来年も二人で シエルとクロムが桜並木を通った4月中旬、見る者の目を喜ばせた花は既に花弁を地面に散らして久しかった。
「桜、散っちゃったッスね」
「あっという間だったな」
蕾が膨らみ、花開き、散るまでに二週間ほど掛かっただろうか。今年は開花して間もなく寒い日が続いたため、花の見頃が例年より長く続いた。二人は満開になった桜並木を何度か通り感嘆したものだ。花が咲いて散る、ただそれだけであるにもかかわらず二人は心を奪われた。
地球上に花は数多存在するが、桜は花の中でも特別なのだろうか――二人はすっかり花びらを落とした桜に残念そうに言った。
「この間来たときがいちばん見頃だったッスね。桜吹雪がちょっと怖かったッスけど」
「あのときは君が攫われるんじゃないかと思ったよ」
クロムはいつだったかシエルが花吹雪に包まれた日を思い出す。桜色の渦は美しくも何処か恐ろしく、青年は妙に胸をざわつかせた。シエルの手を引き、決して自分から離れないようその手を強く握りしめて。桜の向こうに消えてしまうなどと愚かな幻想を抱きもした。馬鹿なコトを考えたものだ、と、クロムは我が身を振り返って自嘲する。彼の幻想を拭い去るように、シエルは彼のそばで微笑んでいた。
“オレはあなたを独りにしない。約束します“
二人は寄り添って桜の下を歩き、満開の桜と晴れ渡った青空を眼に収めた。その日から時間は流れ、桜は既に次の季節への準備を始めていた。桜の樹は新緑の黄緑を小さく生やし、初夏の爽やかな気配を醸している。季節は段々と夏へ、陽光の眩しい季節へと移っていく。
桜が再び蕾を膨らますまで随分と時間がある。春過ぎて夏、秋を経て凍えるような冬が来て、それから……一年は言葉にすれば短いが月日にすればそれなりに長い。青年がエクスと別れ、喪失ゆえに精神を病み、壊れ、そして在りし日の己を取り戻すまでにかかった時間と同じ月日だ。過去は清算され、二人は未来へと歩んでいく。
時計は針を戻しはしないし、針を止めもしない。時は流れ、彼等を取り巻く世界もまた変化した。
彼等が共に居る現在Xタワーは頂上決戦に刺激を受け、ベイブレードのレベルが一段と上がった。新たなベイが誕生し、バトルは更に熱く。彼等の前にもいずれ強敵が現れるだろう。頂上の座が脅かされるかもしれない。
(それでも。たとえ何が起ころうとも)
クロムは思う。二人の関係は変わらない、と。そして彼と同じ気持ちを少年もまた抱いていた。互いにとって大切な人を想う。クロムは美しい緑色の瞳を少年に向けた。
「来年も見に行こう。君と二人で」
「はいッス!」
少年もまた太陽の笑みをもって応える。彼の瞳もまた、クロムとは少々異なるが緑に分類される色だった。
若葉が芽吹く桜並木を進んでいく。来年も再来年も。桜が花を咲かせる度にこの場所に来ようと、二人は幸せな気持ちの中で約束した。