微かに聞こえてくる小鳥の囀りにまだ幾らか重い瞼を開き目を覚ます。
遮光カーテンをしっかりと閉めている部屋は朝を迎えても暗い為に小鳥が朝を知らせなければこの部屋は夜と変わりがない。
しかし、今朝はこの静かな部屋に大きな変化がある。
すぅすぅ、とすぐ隣から穏やかな寝息が聞こえてくる。
暗さに慣れてきた視界がぼんやりと眠る相手の輪郭を捉え始めるが、はっきりとは見えないもどかしさにカーテンの開閉が出来るリモコンに手を伸ばし少しだけ部屋に光を取り入れようと僅かにカーテンを開ける。
暗い部屋に一筋光が差し込んだだけでも部屋は明るくなり目の前の顔をはっきり見て取れた。
隣で眠るのは我が親愛なる店長ことアキラくんだ。
昨夜初めて家に招待し密な夜を過ごしそのまま泊まっていくよう勧めた為にこうして今隣で眠っている。
こんな風に誰かの隣で目覚める事になるとは考えたこともなかった。
…こんな風に、あたたかな気持ちで朝を迎えることが出来るなど…自分には縁遠いものだと思っていた。
そっと手を伸ばし頬に触れてみる。
人の寝顔というのは幼く見えるとよく聞くが、なるほど…無防備に眠る彼の寝顔もまたどこか幼く見えて愛らしく思う。
顔に掛かる髪を後ろに流すように撫でれば少し擽ったいのか「…ん、」と彼から小さく声が洩れて身じろぐ。
起こしてしまったかと咄嗟に指を離すが一瞬眉を僅かに寄せただけで直ぐに表情を戻し寝息を立て続けている。
その様子に思わずふ、と笑みが零れもう少し触れても許されるだろうかと、彼の頬から首筋に視線と指を移しそこに赤く残る痕に指を這わせる。
これは昨夜自分が彼に残したものだ。
首筋、鎖骨、胸元まで幾つか残した後を辿った後に掌を彼の胸に宛がえば寝息と同じくトクトクと穏やかな心音が伝わってくる。
じんわりと触れた掌から彼の温もりも伝播し、彼が隣に…目の前にいるという事が現実だという事を実感する。
朝特有の微睡みの時間はどこか夢と現実の狭間に居るかのような曖昧な雰囲気の中で、確かに彼は存在しているのだと言葉の代わりに彼の心音が教えてくれる。
「…ちゃんと生きているよ」
不意に胸に置いた手を握られてまだどこか眠たげな声に心音に浸っていた意識を戻される。
「あまりに起きないから死んでるのかと思われたのかな…」
「…起こしてしまったのなら申し訳ない。まだ朝も早いからな、もう少し眠っていても構わない」
彼の様子を見るに朝はそれほど強くなさそうで再び瞼を閉じれば眠りに落ちるのだろうと思えばまだ眠っていてもいいと伝える。
しかし彼の瞳は閉じる事はなくゆっくりと瞬きを繰り返しながらじっと此方を見つめている。
「…朝でも変わらずヒューゴは綺麗だな…、君の寝顔見たかった」
自分が後に起きてしまったことを悔いるように不服そうな呟きが続く。
「お褒めに預かり光栄だ。寝顔など見てもつまらないだろう…と言いたいところだが、事実君の寝顔に魅入ってしまったからな…その気持ちは理解出来る」
「君だけ堪能するなんてずるいよ」
普段の彼よりどこか子供っぽい口振りで拗ねるような仕草をする様子が愛らしく空いている方の手で宥めるように彼の頭を撫でる。
「おや、機嫌を損ねてしまったかな?」
「…なんだか僕を子供扱いしてないかい?」
どうやら此方が思っている事を察してしまったらしい彼はそう言いながら一層むくれる。
「…君の寝顔を眺めながら、君の睡眠を邪魔したくないと思う反面…起きて欲しいとも思っていた。起きて…、俺に触れて欲しいと」
すり、と素足を彼の足に擦り寄せながら絡ませる。
「…子供相手にこんな事は思わない。…違うかね?」
ごくり、と彼の喉が上下するのを見つけ思わず口角が上がる。
そうして覆い被さってきた彼の首に両手を回せば唇を塞がれ最低限留めていたシャツのボタンを外される。
彼の穏やかな温もりも、刺激的な熱情も、彼の与えてくれる全てが俺を満たしてくれるのだと昨夜と今朝で思い知らされた。
そしてそれは俺にとってもう無くてはならないものなのだと、どんな宝物よりも価値があり唯一無二であると。
「…アキラ、愛している」
「あぁ、…僕もヒューゴを愛してるよ」