良妻杉①洗い物を終えて、ふうと息を吐いて窓の方を見やれば午後の穏やかな陽と涼しげな風が舞い込んだ。いつもは騒がしいこの家の中も今日は全員出払っていて静寂に包まれている。
少しの間迷った後、奴らが夕方まで帰ってこないのを理由に家主がいつもならぐうたらと独占するソファを今だけは自分のものに。ごろりと横を向けば途端に眠気が襲ってきて、あっという間に瞼を閉じてしまった。
カラスの騒がしい声で目が覚めた。
帰りを促すように鳴く母ガラスの声に混じって、春から成長したものまで一緒に鳴く音に寝転びながら耳を傾けた。
彼らはもうそろそろ巣立ちの時期になるだろう。春から巣を作っているところを見かけて、せっせと餌を運ぶ親を見かけて。もうすぐ自分で飛び立つ時期になった。時の流れは早いものだと一人感心して、ゆっくりと身を起こした。
瞼を数度擦ってから目を開く。午後の陽気はすっかり身を潜めて空は夕焼け色に変わっている。しばらく無心で茜色をぼんやりと眺める内に洗濯物を出しっぱなしだったことに気づいた。もう少し起き抜けの余韻に浸りたい気持ちを宥めて、冷たくなった床に足をつけた。
すっかり乾いた3人分の洗濯物を男女分けて籠に詰め込み、もう一度居間まで運ぶ。籠を一旦床へ置いて、テレビをつけたら準備万端だ。
夕方のニュースをだらだらと耳に流しながら洗濯物を畳む作業に入った。
まずは大きいバスタオルから。最近柔軟剤というものも覚えたので、以前よりは触り心地が良くなった。これは密かに満足している。
それから馬鹿の下着。朝方のアレコレでいつもより枚数が多いのが腹立たしい。どうせシワなんて気にやしないから、複数枚ある着物は腹いせに雑に畳んだ。
年頃の彼女は下着以外は別に干しているので取り込んだいつもの赤い服を畳んでやって、押し入れまで届けてやる。あんな馬鹿でろくでなしと住んでいるのに礼はしっかり言えるのだから大したものだ。
ただの洗濯物一つで様々な感情になるのは不思議なものだ。共に暮らして暫く経った。そろそろ何か企てようかと動く気配を感じる度に銀時はおかしくなる。主に情事で。噛み癖があるわけでもなかったのにあちこちを噛み締められて傷が増える。いつもなら互いが満足すれば終わるのにワザとこちらが足腰立たなくなるまでしつこく責め立てるのだ。
それに、日中だってアレコレ用を押し付けてくる。回覧板周しから家賃の支払い、(ただ支払うだけだと思って赴いたらバイトさせられた。その日は家から銀時を閉め出した)依頼の手伝い。この家事だって、押し付けられた雑用がいつの間にやら習慣化してしまって、日々こなしている。
どうしたものかと思う。雑用が気に食わないわけではない。居候の身であるし、することも無いのであれば家事を手伝うのは仕方がない。だがまるでこちらの動きを封じようとするような銀時の動き。
うるさいと一言告げて蹴飛ばして出て行ってしまうのは簡単な事だ。だけどそれをしないのは、結局あいつのことが気がかりで仕方ないからなのだ。図体でかいクセに置いていかれる子供のような目をする。印を付けるように体へ触れる。この場所の居心地の良さを教えて、根を張らせようとする。
まるで自分を手放したく無いと大きな声で言われている様で。
その感情を向けられる度、胸の奥がむずむずとくすぐったくて。
「いかないで」というあいつの手を、振り払う事が出来ずにいる。