「はい、目的地に到着! おつかれさん」
お客さんを無事送り届けて本日の護衛は完了。
密着護衛のせいかよくあることで、今回も俺を気にいってくれたらしいお客さんからの食事の誘いをいつものように断る。先払いで報酬は貰っているし、たった今依頼は終わったのだ。いつまでも留まる必要は無い。
何か言いたげなお客さんに確認書へサインしてもらい早々に離脱。
今から事務所に戻って……否、シフトがあるメンツ以外は帰り始める頃合いか。ならば明日提出しよう。
そう決めたところでポケットの携帯端末が震える。
画面に映る名前は遠方の婚約者。
「ムルソー?」
『グレゴール』
電話の向こうから落ち着き払った声が届き、護衛任務で張りつめていたままだった力がふっと抜ける。
不思議なものだ。声を聞いただけなのに。
「どうした、何か用か?」
上る気分を冷静にたしなめつつ用件を聞く。
早くも無く、夜寝る前というわけでは無いこんな時間に、しかもメッセージでは無く電話とは。
『……あ』
「うん?」
『貴方の声が聴きたかった。それだけでは不足だろうか』
「んっぶ!」
思わず変な声が出た。
だってそうだろう、そんな……そんな甘い言葉を突然ぶつけられたら。
『グレゴール?』
「あ、ああ、すまん、何でもない……で、その、俺の声が聴きたくて? それだけ?」
『ああ。貴方の声が聴きたかったから電話を掛けた。……では』
「えっちょ、待て待て!」
あっさり掛けてあっさり切ろうとするフリーダムボーイを慌てて呼び止める。
幸いに切られずに済み胸を撫でおろす。
そしてふと、たった今思いついた提案をしてみた。
「今夜空いてるか? こっちは終わってこれから帰るし、ビデオ通話できるなら晩酌に付き合ってくれよ」
俺も、お前の声が聴きたい。お前と過ごしたい。
気持ちはきっと同じだと信じて投げた案は果たして、ややの間を置いて了承された。
内心飛び跳ねたいくらいだが、ここは年上の余裕を。
「ありがとな。じゃあ、また後で」
通話を切り、今日一番軽い足取りで直帰する。
ここ最近溜まっていた寂しさが嘘のよう。己がここまで単純で安上がりだったとは思っていなかったが、そんなことはどうでもいい。
愛しいやつと過ごす時間の前では些末なことだ。
鼻歌でも歌いたい気分で石畳を蹴っていく。
早く日がくれないかと、まだ明るい西を見遣った。