【飯P】不知火の海原 夏の夜、波打ち際の草場に腰掛けて、師弟は遠い海を眺めていた。湖や狭い湾と違い、視線の先には星空と、真っ暗な海原が広がるばかりだ。
そう、そのはずだった。しかし今日に限っては、水平線にいくつもの光が留まり、暗い海を彩っている。
「漁船か? にしては、動かないな」
「あれは船でなくて、不知火ですね」
「シラヌイ……」
「うん。本当はあそこには何もなくて、海の蜃気楼みたいなもの」
悟飯は顔を上げ、ごく簡潔に説明する。不知火は横一列に水平線に点在し、灯籠を持った何者かの行列のようにも見える。
「……子供の頃、あれは魚や、海の妖精が焚き火を焚いてるんだって教わりました。船であそこまで行って、一緒に焚き火を囲むと、仲間になれて……海の世界で、魚や妖精と、ずっと一緒に暮らせるって」
「海の世界か……こう暑い日が続くと、信じたくなる話だな」
悟飯は短く声をたてて笑い、草地に置かれたピッコロの手に自らの手を重ねた。幅狭の手は気温のためか熱くなっており、悟飯の手から逃れようとすることもない。
吹き抜ける海風は、ひどく生ぬるかった。濃い潮の香りが辺りに漂っており、落ち着きのない潮騒と、背後の防風林がかすかに枝葉を揺らす音が、二人の腰掛ける草地にまで聞こえてくる。
「不知火に限らず、僕、焚き火って好きです」
「何故? もっと便利なものがあるだろう、地球人の間には」
水平線の火を左から右へ指でなぞって、悟飯は言い淀んだ。その手を今度は逆向きに動かしてまた一列に辿り、困ったように笑う。ピッコロがなおも答えを待っていると、観念したように肩を竦めた。
「子供の頃……荒野で修業していた時、夜は必ず二人で焚き火を囲んだじゃないですか。あれが、すごく好きだったんです」
ピッコロの脳裏に、荒野の夜が蘇る。どこからか聞こえる獣の遠吠え、風が吹く度に巻き上がる砂埃、乾いた大地の匂い……星空だけは、いつも澄んでいた。
自らの死の影を感じていながらも、あまり恐れはなかったように思う。薪は時に大きな音をたてて爆ぜ、焚き火に小枝を投げ込めば、火の粉がぱっと舞った。炎の盛衰に従って照らし出される、小さな悟飯の、涙の跡の残る笑顔。
「……どうだかな、泣いてばかりいたように思うが」
「そりゃあ、泣いたりもしましたよ、修業の間は。でも、ピッコロさんと焚き火を囲んでると、自然に笑顔になれて……安心できました」
強い潮風が吹き渡ると、不知火がちらちらと揺れた。いつも揺れていた、荒野の焚き火のように。
悟飯は手をとらえたまま身体を寄せて、ピッコロの肩に頬を凭れかけさせた。接触の瞬間だけはほんの少し戸惑うものの、ピッコロは悟飯を押し返したりはしない。悟飯にもそれが分かっているから、恐れることなく身体に触れ、距離を詰める。
「僕、ピッコロさんと焚き火を囲んだから、あなたと親しくなれたのかな」
「おれは魚でも、海の妖精とやらでもない」
「分かってますよ。でも、何日も何日も焚き火を囲んで、今はこうして不知火を一緒に見てる……ピッコロさんの世界で、ずっと一緒に過ごせるかな」
荒野では、焚き火を囲んではいても、こうして身体へ触れることなどできなかった……夢見るように甘い悟飯の口調に、しかしピッコロは惑わされることなく鼻で笑った。
「焚き火など……そんな不確かなものに頼る必要はない」
「え?」
「炎を囲まずとも、お前が望むなら一緒に過ごす」
悟飯は呆気にとられ、それから手を重ねているだけだった腕を絡めて笑った。己が耳に届く拍動は、ずいぶん大きい。密着した身体から伝わる体温は、どちらのものとも知れぬ熱さで、確かに、焚き火など必要なさそうだった。