ある日の夜、重苦しい空気の中で、ヒトラーは微かに震えた指先で、扉の鍵穴に細い針金を差し込んだ。
──今日こそ、こんなところから逃げ出してやる。
そんな固い決意を胸に、鍵穴を慎重に探る。金属が金属に触れる小さな音が、とても大きく聞こえた。
やがて、カチャン、と音が響いた。扉の錠が外れたのだ。思いのほか大きな音がなってしまったが、もう後戻りはできない。
ヒトラーは意を決して、扉をそっと押し開けた。部屋を抜け出し、寝静まった衛兵の間をすり抜け、廊下を駆ける。その瞬間。
「どこに行くつもりだ?」
背後から、冷徹な声が彼を刺した。振り向く間もなく、大きな手がヒトラーの肩を掴み、容赦なく壁へと叩きつけた。
「ゔっ……!」
1953