死んだ部屋、生きるモノ 欠けた器を捨てられないのは。机の上に残ったヘアピンを器に仕舞ってしまうのは。嬉しかった土産物の袋をつい取っておいてしまうのは。そんな大切で部屋が埋もれていくのは。文机に向かい、万年筆を執る。今日の日記も変わり映えしない。眠りにつく。
起き上がる。埃が舞う。窓を開ける。本がぱたぱたとはためく。描き手も知らない絵が陽光を反射する。
「おはよう、大般若長光」
「ああ、おはよう」
「今日は畑当番だよ。働いてもらうからね」
「ほどほどにしてくれよ」
さあね、と言い残していなくなった小竜景光の背を見えなくなるまで追った。あちらも寝起きだろうか。セットされていない髪がいつもより輝いて見えた。
描きかけのカンバスでさえどうすることもできない。人は簡単に死ぬ。いつか一面の蓮を描くはずだったのに。
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