初恋 大刀は膝を抱えて床に座り、スマホから小さく流れる音楽を聴くともなしに聴きながら黙って、開け放した窓から暮れてゆく空を見ていた。
ゆっくりと日が沈み始めて、濃い群青が次第に黒に変わっていく。高い空から次第に暗くなるグラデーションが繊細で美しかった。
アドレナリンと涙の入り混じる混沌の、怒涛の日々のなかにポッカリとふってわいた平穏なひと時。
大刀は彼をよく知る人なら、おや、と思う切ない目をしていた。
そう、大刀揺一郎は上方亮に恋をしていた。
……恋とはどんなものだろう。
そんなことを思う程度には、大刀という男は奥手だった。モテからは遠かった学生時代はもちろん、奨励会に入ってからはやるべきことが山盛りで、悪戦苦闘の毎日を過ごし……そうこうするうちに初恋すら知らぬままに気がつけば成人を迎えていた。
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