名残惜しく見上げる先の濃い緑。
次に間近に見られるのはいつになるんだろう。
繋いだ手の温度も、香りも、声も、何もかも離れ難くてしょうがない。
彼も同じように思っていてくれたら……強欲にも、そんな風に願ってしまう。
俺はいつからこんなに欲深くなってしまったんだ? 同僚たちからは不摂生だとか、不真面目だとか雑だとか散々言われつつも、もっと自制の効く大人だったはずだ。少なくともこんなに自分本位に我儘では無かった。
それが彼の前ではこんなに欲深く甘ったれになってしまう。
寂しい。
行くな。
抱きしめてほしい。
そんな情けない言葉が喉の奥に渦巻いては胸の奥を圧迫する。
こんなの俺じゃない。彼の憧れた『南部ツヴァイのグレゴール』じゃあない。
ただの情けなくて、みっともない、ちっぽけな男だ。
「グレゴール、そろそろ時間が」
「あ、ああ」
ほら、彼を困らせてしまった。
俺が独りよがりに縋りつくから、貴重な時間を無駄にしてしまった。
「またな。元気で……怪我するなよ?」
「貴方も。……それでは」
彼らしい短い挨拶でコートの裾を翻す。
嗚呼、行ってしまう。
離れていたって電話ができる。ビデオ通話だって。……けれど。
決闘配信で彼に甘い目を向ける女の子たちに。
黄色い声援や可愛らしい贈物が映る度に。
どうして、どうして俺はそこにいないのだろうと苦しくなる。
どうしようもない物理的な距離がいつまで経っても慣れそうにない。
雑踏に消される微かなため息を吐き捨てて自分も帰ろうと踵を返す。
「グレゴール」
「っ!」
数歩の後、不意に背後から抱きしめられた。
驚愕するより先に囁かれた声と、もう懐かしい香りが俺を包み、胸の前に回された逞しい腕が優しく力を籠める。
「私はいつも貴方を想っています。何があろうと貴方だけが私の唯一です。……だから、泣かないでください」
帰れなくなってしまう。
囁く声に心が震える。
目頭が熱くて本当に涙がこぼれそうだ。
やんわりと緩む抱擁の中で振り返り、頭一つ高い男にキスをする。
彼もそれに応え、背中を支えてくれる。
愛してるなんかじゃ足りないこの想いを。
俺の心を、連れて行ってくれ。