『古い記録』 全ての命は祝福され、望まれて生まれてきたはずだ。それがひどいノイズと埃、硝煙とオイルの匂いで満たされた世界だとして、生まれてきた理由はまったく、外側にある。
意識を得たとき、彼は小高い塔の上にいた。まわりは金属によって構成されていて、彼自身もそうだった。鋼鉄のからだの内側で激しく青く輝く心がある。彼が生まれるときに望まれた言葉が、身の内で叫ぶのだ。
その言葉はおそらく二通りの人物から預けられていて、果たしてどちらをとるかほんの少し悩んで、どちらも彼は選んだ。
選ぶことこそが彼の最初にすべきことで、そこで初めて世界に色が生まれた。
最初に見たのは、青い光。彼を見上げるその瞳。次いでこちらを貫く閃光。やるべきことはすぐに分かった。
「俺は――」
◆
「ブロードキャスト、何がそんなに気に入らないんだい」
穏やかな昼下がり、サイバトロンの基地内は平和を享受し、急ぎの仕事がないものが集まり卓を囲んで歓談していた。場所として自身のラボを提供しているのは今まさにブロードキャストに声をかけたパーセプターで、それまではバンブルやマイスターの話に相槌を打つ程度に参加してた。
「別に~~? 俺っちは何も言ってませんケド~~?」
「うわすっごいスネてる声」
机に突っ伏して腕で口元を覆うようにし、オプティックだけで不機嫌をあらわにするブロードキャストにバンブルは笑った。いかにも露骨である。
「言わないほうが悪化するんじゃないかな、確かに私たちの話ばかりで君が乗れていないとは思ったが」
マイスターは提供されていたエネルゴンに口をつけてから、つとめてクールに指摘してやる。
「本当になんでもないっていうか、なんにもないっていうか……」
「ああ、思い出話のことかい」
「ヤなことには鋭いんだからヤになっちゃうぜ」
パーセプターの指摘に突っ伏していた机から身を離して後ろ手を組んでブロードキャストは口先を尖らせた。それを見て「機嫌の悪いときのスパイクとそーっくりだね」とバンブルがまた笑ったから、ブロードキャストは横目で睨んだ。
先ほど、ブロードキャストがスネ散らかすまで盛り上がっていたのは戦前のセイバートロンの話だった。バンブルはまだ製造されて間もない頃でいろんな仕事を試していたとか、マイスターは探偵のようなことをしていたとか、パーセプターは今と変わらず科学者をしていたとか。
「戦中生まれだって多いよ、今この場にいないだけさ」
「そうじゃなくってマイスター副官……そもそも俺っち、あんまセイバートロン星の思い出がないなって」
ブロードキャストは製造年数一年程度、上にダイノボット下にエアーボットと製造年数が近いものはいるが、上下とは事情が若干違う。
ダイノボットは完全な地球生まれで、制作したホイルジャックの調整により強力だが凶暴でなかなか制御が効かない暴れん坊たちだ。エアーボットはベクターシグマの力でセイバートロン星の航空機や戦闘機に命が与えられた変則的な存在である。
ブロードキャストはデストロンの情報参謀サウンドウェーブに対抗するべく製造されたトランスフォーマーだ。ブロードキャストの自認も明確にそうである。逆に言えばそれ以外は地球で得たもので、気がついたときには通信員であり自意識の萌芽はほとんど地球の音楽によって育まれた。
「あれ? もしかして覚えていないの?」
いつどのように誰の手で生まれたのか、自分のバックボーンの、肝心な場所が空虚であると嘆くブロードキャストにパーセプターは首を傾げた。
「そういえば、地球にブロードキャストを連れてきたのはパーセプターたちだったよね、オイラ覚えてるよ、ランデヴーにすんごい苦労したから」
バンブルは一年前の合流を思い出した。四百万年前地球に不時着し眠りについたアーク乗組員たち。それとは別のセイバートロン星に残ったものたち、その一団と連絡が取れて後から地球にやってきたなかにパーセプターとブロードキャストはいた。先行したアダムスと、地球から迎えに来たオメガスプリームによる合流作戦は当然のようにデストロンの邪魔が入って大騒ぎだった。
「地球よりずーっと手前の小惑星で待たされてたときのことは覚えてるよ、退屈で死ぬかと思った! この通り俺っちのマイクロチップは至って正常だぜ?」
半信半疑、という目つきだが期待も覗いていた。ブロードキャストのもどかしい空白とこの不機嫌な心に答えがあるかもしれないのだ。
パーセプターはそんなブロードキャストを見て、データをまとめる作業の手を止めた。偶然、手元にあったデータはこれから語る思い出のうちの一つであった。
ひとによれば運命かな、なんて思うだろうか。パーセプターは、そういうこともあるかな程度で片付ける。
「それじゃあ私の記録を見せよう、そしてブロードキャスト、やっぱり君のマイクロチップは調べたほうがいいと思うよ」
肩に装備した鏡筒を壁に向けると、プロジェクターのように光が伸びた。マイスターは気を利かせて照明を落とし、バンブルもわくわくした様子で映像を見る姿勢をとった。
壁に映し出された建物を見て、ブロードキャストのスパークがざわついた。
◆
それはかつて電波塔と呼ばれていたかもしれない施設だった。途中で折れてしまった赤橙の電波塔はその姿ですら周囲のどんな建物よりも高くて目立っていた。戦争の被害を受け破壊された爪痕に、寄り添うように有機的な茶褐色の――おそらく植物――がぐるりと絡みついている。セイバートロン星では極めて珍しい様相で、パーセプターはしっかりと記録していた。
「ビーチコンバー、あれをどう思うかね」
「外惑星から種子が飛来した……とは考えづらいな。誰かが外部から意図的に持ち込んでいる可能性が高い」
おそらく破壊される前から種子が目前の施設で管理されており、管理者ともども機能を喪失した段階から放置されて今に至るのだろうと現時点の仮説を立てる。
パーセプターとビーチコンバーは、エネルギー調達のために拠点から離れこの電波塔の残骸にたどり着いていた。コンボイ司令官や主要のサイバトロンメンバーが惑星探査に出て四百万年、アークとの通信は出立早々に途絶し、しかし残ったサイバトロンの拠点を放棄するわけにも行かず残されたものたちは状況を守るための戦いに奔走していた。
相対するレーザーウェーブもまた事情があるのか攻勢に出てくることはなく、お互い惑星に残されたわずかなエネルギーを取り合い鉢合わせたときだけ戦闘が発生した。
「見たところ、内側は大きな破壊を免れているようだ、塔の上部だけが壊されているから修理次第で通信も使えるかもしれないよ」
パーセプターは鏡筒を電波塔に向けてスキャンする。内部の大まかな構造を把握し、希望がエネルギーポンプを弾ませる。ビーチコンバーも同様に期待し、警戒をしつつ二人は電波塔内部への侵入を試みた。
崩された瓦礫が入口付近に積もって道を阻んでいたが、内部から伸びた植物が瓦礫すら押し上げて隙間を作り上げている。異星の植物の力強さに感嘆しつつ、小柄なビーチコンバーが隙間を抜けて先導する。ビーチコンバーより機体が大きいパーセプターはあちこちぶつかり引っかかって往生したが、なんとか入口を抜けることに成功した。
施設が機能していた頃は磨かれたガラスの扉があったのだろう。今はちゃきちゃきと踏みしめられ抗議の声を上げる破片ばかりがエントランスと入口の堺に散らばっている。
「機体反応は……やはりないか」
「ああ、設備がずいぶん古いよ、我々が知るずっと前にこの施設は攻撃されたんだろうね」
所属を示すインシグニアのない施設内部は、サイバトロン、デストロン両軍団のどちらかを選ぶ前に、あるいは自らの意思でどちらも選ばず失われた命が残されていた。その機体たちもまたすべて植物に覆われまるで守られているような様子だ。
「つるの各所につぼみがある、ということは花が咲くのか」
ビーチコンバーは機能停止した機体にそっと弔うように触れてから、巻き付いた植物を観察する。外のものと形状は同じだが鮮やかな緑色をしたつる植物で、ある程度の間隔をおいてつぼみが確認できた。
パーセプターは植物より先に直せそうな機材や残存エネルギーがないか見て回る。攻撃による破損や経年劣化が酷いが、重要な内部まで破壊されていない。この程度ならパーツを換装できれば修理できるかもしれない。パーツがあれば、の話だが。
「どこかに植物にエネルギー供給しているものがあると予測できるんだが、ビーチコンバーその植物に見覚えはあるかね」
「類似するものなら、しかしそれには紫外線と一定の温度がなければいけない」
「では熱源反応を探知してみよう」
パーセプターは博学であるが、専門分野は専門家に頼ることを選ぶ。おかげで要項は絞れた。
スキャンの精度を上げ、あたりを探る。金属と植物が混ざった世界は青と黄色、やわらかい橙のグラデーションで映しだされる。そのなかでひときわ強く、外の鉄塔のように赤橙に燃える反応があった。
「あの扉の奥だ、熱源反応がある」
パーセプターが指をさしたそこには壁だけがある。出入り口があるようには見えない。壁を軽く叩いてみると、空気が震えた。一瞬、なにごとかとパーセプターの手が止まる。
「これは、音か」
うわんうわんと、小突いた程度の刺激で金属の壁は音を出して反響させているのだ。音声による通信施設であれば音を増幅させる仕掛けもあるのかもしれない。
試しに床をつま先で叩く。こちらは逆に音と衝撃を吸い込んだ。熱源のない壁もまた同じだ。
「破壊しない手があるといいんだが」
ビーチコンバーは無闇な破壊を好まない。パーセプターも今回は同意見で、この施設全体に対する興味が強く湧き上がっていた。
「少し時間をくれビーチコンバー、解析してみるよ」
パーセプターはトランスフォームして顕微鏡の姿をとる。そうして、施設に使われた金属は全て特殊な素材であることがわかった。記録にだけは残っている戦前の技術だ。戦火のなかで詳細な製法材料が遺失してしまった。
時間は必要だが今すぐこれを調べて技術を取り戻して使用方法や意図を……と考えはじめたパーセプターの悪癖を察知したビーチコンバーは軽く顕微鏡の側面を叩いた。
「気持ちはわかるが、いつデストロンと鉢合わせるかわからない」
握りたいと思ったことのない銃を握って、外側の出入り口に目を光らせたビーチコンバーは排気する。
「ああそうだね、ある程度は分かったよ」
ロボットモードに戻ってから、パーセプターは壁の一部を指で押し込んだ。するとハッチが開いてパネルが現れた。
「どうやらここは施設のコアに相当するようだ」
熱という探知が容易な反応を持つエネルギーが、なぜデストロンに放置されていたのか疑問は残るが、この先にさらなる情報があるはずだ。
パネルの基盤を開き、指先から機材を繋げる。こちらはよく知っている防衛プログラムだ、解除の経験も多数ある。
歴史の教科書に残すべき古き良きセキュリティはナノ秒もかからず解除され、いよいよ壁が扉の機能を果たす。
扉の先から、濁流のような青い光が押し寄せた。ビーチコンバーは咄嗟に腕でオプティックを守る姿勢をとった。パーセプターは、アイカメラの光量を絞って直視する。
そこに広がっていたのは、部屋を埋め尽くさんばかりのつる植物と通信装置、そしてそれらの上に咲く大輪の青い花。熱源は間違いなくその花にあった。
「植物と鉱物の中間なんだろうか」
パーセプターが声を出すと、壁に当たった音が反響する。それに合わせてつるに咲いた小さな花が青く明滅した。まるで音を食べているようだ。
「私の知っている植物ではないらしい」
ようやっとアイカメラを調節したビーチコンバーは、あらためて内部の美しさにスパークを揺らした。
室内を青く染め上げ、藍晶石を想起させる沈んだ光は破壊された施設の状況と相まって悲哀を感じさせる。これがもし、太陽の下にあればまた印象は違っていただろう。
一面に力強く這うつる植物、さきほど見たつぼみは六枚の花びらを開かせ淡く強く輝く。通信装置と一体化してパーセプターより高く伸びる大輪の花はつる植物とは異なり、四枚の花びらが音に反応して揺れる姿は紫外線を求める花の作用に似ていた。
「音をエネルギーに変換しているね、しかし出力は不安定だ」
花びらがパラボラアンテナのように音を拾って放出するエネルギーのほとんどは植物本体の維持に消費されている。
「やはり外惑星のものだろう、この施設以上の範囲には成長できないんだ」
「おまけにエネルギーの塊ではあるから下手に刺激するとどかんだ、デストロンも放置するわけだよ」
慎重に大型の通信装置に近づくと、全く破損がない完璧な状態で残されていることが分かった。この大輪の青い花やつる植物はこの装置を守るための仕掛けなのかもしれないとパーセプターは推測する。
通信装置は、当然骨董品と言って差し支えない性能だったが無事起動した。残されたデータを閲覧すると、この施設は元来娯楽の情報を提供するためのラジオ塔だったことが分かった。
「どうりでよく知らないわけだ」
戦前も稼働していたパーセプターは、娯楽目的の放送を聞くという習慣がなかった。ビーチコンバーも放送より実物の音を聞くことを好んでいたから、そろって利用したことのないものである。
「しかしこのデータを残したものはなんというか、形式というものを知らないのか」
「研究所ではないからねえ、見づらいっていうのは私も同意見だよビーチコンバー、口語が多すぎる」
私的な文章かと勘違いするほどとっ散らかったデータは放送のログで、この施設は基本外惑星の珍しいものや話題、セイバートロン星とは違う文化を面白おかしく紹介するのが目的であったことが分かった。
しかしだとしたらなぜこんな民間組織が襲撃されたのか。
その答えは、施設の最後のログにあった。これだけは音声のデータで、誰かに聞かせたいという意思が残されていた。つまり、この施設最後の放送。データを再生すると、奇妙な音声とともに声が流れてくる。
『みなさんご機嫌いかがでしょーか、俺たちラジオチームは絶賛ご機嫌で~す。なぜって? そりゃあ、あのムカつくサウンドウェーブの野郎に一泡吹かせてやったからに決まってるじゃないですか!』
心底楽しいといった様子の声は、なんとデストロン情報参謀サウンドウェーブから情報をごっそり盗んできたことを告白する。
『まあ罠でしたネ、分かってましたよとーぜん』
抜いた情報はあくまで釣り餌で、引っかかった声の主のもとに今にもデストロンが押しかけてくると陽気に喋り続ける。
『しかぁし、俺たちもタダでは転びません、情報は本物でしたから利用しちゃいます、取り返すか破壊できるからいいと思ってたんでしょう』
声の主は民間企業に勤めながら、当時アマチュアとしてはかなり高度な技術を有していた。その集大成がこの施設なのだろう。
『どうせそいつもバレてる、けどね、破壊したきゃ俺と心中するっきゃない……そんなことがあいつにできるとは思えないね』
段々と、放送のていをとっていた言葉は彼個人の言葉に戻っていく。
『あらら通信途絶しちゃった、まあいいか、そんじゃトランスフォーム! みなさんまた次のサイクルで!』
爆撃音のあとに、変形音が聞こえる。まさか、とパーセプターは通信装置を解析した。
「やっぱり、この装置は我々と同じトランスフォーマーだ」
「なんだって? しかし機体反応は……」
「ああ、機能停止している、ざっと九百万年前には」
通信装置として稼働できるだけで、もはや彼はトランスフォーマーとしての生命スパークを失っていた。再びパーセプターは鏡筒を用いて青い花を解析し、オプティックを細めた。
「そうか、この花はつまり」
ひとつのトランスフォーマーの命で、情報が集約された遺物。今はもう真意の分からぬ遺志。
パーセプターは考える。この場の情報とエネルギー、機材には大いに価値がある。このまま見過ごすには惜しいものだ。そしてそれと同じくらい、あることをやってみたいという強い動機がブレインサーキットを駆け抜ける。
「主要パーツを一部分換装して内部にエネルギーを戻しユニットを回復させて、リプログラミングを施しそして」
「パーセプター、何をしようというんだ」
「彼の修理ができるかもしれない」
「修理だって? 機能停止していると言ったじゃないか」
パーセプターは膝をついて、通信装置に触れた。青い花が光と影を落とす。
「スパークは完全に損なわれていないんだよ、まだ繋がっている」
話が聞きたい、何を思いどうしてこうなったのか。味方になってくれるかもとか、通信機能が役に立つかもとか、もちろん実利も浮かんだ。しかし単純に、声の主のことが知りたかった。
「時間とリスクは?」
「私がやるならおそらく半日ほど、リスクは高いよ」
スパークと一体化しているだろう青い花は、不用意な刺激があれば大爆発を起こすだろう。ビーチコンバーは暫く押し黙って、しかしパーセプターの行動を肯定した。救えるかもしれない命を見過ごしたいとは思えなかった。
仮に同行していたのがビーチコンバー以外であれば、もう少し反発されたかもしれない。窮状において懸命な選択と言えないことも確かだ。
パーセプターは外の守りをビーチコンバーに託して、通信装置と向き合った。破損箇所はない、入り込んだ植物の根は金属と同化して癒着している。配線にも問題はない、コグも機能している。
軽く排気をして、自身の胸部パネルを開いた。コードを取り出して、自身と装置を繋げる。
「これでよし、あとは様子を見ながら調整だ」
今装置とパーセプターは不可分の状態だ。装置からのフィードバックは全てパーセプターに伝わる。次いで花と装置の間をコードで繋ぐ。ゆっくり、少しずつ、花に息づく命を装置という器に戻す。急ぎすぎれば花や装置もそうだが、装置をモニタリングするパーセプターも無事では済まない。その間にリプログラミングで機体そのもののアップデートも図る。より器を強いものにするのだ。
そうしていると、エネルギーが装置に移るに連れてスパークに込められた情報の断片がパーセプターに聞こえた。戦争を厭う意思、通信技術を悪用するサウンドウェーブへの怒り、次から次に感情が流れ込むその殆どは負の感情で、放送をおこなっていたときの陽気な様子は感じられなかった。
内側で強い怒りを燃やし、外側には明るい音を届ける。きっとそんなトランスフォーマーだったのだろう。
「我々は君を待っている、君の力は必ずやデストロンに対抗するために必要になるだろう」
遠い昔に出会うことの叶わなかった相手に、プログラミングとして声をかける。これはベクターシグマのシステムと同じもので、言葉にすることで機能を果たす。
しかし、役割だけでは生きていくことはできない。役割を失ってしまったときに、生きる意味を失ってしまう。パーセプターはいまいち適した言葉が浮かんでこなかった。希望的観測に基づいた優しい言葉、というのは難しい、彼は理屈っぽいのだ。決死の修理だというのにひどくぼんやりした調子で、うーんとパーセプターは言葉を探す。
そして、自分が修理に至る動機を思い出してそれを音声にした。
「君の話を聞いてみたい、私は君のことをよく知らないから」
青く、花が揺れた。それが生きていくのにじゅうぶんな言葉だったのかはわからないが、予定通り半日時間をかけてつつがなく花から装置へのエネルギー移送は完了した。
ビーチコンバーが様子を見にやってきたとき、ちょうど起動が完了した様子で装置は動いていた。
「うまくいったんだな」
「ああ、でも一つ問題がある」
パーセプターは装置でもビーチコンバーでもなく、手のひらの上に乗せたマイクロチップを見ていた。
「それは……識別用のマイクロチップか」
パーセプターは頷く。サイバトロンとデストロンに二分し戦っている現状、インシグニアとは別に機体を識別するためのマイクロチップがある。これを組み込むことはすなわち、その軍団に属することを意味する。
「見たところ彼のマイクロチップは古いが使えるし変える必要はない、それに我々の……コンボイ司令官は無理やり軍団に参加させるような真似はしないだろう」
自分自身で選んでサイバトロンには加入するべきだ。かつてのパーセプターやビーチコンバーがそうであったように。
「当座、予備としては組み込ませてもらうつもりだけどね、彼が完全に起動したときに文句は聞けばいいさ」
「あくまで保険にというわけだ」
元々あったマイクロチップの隣に収めて、完全な起動を待つ。しかし暫く待っても意思の兆候は見えなかった。理論上は可能なはずだが、失敗したのだろうか。
経過を見守っていたそのとき、突然装置がどこかの電波をキャッチして音声を流した。
『メガトロン様、これが最後の通信になるかもしれません』
「この音声は……レーザーウェーブ!」
それはネメシスと交信を試みるレーザーウェーブの音声だった。その上、ネメシスからメガトロンの返信まで聞こえるではないか。一気に現状への危機感が募った。
同時に、アークと乗組員たちの健在と所在まで判明し、パーセプターとビーチコンバーは顔を見合わせた。
「始原プログラム以来の奇跡だ」
ビーチコンバーは信じられないほどの朗報に感極まった様子で、もちろんパーセプターも同じように喜びが募った。地球という遠い未知の惑星についての好奇心もまたスパークを強く揺らした。
ザザ、と不意に装置からの音声にノイズが走った。間を置かず、けたたましいアラート音が鳴り響き装置についた画面が外部の映像を映し出す。
「うわあっ、びっくりした……これは」
「何者かがこちらに接近している、不味いな」
大気圏外から鉛直方向に突撃する不気味な流線型の光は、拡大すると三角錐の戦闘機、すなわちレーザーウェーブ麾下のジェットロン。しかしここまで奇怪な光に包まれたものをパーセプターとビーチコンバーは見たことがなかった。
「とにかく応戦するしかないだろう、逃げるにしても」
武器を手に取り、二人は装置を置いて施設の外に出た。直後暴風が両者に吹付け、たじろぐ。
「ようサイバトロンの鉄くずども、神だぜ」
ロボットモードにトランスフォームするやいなや、不遜な言葉を放ち見下ろした。
太陽の真似事をするように波打つ黄色の光を纏うそれを直視すると、ひどいノイズが機体に走った。
「電磁波か? 機体がおかしい、レインメーカーじゃないのか」
「俺の名前はサンストーム、お前らが最期に見る太陽だ」
名乗られたところで機体情報は記録になかった、ただその機体が放つ光は凶悪だ。徐々に制御不能になる機体にムチを打ち、悠然と傲慢に両手を広げたジェットロンにパーセプターは引き金を引いた。カチリ、と音だけが残って無情にも手はライフルを取り落とす。
「妙な反応があったから来たってのに、甲斐のない」
いよいよ崩れ落ちたサイバトロンを見下ろして、サンストームは心底つまらなさそうに排気してから、肩に装備したガンマ線レーザー砲を無表情に地に向ける。
「あばよサイバトロン……ん?」
音がしない。衝撃も光もない。首を傾げた次の瞬間、ガクリと右翼が傾いた。
「操作系統が狂っただと? いったいどうなって」
地に向けていた目が慌てて周囲を確かめれば、崩れた電波塔の中途に立つ機体があった。特殊な形状のライフルの銃口がサンストームに向けられている。
「修理はやっぱり成功していたようだよ、ビーチコンバー」
パーセプターも電波塔に立つ者をみとめて、場違いに喜んだ。
赤橙の機体の持つ青い瞳と視線が交わる。
「なるほどお前が反応の原因か」
スラスターでバランスを取るも、万全とは言い難い。情報は手に入れたのだからここで退くのも悪くはない。だが、不遜に傲慢に笑みを深めてサンストームはトランスフォームした。
「命が惜しかったら退きなサイバトロン!」
制御不能なためグルグルと機体は回り続けるも、推進力は一定方向で貫くようにサンストームは飛んだ。退くよりも突破するほうが性にあっている。
赤橙のトランスフォーマーは、一歩も退かずにライフルを構えて引き金を引いた。収束された電磁信号が輪を描き重なってサンストームと衝突する。
「俺は――」
赤橙のトランスフォーマーの音声にノイズが走ったかと思うと、ぐるん、とサンストームの天地がひっくり返った。ブレインサーキットを乱す信号にオプティックを見開き笑った。金属の地表が間近に迫る。
「はは! こうなるのか、案外楽しいじゃないか!」
ぎりぎりのところで反転し、サンストームは戦線を離脱する。未だサンストームの不可解な光による影響は残るが、ひとまず危難は去った。
パーセプターとビーチコンバーは、急いで電波塔に戻った。覚醒したばかりのトランスフォーマーは、サンストームの影響を強く受けたのか再び意識を落としていた。
「基地に運ぼう、それに地球と連絡をとらなくては」
ことは一刻を争う、ビーチコンバーはトランスフォームし赤橙の機体とパーセプターを乗せて走り出した。
◆
映像が終わるとブロードキャストは、いや、パーセプターを除く全員がぽかんと口を開けていた。
「なにこれ、オイラ全然知らなかったよ」
「話していないからねぇ、ああコンボイ司令官には全て報告しているよ」
「私も初耳だよ、これは驚いたな」
バンブルやマイスターの反応に呑気にパーセプターは応える。
「お、俺っちなぁーんにも覚えてないんですけどぉ!」
ブロードキャストは頭を抱えた。何一つとして身に覚えがない。ただ焦燥と動揺がスパークを揺さぶる。
「うん、だからマイクロチップを見せてくれブロードキャスト」
おとなしくラボに設置されたリペア台に横になって胸部を開かれるブロードキャスト。そしてパーセプターは「やっぱり」と確信を得た。
「ブロードキャスト、君の本来のマイクロチップは恐らくだがサンストームの影響で破損しているようだよ」
「じゃ、じゃあリペアすれば思い出せるってコト?」
パーセプターは、少しだけ残念そうに首を振った。
「物理的な破損じゃないから難しいね」
「そ、そんなぁ」
ブロードキャストは診察台から転げ落ちた。ショックすぎて。記録だけなら今得たが、実感なんてどこにもなく。
「私はてっきり覚えてたから君が話をしにきたと思っていたんだけれど」
いつかに必死な告白をしてきたときのやり取りを思い出して、パーセプターは笑った。
「いっそロマンティックだと思ったらどうだいブロードキャスト」
マイスターもその一件には縁があったので、口の端を柔らかく持ち上げた。
「それとこれとは話が別だってぇ!」
「もーわがままだなあ」
バンブルまで呆れて笑うから、ブロードキャストの嘆きの声だけが基地内に残響した。