ストレリチアタビビトノキの花は青い極楽鳥花だ。
鳥の嘴のように細り尖った花弁が何枚も重なって一輪ができている。
もともとがシダ植物だから、タビビトノキ自体が巨大で硬質な構造を持つ。
そしてその花もやはり強い。
天を刺すように上を向いて咲く。
真冬でも威風堂々と日向で茂る。
その鮮やかさ、華やかさは、他の命を吸って生きているようだ。
自らを守るための強さは、周囲を蹂躙するかのごとく。
冬の極楽鳥花はひどく冷酷で、退屈で、孤独に見える。
ああ、
かわいそうな極楽鳥花。
大樹の洞、石碑前。
そこには逃げ場を求めた樹の民が集まっていた。
リチアが大樹の石化を解くと、いっせいに邪精霊タナトスが大樹から溢れ出し、空を赤黒く染めるほどの大群となって世界へと広がっていった。
その直撃を受けた樹の民の人々は今やほぼ全員がタナトスに取り付かれ、苦しみ、狂い、異形の生物と化していった。
そのおぞましい光景を目の当たりにしてがくがくと震えながら、それでも必死に自我を保ち未だタナトスの侵食を受けずにいる人間が一人だけいた。
レキウスだ。
彼はリチアを見ていた。
いや、目を離すことが出来なかった。恐怖と驚愕に目を見開いて、彼女を見ているしかなかった。
辺りにはタナトスの放つ夥しい邪気が蔓延している。息苦しいほどの密度だった。
少しでも気を抜けば意識が持っていかれることは明白だった。
レキウスはリチアという一点に視線をとどめることで、集中を持続させようとしていた。
リチアはそんなレキウスの儚い抵抗を微笑んで無視し、やんわりと呼びかけた。
「レキウス…聞いて。
これはタナトス。滅びの谺…
闇に属するものだけれど、闇は決して悪ではない。それは力なのよ。
レキウス、わたしは知ってるわ。貴方がいつもどんな思いでいたか…
もっと強くなりたかったのでしょう?
重い責務から開放されたかったのでしょう?
エルディなんかに負けたくなかったのでしょう?
自分の思うままに動き、自分の欲しいものを手に入れて…
自由になりたかったのでしょう?」
「…リ…チ、ア…」
レキウスは暝い逆光を浴びて妖艶に笑う幼馴染の娘を見上げた。
本当にこれは自分の知っているリチアなのだろうか。
戦慄が体内を駆け抜ける。
しかし、その違和感はただのタナトスの叫びの残響に脳がやられ始めているせいだけかもしれなかった。
否定する気持ちが起こらなかった。
ああ、そうだったのか。これが本当の彼女の姿なのだ。
僕たちは今までずっと騙されていたのだ。
そんな風にさえ感じた。
「レキウス…わたしと一緒にいて。わたしと一緒に生きて。
エルディはもういないわ。
これからはわたしがずっと一緒。
わたしを守って。ね…レキウス」
ずっと一人だった。
幼馴染の二人とは、ずっと親友だと信じてやまなかった。
子供の頃はいつも一緒にいて、野山を駆け回ったり家で過ごしたりして、時間はいつも飛ぶように過ぎた。
また同じ明日が来ることが嬉しくて楽しみで、わくわくしながら眠りにつく毎日だった。
しかし時が経つにつれ、ふと気がつけば自分は一人取り残されていると感じることが多くなった。
どこかへ抜け出したと思った時はいつもリチアとエルディの二人。
リチアはエルディを頼りにしていた。それを知ってか知らずか、エルディもリチアを意図的にあちこち連れ出しているようだった。
自分は守人としての仕事がある。
拘束される時間が人一倍多いのは仕方の無いことだった。
他の二人にも二人なりの事情は勿論ある。
リチアは大樹の巫女だ。守人以上に重い役目を背負っている。表向きは誉めそやされているが、重圧は相当なものだろう。
エルディにも樹の民でないという大きなハンデがあった。
赤ん坊の頃からこの地で育っているとはいえ、肩身が狭くないはずは無かった。
それに、自分のリチアへの恋心もとうの昔に諦め、胸に秘めたままにしようと決めていた。
誰よりも大切な存在だというのは、友達としてでも成り立つ。
今の関係を崩したくなかったし、自分さえ身を引いていればこれ以上崩れることも無いと分かっていた。
しかし、理屈がどうであれ 他人がどうであれ、自分の考えることが最も自分にとって正義に近いことに変わりなかった。
一緒にいられないことが。
不合理だった。
不満だった。
哀しかった。寂しかった。憎かった。
あいつさえいなければ、僕がリチアの隣にいられたのに。
リチアを危ない目に遭わせることなく、ずっと守っていけるのに。
そんな気持ちがどこかにあったことを否定することは不可能だった。
だって実際に、リチアの言葉によってその気持ちはレキウスの中から可視できそうなほど抉り出されてしまったのだ。
タナトスがその時 歓喜の声を上げたと、
そう感じた。
まだ守人になりたての頃、村長のビロバから守人についての講習を受けていた時のことだ。
どうしても気になって、言ったことがある。
「守人は、樹の民の安全を守るのが務めです。
本当に、僕はこの村の人たちを守りたい。皆が笑顔でいられるこの場所を愛してる。
だけど、飢えや病気、離別や死は、守人にも防げない。それは…」
うつむいたレキウスを、ビロバは微笑んで見つめた。
「それを悩んでいるのか。なるほど、お前は責任感の強い子だからな…
よいかレキウス、樹の民は人間。守人も人間。皆 同じなのじゃ。
一人で何でも背負うことは出来ん。他人に自分の全てを背負わすことも出来ん。
人間である以上、負の要素も避けられないことなのじゃよ。
そんなに気負うものではない。
他者のことを思う、その気持ちがあるだけで、守人としては満点合格じゃ。自信を持って、
… … …」
記憶が途切れてしまった。
タナトスを浴びすぎたようだ。
目の前が暗くなってきた。
思い出も、希望も、絶望も、何もかもが薄らいで消えていく。
残響が残った。
人間である以上、負の要素も避けられないことなのじゃよ。
そうなのか…?
納得がいかない…
だったら何で僕は、生きているんだ…
何を守る守人なんだ…
今だって、こうして…外界軍の侵入を許し…
あまつさえこんな…ことに…なって……
………
人間である以上、負の要素は避けられない。
そうか。
人間でなければいいんだ。
なんでこんな簡単なことに気付かなかったのだろう。
それなら、いいんだ。
守れる。
もっと強くなれる。
僕の前に立ちふさがる敵を、
捻じ伏せ、破壊し、蹂躙してやれる。
大切なものを守るためなら。
僕が僕であるためなら。
人間なんか、いらない。
ずっと心の奥底に押し隠していたもの。
退屈で。
孤独で。
惨めな狂気が、
開花した。
「レキウス」
リチアが、その名を呼んだ。
守人の任命の儀式の時に見せてくれた、あの時と同じ笑顔を浮かべて。
もはやリチアではない顔で。
「おめでとう。素敵よ。その姿。
ずっと一緒にいましょうね。
タナトスになっても、ずぅっと」
かわいそうな極楽鳥花。
僕の肩で、お咲き。
(了)
あとがき
聖剣伝説4がアクションゲームだと知らず、今までと同じようなRPGだと信じていた頃、
レキウスはNPCなんだと思っていた。準主人公みたいなノリで、ムッチャ活躍してムッチャ
役に立ってくれるんだと思っていた。
そして実際の役回りに「え…こんだけ!?」となった次第である。
聖剣4のラストは聖剣史上最も悲愴なるハッピーエンドだと私は思う。
中でもレキウスは本当に可哀想だった。
レキウスのそんな可哀想さが私の中でずっと気になっていて、色々と彼について思いを巡らす
ようになった。特に謎だったのがレキウスがタナトス化した経緯で、そこのところは設定資料集にも載っていなかったため、「じゃ作るか」ということで(爆)いつものノリである…
だもんで、これは捏造話だが、背景設定はなるべく公式のものを踏襲したつもり。