現パロ公園と告白の話「リチャード!見てコレ!」
部活の合宿の最中、自由時間に勝手に寮から抜け出し、1人ではしゃぐ男。やんちゃな高校生のフロリアンはごく普通の公園を指差していた。
「フロリアン?何か面白いものでも見つけたのかい?」
またフロリアンが何か見つけたか…と、やれやれと仕方なく見に行くのは同級生のリチャード。
成績優秀な優等生なはずのリチャードまで寮を抜け出しているのは、フロリアンは楽しくなると時間を忘れて帰ってこなくなるので、抜け出したことがバレないよう早めに連れ戻すため渋々共犯になっているのだ。
好奇心旺盛なフロリアンには何でもないものでも全て輝いて見えるようで……道にいた独特な顔の猫、ちょっとしたクマの置物、屋根の上の風見鶏……そういう動物に惹かれるのかよく突撃してしまう癖があった。
(今回はどんなものを見つけたんだ?生き物だったら追いかけ始めるから捕まえるのが大変なんだよね……)
もちろんリチャードが捕まえるのは生き物ではなくちょこまかと走り回るフロリアンになるのだが。
そこでフロリアンが指差す先を見れば、何やら小さな遊具が二つ並んでいる。
「アレは子供用の遊具じゃないか?」
「そう!乗ったら揺れるやつなんだけどすごく可愛くない?隣のやつも何だか顔が面白いし!」
キラキラとしたフロリアンの瞳に映るのは本当に可愛い狐の乗り物と、どこぞのコピー品のようなパンダらしき乗り物。
目の白黒が反転しているせいでとんでもなく間抜けな顔になっていてリチャードも思わず吹き出してしまう。
「ぶっ……!確かにッこれは!くくくっ」
「でしょー!いつもならスルーなんだけどこの並びが気になっちゃって!どうして狐は可愛いのにパンダの方はブサイクになっちゃったんだろう……」
「さあね?塗り直した時に間違ったんじゃないかな。ほらツヤツヤだし」
リチャードがパンダに触れればツヤツヤピカピカの体が揺れる。きっと塗ったやつに絵心がなかったか今までパンダを見たことがなかったんだろうよ、と2人でクスクス笑う。
「決めた!今日の残りの時間はこれであそぼ!ほらスマホで撮って!」
「仕方ないな……はい。送っとくね」
「やったぁ〜これアイスタに上げよっと。じゃあリチャードも撮ってあげる!」
キラキラ笑顔で一緒に撮ろうとずいと寄ってくるフロリアンに顔が熱くなってしまう。リチャードはフロリアンの屈託のない笑顔に弱いのだ……たとえそれで変なパンダに乗ることになってしまっても。
「いっ、いや私はいいよ……うわ……やっぱりこのパンダに乗るの……」
「そう!はいチーズ!」
シャッター音の後、画面を覗き込めば狐に乗った満面の笑顔のフロリアンと、神様が左手で描いたパンダに乗る虚無顔のリチャードの写真が撮れていた。
「うぅ、これ本当にアイスタに載せるのかい?」
お世辞にもリチャードの馬になるには相応しくないパンダ。これが世に晒されるとなれば誰でも渋い顔になるだろう。
「うわめっちゃよく撮れてる!もちろん載せるよ!いい写真だぁ〜」
「……まあいいか。君が楽しいならどんな写真でも載せていいよ」
子供のようにはしゃぐフロリアンを優しく見守りながら、そっと彼に大切な話があると口を開いた。
「フロリアン。伝えたいことがあるんだけどいいかな」
「んー?どうしたのリチャード?大切なことって何」
不思議そうにこちらを向くフロリアンにほんの少し影のある顔で微笑みかける。
「実はずっと黙ってたことがあってね。この気持ちを君に伝えるかずっと迷ってたんだ」
「……」
真剣な雰囲気に困惑したようなフロリアンを置いてけぼりにリチャードは心のうちを語り始める。
「伝えれば今まで通りじゃきっといられないし、もしかしたら別れる事になるかもって中学時代から悩んでた」
「…正直、ずっとこうやってバカな事して、笑って怒られて……たまに喧嘩して……友達としてずっと一緒にいれたらいいんじゃないか。そうやって無理やり納得して君への気持ちを隠してたんだよ」
リチャードはフロリアンがただ心配だから一緒にいるのではなく、どうしようもなく彼のことが好きで少しでも一緒にいたいがために保護者役として付き合っていた。
中学で出会ってから、フロリアン以外を意識したことはない。
「友達だったら。きっとこれからも何でもないことで笑って、普通に学校生活送って、卒業して……別々の道に進んで。きっとフロリアンは可愛い女の子と結婚してさ。家庭を持ってその人と子供を作って……考えたら耐えられなくなったんだ」
リチャードはじっとフロリアンを見つめる。
フロリアンはおろおろとしているが、静かに次の言葉を待っている。
(こういう誠実なところが……好きなんだよね)
リチャードは穏やかに笑って、一つ予告した。
「1週間後、君に告白する」
シン……と、誰もいない公園に沈黙が流れる。
覚悟を決めた顔でいるリチャードと、親友だと思っていた男から実質の告白を受けたフロリアン。
金魚のように口をパクパクさせながらフロリアンがリチャードに問う。
「そっ、そっ……それってもうっ……告白じゃない?」
「そうだね。ここで返事を聞いてもいいんだよ?」
顔を真っ赤にしたフロリアンが慌てたように大きな声を出す。
「そんな大事なことすぐに決められないよ!」
必死な様子にクスクスと密かに笑いながらリチャードは語り出した。
「そう言うと思ったから1週間後なんだよ。大丈夫……君がどんな答えを出しても、君が思うように振る舞えるから」
「振る舞う……ってなに」
「私は君に気持ち悪いと言われれば、君の前から消えてもいいと思っているんだよ」
優しげで少し悲しげな眼差しにフロリアンは理解してしまった。
(きっとリチャードは、もし僕が消えてと言えば、本当に僕の前からいなくなるための準備をしてるんだ。この告白は本気……)
ごくりと、フロリアンの唾を飲む音が響き渡るような静けさの中、見守るパンダと狐がきぃと揺れる。
この空間に耐えきれなくなったフロリアンが大きく口を開いて、気持ちを吐き出し始める。
「正直!!!僕リチャードのことずっと親友だと思っててさ!今まで恋愛感情とか感じたこともなくて!」
「私も親友だと思っているよ。親友以上になりたいとは思っているけどね」
「うぅっ……そもそも僕女の子も好きになったことないし……全然恋とかわからないし、急に告白とかどうすればいいんだよぉ……」
黙り込むフロリアンを寂しそうに見つめるリチャードの姿に、ズキンと胸が痛む。
フロリアンはギリギリと歯軋りをしながら長い間葛藤し、力を抜くために息を吐く。
「1週間後、ちゃんと……ちゃんと答えを出すから。リチャードの事ちゃんと考えるから--」
「そう言ってくれるだけで十分だよ。ありがとうフロリアン」
1週間。長いようで短い時間だ。
フロリアンにとってはリチャードへのこの思いが愛になり得るのかを確認するための日々。
けれどフロリアンには謎の確信があった。
(きっと、僕はリチャードのことを拒むことなんて出来ない)
夕方、赤く照らされた道を2人で並んで歩く。
人1人分の隙間を開けて、ノロノロと帰り道を辿る。きっと先生には抜け出したことを怒られるだろうが、2人ともそんなことはどうでも良かった。
その日、珍しく彼らの間に会話はなかった。
1週間後、彼らにどんなやりとりがあったかはわからない。
ただ、2人が楽しそうに手を繋いでいる姿を見た人間がいるとか……いないとか。