お題「記憶喪失」シンキラ「キラさん、大好きですっ」
「……うん、僕も」
屈託なく笑って、なんのてらいもなく好きだと告げてくれる君に、僕はまだ恥ずかしさが勝ってしまってただ頷くだけに留まった。
そんな僕の頬に触れると、君は笑みを深めて唇を重ねてくれた。
優しくて甘い、君そのものみたいな初めてのキスは僕の宝物で、これからもっと増えていくのだと思ったら嬉しくて、その日は珍しく幸せな気持ちで眠れた。
けれど。
※
「ヤマト隊長、プラント本国から緊急連絡です。シン・アスカ大尉がーー……」
格納庫で作業していた僕にその連絡が来た時には、優秀なクルーは既にミレニアムを最大戦速でアプリリウスに向けていた。
シンとルナマリアがプラント本国からの要請でザフト本部に戻って3日。予定ではあと1週間ほどでちょうどアプリリウスに帰港するミレニアムに戻るはずだった。
ちょうど、というか、そうなるように予定を組んだのは僕なのだけれど。
そんな中入ってきた緊急通信は、極秘作戦中にシンが負傷、ザフトの軍病院に運ばれ現在意識不明、ルナマリアは擦過傷は多数あるものの、無事である、という内容だった。
意識が遠のくとはこういうことか、と変に冷静に思った。
実際はいても立ってもいられなくて、ブリッジ内をやたらと歩き回っていたのだけれど。
MSよりもこういう時は戦艦の方が速いことは分かっている。けれどそこまで距離がなかったこともあり、僕はフリーダムで飛び出す気満々でいたら艦長に止められた。
お気持ちは分かりますが。
手首を捕まれ、それだけを伝えられたけど十分で、僕は力無く座り込んでしまった。
コノエ大佐が艦長で良かったと思いながら、ハインライン大尉の怒号も聞こえたから、最大戦速なんてとうに超えて飛んでいるんじゃないだろうか。
その結果、1日もかからずにアプリリウスに着いて、迎えに来てくれていたイザークたちと急いで病院に向かった。
シンは一度目を覚ましたとかで、とりあえず安心する。
けれど。
「様子がおかしい?」
「なんとなく、だがな」
イザークは急ぐから、と慌てる僕をエレカに詰め込んでからまず謝罪をしてくれた。ミレニアム内でおおよその経緯は聞いたから、イザークのせいでは無いと思うけれど、真面目な彼らしい。
それにどんな理由であれど、シンが怪我をした事実は変わらないのだ。
その謝罪を気にしないで、と一言で遮ると、少し不服そうにしながらイザークはシンの意識が一度戻ったことと、その時の様子が可笑しかったことを教えてくれる。
「俺もそんなにシン・アスカを知ってるわけじゃない。貴様の方が分かるだろ」
その言葉にドキッとする。
知って、たっけ?
「貴様がこっちに出向してた時からの部下だからな。俺は貴様越しにくらいしか知らん」
「あ、うん、そっか」
そっちか、と苦笑いしたら変な顔を向けられた。
そうだよね。
シンとの関係が変わったのは、彼がザフト本部に戻る少し前のことだ。だから他に知っている人はいないはず。
君が好きだよ
ポツリと呟いた僕の言葉を、少し離れた所にいたはずのシンに聞こえていて。
それどういう意味のですか?!ってすごい剣幕で聞かれてしまい、僕はもう真っ赤なんてものじゃなかったんじゃないかな……。
でもそれで分かったみたいで、シンは僕の大好きな、真っ直ぐな笑顔で僕を好きだと言ってくれた。
あれからまだ1ヶ月も経っていない。
いつもならいつの間にか着く本部までの距離がもどかしくて、僕は目を瞑って早く早く、どうか無事で、と祈っていた。
だからイザークの視線には全く気が付かなかったんだ。
病院に着くとルナマリアが座っていて、僕たちを見つけると溜まっていた涙がぼろっと零れた。
目は真っ赤に腫れていたから、恐らくずっと泣いていたのだろう。
受けた報告によれば、シンはルナマリアを庇ったらしいから。
「すみません、隊長、わたし、わたしがっっ」
「ーーールナマリア。ルナマリアはどう?」
それにふるふると首を振る。
私なんて、と思っているのだろう。
でも僕にとって君も大事な部下で仲間だよ。心配な気持ちは変わらない。
もう一度名前を呼べば、彼女はまた大きな涙を零して、こくん、と頷いた。
「無事でよかった」
「―――こっちだ、キラ・ヤマト。ホークは退院許可が下りている」
「うん。ミレニアムに戻る?少し自宅に戻る?」
「みれ、にあむに……」
「わかった。トライン副長が外で待ってるから先に戻って休んでて。許可はおりたと言ってもけが人なんだから、安静に」
「たい、ちょ……」
彼女の言いたいことはちゃんと伝わって、大丈夫、の代わりに頭をぽんぽん、と撫でた。
イザークと共にいた彼の部下と廊下を歩むのを見送って、イザークの指す病室へ向かう。
「……キラ」
「ん?」
扉を開ける手が震える。
それをもう片方の手で抑えながら、イザークの呼び掛けに短く返した。
けれどそれきり言葉を発しない彼に、僕は少し上を見上げた。
久しぶりに会ったけれど、キレイな顔にはげっそりするほどの疲れが見えた。たぶん、彼が一番大変な立場なんだろう。それでもこうして僕に付き合ってくれている。
「主治医を呼んでくる。ーーーここで、待ってろ」
「分かった」
開けようとした手を下げて、代わりにイザークに手を振る。
早くシンの様子が知りたいけれど、怖さもある。
意識は取り戻したといっても、ほかは分からない。
だからイザークを待とうとして……中から大きな音が聞こえた。何かが、落ちるような。
「シン?!」
怖さも吹っ飛んだ僕は思い切りドアを開けた。
個室のそこは通常より少し広くて、奥にあるベッドには……誰もおらず、そこから伸びたシーツの先に、シンが倒れていた。
落ちたのだろう。
うっ、と呻いている。
「シンっ」
もう一度名前を呼んで駆け寄る。
手を差し出せばつかんでくれた手は温かくて、こんな時なのに少しホッとした。
「っつ……わるぃ、たすかーー……」
顔を顰めながらシンが僕を見ると、ルビーのように真っ赤な瞳が大きく見開いた。
そこに僕の姿が写って僕は嬉しくなり、また名前を呼ぼうとしてーーーー手を振り払われた。
「えーーーー?」
少ししてジンジンと手が痛む。
驚く僕を真っ直ぐ射抜くのは、燃える炎の、赤。
「なん、でおまえが……」
「し、ん?」
「フリーダムのパイロットがここにいんだよっ」
叫ぶシンの大きな声にバタバタと複数の足音が部屋に乱入してきた。
ディアッカが落ち着け、とシンの肩を抑える。
「大尉、あいつフリーダムのっ!」
「あぁ、そう、だな」
ちらり、と向けるディアッカの視線にも僕は気づかずシンの言葉だけが頭の中を反芻する。
「待ってろと言っただろうがっ」
このたわけが、とイザークに頭を叩かれた。
あんたっ!
そう叫ぶシンの瞳の強さは知っている。
知って、いた。
かつて僕に向けていたものだ。
真っ直ぐな彼はその心を雄弁に瞳に宿す。
今の赤は憎しみの赤。
あの頃、僕に向けていた色、だった。