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    ivantill
    すべて捏造

    あなたになってほしい 何度目からだったかは分からない。
     あの忌まわしい学園では、不定期に天井が開かれ、宇宙を見上げる時間というものが設けられていた。
     いつからかミジはその時間に、星座の話をするようになった。すでに天文学で定められたものではなく、彼女がその場で作った星座と、それにまつわる物語を。
     かけっこ座とかシチュー座とか、彼女がそのとき生活の中で強く意識しているのであろうものが新たな星座として作られ、そこに幸せで温かい物語が付与される。
     それは、歌を作ることにとても似ていた。音符を五線譜で繋いで曲を作り、言葉をメロディと縫い合わせて歌が出来上がる。
     彼女の作った星座と物語から俺が歌を作って、ふたりで発表できたらどんなにいいだろうと曲のアイデアを膨らませながらも、そんなこと提案できるわけもない。
     俺は、スアに語られているミジの言葉を、その声を拾い集めて、俺のなかにミジという星座を作る。可愛くて、美しくて、優しい、一等星だけでできた星座。
     そんな風にひとつひとつの記憶を繋ぎ合わせて、美しい星座になっている人が、もうひとりいる。

     あの日の発端は、ミジから花をもらったことだった。俺だけがミジから花をもらった、と言えれば一番良かったんだけど。
     ミジはまずスアの耳に花をかけてあげて、なぜか次にイヴァンに手渡して。それからすこし申し訳なさそうな顔になって、俺のところまで赤い花を持ってきてくれた。
     ティルの髪の色は落ち着いているから赤い花が目立ってきっと似合うよ、貰ってくれるかな。そう言ってはにかんだ顔は、天使や女神なんて表現じゃなまぬるいくらい可愛かった。
    赤と同系色のミジの髪——いや、ミジならどんな髪の色であっても、俺よりも花が似合うよ。花だけじゃなくて、この宇宙にあるきれいなもの全部が絶対に似合う。いや、どんなものと比べたってミジの方が美しいから、ミジを飾り立てるには力不足だ。なんて。そんな本心を声に出して伝えることはできず、涙をこらえてありがとうと呟くので精一杯だった。
     ミジがスアにそうしていたように、花の茎を髪と一緒に耳の後ろに引っ掛けると、トイレに向かった。自分の姿なんてどうでもいいけれど、せっかくミジが似合うと言ってくれたんだから、一目くらい見てみようと思った。
     だけど俺は、花が床に落ちるのも構わず、額を鏡に打ち付けた。息が詰まるのも構わず、食い入るように鏡を見つめた。
     似ている。あの人に。
     鏡を窓だと思ったほどに。再会できたと勘違いしてしまったほどに。
     それまでも何度も鏡を見るタイミングはあったけれど、首輪や定期的にセゲインに散らされる髪、なにより皮膚の上に焼き付けられた名前を見るのが嫌で、もう随分のあいだ、鏡を見ていなかった。
     十秒たってようやく息を吐き出して、それが自分の顔だと気付いた。
     遠い昔、アナクトガーデンに入るよりも、ウラクに買われるよりも、もっともっと前のこと。
    途方もない熱に抱かれたことを覚えている。
     俺が歌うたび、触れあう皮膚から伝わる彼女の体温は上がり、彼女が見せてくれる表情も感情も、色を増すように鮮やかになっていく。
     彼女が全身から与えてくれる熱と感情があまりにも気持ちのいいものだったから、俺は昼夜問わず歌っていた。あの場所はどこまでも天井と壁が続いていて、そのどれもが開くことなどないから、昼も夜も、太陽ではなくセゲインの管理する点灯と消灯によってきめられていたけれど。
     かつて俺の歌を一番近くで聴いてくれた人のことを、俺はほとんど知らない。
     覚えているのは、彼女にとって俺が愛する存在であったこと。それから、笑った顔、泣いた顔、いつも俺の傍にいてくれたこと。彼女の歌は言葉になっていなかったけれど、俺の発音をたどたどしく真似しながら、ひどくたのしそうだったこと。あとは、溶けあいそうなくらいくっついても寒くてたまらない夜、額や頬に唇を押しあててくれたこと。
     最後の行為に何の意味があったのかは分からないけど、俺にそうする彼女が嬉しそうだったから、俺も稀に与えられるそれがすきだった。一度だけ、あなたもいつか好きな人と、そう言っていたのを朧気ながらに覚えている。
     ミジから花を渡されたときには堪えられたものが、とめどなく顎から滴り落ちていく。だけど瞬きもせずに、俺は鏡を見つめることしかできなかった。
     俺とあの人は、顔がとても似ている。姉弟、というやつだったのかもしれない。
     やがて他クラスとも僅かながら交流ができて、兄弟や姉妹といった存在を目にする機会が増えた。そのどれもが、俺とあの人ほどには、歳が離れていないようにみえた。じゃあ、あの人はなんと表現する間柄だったんだろうと考えたけれど、今も答えは出ていない。どの教科書や本にも載っていなかったし、珍しく先生とやらに質問してみたけれど、どこか言葉を濁して、はぐらかされるだけだった。
     一緒に歌ったこと。
     温かい胸に抱き寄せられたこと。
     何度も撫でてくれたこと。
     それからなにより、俺から歌を奪わないでいてくれたこと。
     数は少なくても確かな思い出をすべて繋いでみると、それはちゃんと、あのひとになる。決して眩しくはないけれど、思い出すたび、かじかんだ指先をほぐしてくれるような星座に。
     だけどいまは、それでも足りないほどの勢いで、指先から体温が滴り落ちていってしまう。
     気付けば、隣に立つ前回の優勝者とやらが、薄ら笑いを浮かべていた。あと五分で開演だという声はすぐそこで鳴っているはずなのに、耳に水が入ったようにくぐもって聞こえる。
     イヴァン。
     冷たくなった指先で、どれだけ記憶を掻き回しても、掬い上げても、あいつのことが分からない。
     空を見上げる。あのステージのときのように雨が降っていないから、星がよく見える。だけどそのどれを繋いでも、あいつにはならない。
     何度も殴られた。俺の方が背が高かった時ですら、一度も勝てなかった。
     ミジのために作った花冠を踏み潰された。
     いくつも物を盗まれた。俺に贈られた誕生日プレゼントでさえ。
     無理矢理、唇を押し当てられた。
     だけどあのとき間近で見た、怒りのようななにかで満ちた目。真ん中だけが真っ赤に燃えていて、あそこだけが、遠くにあるはずの星がすぐ目の前にやってきたみたいで、思わず手を伸ばしそうになったよ。
     初めて言葉を交わしたときも、そうだった。開いた天井から眺める星はただの光にしか見えなくて、思いついたばかりのメロディをどう曲にするかと考えていた。のしかかってきたお前と目が合って。こっちのほうがよっぽど星らしいと思った。
     アナクトガーデンで支給された白い服。第六ラウンドの白い衣装。
     黒い髪。黒い目。
     その真ん中にたたずむ、炎よりも恒星よりも赤い虹彩。
     俺よりも、そして悔しいけれどミジよりも、赤が似合うんだってこと、知らなかった。
     もちろんそれは瞳だけの話で、血だまりと銃創は全然似合ってなかった。
     入学当初俺にずっとひっついてきたときも、在学中も、ステージの上でも、死んだあとになっても。俺はずっと、お前のことが分からないままだよ。
     無視を決め込まずに見つめ返して、あいつから与えられていたかもしれないなにかを全部拾い集めていたら、ちゃんとあいつの形になったんだろうか。せめて、首を締め上げられているときに、一度でも目を開けていたら。
     深く息を吐き出そうとしても、首に残った指の感触が消えなくて、ずっと呼吸は浅いまま。
     ——殺したいほど嫌いだったか、俺のこと。
     問う相手のいなくなった質問を口に出しそうになって、慌てて飲み込んだ。
     あいつは俺に、「ティルは友達いないもんね」と言った。
     俺はあいつと、唇を重ね合いたいとは思わない。でも。
     嫌われていたのかもしれないと考えると、心臓がばらばらになりそうになるくらいには、お前のことをなにかしらの形で好きだと思っていたよ。ミジとも、あの人とも違う形で。俺はそれが友達というものだと思っていたけれど、お前にとっては違ったらしい。
     怒りに似た熱を持った痛みが絶え間なく体中に鳴り響いていて、うるさくてたまらない。だけどすぐにでも止めてしまいたい心臓を動かし続けてくれるものも、もうこれしかない。
     そんな痛みをイヴァンの記憶のなかに加えると、俺のなかにいるあいつが、すこしだけあいつらしく見えるようになった、そんな気がした。
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