【飯P】最期の炎 燃え上がる炎が、山吹色と緋色の間を静かに行き来している。輪郭を変え続ける炎の姿は、あの荒野で毎晩見つめたものと同じだ。
焚き火のための薪を集めるのは、いつもおれの役目だった。はじめは悟飯が自分で集めていたが、薪を集め、食べるものを集め、それから火を熾こし……と余計な時間がかかる。一秒でも多く鍛練に充てるべきだったあの荒野で、役割を分担するのが一番効率的だっただけのことだ。けれど、はじめて「薪を集めておいた」と告げた日、悟飯は想像よりずっと喜んだ。
薪を組むのは、悟飯の方が上手かった。
「お父さんの手伝いで、いつもやってたんです!」
得意気に薪を重ねる悟飯の笑顔は、少しの誇らしさと、高揚と、子供らしい無邪気さに彩られていた。
「ピッコロさんのお陰で、今日は早くご飯が食べられますね」
枝に刺した魚を炙りながら、悟飯は明るく燥いだ。
焚き火はおれたちに、その日の修業を無事に終えたという区切りを与えてくれた。口にこそしなかったが、炎は休息と安らぎの象徴だった。
そのように炎に安息を感じていたのに、まさか灼かれて最期を迎えることになろうとは。最期の炎は、やわらかな焚き火の炎と違い、真っ白な熱線だったが……。
悟飯が立ち竦んだそのとき、思考は生じなかった。殺意に満ちた熱気が眼前に迫る。悟飯の悲鳴が背後から聞こえたが、もはや逃れることは不可能だった。全身を斬りつけられ、隙間なく鞭打たれるような痛みと、烈しい眩しさに飲み込まれて視界すら歪む。熱気は数秒で去ったが、灼かれた身体はもはや姿勢を保っていられなかった。虚しく倒れた地面で、悟飯の泣きじゃくる声だけが、鮮明に聞こえた……。
しかし、悟飯に現世へと呼び戻されてからは、炎は再び安らぎの象徴に変わった。
おれが生まれた日を誰に聞いたのか、毎年ケーキにろうそくを立てて持ってくる。はじめの何年かは、悟飯自ら吹き消していた。一応、おれに吹き消すよう要求はするが、一度断るとすぐに「じゃあ、僕が代わりに消しますね」と笑うのだ。ある年、気まぐれで要求に応じて、ろうそくの火を吹き消した。あの時の悟飯の喜びよう……あんなに喜ぶならば、もっと早く応じるべきだった。
やがて悟天やトランクスが生まれてよりは、やれキャンプだ、花火だ、ガーデンパーティーだと、何かにつけて呼び出された。少し離れて炎を眺めていると、悟飯は必ず隣へ掛けてきた。
楠の木陰に設えられた、丸太をそのまま横たえたような長椅子に座っていたのは、悟飯がハイスクールに通い始めた年のキャンプだっただろうか。
「はい、お水です」
悟飯が隣に掛けて、紙コップを差し出してくる。悟天、トランクスにマーロン、子供たちが焚き火に何かをかざして騒いでいた。
「あいつら、なにを焼いているんだ?」
「マシュマロですよ、溶けて美味しいんです」
「お前はいいのか?」
「僕は……ピッコロさんと一緒に火を見たかったから」
初秋のキャンプ場はまだ緑の匂いも濃く、土も湿り気を残している。涼やかな夜風が吹き抜けると、かすかな葉擦れの音がした。
「こうして火を見てると、荒野のこと思い出します。毎晩、焚き火を囲んでたこと……ピッコロさんが、薪を集めてくれた時、嬉しかったなぁ」
「ああ……あの時も喜んでいたな。夜、少しは楽になっただろう」
「それもですけど……ピッコロさんがくれた薪を僕が組んで……毎日、二人で一つのものを作るって感じで、嬉しかったんです」
そう言った悟飯の笑顔は、荒野で過ごした頃と、少しも変わらない屈託のなさだった。
目の前の炎が一際燃え上がり、不意に追憶から引き戻される。
あれから、何十年になるだろう。いま、炉の中に燃え盛る炎の山吹色は、子供たちがマシュマロを焼いていた焚き火にも、ケーキのろうそくにも、荒野の焚き火にも似ている。どれも悟飯と二人で眺めた、今も心の底をあたため続ける炎だ。
静かにその場を離れ、おれは建物の外へ出た。
火葬場の空は晴れ渡り、長く伸びた煙突から、やわらかな白い煙が静かに上っていく。魂そのものが、煙となって蒼天に溶けていくように。
こんな時、本当ならば喪失感や寂寥に打ちのめされるのだろう。しかし、あいつは最期までおれを苦しめない。懐かしく優しい笑顔だけがまなうらに浮かんで、胸の裡に小さな焚き火を抱えているようだ。涙は一筋もなく、ただただ、長い年月の思い出だけが、穏やかに過っていった。