ここ最近、私を避けていた友がにこりと微笑みかけてきた。
私に心当たりはなかったのだが不躾な物言いをしてしまっていたのだろう、と私からも彼に声をかけなかった。
それが今日。私の目の前で立ち止まり、無言で笑みを浮かべている。これはもしや叱咤されるのでは。日頃好きなものに関しては早口で口数も多くなる彼の無言は少しばかり恐ろしい。
「バ、バーソロミュー。久しぶりだね。……えぇと、何か怒っている、のかな?」
「マスターがバレンタインに勤しんでいるのは知っているだろう?……私も欲しくて、ね」
「マスターから頂いていない?」
「マスターからは貰ったよ。——君から。君からのチョコが欲しい」
私はバーソロミューの言葉の意図が掴めなかった。マスターが毎年私達にチョコレートを施してくれる事からも、チョコレートには様々な感情が込められている事は理解している。
チョコレートならば、食堂のエミヤかビーマに頼めば手には入るだろう。
問題が一つ。私はバーソロミューに手渡す時、親愛でも友情でもなく、愛情を込めて手渡してしまう。彼もそれは理解している筈だ。
私が彼を好きな事くらい、聡明な彼は理解している筈なのだ。私が彼にチョコレートを渡すと言う事はそういう事だ。
「チョコをくれないと悪戯するぞ!!」
「それはハロウィンだね?!」
「うるさい!!!さっさとチョコを私によこすんだよ!!」
どんな悪戯をされるのか気にはなった。
だが、バーソロミューの赤く染まった耳を見てしまえばそんな事を問う余裕などなくなってしまった。
彼にその場に待つ様伝え、私は急いで食堂へと向かった。
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だが、エミヤもビーマも食堂には居なかった。
どうしたものか。勝手に持っていくのは気が引ける。
「おや〜?パーシヴァルじゃないか!どうかしたのかい?困った顔をして」
「ああ、ダ・ヴィンチ。……その、チョコレートが欲しくて、」
「私の間食用のチョコレートをあげよう!ただの板チョコだけれど、伝えたい気持ちを込めて渡せば問題ないんじゃないかな〜?」
「何故渡すと気付いたのですか……いや、さすが万能の人!感服します!」
「あっ、やば、口が滑った……いや〜!チョコが欲しいなら掠奪してみたら、ってバーソロミューに軽い気持ちで言っちゃったんだよね〜!ごめんごめん!」
「いや、ありがとうございます。私は強請られた時とても嬉しかった。機会を与えて下さり、感謝します」
「じゃあそのお礼とチョコのお代は、合わせて君の全裸をスケッチさせて貰う事で手を打とう!芸術系サーヴァントが増えただろう?私の創作意欲が疼いてね〜!」
「女性の前で全裸は……!」
「じゃああげない。いいのかい?こんな機会、もう二度と来ないよ〜?」
「彼の許可が出ればいくらでも」
「ヒュー、いいねいいね青春だね〜!よし、特別にこれをタダで進呈しよう!貸し一つだ!」
私はダ・ヴィンチからチョコレートを受け取り、バーソロミューの元へと走った。
彼女に貸しを作るのは怖い。だが、彼女の言う様にこの様な機会はもう二度と訪れない。バーソロミューに面と向かって愛を囁く機会など、きっともうない。
◾️
「バーソロミュー!お待たせしたね」
「うん。お待たせさせられたよ。で、無事チョコレートは手に入れられたのかい?」
「えぇ。この様に」
私の体温で少し溶けてしまったチョコレートを見せた。可愛らしい飾りもない、銀紙に包まれた簡素なパッケージのチョコレートだ。
「……本当にいいのかな?私が貴方にこれを捧げても。貴方は受け取ってくれるだろうか、私の気持ちごと。——いや、この言い方はずるいな。言い直しましょう、どうか受け取って欲しい。私は貴方のことが好きです」
そう言えば、伝えたい気持ちを込めればいい、とダ・ヴィンチは言っていた。
私はチョコレートに口付けし、彼にそれを捧げた。
「ンッフフ、ありがとう。騎士様のチョコも気持ちも私が奪ったんだ、気分がいいね」
バーソロミューは私からチョコレートを受け取り、それを一口、口に含んだ。
そうして、含んだまま私に口付ける。トロリと溶けたチョコレートが流れ込んでくる。私はそれを嚥下し、驚き、彼を見やった。
「お返しだよ。……ああ、これじゃまだお返しには足りないな。——私も、君が好きだよパーシヴァル。素っ気なくしていてすまなかった。己の気持ちに気付かないフリをするには、あぁするしかなかったんだ」
「謝らないで欲しい、私は気付かないフリ所か隠す事さえ出来なかった。カルナには酷く怒られたよ」
「私もダ・ヴィンチ嬢に焚き付けられた」
「……実はこのチョコレートを譲ってくれたのは彼女なんだ」
「おやおや、これは謀られたかな?でも私達のことを見ていられなかったのも本当だろうね。彼女は聡明で、優しいから」
「それは貴方もだよ、バーソロミュー」
「買い被り過ぎだよ」
そんな事はない。
聡明で、優しく、美しく、気高い。
私はそんな君を愛している。ありったけの気持ちを込めてバーソロミューを抱きしめた。彼は私の背に背中に腕を回し、苦しいよ、と笑った。