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    ちわちわ

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    ちわちわ

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    すみません……つい、思いついてしまった上大です
    供養のために載せておきます

    熱帯夜しっとりと重い湿気をはらんだまま、昼間の熱がまだ大気中に消え残る午後十時。
     ここは、小さな飲み屋がずらっと立ち並ぶ駅裏の繁華街。少し前に降った真夏のにわか雨がアスファルトのあちこちに小さな水たまりを作り、鮮やかなネオンを虹色に反射している。

     そんな夜の底で男が二人、無言の駆け引きを続けていた。
     大刀は、雑居ビルに囲まれた人通りもまばらな路地裏で、上方の腕に抱きすくめられていた。

    …どうしてこうなった。

     大刀は、ともすれば現実逃避をはじめようとする己を励ましながら、どうにか意識を眼前に集中させようと唇を噛んだ。なんとかしてこの上方の腕を押しやろうと体をひねり、腕を突っぱる。

     とにかく今は、この体勢をなんとかすることを考えなければ…。

     大刀から見た上方の顔は、ちょうど影に沈んでその表情は読めない。ただ時折、フーッという熱い吐息がさっきから大刀の頬をかすめている。
     普段、物静かだが人当たりの良い上様が、いまは終始無言で一言も喋らない。そして、しっかりと大刀を抱きしめて離さないのだ。その腕のなかに大刀を閉じこめて、肩口に顔を伏せたまま何も言わない。

    「上方くん……どうしたの……?」

    プルプルと震える腕を突っぱって、大刀は上方に問うた。

     と、まばたきほどの刹那……大刀を締め付けていた腕が不意にゆるんだ。
     はっと息を呑んだ次の瞬間、大刀の唇を上方がふさいだ。その唇で。
     そう、紛れもなくキスである。

     大刀は棒立ちのまま硬直し、そのまま五秒ほど固まったのち、突如、真っ赤になって上方の胸を押しのけた。
    「えっ……」
     と、絶句して立ち尽くす。

    「……本気ですから……」
     押された形で一歩後ろに下がった上方は、そこではじめて顔を上げると、ひたと視線を正面に据えて大刀を見た。ゆっくりと前髪をかきあげながら低くつぶやき、そこでいったん言葉を区切る。
    「……それだけ言いたかったんです」
     そう言葉を続けると、底光りのするような視線を大刀に向けて、そのままくるりと背を向けた。

     大刀は追わなかった。ただ茫然と立ち尽くしていた。
     上方も、一度も振り返らなかった。



    ◇◇◇



    幹線道路から少しばかり入った古い住宅地の、人通りも絶えた寝静まった一角。
     鉄筋コンクリート、スレート屋根の年季の入った建物の二階の角が大刀の部屋だった。
    大刀は階段を勢いよく音をたてて駆け上がる。
     普段なら近所迷惑を考えて夜は静かに登る階段だが、今の彼にはそんな心の余裕はなかった。
     バタンとドアを閉めてロックすると、そのままずるずると座りこむ。

    ……なんで……上方くん……。

     大刀は燃えるように熱い両方の頬を意識しながら頭を抱えた。
     無論、いかな世間知らずの大刀とて知っている。この世には男同士の惚れた腫れたが存在するということを。
     しかし、まさか、である。
     まさか自分が、そういう対象として誰かの目の前に存在しているとは想像だにしなかったし、ましてやその相手があの上様だとは…。
    まさに、これっぽっちも思わなかったのである。
     実に驚天動地の出来事であった。

     けど、どうすりゃいいんだ……。

     大刀は悩んだ。そして、自分の性格上、こんなふうに悩む時点で、もうその核心に両方の足を突っ込んでいるも同然だと気がついてまた呆然とする。
     大刀は自分のことを、相手が誰であれ、例えそれが上様でも、嫌なら嫌とはっきり言える男であると自負している。

     そう、それなのに嫌じゃなかった。
     ……あのキスは嫌じゃなかった。

     大刀は自分の胸のうちを覗きこんだ。

     こうやって、このまま自分の心のうちを覗きこみ続ければ、いったい何に直面するのか薄々勘づきながらも大刀はやめられなかった。

     俺は上方くんが嫌じゃない。
     むしろ。

    ……好いている?

     ここまで考えて大刀は、ドアにもたれたまま天井を仰いだ。

     なんに直面するのか、薄っすらわかっちゃいたけどまさか、これほどとは…。
     
    「マジか……」

     握りしめた拳を見つめてポツリとつぶやいた自分の声が、いつまでも大刀の耳に残った。

     どうしよう、今夜は眠れそうにない。


    おしまい


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