学パロ🗿🦚「んっ」
思いがけないことに濁った声を零すとトパーズが「どうしたの?」と聞いてくる。アベンチュリンは買ったばかりのリップクリームを睨みながら溜息をついた。
「さっき適当に買ったリップが味付きだったんだよ」
「ああ、最近よくあるわよね。何の味だったの?」
「なんだろう? 甘い。唇に味があると不快だなぁ。コンビニでも買えたっけ? 落としたい……っン」
「バニラ味だな。不愉快だ」
アベンチュリンの唇にキスをしたレイシオは本に視線を戻しながらむすりと眉根を寄せた。アベンチュリンが「だろう?」と返せば、前を歩いていたトパーズがわなわなと肩を震わせて吠えた。
「あんたたちいい加減にしなさいよ! 少しは人目を気にして! 私も居るんだから!」
◇◇↑からの思いつき派生◇◇
図書室の片隅で好きな相手の唇を奪った。
唇を離してみれば、疲れ果てたような視線に見下ろされて何事か文句を言われる前に明るい声で遮った。
「さあレイシオ、今日は何味か分かったかい? 当てられたらもう一度してあげる」
にっこりと笑みを湛えると、レイシオは表情を崩さないまま律儀に自身の唇を舐める。その仕草が好きで、つい見入ってしまう。
「……ブルーベリーだな」
「正解」
彼の不愉快そうな声音に反して声を弾ませ、もう一度口づける。ほんの一瞬だけ触れ合って、パッと身を引いた。
「それじゃあ、勉強の邪魔をするといけないから僕は退散するよ」
頑張って、とひらりと手を振りその場を後にした。
図書室を出た途端、体が熱くなる。気楽な、ちょっと遊びっぽいキスを演出できただろうか。
顔が赤くなってやしないだろうか。こんなふうに胸が騒ぎ立てているとバレていないだろうか。
土日のあいだにこの浮ついた気分を落ち着かせて、来週にはまた平然とキスができる男に見せかけないと。
ふうっと息を吐いて力を入れ直すと、アベンチュリンは熱を振り払うように走り出した。
初めて好きな男としたキスは血の味だった。
想いが通じあって高ぶった勢いのまま、ほとんどぶつかるようながむしゃらなキス。恥じらいも色気もないようなそれに、信じられないくらい溺れた。
初めて得た感情。初めて得た快感。
我を忘れそうになる感覚が恐ろしくて、あの後はしばらくは顔を合わせられなかった。またあんなのをされたら、今度こそ自分がほどけて飲み込まれてしまう。
それでも姿を見つければ目で追ってしまう。触れたいと手が伸びる。でも近付きすぎないでほしい。
自分の厄介な感情を持て余して、ゲームのようなキスをするようになった。
レモン、ストロベリー、チョコ、キャラメル、ハチミツ。あらゆるフレーバーのリップを唇に乗せて何味だったかを問う。当たればもう一回。
我ながらくだらない。素直さの欠片もない。
けれど天才と呼ばれ神童と賞賛される男が、こんなくだらないゲームに律儀に付き合ってくれるのが嬉しくてやめられない。
放課後の図書室で夕陽に照らされながら黙々と本を読むレイシオの前に感情を気取られないようふらりと現れてみせる。
「やあレイシオ、今日も何の味か当ててみてよ」
机に腰掛ければ、椅子に座る彼と目線の高さが同じくらいになって普段よりも程近い場所にある顔に厳しい視線を向けられた。そんなのは気にしていない素振りで軽く体を傾けて唇を触れ合わせる。
顔を引いてみれば、文句を言いたげにしているというよりも困惑したように眉根を寄せているレイシオ。
いつもならすぐに答えが返ってきて、もう一度キスをしてさっさと撤退できるのに。早く。今にも心臓がバクバクとうるさいのがバレそうで急かしたくなってしまう。
けれど唇を舐めたレイシオはこっちのそんな気分を知りもしないで言った。
「すまないがもう一度。味が消えた」
「……まだ正解してないのにそれはナシだ。それともキスがしたいだけの口実?」
にんまりと笑ってからかってやる。勉学一辺倒の男がキスをねだるなんて可愛いことを言うものだ。
だが早々にしっぺ返しを食らった。レイシオは盛大に溜息をつく。
「こんなくだらないゲームを持ち掛けて、口実にしているのは君のほうだろう」
「ああ、レイシオ。種明かしは良くない」
口元に人差し指を立てて、しーっと窘めた。
図星だ。キスがしたいことまではバレてもいいけれど。近付きすぎないでと願っていることはバレたくない。
それ以上の言葉は引っ込めてくれたレイシオはルール違反をしたいわけではないと弁明する。
「本当に何の味だか検討がつかない。石鹸のような味だが……香りならともかく味として楽しむものではないだろう」
「そんな味だった? どちらにしろ答えられないなら君の負けだ」
今日は一回しか出来なかった。どうして当ててくれないんだと拗ねる気持ちは隠して勝ち誇ったように言ってみせ、ポケットで握りしめていたリップを見せつけた。レイシオが手首を掴んできて、緑色のそれをまじまじと見る。
「……抹茶」
納得いかなさそうに呟いた彼は本を机に置いたと思うと、その手をアベンチュリンの腰に回してぐっと引き寄せた。
「ぅわっ!?」
簡単に机から引きずり下ろされてレイシオの膝の上に乗せられる。何事だと顔を上げれば涼し気な表情が間近にあって仰け反った。
「ちょ、反則! ルール違反だぞ!?」
「図書室では静かにしろ」
膝から落ちないように背中を支えられてまた引き寄せられる。
静かになんてできるか。さっきよりもずっと心臓がうるさくて敵わない。近い。顔が上げられない。
「元よりゲームに付き合う義理などないし種明かしは済んだんだ。ゲームはもういいだろう」
「いいって何が……」
「小細工などなしに君に触れたい」
耳元で掠れた声が低く囁く。ぶわりと体が熱を帯びて、ますます顔なんて上げられない。
それなのにレイシオが容赦なく顎を持ち上げた。
焦点が定まらない。たぶん目が潤んでいるせいだ。上手く像が結べない。それでも逆光の中でレイシオの瞳が光ってこちらを射抜く。
獲物を捉えたようなこの視線が体を拘束する。身を震え上がらせる。蘇る血の味と荒い息遣い。食べられる。
ぎゅっと目を閉じた瞬間、鼓動の速さとは裏腹にゆっくりと柔らかなものが唇に触れた。
「ぁ、ぁえ?」
飲み込まれるような勢いなんてものはなく、むしろ穏やかな空気に驚いて目を開く。きょとんとしてレイシオを見上げると、ふっと笑みを零してまた口付けられた。
「んっ」
やさしく触れて、ちゅっと音を立てて甘く吸われる。我を忘れそうなことはない。けれど時間は忘れてしまいそうだ。
もうとっくにリップは舐め取られただろう。それなのに何だか甘い味がする。ゆるやかで力が抜けて、これはこれで目が眩む。うぅ、と唸ると名残惜しくも唇が離れた。
ぼうっとして、さっきまでとは違った感覚でレイシオの顔が上手く捉えられない。
レイシオは自身の唇を舐めるとふうっとひと息ついた。
「君が怖がるのならこれ以上は何もしない。もちろん今のも怖いというのなら控える。君が主導権を握りたいのならくれてやるが、逃げるのだけはやめてくれ」
どきりとした。怯えているのがバレている。
それを咎められるのかと思いきやレイシオは寂しげに声のトーンを落とした。
「君が逃げ帰ったあと、いつも僕の思考は掻き乱されてまとまらない。僕だってそれなりに思い悩むし傷付くんだと覚えておけ」
「それは、……ごめん」
肩を下げてしょげた様子の男に困惑した。
あの時の勢いは何だったのかと疑いたくなるほど優しいキスを思い出して胸がくすぐったくなる。我を忘れそうな恐ろしさも触れたいと思うのも同じだったのだろうか。
レイシオの体を抱き寄せてみる。
同じくらい熱くなっていた。
「……あんなキスのやり方、どこで覚えたんだい」
「僕は考えるのが得意なんだ。実践は初めてだったが……不満点や改善点があるなら教えてほしい。努力しよう」
不満なんてないと言いかけて、はたと思い留まった。少しだけ体を離して顔を見てみる。
こちらの言葉を待っている様子に悪戯心が疼いた。もう怖くない。
だからレイシオの首に腕を回して笑う。
「悪いんだけど、覚えられなかったからもう一回してくれない?」
不意を突かれたように目を丸くしたレイシオは、けれどすぐにふっと頬を緩めた。
「今度はちゃんと考えろ。お互いの今後の為だ」
「僕でも理解できるようにさっきよりもじっくり頼むよ」
お互いに顔を引き寄せ合って、リップが床に転がり落ちた。