「かいちゃんごめんね〜、車出してもらっちゃって」
「いいよ、ついでだし。それにお前まだ免許持ってないだろ」
「取ろうかなあ、とは思ってるんだけどね」
「……取れんのか?」
「あ、今身長見て言ったでしょ! 今の車は座席上げられるって知ってるんだからね!」
「存じております〜。まあ、免許あったらどこでも行けるしな」
ダッシュボードに置いてあるガラスの瓶をちらりと見て、かいちゃんは言った。
私とミラーごしに目を合わせて、それからまた離れる。あ、また壁を作った。私が倒れてから、かいちゃんとは何故か薄皮一枚の距離を感じる。
「海、行きたいな」
ぽつり、とこぼしたら、今度はがっちり視線が合った。
「今から?」
「あはは、予定あるから、……今度、かな」
「ふーん。行きたいなら言えよ。車出すから」
「出してくれるの?」
「なんでそこで意外そうな顔するんだよ。行きたいんだろ?」
「連れて行ってくれるとは思ってなかったもん」
「どうしてだよ」
「なんとなく」
かいちゃんが顔をしかめた。どんな感情だろう? 回り込んでみて見たいのに、今は車の中だから、みることは叶わない。
「かいちゃん」
「なんですか」
「……あのね」
「おう」
「………………なんでもない」
「お前なー、そういうなんでもない、って一番気になるって知ってるか?」
「忘れちゃったんだもーん」
「お前は鶏以下か」
なんで、私のことお前って呼んでばかりなの?
なんで、私と距離おこうとして失敗した、って顔するの?
なんで、かいちゃんの車に似合わないガラスの瓶が置いてあるの?
なんで、なんで、なんで、なんで。
泡のように膨らんでは消える「なんで」に私は蓋をする。いつだったかこぼれ落ちそうになったかいちゃんへの感情を殿堂入りという形で昇華させたように。
「あのね、かいちゃん」
「今度はなんだよ」
「……だよ」
「は?」
「今日はありがとう」
「いいって言ってるだろ。……なんだか今日変だぞ。変なものでも食ったのか?」
「ひどーい! 普通だよ、普通!」
大好きだよ、かいちゃん。
なんでか躊躇ってしまった言葉を、今日も心のうちに埋める。
今日も私は、言えなかった。