吐息が少しずつ色を帯びてくる。
耳介に歯を立てながら、片手で脇腹を撫で下ろす。帯を引き抜き、触れるか触れないかで下腹部を辿ると、吐息にかすかに喘ぎが混じった。完全に脱がせたとしても、マントがシーツになってくれているから、粒子の荒い砂に寝そべらせるようなことにはならないはずだ。
雨脚は先程より強くなって、枯れた叢を打つ音が騒がしかった。乾いた砂土が雨に濡れた時の、かさついた匂いが漂ってくる。春夏の土の匂いとは全く違う、無機質な匂いだ。
妙に大人しいピッコロさんを見下ろす。そう強く情欲を煽られた様子はないが、呼吸を整えようと深く息を吐いている。
「ほら、大丈夫じゃなかったでしょ? 油断して、平気で人をマントへ入れたりするから」
「大丈夫だ……」
「大丈夫じゃないでしょう、こんなにされて」
僕は下肢に手を這わせ、反応を得ようとする。じっと見下ろしていると、わずかに潤んだピッコロさんの瞳が、真っ直ぐに僕を見た。
「大丈夫だ。マントの内に誰を入れるかくらい、選んでいる」
「え……」
「お前だけだ、ずっと。だから、何があろうと大丈夫だ。お前がすることならば」
平然と、迷いなく言い放つので、僕は何も言えなくなってしまう。
僕にとって、この人のマントは威厳ある師の象徴であり、幼い頃から追い続けた想い人の後ろ姿でもあった。はじめて会った日、荒野に僕を置いて行ってしまったあの後ろ姿を、追っているものと、ずっと思っていた。追って追って追い続けて、求め、強引にこじ開け、剥ぎ取ったものだと。
けれど違った。剥ぎ取ったりこじ開けたりしなくても、もともと開かれていたのだ。僕だけに。
僕はピッコロさんを助け起こして、その場で抱きしめた。懐かしい手のひらに、背中を軽く撫でられる。
「乱暴に扱って、すみません。痛くなかった?」
「ああ、痛かったぞ。それに重いし、動き辛くされて不快だし、生意気で腹立たしかったな」
「それは……すみません、一応」
なんとなく脱力して、目が合うと笑ってしまう。
雨が上がる様子はない。けれど、もう別のことをしようとも思わなかった。抱き合っているのに劣情は呼び起こされず、ただ幸福感だけがあった。
「ピッコロさん……寒いです」
短く相槌を打って、ピッコロさんはマントを肩からかけてくれる。
向き合ったまま胸に抱き寄せられ、両肩にマントを被せられると、並んで羽織るよりずっとあたたかい。まるで一つの生き物になったように思えて、雨音の中に満足感だけが満ちていた。