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    過去ログ2019年頃
    キャプ翼/若林xシュナイダー
    プロ選手として男性同士でパートナーシップ制度を結んでいる前提のシリーズ
    2/4

    誕生日おめでとう ブンデスリーガ、第20節のブレーメンとのホーム試合は、2-1の辛勝で終わった。

     ロッカールームで試合の後の身支度を整えた若林源三は、親しいチームメイト数人にこのあとの予定について軽く声をかけられたものの、曖昧な笑顔でその場をやり過ごす事に成功した。そのまま足早に選手専用の駐車場へ向かうと、奥から二番目に停めた、シーズン前ちょっとだけ浮き足立って選んだアウディの緑色の新車のロックを解除する。ふぅ…と一息ついて、ポケットから出したスマートフォンの履歴ボタンを押しながら、運転席へと体をすべらせた。ほとんど最新の発信履歴は彼だから、わざわざアドレス帳を呼び出す必要もない。
    「…もしもし? 俺はもう駐車場に居る。あとどのくらいかかる」
    「ちょっと待ってろ。お前は準備が早すぎる」
     相手が電話の向こうで、フッと呆れたようなため息をついたのがわかった。
    「しかしなぁ、今日行くような店は一度家に帰って着替えの準備をしないと。結局家で時間がかかると思って、適当に出て来たよ」
    「お前、もしかしてシャワーも浴びていないのか?」
    「浴びた。10秒くらい」
    「…一緒の車に乗るのに気が滅入ってきた」
     ガチャッと音を立てて右側のドアが開かれると、おざなりに拭ってきたと思われるグシャグシャの髪のまま、同乗者が通話を切って笑った。
    「まぁ、俺も似たようなものだけどな」
     今日は、カール・ハインツ・シュナイダーの誕生日だった。

    「やっぱり、緑色も格好いいな」
     若林は、そうだろう、と小さくカーラジオを付けつつ、上機嫌に答えた。
     それというのも、バイエルン・ミュンヘンの所属になった選手は、スポンサーであるアウディの好きな車を一年間、無償でレンタルできるという決まりがあるのだ。インゴルシュタットの展示場で選手達がレンタル車を選ぶ様子は一年のうちの恒例行事として一般にも公開されており、さらに一年後には選手達が返却した車を誰でも買う事ができるという、ファンにもスポンサーにも嬉しいイベントが行われる。
     去年はじめてバイエルンの所属選手となった若林は、レンタルという4文字に少し腰が引けてしまい、ついつい無難な黒のクーペを選んだ。その点、シュナイダーは迷わず真っ赤なスポーツカーを選んだのを見て、内心、やはりビッククラブの破格のエースは違うなぁと感心してしまったものである。
     無事に今年も放出されなかったばかりか、昨シーズンから新設された月間最優秀選手に4度もノミネートされた若林は、二年目は少し欲を出してみる事にした。ずっと乗ってみたかった、スポーツバック…しかも緑色…を選んでみる事にしたのである。
    「でも、それらしい色もやっぱりいいよなァ。お前が毎年選んでる赤とかよ」
    「…あぁ」
     運転が好きで普段はハンドルを握る事が多いシュナイダーが、今日はおとなしく、ぼんやりと外を眺めながら答えた。
    「実際、別の色も選んでみたいんだぜ……。でも、赤の方が例年のオークションで高く売れるみたいだからな」
    「カール、お前…そんな事考えてたのか?」
     彼がスポンサーに忖度するとは意外だった。若林の声色で、驚いた事を察したらしいシュナイダーが運転席の方に首でだけ向き直った。
    「初年度、とうさんに言われたんだ。エースを目指すなら、オーソドックスな勝者の証である赤のスポーツカーに乗れって。そして、スポンサーにも恩を売るぐらいの付加価値をつけて、その車が高値で買われるようでなければ、本物じゃないってな……。まぁ、もちろん、別に今の車も気に入ってないわけじゃないんだが……何年も同じような車に乗っているのは、一種の願掛けみたいな意味もある」
     ただ…と、普段よりも饒舌なシュナイダーは小さな声で続けた。
    「こうして、違う車に乗っていると、お前が運転している隣に乗っているという実感があるから……それはそれで、いいのかもしれない」
    「……えっ?」
     ちょうど、目の前の信号が赤色に変わった瞬間だった。
     ブレーキを踏んだと同時に助手席を見やると、少し照れくさそうなシュナイダーが、顎で前を指す。こっちを見ずに前を見ろということらしい。
    「……お前、今日はなんだかかわいいじゃねえか!どうしたァ?」
    「ふん、どうしたもこうしたもあるか……黙って運転しろ」
     シュナイダーは恥ずかしい時に憎まれ口をたたく事を知っている若林は、思わず微笑んでハンドルを右に切った。そのまま、鼻歌でも歌い出しそうな気分だったが、カーラジオから先程の試合結果がニュースとして流れてきたところで、突然現実に引き戻される。今日の試合は、若林自身のちょっとしたミスで、相手に一点を許してしまった。後悔をし続けるようなメンタルではないが、数時間前の試合の事くらいは振り返る。シュナイダーもそれは同じだったようで、先ほどとは打って変わった冷静な声で、今日のお前はゴールキーパーとして45点だったな。と痛いところを突いた。
    「前半の失点シーン、お前にしては集中力を欠いていたように見えたぞ。どうした?」
    「あぁ…」
     若林は失点シーンを思い出していた。前半の20分頃の事だ。相手のコーナーキックから、セットプレーを決められた。こちらが点を入れたのが後半になってからだったので、先制点は相手に許した事になる。
     その原因といえば、相手のブレーメンのFWだった。前節で軽い負傷をしたマーガスの代わりに先発で出場した、ドイツ国外のクラブから最近レンタル移籍して来た選手で、若林が対面するのは初めてだった。端的に言えば、彼がコーナーキックのセットプレーの際、ポジショニングをとる絶妙なタイミングで、若林にしか聞こえないような位置から、二人の関係…いや、主に”シュナイダー”に対してひどく侮蔑的な言葉を口走ったのだ。若林は本当に一瞬だけ、その言葉に動揺してしまった。普段の自分に対するものであれば、ただの口撃であると冷静な気持ちで対処できる。しかし、シュナイダーに対するものだと……その、気持ちの処理の零コンマ1秒分、ボールにピッタリと当ててきたシェスターの頭部に反応が遅れ、失点につながった。
     きっと、この事をシュナイダーに言っても、実力でねじ伏せればいいだけだ、とさらりと言うだけなのは目に見えている。ならば、何も言う事はない。若林は、ふぅ、と鼻から息を吐いた。
    「……なんでもねェよ。次は修正する」
    「あぁ、そうしろ。失点した分は俺が取り返せるが、どうせなら無失点で勝ちたいからな」
     自信家のバイエルンのエースストライカーは、さらりと続けると腕を組んで黙り込んでしまった。頼り甲斐のあるチームメイトだが、今はその雰囲気にはなりたくなかった。若林はカーラジオを付けた自分を恨んで、思わず肩を竦めた。

     途中までの甘い雰囲気が消え、車内でチームメイトとしての距離感に戻ってしまったまま、二人は少し市街地から離れた家に到着した。先に助手席から降りたシュナイダーが、先に入ってるぞ、とドアを閉めたのを確認してから、若林は、気付かれないように小さくため息をつく。今日は、特に完封して勝利したかった。フィールドの中に私的なものを持ち込むつもりは毛頭ないが、正直言って、今日という日だけは特別だったのだ。なにせ、ただのシュナイダーの誕生日ではない。今日は、彼とやっと関係を公にしてからの、初めて落ち着いて祝える二人の記念日だった。
     今までならば、お互いの誕生日は二人で家で静かに祝杯をあげプレゼントを渡すくらいの行事だった。それはそれで、こじんまりして温かいイベントになる事は知っている。しかし、今日は二人が付き合ってからはじめておおっぴらに、外に堂々と食事に行ける機会だった。
     それというのも、一昨年のオフに二人がパートナーシップを結んだと公表した際、ドイツ国内は思ったよりもとんでもない騒ぎになってしまったのだ。お互いに覚悟していた方の強い風当たりはもちろん、肯定的な応援の目というのも、集団になった瞬間、対応には大変な労力を伴うという事を若林とシュナイダーは知らなかったのである。しばらくはスタジアムから出るたびに、メディアとサポーターの集団によって、シュナイダーの赤いスポーツカーがもみくちゃになった。シーズン前半、試合会場を出る時の方がげっそりと疲れた様子の息子と若林を見かけた監督のルディは、だから私は言ったろう、と同じようにもみくちゃにされに平然と出て行った。当然、家族である彼もたいへんな騒ぎに巻き込まれてはいたものの、何を聞かれても「息子にまかせてある」の一辺倒で雑音を無視し続けたので、取材陣も彼にマイクを向ける事に早々に飽きてしまった。
     はじめは物珍しがっていた人々が、ようやく落ち着き始めたのはシーズンも終盤に差し掛かった頃だったが、それは若林とシュナイダーが身辺の大きな変化があった後にも変わらず、フィールド上で高いパフォーマンスを発揮し続けた事が大きかった。バイエルンのカップ戦での優勝が決まった時。すでに二人にかけられるメディアの枕詞も、自身のセクシャリティについての質問ではなくて、優勝おめでとうございます、というサッカーに関する事に自然と変化していたのである。
     さすがに、オフシーズンにはドイツはもとより日本のテレビ番組や取材に例年よりも多く追われる事になってしまったものの、周囲はすでに彼らの環境に慣れ始めていた。街中で歩いていても以前ほどの好奇の目で見られる事も少なくなったと思う。連れだっていると前よりも目立つのか、結婚をする前よりもサインをねだりにくるファンは少し増えてしまったが、それくらいは仕方がない。
     そんなわけで、周囲が少し落ち着いてきたこの頃。やっと、若林とシュナイダーは二人で堂々と外に出かける事が出来るようになってきた。だからこそ、あまり大きな声で言いたくはないが、若林は今日、シュナイダーにいい所を見せるために相当頑張ったのである。
     普段はあまり気の利かない男と言われる若林が、他人まかせではなく、そういった事に詳しいチームメイトやスタッフから慣れない情報収集をし、店員の口が固く、落ち着いた雰囲気の美味しい料理を食べられる店を吟味した上で、予約を二人分、きちんと今日の試合の後、しかも準備に時間の余裕を持った状態で取れた事は奇跡に近い出来事だった。事実、若林は電話をかけ終えた後、どんなハードトレーニングを終えた時よりも疲労して、ソファに倒れ込んでしまった。
     レストランの予約を取ったと若林が伝えただけでシュナイダーはいたく感心して、思わず驚いて目を見開くと、よくできたな、と彼の頭を乱暴に撫でた。彼が一番、若林の気の利かなさについて、熟知していた。なにせ、二人ともガサツな男所帯なうえに、シュナイダーは若林の事を、常日頃、一緒に暮らす動物みたいなものだと考えている節すらあるのだ。彼の若林の頭の撫で方は、今では実家に居る愛犬のサウザーを撫でる時のそれと同じだ。犬は好きだが、さすがにパートナーから犬と同様の扱いを受けるというのはいただけない。さすがの若林も記念日くらいは少し格好つけたいと思うのは当然だった。
     若林は、ぐるぐると頭を回る今日の試合に対する後悔を、ふぅ、と深呼吸をして止めた。終わってしまった事を悔やんでも仕方がない。なんだかんだ、早くからプロでならしている若林は結果に対する切り替えは早い方である。そして、これからやる事を逆算すると、今は反省をしている暇なない、とようやく普通の思考回路を取り戻すことができた。今夜は忙しい。なにせ、これからシャワーに入って、いつもよりも綺麗に身支度を整えなければならない。タイを結ぶのが実は苦手なシュナイダーの世話を焼かなければいけないから、準備の時間は1.5人分かかるだろう。車にロックをかけて、彼は玄関へと急いだ。

    「…カール? どうしたんだよ。入らねぇのか?」
     とっくに中に入ってシャワーでも浴びているかと思ったシュナイダーが、なぜか玄関の前で荷物もそのままに突っ立っている。若林が驚いてかけ寄ると、幼い頃とは逆転してしまった身長差を見上げるように彼がダウンのポケットを引き出して不機嫌な顔で言った。
    「鍵。お前が持っていると思って持って行かなかったのを忘れていた…早く開けろ」
     その言い草に若林は苦笑して、お前なぁ…と言いながらキーケースの中から家の鍵を出して、扉を開けてやる。数分とはいえ、寒い中に突っ立っていた体が冷えていないか心配で、若林は日本式に玄関で靴を脱ぐシュナイダーの肩を抱いてさすってやった。
    「ったく…俺と別に帰る事になってたらどうするんだよ! 鍵くらい持ってろ。子供じゃないんだから」
    「ずっと一緒なんだから関係ねえだろ」
     さらりと恥ずかしい事を言って若林の頬を染めると、シャワー、という一言を残して彼は太い腕をすり抜けて家の奥へと入っていっていった。シュナイダーは先ほどのようにチームメイトとして誰よりも頼り甲斐のある面を見せたかと思えば、プライベートでは本当にボーっとしているので、同じ人間なのか疑わしくなる事がある。同じチームでない頃は、ここまでぼんやりしているタチではなかった気もするが、若林と一緒に住み始めて、もともと緩かった彼の緊張の糸が、さらにたわんでしまったようだった。
     
     パリっとしたスーツ一式は、すでにリビングに用意してある。ハウスキーパーの女性に、クリーニングに出しておいてもらえるよう頼んでいたので、あとは着るだけのものが2人分、大きなソファの上に並べてある状態だ。
    「今日、寒ぃからな。ちゃんと暖かい湯であたっとけよ!」
     バスルームへ、若林は試合後の少し枯れた喉で、大きな声で呼びかけた。あんまり大きすぎる家は手に負えないという事で、二人の家はこの年収の選手たちからすると、ややこじんまりとしたスペースに暮らしている。リビングで声をかけるとバスルームまでは、若林の声ならば一応届く程度の距離だ。
     自分もさっさとシャワーを浴びて…とあれこれ考えている間にシュナイダーが体を拭きながら、終わったぞ、と若林に声をかけた。いつも彼はとんでもない速さでシャワーやバスタイムを終えるので、若林はため息をつく。
    「おい、ちゃんと体洗ったのか?」
    「…どうせ、またに帰ってきて入ることになるだろ? 大きな汚れは落ちているからいいんだ」
    「帰ってきたら?」
    「あぁ……多分、夜中に」
    「夜中?」
     ディナーの予約は遅めだったが、夜中というほどでもない。若林は頭をひねると、呆れたようにシュナイダーがため息をついた。
    「しないのか?今日」
    「?……あぁ、そうか、なるほど」
     確かに、これはわれながら朴念仁すぎる受け答えだと漸く理解して、若林は自分でも顔が真っ赤になるのがわかる。普段はあまりそういう事を表に出さない分、シュナイダーからの直球のそれは、嬉しいながらも、未だに恥ずかしいという感情が先立ってしまう。しかも、今日は若林がリードするつもりだったのに、何だかしてやられた気分だった。
    「お前、今日恋人としても45点だな」
     言葉とはうらはらに、シュナイダーは珍しく声を上げて笑って若林を見た。試合中には見せない、穏やかな家族にしか見せない顔だ。その目があまりに嬉しそうだったので、若林も思わず吹き出す。自分たちには、肩肘ばった関係は似合わない。
    「45だと?さすがにひどいんじゃねェか? せめて50点は超えてるだろ」
    「相変わらず自己採点が甘いな、源三。でもお前らしいといえば、そうだな……。ふふ、あまりにも慣れない事をして、頭がパンクしてるんだろう? 」
    「認めたくはないが……そうかもしんねェ。ま、後半に修正してみせるさ。見てろって。最終的には今日は80点以上だったって言わせてやるから」
    「本当か?さっきまでは味方だったが、今の俺はサポーターだぜ。選手よりもっと厳しい目で点をつける」
     まだ笑いながら、早くシャワーを浴びてこいと肩を叩こうとした手を捕まえて自分の方に軽く引き寄せると、素早く頬にキスをして囁いた。
    「誕生日、おめでとうカール」
     これで、65点くらいには上がったか?と、耐えきれずに少しおどけると、反応がある前に、さっさと自分から体を離した。自分らしからぬキザな振る舞いを恥じて顔も見ずに、彼を背にして足早にバスルームに向かう。
    「汚いままだから30点に下がったぞ!」
     リビングから、珍しくシュナイダーが大声でバスルームに呼びかけた。楽しそうな時、彼の声が少し上ずるのに気付いたのはいつからだったろう。
     若林は、心の中で(お前はいつも100点だよ)と呟いた。恥ずかしすぎて、絶対に相手に伝える事はないだろう。それでも、いい格好をしたいのも、慣れない事を頑張るのも、すべて、目的はひとつだ。
     今日は、若林源三の大事な人の誕生日で、彼はその大事な人に、いつだって笑っていてほしかったのである。

    おわり
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