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    ロゼッタ

    @roze_r_z

    遊戯王 / GS / 忍🥚
    落書と小説と🔞

    傷跡【後編】▶︎3/2 UP予定

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    ロゼッタ

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    【仙文】クレープを食べにいく話。現パロ。
    文次郎の家庭環境を捏造しています。

    ##仙文
    #仙文
    senmon

    ハムチーズ 小学生の頃、店でお菓子を選ぶとき。中学生の時、新しい文房具を買うとき。高校生になって、好きな服を見つけた時も。いつも希望が通るのは、兄か弟だった。
     あいつらばっかりずるい!
     そう抗議する度に、母の返す言葉は決まっていた。
    「お前は次男なんだから、我慢しなさい」
     服や物は兄のお下がりで十分。食べ物はおねだりの激しい弟が優先で、好きなおかずに手を伸ばすのは、いつも最後。
     家族の食卓でさえ、文次郎の食べたい献立が通った試しがない。最初は理不尽だと思った。どうして順番で自分の価値が決まるのだろう。
     やがて兄は上京し、家を離れた。
     けれど、今度は末っ子の弟への溺愛ぶりに、文次郎の願いは両親の耳に届かなくなっていった。何を頼んでも聞き入れてもらえない。次第に文次郎は、自分の欲しいものを口にすることを諦めてしまった。
     すると、欲しいものを見つけても、すぐに目を逸らす癖がついた。「これ、欲しいな」という気持ちは、心の中で膨らみかけたところで、いつも自分で押し殺す。最初から欲しいと思わなければ、諦める必要も、我慢する必要もない。

     気づけば、自分が何を欲しいのか、本当は何を選びたいのか──考えることも、いつしかなくなっていた。




     *




     冬の陽気が頬を撫でる午後、試験終わりに仙蔵に連れられてきたのは、大学近くの公園に佇むポップなワゴンカーだった。巷で人気のクレープ屋さんらしい。冷たい風に乗って、焼き立ての生地の甘い香りが漂ってくる。仙蔵が差し出したスマートフォンには、まるで宝石箱のように、色とりどりのメニューが並んでいた。
    「決まったか?」
     仙蔵に尋ねられ、文次郎は言葉に詰まった。

    『次男なんだから我慢しなさい』

     耳に染み付いた母の言葉が、まるで呪いのように文次郎の心を縛る。幼い頃から、自分の欲しいものは兄か弟に譲るのが当たり前の日常。気づけば、それは呼吸をするように自然なことになっていた。
     上京して、大学で仙蔵と出会い、付き合い始めても、その価値観は未だに文次郎の血肉となって離れない。むしろ、大切な恋人だからこそ、より一層その癖は強くなっているようだった。
    「いや……」
     スマートフォンの画面に映る色とりどりのクレープの写真を見つめる間も、文次郎の目は無意識に仙蔵の表情を追っている。
     恋人が何を食べたいのか、どの写真で瞳の色が変わるのか、指が少しでも止まった商品はないか。微細な仕草まで読み取ろうとする。長年染み付いた癖だった。
     ふと、画面に並ぶクレープの写真の中に、目を奪われる。
     子供の頃、何度か欲しいとねだったが、母には贅沢だと一蹴されたものだ。当時叶わなかった憧れの味。
    「これも美味しそうだ。悩むな」
     仙蔵が画面をスクロールしながら、別のクレープを指さした。その仕草に、文次郎は反射的に口を開いた。
    「じゃあ、仙蔵が食べたいものを二つ頼んで分けっこするのはどうだ」
     自分の欲しかったものは、また次の機会でもいいし、なくてもいい。相手の欲しいものを優先する──それが、文次郎にとっての「正しい」選択だと。
     そう思っていたら、仙蔵の眉間に皺が寄った。
    「違う」
    「え」
     仙蔵の声に含まれる僅かな苛立ちに、文次郎は戸惑った。仙蔵が迷っていたクレープを頼めばいいとばかり思っていたから。
    「お前の食べるものに、私が口出しするのは違うだろう。お前が、今、食べたいと思ったものを選べばいいんだ」
     その言葉に、文次郎の心が大きく揺れる。
    「……いいのか?」
     自分の欲しいものを、誰かに譲ることなく選ぶ。
    「いいも何も、当たり前だろう」
     これまでの価値観が、仙蔵の言葉によって、まるで春の雪が溶けるように崩れていくのを感じる。
     じゃあ、と遠慮がちに文次郎は小さく呟いて、震える指でメニューを指す。
     声は、行き交う人々の喧騒に紛れそうなほど小さかった。




     *




     公園の木々がそよ風に揺れる中、二人は近くのベンチに腰を下ろした。仙蔵はクレープを手に、もう一口目を楽しんでいて、甘い香りが風に乗って漂ってくる。
     一方、文次郎は自分のクレープをまだ見つめたままだった。温かい生地から立ち上る湯気が、冬の空気の中で小さな雲のように消えていく。かつて親に頼んでも、「家で作れるでしょう」と諭され、結局手に入れることができなかった憧れが、今、その手の中にある。包装紙の感触が、この瞬間が現実であることを伝えていた。
    「早く食べないと冷めるぞ」
     仙蔵の声に我に返り、文次郎は恐る恐る一口を味わう。ほこほこと温かい生地が指先を温め、レタスのみずみずしさが口いっぱいに広がる。舌の上で生地がほどける感触を愉しみながら、今度は深くかぶりついた。コクのあるマヨネーズが全体の味わいを引き出し、噛むほどにとろーっと溶けたチーズと、程よい塩気のハムが絶妙なハーモニーを奏でる。
    「……うまい」
     素直な感想が、自然と口から零れた。小さな声だったはずなのに、その言葉を聞き逃さなかった仙蔵は、満足げな表情を浮かべる。
    「よかった。私のも食べてみるか?」
     仙蔵の申し出に、文次郎はこくりと頷く。
    「ほら」
     仙蔵は自分のクレープを差し出した。その仕草には、いつもの優しさが滲んでいる。少し齧らせてもらうと、苺の爽やかな酸味となめらかなカスタードが織りなす甘さに、思わず目を細める。口の中に広がる味わいに心を奪われていたのも、束の間。最後の一口を終えた後、仙蔵の横顔を見つめながら、文次郎は密かな後悔を覚えていた。
    (やっぱり、仙蔵が迷っていたもう片方にすれば良かったかなあ)
     そうすれば、最初から分けっこを提案できたし、ハムとチーズが入ったクレープなんて、家で作ろうと思えば簡単に作れるはずだし……。
     いつもの癖のように、選択を悔やむ思考が、心の中を巡り始める。
    「文次郎」
     不意に名前を呼ばれ、文次郎は顔を上げた。仙蔵の真摯な眼差しが、彼の迷いを見透かすように注がれている。
    「お前は自分が選んだことに、まだ迷っているのか?」
     図星を突かれ、逃げるように視線を落とした文次郎の頬が、仙蔵の温かな掌に捉えられる。親指が優しく顎を支え、ゆっくりと顔を上げさせられた。
    「私は、お前が食べたいと思ったものを一緒に食べたいんだ」
     仙蔵の声は、冬の空気を溶かすように柔らかだった。文次郎は息を飲む。
     一緒の時間に、場所で、楽しみたい──。
     その想いは、まるで温かな日差しのように、文次郎の心の奥深くまで沁み入っていく。
     長年積み重ねてきた「正しさ」が、仙蔵の前で、少しずつ形を変えていくような気がした。
    「次は私が選ばなかった方を食べたいから、お前も食べたいの決めておけ」
     仙蔵の言葉に、文次郎は小さく頷きながら、まだ温もりの残る指先で、ポケットの中のスマートフォンを握りしめる。
     今度は本当に食べたいものを、迷わず選べるだろうか。
     その不安と期待が、胸の中でくすぐったい。
     仙蔵は柔らかな笑みを浮かべ、そうだ、とふと思い出したように付け加えた。
    「今日、初めて間接キスもしたな。記念日にするか」
    「ば、……」
     バカタレ、と文次郎は顔を真っ赤に染めた。寒気の漂う空気の中、頬だけが熱を帯びている。文次郎は照れ隠しに口元を手で覆う。
     その仕草が堪らなく愛おしかったのか、仙蔵は思わず文次郎を引き寄せ、抱きしめた。

     すれ違う人々の息が白く凍る午後。文次郎は自分の唇に残る甘い余韻を噛みしめながら、火照る頬が冷めるのを待った。
     けれど、心の中の温もりは、まだずっと消えそうになかった。





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