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    ちわちわ

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    ちわちわ

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    前に書いた上大とは続いていない、また別の二人の馴れ初め話です。
    馴れ初め話が好きなもので……。

    初恋 大刀は膝を抱えて床に座り、スマホから小さく流れる音楽を聴くともなしに聴きながら黙って、開け放した窓から暮れてゆく空を見ていた。
     ゆっくりと日が沈み始めて、濃い群青が次第に黒に変わっていく。高い空から次第に暗くなるグラデーションが繊細で美しかった。


    アドレナリンと涙の入り混じる混沌の、怒涛の日々のなかにポッカリとふってわいた平穏なひと時。
    大刀は彼をよく知る人なら、おや、と思う切ない目をしていた。
     そう、大刀揺一郎は上方亮に恋をしていた。




     ……恋とはどんなものだろう。

     そんなことを思う程度には、大刀という男は奥手だった。モテからは遠かった学生時代はもちろん、奨励会に入ってからはやるべきことが山盛りで、悪戦苦闘の毎日を過ごし……そうこうするうちに初恋すら知らぬままに気がつけば成人を迎えていた。

     もしかしてオレは、うかつだったのか……?

     残念ながら自分には、恋愛面での実戦経験が圧倒的に不足している。恋をしてはじめて大刀は、そう自覚して唇をかんだ。人並みに恋のひとつやふたつも経験済みなら、ここまで混乱はしなかったのかもしれない。
     敵を知りおのれを知れば百戦危うからず。
     ありがたい孫子の兵法を思い出して大刀は、深い深いため息をついた。そういう意味では、上方と出会う前の大刀は恋を知らず自分を知らなかった。

     まったく、自分のことは自分ではわからないものだ……まさか自分が、同業の年下の天才に恋をするなんて。

     将棋会館で……対局中継の画面で……街中の企業の広告塔としての……様々な上方の姿を見るたびに、胸の奥にちくりと走る鋭い痛み。この感情はなんなんだ……戸惑いながら自分の胸に問う。
     そうやって自分の心を直視すれば、なにを見出すことになるのかうすうす気が付いてはいた。

     ……オレだけを見てほしい。

     胸の奥で生々しく息づく、独占欲、嫉妬、孤独……赤裸々な恋心。
     大刀は悩んだ。
     そして、どうやって上方を思い切ればいいのかと眠れない夜に自問自答した。
    誰にも負けたくない……それこそが棋士の持つ本能なはずだった。
     だからこの大切な時期に恋心ひとつに惑わされて、ふと気を抜けば鬱々と悩む自分が腹立たしかった。着実に昇格して実力を蓄え、勝ち星を積み上げていくべきこの時期に、恋に悩む自分がひどく卑近で矮小な存在に思えてしまう。
     けれど上方は、そんな気持ちを知ってか知らずか、なんとかして距離をとろうと大刀が退いた分だけきっちりと間を詰めてくる。
     大刀はここまで考えて、腕を組んで視線を落とした。

    オレは……上方くんが好きだ。このまま思い切ることも忘れることもできないなら、どうすればいい?オレはどうしたい?

     大刀はかたく唇を引き結んで途方に暮れた。

     いっそ、告るか?

     大刀は自嘲気味に小さな笑みを浮かべた。

    ……そうだ、たぶん間違いなくふられるけど、それがいいかもしれない。あっさりふられて落ち込んで、そこから吹っ切れたら儲けものだ。
     当たって砕けろだ……。

     大刀はパシンと自分の頬を両手でたたいた。


    ◇◇◇



    よく晴れた夜空の中天に満月が輝いていた。吹く風にかすかに金木犀の香りが混じる。

    「上方くん、こっち……」
     
     大刀は上方をともなって倉庫の裏に回ると、大きな樫の木が茂るちょっとした公園に出た。木陰の横には小さなブランコが揺れるささやかな広場がある。さわやかな夜風が通る気持ちのいい空間だった。

    「で、話というのは……?」

     どこか所在無さげにうろうろと落ち着かない様子の大刀を、じっと見つめて上方が言った。

    「実は……」

     そこまで言いかけて、どう切り出したらいいのか大刀は口ごもってうつむいてしまった。蛮勇をふるって上方に声をかけた時には張りつめていた強い気持ちが、今はシュルシュルとしぼんで風前の灯のように頼りなく揺れている。
     思えば、上方は同業の格上なのだ。
    そして、たとえ相手がどんなに格上であろうと勝負を挑んで勝ちたいのがそもそも棋士という生き物のはず。
     そんな立場のオレたちなのに、格下が呑気に格上に告ったりしたら、何を寝ぼけたことを言ってるのかと笑われそうな気がする……。大刀は自分の置かれた立場を思い出して、なにも言えなくなってしまった。
     言葉が出てこない。
     実はと言ったきり、黙りこくってしまった大刀の肩に上方が手をかけた。

    「言いたいことがあるんでしょう?大刀さん」

     顔をのぞきこむようにして至近距離からじっと見つめる。
     大刀はうなじと耳に血が上ってカッと熱くなるのを感じた。

    「……っ……」
    「……大刀さん、何か言って……」

     ぐっと引き寄せられた。
     だめだ、距離感がバグる……。
     大刀は息を吸った。そして、吸ったまま吐き出せなくなる。
     息がかかりそうな距離に上方の顔がある。低くて柔らかな、ふだんよりも甘い上方の声と力のこもった腕に大刀の心臓がばくばくと拍動して額にはうっすらと汗がにじんだ。

    「……大刀さん」

     ほとんど腕の中に閉じ込められるくらいの距離。
     このまま上方くんの背中に腕を回したら、オレは……どうなってしまうのか……。
     大刀の胸がキュンと甘くうずいた。
     どうしよう、このまま上方くんに抱きしめられたい。

    「そんな目で私を見て、黙ってるなんて……」

     ささやくように上方は言って、大刀の肩を引き寄せて自分の胸にさらに抱きこんだ。

    「瞳が濡れてる……」

     ねぇ、何か言ってください。

    「言わないと……このまま……」

     上方の顔が近づいてくる。
     大刀はボウッと上気した頬のまま、無意識に目を閉じた。
     上方が大刀に口づける。
     上方の手が大刀の肩甲骨をそうっと撫でた。興奮と緊張でほてった大刀の身体が上方の腕のなかでビクッとこわばる。

     どうしよう……上様とこんなことになってしまった……。

     大刀は、今、まさに自分を抱きしめる上方の両腕と、唇に押し当てられた熱い唇を意識して、クラクラとめまいに落ちていくようなあやうい浮遊感を味わっていた。

     全然、リアルの事とは思えない……。

     大刀の背中に回された上方の両腕は大刀をがっちりとホールドし、上方の唇は隙間なく大刀の唇に重ねられている。
     そして、このキスは大刀にとっては、たかがキスひとつで笑って済ませられるほどに軽い出来事ではなかった。

     だって、マジなんだ……上方くんの目が。

     上方の明るい瞳が、至近距離から大刀の視線をとらえて離さない。次第に視界がぼやけ、目頭が熱くなり、大刀はそのまま静かに目を伏せた。

     ヤベェ、泣きそう……。

     思えば大刀と上方が触れ合うのは今が初めてだ。
     今まではお互いの関係に、甘く感傷的な何かが入り込む余地はなかった。大刀の予測では告って玉砕して、それはこれからもずっとそうであるはずだった。

     なのに今、上方くんはオレを腕に抱いて、こんなふうに優しくしっとりと唇を重ねてる……。

     大刀は熱に浮かされたようにボウッと夢心地で上方を見つめた。なかば半眼に開かれた大刀の瞳は濡れたように艶を帯びている。
     すると、上方が押し殺した低い声でこうささやいた。

    「大刀さん、その顔を、ぜったい私以外に見せないでください……」

     そしてまた、ピッタリと唇をふさがれる。

     ……ヤバい。息ができない。

     キスに慣れていない大刀は、何とかお互いの間に隙間を作ろうと小さく身をよじるけれど、上方はますます全身を使って大刀を押さえ込んでしまう。
     もちろん、本気で……それこそ全力で抗えば何とかなるのだけれど、それはためらわれた。いや、むしろ嫌じゃないから困っているのだ。

     ……嬉しすぎる。

     大刀は、いつの間にか大きくなっていた自分の中の想いに今更ながら驚いていた。

     こんなにも、惚れていたんだ。
     そして、上様はいつからオレを……?
     こんなオレたちの、この想いはこれからどこにたどり着くんだろう。

     そんなことを半ば上の空で思いながら大刀は、恐る恐る上方の背中に両方の腕をまわし、ピッタリと身体を寄せた。
     上方の肩はピクリと強張ったあと、さらに苦しいほど強く大刀を抱きしめる。
     なめらかなシャツの生地の下で、上方の背中の筋肉がグッと隆起するのがわかった。

     わずかにかかった薄い雲の隙間から月光が斜めに地上に差し込んでいる。少し青味を帯びた影におおわれたこの場所は、大刀にはどこか深い海の底にいるように思えた。

     いつの間にかオレたちは、二人っきりで遭難しちまった。

     そんなことをボンヤリと考えて、ダメだ、オレは現実逃避しようとしてると我に帰り、意識を元に戻そうと小さく頭を振った。

    「大刀さん、好きだ……」

     上方が耳もとで押し殺したようにささやく。その声を聞いて大刀は、何か熱くて硬いものが胸の奥から込み上げてきて、またまぶたの裏がじわりと熱くなるのを感じていた。

     オレも……。

     とっさに声にならなかった大刀の返事は、大刀の胸の深いところにある小さな泉にポツリとしずくを落として、幾重にも波紋を描いて静かに消えていく。

     あとでちゃんと告ろう……。

     そんなことを思いながら大刀は、ゆっくりと唇を開いて上方の舌を受け入れた。

     ――――大刀にとって、これが初恋だった。

     我ながら難易度高ェな……。

     内心、苦笑しながら大刀はそっと肩をすくめてハァ……と小さく息をついた。上方の右手が大刀のうなじを撫でる。

     ……ダメだ、今は何も考えられない。

      大刀はそのまま、言葉もなく上方の舌と指に溺れていく。大刀はそっと目を閉じた。今はただ、この強い上方の腕を信じようと思った。




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