ひなとひな俺には家族がいる。とうちゃんとかあちゃんとアニキ二人。あと猫一匹犬二匹。あ、あと、
「何をやっているんですか、また遅刻しても知らないですからね」
すっげえだいじな幼なじみ。
俺はぜって〜永四郎とラブラブだと思う。だって永四郎のロック画面俺だし?永四郎のスマホのパスワード俺の生年月日だし??お互い予定把握し合ってるし????俺の試合には毎回来てくれるし俺も絶対行くし〜?????自分で言うのもなんだけどさ、まーーーじでこんなベストカップル居ないっしょって位だと、ずっと一緒に居たいし居るんだと疑ってやまなかった。あの瞬間まで。
「え〜しろ〜〜!俺見に行きたい映画あっから今度行こ!いつ暇なん?」
「また急に……俺の予定くらい大体は把握してるでしょうが…」
勿論俺は永四郎が次いつ暇かなんて知っている。でもこの予定の確認作業がたまらなく好きなんだ。俺のために予定を確認してくれて俺のために時間を作ってくれてるって言うのがよく分かって、まあ一種の確認作業と言ったところだ。いつものように俺が把握してる限りの予定が羅列されたスケジュールアプリを一緒に覗く、が、いつも通りではない所を見つけてしまった。
「あれ?この日俺と遊ぶ予定なんてあった?」
"ひなと遊ぶ"と書いてあるこの予定。俺の予定には入ってない違和感。間違えたのかと茶化してやろうか、と浮き足立った俺を永四郎はいとも簡単に奈落に突き落とした。
「ああ、言ってませんでしたか。彼女です。」
「…………………は?」
唖然、呆然、青天の霹靂、国語の時間で習ったそんな言葉達が俺の脳みそを塗りつぶしていく。ああ、そういえば今日は国語の単語テストがあったなあ。俺、勉強してないからやばいかも。そんな現実逃避も許してくれないまま永四郎は続けた。
「この前付き合って、と頼まれました。まあ特段断る理由もなかったので了解したんですよ。」
「…あ、は、へ〜、ウン、そうなんだ。早く言えよそんな面白いこと、ッは、つれねえ奴」
「付き合い始めたのも一昨日からですしね、これはその時入れられた予定です。」
ひな、ひなとあそぶ、ひなと、ひな……俺だけの、永四郎が俺だけを呼んでた、俺がひななのに。
「…てかさ、彼女を俺と同じ呼び方で呼んでんの?怒られんだろさすがに」
「普段は坂本さんと呼んでますよ。付き合ったばかりですし慣れないように呼ぶのは好まないと言ったんですけどね。いつかひなって呼んで欲しいとかで早く慣れるように予定に入れたらしいです。」
こんなもので慣れるものなんですかね、とボヤく永四郎の話なんて一ミリたりとも入ってこない。ただ裏切られたという悲しみと誰かに永四郎が取られるという焦りだけが俺にギュウギュウと詰め込まれる。だんだん周りの音も遠のいてく中、甲高い声が誰かを呼んだ。
「えいちゃん!」
「おはようございます、坂本さん。」
「ね〜〜ひなのことはひなって呼んでって言ったじゃん!ちゃんと呼んでよ〜」
「すみませんね、でもまだ慣れてませんし…」
「もう!恥ずかしがってるのは分かってるしまだ良いんだけどさ!」
聞き慣れない単語で永四郎を呼ぶのは話題にしていた彼女、坂本 ひなだった。男女で分かれているが同じバスケ部でクラスも俺と同じ。俺たちを見上げ、小動物のような振る舞いで寄ってくる。少し巻かれた綺麗な黒髪が胸元まで流れている。中学二年生から都会から転校してきたらしく、この学校では珍しく化粧っ気のある可愛らしい女の子であった。
所謂庇護欲を擽られるであろうその少女は、今の俺にとっては死刑執行人にしか見えなかった。
「えーっと、」
「っあ、俺?俺は永四郎の幼なじみの」
「ひなです。ほら話したでしょう、私の腐れ縁の朝日奈 春慈」
「あ〜!うわさの〜!はるちかくんのせいでひながひなって呼ばれないんだよ!」
はるちかくんなんて親しみやすく呼んで可愛らしく怒ってはいるが、俺にだけ分かるように本気の怒りの目線を送ってくる。本当に俺のことが邪魔なんだと訴えてきている。
性格わっる。ひと目でわかった。コイツ嫌い。
「アララかっわいそ〜。呼んでやれよな!え〜しろ〜くん?」
「そのうち呼びたくなったら呼ぶでしょう」
「なんだよその他人事感!彼女に対する態度じゃないぞ〜」
チクチクと、でも確実に刺さるように、差を見せつける。こんなことしたってって言うのは分かってるけど俺の気がすまないから。
坂本がすぐに隠した悔しそうな顔を見て少し溜飲が下がる。
「俺からも永四郎を頼むよ!
……彼女さん。」
坂本 ひな、もとい彼女さんと俺が静かに火花を散らす中、永四郎はそんなこと意に介さないように歩いていた。……いや、気づいてないんだろうなあ。
その日から俺は彼女さんとの冷戦に明け暮れた。ある時は昼休み、ある時は帰り道。戦地は問わず時間も問わず、永四郎との仲を競い合った。仲もあるが、同じバスケ部ということもありながらバスケでも競い合う。性別が違うなんてことは関係なくチームへの貢献度、シュートの成功率、何よりも永四郎にどれだけ認められるかが俺たちにとって最優先事項となっていた。
永四郎と俺との間には暗黙のルールのようなものがあった。それは互いの試合を応援し合うことであった。俺はテニスのことはからっきしだし永四郎もバスケにはそんなに興味はないらしい。でも見に行き合うのは俺らだからだし、これからも途絶えることの無い習慣だと思っていた。
俺はなんで信じていたんだろう。何を信じられていたんだろう。突然彼女を作った永四郎が、同じように突然来なくなるなんて、予想出来たはずなのに。
「木手は?来てねえの?」
俺の心情なんて露知らず、部員の一人が話しかけてくる。
「おいおい野暮言ってやんなって!今日は女バスも練習試合被ってんだろ!」
その一言で合点がいったのか、部員たちは各々勝手な想像を膨らまし始める。
「あ〜あ!良いなあ青春してんなあ!今頃応援でもしてやってんだろ?俺も彼女欲し〜!!」
「木手が試合の時は坂本も行ってやるんだろ?羨ましさが極まってんな…。」
「そんで励ましあってお互いが全国に~って?うぜ〜笑」
自然と耳に入ってくるそんな思考が俺にも移り次第に木手と坂本が笑い合う映像へと変わっていく。俺に見せない笑顔があるのかと思うといつもは夢にも出てくる木手の顔が映し出すことが出来ない。
「い〜よねぇ…男の子同士の友情、って。ひな女の子だからやっぱわかんないことあるんだよ…そういう時はるちかくんみたいな友達になれたらなって思っちゃうよ〜」
冷戦中に坂本から投げかけられた言葉が反響する。ともだち、を強調して言うあたり坂本はもう俺の感情を察しているのだろう。その上で牽制してくる。見せつけてくる。お前にはともだちまでしか用意されていないんだと。
ちょっとずつ、俺の日常から永四郎が居なくなっていく。
もう試合に集中してしまおう、忘れてしまおう、気にした方が負けだ、そう思えば思うほど埋まらない木手の表情を想ってしまう。俺に見せたことのない顔で、俺以外に微笑むのか?
結局、試合は散々だった。悔しさのまま挨拶のため並び、頭を下げた。あまりに無様だと自分で感じてしまったため、頭を上げることが出来るまでに時間がかかってしまった。その間相手から聞こえた、相手雑魚すぎ、余裕だったな、などの嘲笑も耳元で言われているかのように入ってくる。
「……ごめん。まじで、」
「お前今日どうした?腹でも壊してんのか?」
「パスは落とすわシュートは逃すわ……体調悪いなら先に言っといた方が良いぞ」
「…………ごめん。」
どうせだったら思い切り罵倒してくれれば良いのに、俺と二年間部活に打ち込んだ同輩達は、こうも優しくて、自分の惨めさが浮き彫りになるように感じてしまう。
「あっ、まっさか木手が来てなかったからこんなことに〜?」
重たい空気を変えたかったのだろうその言葉が今の俺には致命傷であった。
目を逸らしていた事実を突き付けられた俺は思わず体育館を飛び出していた。後ろから聞こえる仲間たちの声も自分の煮詰まった頭も全部全部振り払いたくて、走った。
「………だっさ……。」
そんなもので振り払えないくらい現実は甘くなかったのだけども。
熱された体育館とは違い外の少し冷えた空気が頬にあたって少し冷静になれたのはいいが、体育館での自分の幼さを振り返ることになってしまった。どんどん自分が嫌いになっていく。
ただ、永四郎とずっと一緒にいて、バカしたかっただけだったんだけどなあ。いつからこんなんになったんだっけな。
遂に座り込んだ俺の後ろに人影が現れた。もしかして、と期待を込めて振り返ったが、すげなく裏切られることになる。
「ハハ!そんなあからさまに期待外れっつー顔する奴いるかよ!」
「しゃーないでしょ、もしや傷ついちゃいました?それならすんませーん。」
「お、調子戻ってきてんじゃん。来て損した。」
俺を追ってきてくれたキャプテンにジャージをかけられる。肩にかかるジャージの温かさで初めて自分の身体が冷え始めていることに気付いた。
「ジャージ、あざす。」
「先輩パシらせんなよ!ったく、随分と偉くなったんもんだわ。俺の可愛い後輩はさ」
心細いところに物理的な温かさと計算ナシの優しさと気心知れた人の軽口、それだけ揃えば人間は涙が止まらなくなる。
「…う、ッ…」
「……俺は何があったか知らないけどさ、どうせ木手となんかあったんだろ?お前と木手くらい仲良くっても喧嘩なんてするんだよ、人間なんだし。だからそんな世界の終わりみたいな顔すんな。」
抱えていた膝に埋めていた俺の頭をキャプテンが自分の肩に寄せた。キャプテンの肩を濡らしてしまうという思考が過ぎる暇もなく俺の涙で濡れたため存分に借りることにした。
「ンぐ、ぜんばぃ……おれ、まじ、ウ、こん、な、」
「おーよしよし泣け泣け、好きなだけ泣け」
「うう〜~~~、ッヒ、」
「あーもう、お前泣くのへったくそだなあ!」
「やめ、て、ください、よ!」
「泣け泣け!泣いたら笑え!良いことあるぞ!」
「そんな、ッふ。」
無責任な。と続けようとした。だがその適当さが今は心地よかった。グシャグシャにされる髪型も酷くなる泣き顔も、全部心地よかった。泣いたところで何も変わってない、けど俺の心は確かに変わった、気がする。
周りを気にする余裕もなかった俺はその場面を誰かに見られているなんて思いもしなかったが。
その惨敗の日をきっかけに俺は変わることにした。
まず、周りからの呼び名を変える。バカ正直に真っ向勝負を挑む必要なんて何処にもない。自分の名前から取ってはる、と呼んでもらうことにした。部活の面々は今更呼び名を変えることに紛らわしいと不満を持っていたがキャプテンが率先して呼んでくれたおかげで段々と馴染んでいった。
ひなという土俵で戦っていたから俺は傷ついていたんだ。今までのひなとしての思い出と新しいひなという彼女を自分で天秤にかけて勝手に傷ついていた。俺は俺だし今までの思い出も勝ち負けなんかで収まらない。
呼び名を変えてもらってから俺の調子は目に見えて良くなった。呼び名くらいで単純なとチームメイトには笑われたが、キャプテンには静かに頭を撫でられた。全く適う気がしないなと思いながらも味方がいるという心強さが満ちていった。
そんな俺に対して永四郎は真逆であった。
目に見えて不機嫌でずっと調子が悪そうだ。体調が悪いわけでも彼女との関係が悪くなったわけでもないようで、テニス部の面々からも理由を聞かれたが俺にもよく分かっていない。何故なんだろうなと考えながら廊下を歩いていると急に肩を掴まれた。
「エッ!!何何!!喧嘩か!?!?」
「喧嘩だったら呼ばずに殴ります。」
「あ、なんだ永四郎か、無駄にビビっちゃったじゃ〜ん!てか急に何?」
「急じゃないでしょうに……ずっと呼んでいましたよ。」
「まじ?ごめん気付かなかった〜!」
「……」
そう、最近この顔をするのだ。すっっっっごく気に食わないことがある時のこの顔を。
「ほんとごめんって!どうしたんだよ、俺関連のヤバめな用?」
永四郎がこんなに必死に呼び止めるなんて本当に急用なのではないかと思い下手に出てやっても
「…別に、そんなに重要な要件ではありませんよ。」
ツーン!とした態度を取ってきやがる。ムカつく。なんかちょっと傷付いてるみたいな顔する時もあるし、なんなんだよもう。
「ふーーんあっそ!後で補習の連絡だったとか後出しされても俺知らねーから!」
「おや、心配な科目が多そうで心労が絶えませんね」
「うっっせ!!!」
俺に余裕が出てきたことによって前みたいな会話ができていると思っているが、何処かよそよそしい永四郎に違和感を覚える。今までであったらこの苦言に一言二言加える程度では済まなかったのに。
「そういえば最近どうなんだよ、ひなちゃんとはさ!」
「……まあ、ひなとは問題ありませんよ。」
「…ひなって呼ぶのも慣れてきてんじゃん。」
「時間が経てばそりゃあ、ね。」
遂に慣れてしまったのか、最近永四郎は彼女のことをひなと呼ぶようになった。以前の俺であったら嫉妬心を剥き出しにしてしまうところであったが今の俺は違う。余裕を出そうと心がけているためそんな会話にも自然な受け答えができた。ただ、気になるのがそんな会話をする永四郎が面白くなさそうなことである。文字だけを見たら彼女のことを名前で呼ぶ彼氏であるが、実際呼ぶところを見るとあまり呼びたくないような、どこか抵抗があるように感じる。
うまく、いってないんだろうか。どうしても喜んでしまう心を諌める。
「まあ、そのまま上手いことやれよな!折角の青春、楽しめよ〜!」
そのまま去ろうとする俺の背中にひな、と呼びかけられるが、はるになった俺にその声は届かなかった。
「え~!ひなちゃん今日の髪型可愛くない!?どうしたの!」
「えへ、えいちゃんにやってもらっちゃった!」
そんな会話が聞こえてきたのは俺が今日永四郎に髪を結んでもらえず自分で結ぼうと机の上に置いた鏡に向かって悪戦苦闘している時だった。
聞こえてきた通り坂本は俺にはよく分からないヘアアレンジをされていて嬉しそうに友人に見せていた。
今朝は俺が寝坊してしまい結んでもらえなかった。別に寝坊が初めてな訳ではない。寝坊したってその後学校で永四郎が結んでくれた。今日はたまたま偶然会えずに自分で苦戦しているが…
「後ろが見えないな~って困ってたらやってくれたんだ~」
いつもなら、永四郎が、
「ひなの髪の毛触るえいちゃんの手がね、すっごい優しかったの!嬉しかったな~…
また頼んじゃおっと!」
俺の、髪を。
いくら余裕が出来たって言っても限界がある。日に日に深まる二人の仲を見ていられるほど俺は大人じゃないし、恥を捨てて間に割り込めるほど子どもでもなかった。
自分の席に座っているのも嫌になり、教室から逃げるように立ち去る。去り際に見た坂本の顔は勝った、と言わんばかりの笑みに満ち溢れていた。だがそんな顔も正直どうでもよかった。
教室を出たはいいがその後戻って授業を出る気にもなれず家に帰ることにした。
家には大学に通う二番目のアニキがいた。今日は大学じゃねえの、と聞くとサボり。お前も共犯な。と返ってくる。全く適当なアニキであるが丁度いい。頼みを聞いてもらうことにした。
「こんなもん?」
「うん、いー感じ」
「失恋かよ」
「ま、そんなもんかな」
「…なんかあったら言えよ。俺がなんとも出来なかったら春樹がなんとかするから」
「……ありがと」
優しいアニキを持ったもんだなと思っていると、
ピンポーン
家のチャイムが鳴った。誰が来たのだろうとインターホンで確認すると今一番会いたくない人が居た。アニキに任そうとしたがさっさと自分の部屋に戻ってしまっていて俺が出るしかなくなった。まあ、もうどうでもいいかと半ばやけになった俺は勢いよくドアを開けた。
「はいはーい、なんの用だよえ~しろ~」
「なんの用も何も…サボるなら荷物くらい持ってかえ、」
永四郎が変なところで止まるのも無理はない。あれだけ伸ばしてた俺の髪が刈り上げられるまでに短くなっていたら、誰だって驚くだろう。
「あは、良いでしょ。イメチェン。」
多分、永四郎は俺の髪を気に入ってたんだと思う。俺のヘアケアも勝手にやってたし結ぶ時楽しそうだったし。
でも、もう要らないでしょ。
「……一体、誰の許可を取ってそんな頭にしたんです?」
「俺の髪なのに俺以外の許可いんの?ウケる」
「俺に相談もせず髪を切ったんですか」
「イメチェンはやろうと思ったその日に衝動でやんのが一番良いンだよ」
「……」
不機嫌な態度を隠そうともしないクセに本音だけは隠す永四郎に苛立ちが募る。もう分かってんだよ、お前。
「永四郎、もう俺の世話焼かなくてもいいんだよ」
「……急に何を言うかと思えば、」
「もう俺のことは必要ないだろ。」
「は、随分と面倒な…」
もう全部良いんだ。うだつの上がらねえこんな関係も態度も全部良いんだ。
「お前は俺が居なきゃダメでしょう」
「っンだよそれ!!お前、俺がどんだけ…!」
「こっちこそ、言わせてもらいますが、俺がどれだけ呼んでも無視したのはどういう了見ですか」
「はぁ!?そんなんしてねえけど!」
「廊下で呼んだって無視してくるクセによく言う…」
廊下で肩を掴まれたことを思い出す。確かにあの時ひな、と言う音が聞こえた。でももう俺ははると呼ばれることに慣れていて、てかなんで永四郎は断固としてはるって呼ばないんだ。
「俺のことははるって呼べよ。もうそれでしか振り向けないんだよ。」
「お前は、ひなだろ。」
「は?お前の彼女と同じにすんな」
「同じなわけ」
「じゃあなんだよ、最近見せつけるみてえに俺の前であいつのことひなひなって呼んで、なんのつもりだったんだよ」
「……」
「なんか言えよ、今日来たのだって荷物届けに来ただけなんだろ。それはありがと。でもそれももう済んだろ!早くどっか行っちゃえよ……」
泣きたくない。ちっぽけなプライドだけど余裕を見せて、大切な幼なじみの恋路を見守ってやるんだ。結局勝つのは俺だって、坂本に見せつけたい。なのに、勝手に溢れる涙を抑えることも出来ず後ろを向いて永四郎から隠すことしか出来ない。
「とりあえず一旦こちらを向いてくれはしませんかね。」
「……ぜったい、やだ。」
鼻声になってしまっただろうか、まあどうせバレているんだろうけど虚勢くらいはらせてくれたって良いじゃないかとそのままの体勢を崩さないぞと言う意思を背中越しに伝える。
「はあ、じゃあそのままでいいです。俺の話を聞ければ」
「はなし…?なにを、」
「黙って聞け。」
有無も言わさない硬い声色に思わず肩を震わせてしまう。それに気が付いたのか少し柔らかい声になった永四郎は続けた。
「坂本さんのことをひな、と呼んでいたのもお前に対してイラついていたのも理由が今やっとわかったので教えてやろうかと思いまして」
「……え~しろ、イラついてたん…?」
「テニス部の面々にからかわれる程度にはね。当の本人には全く気付いてないけど。」
「…永四郎こそ俺と坂本のバトル気付いてた?」
「?バスケ部で何かあったのか」
「……ハハ、」
やっぱ気付いてねえ~~~笑
いや、お互い様か。
「んで、永四郎先生は俺になにを教えてくれるワケ?説教だったら受け付けね~よ」
「………所謂嫉妬、と言うのが一番しっくり来ますかね」
「しっと…???だれが、だれに」
「俺が、お前の周りに」
「えっ」
「嫉妬って気付いたのも今なんだけどね、それで当てつけのように坂本さんをひなって呼んだ。お前が焦って俺に縋りついてくれば良いと思って。でもお前ときたら他の男の肩を借りてスッキリしたと思えば呼び名を変えて……」
「えっえ、ちょ、ちょっと待って。他の男?は?」
「バスケ部のキャプテンさんですかね?後でそいつにも話してやろうとは思っていますよ」
「…っあ!あの時、……見てたのかよ」
散々な試合の後の恥ずべき思い出が蘇る。アレを見られていたと知っていたら直ぐに辞めたのに…!!!
「ほら、やましい事があるからそんなに戸惑うんだろ?」
「やましいってなんだよ!ただ単に…恥ずいだけだよ……クソ……!見られてないと思ったのに…ってかなんで俺こんな浮気問い詰められてるみたいになってんの!?彼氏ヅラかよ!お前こそ浮気だぞ浮気!!
俺の事、好きでもなんでもない癖に…!」
「ああその事でも言うべきことがあるんだった」
そのままでも良いって言ったくせに永四郎は俺の肩を掴み、身体の方向を変えさせた。俺の泣き腫らして赤くなった目と永四郎のいつも冷静な目が合う。あんな恥ずかしいことを言っておいてコイツの表情は代わりもしないんだな。いや、なんか、耳赤い、かも?
「好きだ」
「……???」
「俺はお前が好きだよ、ひな」
「……ッえ!?」
「念の為、もう一回言いますか?」
「いや、一旦、飲み込ませて」
ん?待って?ほんとまじまって、夢?夢じゃねえの?
「飲み込んだ?まだ言うことがあるから頑張ってくださいね」
「タンマ、マジで!」
「当てつけにも嫉妬にも気付かれないまま誤解も解かず逃したら敵いませんから。今全部言わせてもらいますよ。
お前も俺のことが好きでしょう?」
「ウワー!コイツ本気で全部言うじゃん!何急に覚醒してんだよ!!」
「うるさい。どうなんだよ。」
「ッゔ~~……!!
…好きだよ好きに決まってんじゃん!」
「よろしい。」
満足気に笑う永四郎に抱き着かれる。いつもは俺がお前が抱き着いて周りにコアラなんて呼ばれたりしてたじゃん。なんだよ、なんなんだよ!永四郎、俺のこと超好きじゃん!
「え~しろ~~!まさかお前って俺のことめっちゃ好きなんじゃね!?」
「俺も今さっき気付いたばかりですが、お前にそう言われると癪ですね」
「いいじゃん俺もクソ恥ずかしいこと言われたんだからさ~」
「ふん、あの程度で許すとでも?これからも言わせてやるからな」
「俺こそまだ満足したわけじゃないからな!」
アホみたいに恥ずかしいことを言い合って笑い合う。いつもの俺らに戻れた!それだけで嬉しすぎて抱き締める腕の力を強めてしまう。そんな俺に負けないくらいの力を永四郎は込めて抱き締め返してくる。あ~~~しあわせ……でも、な~んか忘れてるような……
「あっ!お前坂本はどうすんだよ!俺のこと好きっつったって今すぐ付き合えるわけじゃないじゃん!」
「坂本さんですか、別れましたよ」
「ハア!?な、なんで…」
「お前の荷物を届けに来ようとしてたら
『今日は学校終わったらひなと遊ぶ約束だったじゃん!そんなん他の人に任せてよ!』
と言われたのでその約束はまた今度と言ったら
『……ウッザ、も~飽きた!ひな別れる。バイバイ!』
との事です。まあそのおかげで今こうしてお前と遠慮なく居られるのですがね」
「あは、ハハ!」
坂本が言っているのが脳内で再生されるセリフだ。表情まで思い浮かんで笑ってしまう。そしてその言葉を受け止めても俺の事しか考えていなかったであろう永四郎の表情も想像して、もっと面白くなってしまう。最高な気分だ。
「じゃあかわいそ~なえ~しろ~くんとは俺が付き合ってあげちゃおうかな!」
「何を今更、当たり前でしょうが。責任取ってもらいますよ。」
「それお前が言う…??まあいいか…
じゃ、改めてよろしく!え~ちゃん♡」
「その呼び方はやめなさい。もう聞きたくないよ」
「うっそうそごめんって!え~しろ~!」
軽口が言えるこの関係に恋人とかいう甘い要素が入ってくるとどうなるんだろうか?そんなの始まってみないと分からないけど不思議と不安はない。永四郎とならなんでも大丈夫、そう思えるし!
「それはそうと勝手に髪を切ったことについてはまだ許してないからな。」
「うわ、流せてたと思ったのに~!いいじゃんそろそろ顧問からの髪切れの目線も痛かったしさ~」
「そんなもの放っておきなさいよ。…俺の楽しみを奪った罪は時間で償ってもらいますからね。」
「それってさあ、俺の髪伸びるまで一緒にいろってことぉ~!?」
「おや、お前にも時々は勘のいい時もあるんですね」
「そんなん言って恥ずかしがっちゃって!
……いつか嫌って言っても絶対一緒に居てやるから」
「望むところ、お前こそ嫌気さしても逃がさないって覚えておけよ」