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    風受けアンソロに出したやつです。

    アンソロ提出原稿(降風)アンソロ提出原稿

     風見裕也の私生活は酷い、というのは部下にすら言われている事実だ。
     睡眠が少ないのは部署全員に当てはまるが、その中でも圧倒的に少ない。食事も時間があるときでコンビニ弁当を食べればいい方、酷い時には栄養バーとサプリメント、更に酷くなるとカロリーの摂取ですらもお菓子で賄おうとする。もう少し小柄ならばそれでも対応出来た可能性もあるのだろうが、風見は男にしても長身でガタイだって平均よりもある。そんな身体が雑な食事でいいパフォーマンスを保てるはずが無い。
    「……って、説教したのは覚えているか?」
    「すみません」
    「謝罪の言葉が聞きたいんじゃないのもわかるな?」
    「……はい」
     降谷と顔をつき合わせて説教をされているのは、降谷のセーフハウスのうちの一つ。安室名義ではないから普段から頻繁に使っているわけではない場所のはずなのだが、それなりに生活観があるのは、他人を招く可能性も一応考えてはいるのだろう。
     ダイニングテーブルの前へと座らされ、せかせかと動く降谷に延々と私生活について怒られているわけだ。部屋に招かれてから一時間、その間動き回っていた降谷がやっていたことの結果が次々と目の前に現れつつある。テーブルの上には所狭しと料理が並び始めているのだ。
     安い1Kの一口コンロしかない小さなキッチンで、どうしてこの早さでこれだけの料理を作ることが出来るのかと思うほどに机の上が埋まっている。
     ポテトサラダ、茹で野菜の胡麻和え、味噌汁、鮭のホイル焼き、ジャガイモとベーコンのチーズ載せオーブン焼き、玉子焼き、野菜スティック。それだけ載っているにも関わらず、まだ何かを作っているらしい。匂いから推測するに恐らく中華だ。
     最後に机の上に置かれたのは、案の定麻婆豆腐だった。
    「さて風見。俺が何を言いたくて連れて来たのかはわかるな?」
    「ちゃんと食事をしろ」
    「ご明察。食え」
    「はい」
     一番最初に箸が置かれていたから、わからないわけなどあるわけがない。そして降谷の作った料理を食べることができると察した時点で風見がそわそわしていたのも降谷には伝わっていただろう。
     “待て”と“よし”を言い渡された犬の気持ちを味わいながら、風見は両手を合わせていただきますと唱えた。
     来客用であろう、使ったことすらなさそうな綺麗な箸を持ち上げると、真っ先に味噌汁に手を伸ばした。流石に今回は出汁から取るような手間はかけておらず、味噌を団子にしておいたものに湯注いだだけだという。そもそもそんな団子を作る発想がない自分には味噌を作る時間がリアルタイムでは無いだけで十分手間は掛かっていると思う。今日のあおさの入った味噌汁もとても旨い。
     食べている合間に差し出された、お茶碗に山盛りの白米も受け取ると、茶碗を左手におかずに手を伸ばしていく。
     一口ずつ、丁度全てを一周した頃だろうか。流しに凭れかかりながら此方を見守っている降谷が、風見の口の中身がなくなった瞬間を狙って口を開く。
    「風見、何か食べたいものはあるか?」
    「いえ、こんなにあれば流石に」
     机の上には成人男性二人分にも多いくらいの量の食事が乗っている。風見も、まともに食事をする際には食べる方ではあるが、流石にこの量は食べきることは難しそうだ。同じくらい食べる降谷と二人でようやっと、と言ったところだろうか。そんな量を机の上に載せたまま何を言っているのだろうかと風見の方が首を傾けてしまう。
    「馬鹿。今じゃない、今後だ」
    「今後、ですか?」
    「これからのお前の食事は俺が作る」
     風見にとって至極都合が良いけれど、わけがわからないことを言われた気がした。
     同じ台詞を、一般的な退社時刻が決まっていて普段からある程度の時間を取ることが可能な人間が言えば理解も出来たし、喜んで頼んだだろう。だが、風見にとって有難い申し出を言い出したのが、毎日どころか一週間の中でもプライベートの時間を取る事が出来るのかすら首を傾げてしまうような忙しさに追われている上司となれば、風見だって素直に受け入れることなど出来ない。
    「嫌と言われようとお前に拒否権は無いからな」
    「降谷さんの料理を食べられるのは勿論有難いですが」
    「作り置きが大半にはなるだろうが、三食全て俺が作ったものを食べてもらう」
    「いや、でも、」
    「此処と、お前の家と、庁舎の冷蔵庫に日持ちのする料理を入れておくから必ずそれを食べるように。それ以外は禁止。付き合いで飲みにいってもどうせ酒とつまみだけだ、それなら家に帰って俺の作った飯を食え」
     全く話を聞く気が無い。降谷がまともに話を聞いてくれた例があっただろうか、いや、ない。基本的に降谷の思考回路が風見の二歩三歩先に進んでいて、最終的には風見の言い分まで考えた上で論破する手段まで用意しているからではあるのだが、此処暫くは言わせてもらえたことすら殆ど無いような気さえする。どうせ屈服するのだから時間の無駄だとでも思っているのだろうか。降谷のことだからその可能性すらあると思ってしまった。
    「降谷さんにはそれだけ作ってる暇なんてないでしょうに」
    「今は落ち着いてるから問題ない。それよりも俺は、お前が倒れたりして使い物にならないほうが余程困る」
    「それはないかと」
    「犯人を追いかけて勢い余って階段から落ちそうになったのは誰だ?」
    「……えーと、」
    「ちゃんと自分のメンテナンスが出来ていれば、急に動きを変えられても踏みとどまることはできただろう?」
     それに関しては本当にその通りだとしか言いようがなく、反論のしようが無い。過去に具体的に上げられる事例がありすぎる。
     申し訳のなさに手が止まりそうになっていたところ、ちゃんと食え、と改めて言葉にされて食事を再開した。
     食事を進める間にも、風見に料理を食べさせると決めたからか降谷は料理を再開していた。頻繁に来るわけではない部屋に何故これだけ食材があるのかといえば、此処に来る直前に降谷がスーパーに寄っていたからだ。風見を車に載せた時点で後部座席には何日分にあたるのかと突っ込みたくなるほどの大量の袋が乗っていて、部屋に持ってくるときには風見三袋ほど持ってきたから知っている。
     その大量の食材を使い切る勢いで料理を作っているように見える――実際に使い切るつもりなのだろう。
    「それにしても、コンビニもなしですか?」
    「お前の雑な食生活を全部俺の料理で賄った方が絶対に健康的だ」
    「例えば小腹が空いたときには?」
    「そうか、ならば日持ちしそうな焼き菓子でも用意しておいてやる」
     あ、だめだ。本当に風見の食事を全て降谷の料理で置き換えようとしている。自分の食生活が酷いものだということは勿論理解はしているが、そこまでする必要はあるだろうか?と聞けば、きっと俺がしたいんだと簡潔に返される。
     降谷がやりたい、風見も降谷の作る料理ならば食べたい。既にやる気になっているのならばそれを否定する理由は無い。降谷が忙しくなるか飽きるかして料理を作るのを辞めるまでは有難く恩恵を受けることに決めた。

     それから一ヶ月。
     一日三食とまでは言わないが、二食は食べている。この時点で褒めてもらいたいところだし、その食事に関しては勿論全て降谷の作ったものだ。
     宣言どおりにいたるところに料理が常備されていて、食事に困ったことは一度として無い。持ち歩けるようなお菓子やおにぎりですら冷蔵庫や冷凍庫に放り込まれている。
     面倒ならばそのまま温めればいいようにと弁当の形にしてあるのも準備されているのが本当に有難く、風見の性格をよく把握していると心底知らされる。庁舎に準備されているものが弁当もしくはおにぎりというのがその証拠だ。一品一品温めるのも面倒だし、一度電子レンジに放り込めばそのまま全部が食べられる。手軽に食べられるからこそ続けられるのだろうなと考えつつ、弁当の目の前で手を合わせて割り箸を机の中から出してきた。
    「最近の風見さん、ずっと弁当ですよね」
    「手作りですか?」
    「作ってくれるって言うから有難く頂戴してるんだ」
    「なんだ風見、彼女か?」
    「それはないですね」
     作ってくれているのはまず女性ではないし、次にその相手は上司だ。作っているのが降谷だと言えばややこしいことになりそうだから、此処は具体的に答えることはしないと決めている。
     ほうれんそうのおひたしと金平牛蒡にひじきの煮物。野菜炒めにはパプリカを入れていて彩りも鮮やかだ。横にサイコロステーキと焼き魚も入れられている。弁当を買ってくるよりも余程おかずが多い。スーパーでこれだけ入っている弁当を買おうと思えばそれなりの値段がするであろうと思う程度にはしっかりと量も入っていて、全て作るのにどれだけ時間と手間が掛かるのだろうと考えてしまう。
    「愛妻弁当食べるようになり始めてから、風見さん凄く顔色いいですよね」
    「愛妻弁当って言うなよ。確かにちゃんと食べてるからか身体も軽いけど」
    「風見さん、食べてる時でも菓子パンとかプロテインバーばっかりで栄養の偏り半端なかったですから、そりゃしっかりそんなご飯食べてたら健康にもなるでしょうよ」
     どれだけ不摂生と思われているのかと自分でも頭を抱える。
     おひたしは醤油ではなく出汁らしく、あっさりしているのがいい。持ち上げれば下からはしめじが出てきた。降谷の弁当は時々こうして色んなものが下から出てくる。麩が敷いてあったときには何故かと問いかけたが、汁が零れないようにするためらしい。
     弁当を食べ終えて両手を合わせてご馳走様と呟いた。
    「そういや風見さんはかならずおにぎりですよね」
    「それが?」
    「そんだけこだわって料理を作るんだから“おにぎらず”もありそうだなと思ったんですが」
    「あぁ、それか」
     おにぎらずとはサンドイッチのような見た目で、大判の海苔で米を巻いて綺麗にたたんだもので、綺麗に形を整えるだけで直接握ることをしないから“おにぎらず”らしい。ポアロでそんな話になったと零した降谷が至極不満そうな顔をしていたのを風見は覚えている。
     具材はそれなりに入れられるし片手で持てるが、握った方が早いというのが彼の結論だ。おにぎらずのほうが具材が入れられるらしいが、そこが重視されていないことも大きいのだろう。そしてなにより降谷が握るおにぎりは、あまり大きくないのに腹が膨れる。相当しっかりと握っていてふんわり感は欠片も無いが、0.7倍くらいに圧縮されているとしか思えないくらいで、二個食べただけでコンビニおにぎり五つ分を食べた気にさせられる。
    「握る方が手っ取り早いってさ」
    「そんなもんか」
    「作ったこと無いんで俺は知らないですけど」
     いろいろなものを食べさせてもらってはいるが、風見はその間一度として料理を作ったことは無い。敢えて言うならば、降谷が冷蔵庫に入れてくれている味噌団子に湯を注いでかき混ぜた。それくらいだ。
     ちなみに、その団子もいろんな種類が用意されており、シンプルにねぎや油揚げが入っているものもあれば、梅が入っているあっさりしたものもあった。変り種もたまにはわるくないが、やっぱり風見にはシンプルな味噌汁であるねぎが一番いい。降谷に伝えてからはねぎの味噌団子の作り置きを増やしてくれたようだ。以前はいろんなものが置かれていた団子の、半分がねぎのものになった。
    「味噌汁食ってると何か安心するし、『あー、日本人だなー』って感じしますよね」
    「確かに。俺も感じる。ほっこりするよなぁ」
     降谷が作る料理は和食が多く、目の前で作る日には出来立ての味噌汁を食べさせてもらうことも多かった。ちなみに、安室モードの時には洋食寄りになる。バーボンは料理をするのかと考えてはみたが、お洒落な料理は作るよりも食べる方で、カナッペ程度のつまみくらいしか作らななさそうだなと思っている。風見とバーボンが直接対峙して会話をしたことが無いからあくまで想像の範疇ではあるけれども。
    「風見さーん。その味噌わけてくださいよ」
    「個人的には構わんが、作った人間が許可するかどうかがわからないからまた今度な」
    「ちぇっ。彼女じゃないのに風見さん以外が食べるのは拒否っすか?同担拒否っすか」
     部下の一言に何だそれと笑おうとしたところ、周りからなにやらぼそぼそと小さな声が聞こえてくる。
    「風見さん担当って、まさか……」
    「ゼロだ……」
    「ゼロか……」
    「彼女じゃないけど……」
    「そりゃ同担拒否ですね……」
     この部署の中で降谷はどんな認識をされているんだ。確かに風見はゼロとの連絡係になっているが、担当ではないだろう。降谷が風見の担当というよりは、風見が降谷の担当なのだが。
     みなの顔を見渡しても反応はもらえなかったが、先程の部下が「味噌は良いです。まだ生きていたいんで」と返してきて、首を大きく傾けた。

    「――って言われたんですけど」
    「そうか」
    「同担って何なんですかね。担は担当だと思うんですが」
    「そこからか」
     セーフハウスに引っ張り出されたのはそれから二週間ほど経ってからの事。食事は用意されていたし、連絡は定期的に入っていたが顔を合わせたのは三週間ぶりくらいだった。降谷とはこういったことはよくあるから特に気にも掛けていなかったし、定期連絡のほかに冷蔵庫に礼の手紙も入れたりしていたから普段よりも連絡は多い方だろう。
     だからと言ってそんな会話の中で出てきた言葉の意味を手紙で聴くことは出来ない。顔を合わせてゆっくりと時間を取れるようになって初めて問いかけることが出来たのだ。
     その時点で調べてもよかったのだろうがその時点では忘れていたし、今、降谷の顔を見てやっと思い出したのだ。
    「同じ担当って事だよ。なんとか担当って言うのはようするにファンと同じ。風見担当って言えば風見のファンだって言ってるのと一緒だな。というわけで、同担拒否というのは読んで字の通り。要するに、お前の周りには、ゼロは風見のファンで他の人間が風見のファンであることを嫌がっていると思われているわけだ」
    「……改めて聞くと突っ込みどころが満載ですね」
    「改めて聞かなくても突っ込みどころ満載だって。なんだよ同担拒否って。否定できないけど」
    「出来ないんですか」
    「俺は恋人を自慢して回るよりも、自分だけが可愛いところもかっこいいところも知っていればいいと思っている」
     いきなりアクセルを全開にしてくるのが困ったところだ。風見が反応出来なくなると知って言って来るのだから尚更性質が悪い。
     そして機嫌を取るのに甘いものを用意すればいいと思っているのが腹が立つ。実際に好きだし、降谷が作るものは風見の好みドンピシャで本当に機嫌も直ってしまうからずるい。
    「えっと。今日は、何ですか?」
    「フォンダンショコラ。前に食べたいって言ってたろ」
    「言っていたとしたらおそらく二月ですから、三ヶ月以上前の話ですよ。本人ですら忘れているようなことをよく覚えていますね」
     フォンダンショコラとはどんなスイーツだっただろうか。ショコラという名前と匂いからしてチョコレートに関係するものなのだろうが、全く思い出せない。お洒落なカタカナの名前は仕事に関係していなければどうしても覚えるのが苦手で、好きなチョコレートのブランド名すら覚えられていないくらいだ。仕事に関係するものならば一度で覚えられるのだが、仕事とプライベートではこうも違うのかと自分でも思う。
     何処で調達したのか、スイーツが乗るのにふさわしいくらいに可愛い皿の上にチョコレート色の焼き菓子が乗っている。白い粉砂糖が綺麗に散らされて雪のようで――あぁ思い出した。あれだ。
    「ほら、温かいうちに食べろ」
    「いただきます」
     差し出されたフォークを受け取り、真ん中から切れ目を入れて、左右に開く。ふわりと湯気が上がって、その下からはとろりとチョコレートが零れだしてくる。湯気と共にチョコレートの甘ったるい匂いが上がってきて、いっそう食欲をそそられる。まだ口に入れていないのに、既に自分は美味しいのだと伝えてくる。
     一口大に切って、広がっていくチョコレートを拭ってから口に納める。苦めの生地と甘みのあるチョコレートが口の中でとけて広がり一体になる。上に掛けられた粉砂糖の甘みも混ざって、丁度風見の好みの味になっている。
     言葉に上手く表すことのできないその美味しさを、けれど作り手である降谷は風見の感想は別段求めない。
    「本当に美味しそうに食べてくれるよな」
    「勿論です!貴方が美味しいものを作るせいでここ数年、下手なスイーツでは満足できなくなったんですから」
    「それはよかった。お前の好みに作っていたかいがあるよ」
     好みに寄せてくれるのは嬉しい話だ。文句を投げつけはするが、そもそも風見の外見でカフェになんて入る勇気は無い。買って帰る事にすらなかなかに勇気が居るのはこの顔の良い上司には理解されないことだろう。喫茶店で働いている上、スイーツを売っている店だって入っていても違和感は無い。天はこの人にどれだけのものを与えたのだろう。持たざるものである風見だから羨ましいのではなく、一般的な物を持っている人間だって羨ましいほどの知力体力その他諸々。
    「貴方は本当にずるい男ですね」
    「男を落とすのなら胃袋から、だろう?」
    「その言葉を信じるなら随分前から画策していましたね?」
    「一目惚れだって言ったら信じるか?」
    「それを信じるとなれば、趣味が悪いと言わざるを得ませんが」
     風見が外見で好かれるタイプの人間で無いことは自分が一番よく分かっている。接点が出来て暫くしてからならばまだ理解が出来なくは無い。いや、それ以前に風見にそれを向けるのはどうなのか。
     耽り始めた思考を止めたのは、目の前にマグカップが置かれる音だった。用意されるスイーツに合わせて用意される飲み物も変わるが、今日はどうやら珈琲らしい。先に何も入れていないということはきっとブラックのまま飲むのが一番合うのだろう。
    「中身は知っていたよ。お前の情報は書類で渡されていたからな」
    「それでもおかしいでしょうに」
    「そうかぁ?仕事が出来そうだし、実際仕事が出来るし、お前、見た目も中身も“ザ・男”って感じだろ?羨ましくて仕方なかったよ」
     初めて聞いた話だ。そして、そんなイメージを持ってもらっていたにも関わらず今の風見の目の前にあるのはスイーツで、表情をゆるゆるにしているわけだ。大変申し訳ない。
    「実際は書類通りの外見と中身にプラスして、こんなに愛嬌のある男だったけどな」
    「それは申し訳ない」
    「可愛くて良いじゃないか。そういうギャップも含めて好きだからな」
     そういう言葉をしれっと口に出来てしまうのが凄い。恋人になった今でもその言葉は風見には簡単に口に出来ない。降谷に押されて押されてやっと言うのが常だ。それでもいいと言ってくれてはいるが少しばかり申し訳ない気もしている。
    「いいから食えって。温かいうちじゃないとチョコがとけないだろ」
     作りたてではないと意味が無いから呼び出されたらしい。普段から忙しい彼が風見のためにわざわざ時間を取ってスイーツを作ってくれている。本当に感謝しかない。
     一口大に切ってはまだ液体状のチョコレートをつけてもう一口。うん、やはり美味しい。
     フォークを置いて珈琲を飲むと思うほど苦くない。苦味が強い珈琲のはずなのに、チョコレートのおかげか凄くマイルドになっている。
    「美味しい」
    「だろ?自慢」
     へへ、と緩く笑う。安室の雰囲気を若干残しながらも降谷らしい男らしさを持っているのがずるい。
     フォンダンショコラはあっという間になくなってしまった。角の少しかりっとした部分と、苦めの生地と、甘いチョコレート。全てが混ざって一つになる。フォンダンショコラはまるで降谷だなと考えていれば。
    「好きだな」
     自然と言葉が零れ落ちる。
    「そんなに残念そうにするなよ。また作ってやるって」
    「あ、いや、……はい。お願いします」
     降谷のことを言ったつもりだったが、さすがにそう訂正することはまだ風見には出来そうになかった。
     飲み干した珈琲のおかわりを淹れてくれた降谷は、今度はこの先の食べたい料理を聞きだすために風見の正面に座る。それから一時間、尋問のような勢いのリクエスト調査が始まった。

     弁当の中身にハンバーグが入るようになった。スパゲティも入り始めた。少しずつ洋食が増えた。
     たまにでいいと言ったが、弁当の中身に必ず一品入っている。胃袋を掴むというのは本気だったのだなと知らされる。もう随分前から掴まれているけれど、離す気が無いことだけは十分察した。
     暑くもなく寒くもなく、太陽があれば外で過ごすのに丁度いい季節。冷蔵庫に入っていた降谷の弁当を持って少し離れた公園までやってきた。
     ベンチに腰掛けて紙袋に入れてきた弁当を取り出すと、両手を合わせてから弁当箱の蓋を開いた。
     おかずのみが入っている弁当箱の中には、ミートボールと温野菜。薄くしたささみで梅肉を巻いて揚げたもの。煮豆は少し苦手だと伝えてはいたのだが、大豆は健康に良いから食えと言われてしまって未だに入れられている。少しだけ減らされているのが唯一の配慮なのだろう。
     大豆のもそもそとした食感が苦手で、昔食べたポークビーンズもどうも好きになれなかった。温野菜の下には降谷の作ったマヨネーズが敷かれている。そこまで作るのかと問いかけたら、酸味を控えてあるんだとドヤ顔で言われた。実際に他のマヨネーズよりはまろやかで食べやすい。野菜でマヨネーズを掬って食べると、いつの間にか慣れたいつもの味がして表情が自然と緩んだ。
     苦手な豆も一つ一つ箸で挟んで持ち上げては口に押し込む。降谷はどうもこの食べ方が面白いらしい。こんなに大柄なのに一口が小さめでちまちま口に運ぶ動作が何故か小動物を思い出させると腹を抱えて笑う事すらある。
     何が面白いのかと考えてみるが、自分では全く分からない。普通に食べているだけなんだけどなと思いながらミートボールを口に運ぶ。子供の頃に食べたミートボールはレンジで温めるだけで食べられるものだけだったから、肉らしい味わいのあるミートボールは降谷が作ってくれて初めて食べた。トマトソースの淡い酸味の中でミンチがほろりとほどけていく。ハンバーグとはまた違う肉の食感に、驚くばかりだ。
     元々食事にこんなに興味はなかったのだけれども、降谷に美味しいものを食べさせてもらっているうちに随分舌が肥えた気がする。自炊どころかコンビニ弁当すら挟まない食生活を繰り返して、他の食事が食べられなくなったらどうしてくれる。
    「実際に満足しないんだろうなぁ」
     口元に箸先を添えたままぼんやりと零した。降谷に聞かせたら調子に乗らせそうだと考えつつ、同じ紙袋に入れてきたおにぎりを手に取る。ラップに包んであるそれはコンビニのものよりは少し大きめで、随分強めに握られている。中に入っている具は外から見ても分からない。完全にロシアンルーレットだが、風見にとって嫌いなものは入っていないからどれでも構わない。風見のそう言う性格を見越して何も書いていないのだろう。安室なら書くだろうに、降谷はこういったちょっとしたところで雑さがある。完璧すぎるよりはこれくらいの方が風見にとってやりやすいのがばれているのか、降谷の性格なのかは未だに風見は察することが出来ていないが。ともかく安室よりは降谷の方が気が合うだろうと自分でも思う。
    「あ、酸っぱい」
     何の気なしに噛り付いたおにぎりに入っていたのは梅干しだったらしい。暫く咀嚼して感じた酸味に口先をすぼめた。
     ふと顔を上げた先、此方を見ていたらしい子供が口をすぼめて自分の真似をしているのを見つけてしまって、つりあがりがちな自分の目も眉尻も一気に下がるのが分かった。

    「案外続いてますね」
    「何が」
    「貴方が作ってくれる食事。貴方がもっと帰ってこられなくて、途中で途切れるかと思っていましたよ」
    「何だ、食べたくなかったのか?」
    「そう言うわけじゃないですよ」
     降谷の作った食事を食べ続けて四ヶ月、季節が一つ巡った。
     毎日降谷が作った弁当や作り置きのおかずを食べ、直接目の前で作って食べさせてもらったことも片手で足りないほどにはあった。米を炊いたことすらなかったことに気がついたのはほんのこの前で、一食だって他の食事を食べていない。
     それなりに忙しかったけれど、家で眠れない日も大体泊り込むのは庁舎だったし、外に出る時だって降谷の作った弁当や握り飯を持って出ればなんとかなった。
    「調子も良いだろ?」
    「おかげさまで、顔色がいいと評判ですよ。いざというときの踏ん張りも利きますし」
    「さすが俺」
    「褒めるのは自分のことですか」
    「作り続けたのは俺だからな」
     確かに。風見は作ってもらったものを食べているだけで、実際に大変だったのは降谷だ。風見は料理を食べていただけ。確かに他の料理を食べないようにとあれこれ画策はしたが、そこら中に降谷が料理を置いて行ってくれたから苦労はしなかった。
     食うに困らないような量をいろんなところに置き続けるのは簡単なことではなかっただろう。それも降谷のような忙しい人間がやるには、プライベートな時間を全て費やさなければならなかったのではないだろうか。
    「有難うございます。美味しかったです」
    「過去形にするなよ。まだ作る気でいるんだからな」
    「貴方、そんなことしてる場合じゃないくらい忙しいでしょう。私も万全の状態ですし」
    「食事から身体が作られるんだ、此処で目を離したらお前は絶対に手を抜いて元に戻る」
     ぐうの音が出なかった。降谷が置いてくれているから、降谷に言われたからしっかり食べて余計なものを食べていなかったのであって、目の前になければ前の食生活に戻るだろうというのは風見にも容易に想像がついた。
     二人の中央で味噌のいい香りをさせている鍋が出来上がるのを見守る間、ずっと説教され続けた。いつかの時のようだと口の端が下がる。
    「そ、そういえばこれ。ハロくんですか?」
    「そうだ。可愛いだろう?大根おろしだ」
    「よくこんなことできますよね。SNSに映えそうですよね」
    「安室なら写真を撮って上げるだろうなぁ。SNSやってないけど。よし。そろそろいい頃合いだな」
    「ハロくんを崩しづらっ!」
     崩しづらいと言いきる前に降谷は大根ハロの顔面を容赦なく菜箸で出汁の中に浸けた。箸を離した時に少し浮かび上がろうとしてきたが、残念ながらもう顔と言えるような状態ではなく、魔法は解けてただの大根おろしに戻ってしまっていた。
    「ハロくん!」
    「お前が同情してどうする。どれだけ可愛くしようと、大根おろしは大根おろし。ほら、食うぞ」
     容赦ない。
     可哀想に見る影も無くなった、ハロだった大根おろしの成れの果て鍋をつつく。一面にあった大根おろしが水分に浸かってやっと下の味噌の色が出てきた。ハロが白だったからそのままだったが、柴犬ならきっと味噌の色をつけた大根おろしで形が作られていたのだろうなと考える。
     肉も野菜もごちゃ混ぜに取り皿へと持っていく。少し多いかと思いはしたものの、降谷は自分の分にと山盛り取っていたから気にする必要はなさそうだ。
     自分の猫舌は理解しているため、何度も息を吹きかけてから白い湯気が随分と少なくなる頃合いを見計らって口へと運ぶ。
    「は、ふ……」
    「どうだ?」
    「おいひい、っす」
     口の中にものが無くなってからも熱さを逃がすために自然と口から力が抜けて発音が不明瞭になる。いつものことなので降谷も特に突っ込みはしなかった。
     男二人で突く鍋はあっという間になくなって、野菜と肉を追加して炊きなおしてもすぐに空になってしまった。
    「風見、シメはうどんか雑炊かどっちがいい?」
    「うわ、なんですかその両方魅力的な選択肢は!」
    「どっちか!」
    「ぐ、……なら雑炊で」
     両方食べたいと思っていたのはどうしてばれたのだろう。降谷に言わせればきっと顔に出ていたに違いない。こんなに食べるタイプではなかったのだが、降谷の料理は風見の好みの味付けであり、そしてそれを食べ続けた結果、胃が以前よりも大きくなったような気さえする。
     残った鍋の汁を使って、ご飯を追加して、あっという間に作られた雑炊の上にねぎが散らされて、口の中に自然と唾液が溜まる。
    「お前はお預けされた犬か」
    「そんな顔してますか」
    「してるしてる。ほら」
     茶碗に雑炊を入れてもらって一口。口の中に広がる濃い味噌の味が染み込んだご飯が美味しい。風見の緩んだ表情を見てか、降谷の目元も嬉しそうに緩むのが見えた。
          * * *
     人の細胞が生まれ変わるのに必要な期間
     胃は五日
     皮膚は一ヶ月
     肝臓は一ヵ月半
     血液は四ヶ月
     そして風見の食事を作り続けて四ヶ月。
     ようやっと風見の血液の全てが降谷の作った料理で作られたものに生まれ変わった。確か脳や骨に関しては年単位で時間が掛かったはずだ。
    「第一目標は達した」
     風見の全てを降谷が作り変えて、細胞レベルで降谷のものにしてしまおう。風見ですら気がついて居ないであろう目論見は思った以上に上手く行っている。
     いつまで続けられるだろうか。いつまででも続けたい。骨も、筋肉も。入れ替えられる細胞の全てを降谷の手で作りたい。
     そんな些細な願いを込めながら、今日も風見の家に置く料理を作り始めた。
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