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    キタハル

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    キタハル

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    半→伝 呪ったり攫ったりしてこないタイプの満月の日の話。半が先生になって二年目くらいのイメージで書いてます。半が生まれ持って得意なのが書物を読み解いたり火薬を配合したりすることで、こどもを愛し慈しむ技術は努力して後天的に手に入れた美点だといいなと思っている 善く在ろうとするひとはうつくしいので

    ##半伝
    #半伝

    夜に光満月の夜。
    「月がきれいですね」
    などと呑気なことを言って、月見に誘った。
    声をかけられた山田先生は私が情緒を解したとでも思ったらしく、機嫌よく二つ返事で承知した。最近生やしたかっこいいお髭を撫でて、何か菓子でも出そうかななどと楽しそうに戸棚に向かう。残念ながら、この人を誘う理由に使わせてもらっただけなのは黙っておく。山田先生と二人でいる時間は心地よく、嬉しくて、少しソワソワする。
    月見などと言ったが大層なことをするわけではない。学園の教師たちには、有事にはこども達を守る役目もある。軽い気持ちで外出をするのも憚られたし、酔わないとしても酒を口にするのも抵抗がある。紙ばかり睨んでいたら目が疲れてしまいました、廊下に出てぼんやり月を眺めませんか、せっかくの満月ですし、というだけの話である。

    「明るいですねぇ」
    「明るいなぁ」
    松明皿の灯火は満月の光の下では役に立たないので消してしまった。兎角明るいのである。忍者のゴールデンタイムである夜を煌々と照らす満月の光は、山田先生の姿もくっきりと照らし出す。些細な仕草や表情も拾える明るさだった。
    「戦忍をやっていた頃は、満月なんて忌忌しいもんだったのに。教師になってからはこうやって楽しむ余裕すらあるなんて、人生わからんもんだなぁ」
    「万が一学園内に曲者が侵入したとしても、満月ならすぐわかりますもんね」
    「そうそう、そんで満月の日に忍び込む忍者なんて、大した奴じゃないからすぐに片が付く。いや、そんなおかしな奴の方が対応は面倒かもしれんがな」
    山田先生が戸棚から出してきたちょっといい羊羹と、ただの白湯を盆に乗せる。茶だと眠れなくなってしまっては困るので、夜に飲むのはいつも白湯だ。廊下の縁に座ってぶらぶらと足を動かすと、子供みたいだなと笑われた。

    「山田先生、戦忍だったんですね」
    「ああ。言ったことなかったか?」
    「改めて聞いたことはなかったかもしれません」
    「ちなみに妻とは戦場で出会った」
    「くノ一でいらっしゃるんですよね。腕のいい」
    「ああ。火縄銃だの手裏剣だの、飛び道具の腕が良すぎて、こっちの腕がなかったら殺されてたわ」
    「えっ、怖い。もしかして最初に会った時は敵対されてたんですか?」

    そこから面白おかしく奥方との馴れ初めを聞かせてもらい、ふと息をつく。なんとなく只者ではない家だとは思っていたが、思っていたよりもぶっ飛んでいる。よくそれで夫婦になりましたねと思わず素直な感想を言うと、まあわしも若かったからなと、どこか楽しそうに、気恥ずかしそうに返ってきた。昔の話。私は山田先生にですら、自分の昔の話を詳しくしたことはない。天涯孤独の身だということは話したが、生まれた家のことも父母のことも、染めてきた手のことも話したことはない。抜け忍の話などしたところでご迷惑をかけるだけだという判断もあったが、ただ過去に向き合うことが怖いだけかもしれなかった。ふと黙り込んだ私に気付いた山田先生は、無理せんでいい、話したくなったら聞くと言った。山田先生はいつも大きくてあったかい。

    「山田先生は、人を殺したことはありますか」
    わたしはあります、と。湯呑みを持つ手に視線を落とす。湯気と水面に月の光が反射する。震え出さないように心と力の平衡を保つように努める。
    「……他の先生方には軽々しく聞かないように」
    咎める声が、優しかった。
    「ありますよ。そりゃあ、あります。数えきれないほどの人間を斬りました。それだけじゃない、自分の持ち帰った情報がたくさんの人の生死を左右する。それが忍びというものだ」
    「私はただの人殺しが、先生の顔をしてこどもたちの前に立つことを、恐ろしく思うことがあります。でも山田先生は、いつも正しくて立派な先生です。いつかお隣に立つことが、恐ろしくて敵わなくなるのではないかと」
    私の不安を聞いて、山田先生がこちらを気遣う気配がする。月の光が明るかった。こんな話をするには明るすぎて居た堪れない。いや、こんな話をしようと思ったのは、月が明るいせいかもしれなかった。
    「あんたは心根が優しくて、物覚えがいいからなぁ」
    呟くと、山田先生は廊下の縁から庭に降りた。数歩歩き、腕を背に回す、先生の姿勢でこちらに向き返る。山田先生がいつもこどもに向ける、優しい笑顔を浮かべていた。

    「教科担当教師、土井半助。忍者の正心とは」
    「……忍者にとって大切なのは心構えである。忍びの技術を私利私欲のために使わない。忍びの術とは一つ間違えば泥棒の技術となってしまう。正しい心をもつことが道を違えないために必要である」
    「うん。これはわしの私見なのだが、正心とは忍びのための一つの信心なのではないかと思っている」
    「信心、ですか」
    「正義の名の下に、己の全てを正当化する。正しさに頼るんだ。いきすぎてはいけないが、人間が自分の心を守るためには必要なことだと、わしは思う」
    「正当化……」
    「もしあんたが、過去に仕えた主人や己の行いを正しいものと思えないのなら。それはあんたが生き延びるためにどうしても必要だったことだと思いなさい。そして、これからあんたが生きる道が、正しいものだと思いなさい。あんたが思うように、正しくしていくことは、これからいくらでもできるんだから」

    きれいだな、と思った。
    きれいな人だ。夜に在って、朝の光を連れてくる人。
    満月に照らされたところで、その身に残る傷ですら、何一つ恥じるところのない人だ。

    「大丈夫。あんたならできます。だって最初はひどいもんだったのに、一年ちょっとで随分と先生の顔になりました。あんたはあんたが思うように変わることができるんですよ」
    それが教師の形かどうかはわかりませんけど。最初に遭った時のしょぼくれた顔よりは、今の顔の方がずっといい。
    なんと言っていいかわからず、やまだせんせい、と名前を呼ぶと、山田先生は照れを誤魔化すようにこほんと小さく咳払いをする。

    「ふぅ、余計な講義をかましてしまったな。どうだ、その羊羹、少しいいやつなんだ、うまいか」
    「はい、甘くておいしいです」
    「そりゃよかった。夜に食べる菓子は背徳感があってまたうまいんだよなぁ」
    「山田先生、ありがとうございます」
    「よしなさい、別にすごく高価なものじゃないんだから」
    恥ずかしがり屋の山田先生は、わざと話をずらしてみせた。私、がんばりますね、と口の中で呟く。私は物真似だけは得意なのだ。正しさのお手本のような人が隣にいてくれるのだから、これからは己に恥じないように歩いていける。そのように生きる。例え自分がそんな良い生き物ではないとしても。
    あなたが好きです。
    あなたを知ってからの人生が、あなたに恥じるものではないように。
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    キタハル

    PROGRESS半伝 書きかけ 書けそうになったら続きを書きます 犬とか猫とかを拾ってきがちな伝と、犬相手に嫉妬しちゃう半が見たかった。山田家の獰猛なネコチャンに関する捏造を含みます
    仔犬の半助、保護される「ははは、半助、そんなとこ舐めるな、全くもう、あっはっは」
    山田先生が「半助」に顔を舐められて、くすぐったそうに笑う。咎める言葉でありながら声音は楽しそうで、相手を本気で止めようとしているとは思い難い。人間の方の半助はムムウと頬を膨らませた。ここ数日の山田先生は、裏山で拾ってきた仔犬の半助にかかりきりだ。人間の半助の方はなかなか構ってもらえずに、ちょっぴりおかんむりなのである。

    事の顛末はこうだ。裏山の、おそらく生徒が掘ったであろう穴に、仔犬が落ちてキューキュー鳴いていた。そこに日課の朝ランニングをしている山田先生が通りかかった。そこは低学年生の実技でも使うような場所であるため、見目の愛らしい仔犬などが鳴いていては、生徒たちの気が散るのは火を見るより明らかだった。だから授業の邪魔にならぬよう、拾ってきたのだと山田先生は言う。山田先生はどこからか使っていない箱を持ってきて、ご自身の着古しの忍者装束を割いて底に敷き、仔犬をそこに入れた。私事なのに生物委員に任せきりにするわけにもいかないからと言い、それを山田・土井の職員部屋に持ち込む。手慣れた様子ではあるが、なんせ仔犬だ、手がかかる。食事の間隔も短く、食わせるのにも人の手がいる。山田先生の手からすり潰した残飯をおぼつかない様子で食べる仔犬は確かに愛らしい。甲斐甲斐しく仔犬の面倒をみる山田先生も、ご多用ではあるものの楽しそうだ。よく食べた、偉いぞ、可愛いなぁ。そう言って仔犬を撫でるのである。山田家に匿ってもらった時のことを思い出す。出していただいた食事がたいへんおいしく、遠慮も外聞もなくペロリと平らげた時も、感心した様子で鷹揚に褒めてくださったのだった。なんだか、気恥ずかしくて落ち着かない。
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    事の顛末はこうだ。裏山の、おそらく生徒が掘ったであろう穴に、仔犬が落ちてキューキュー鳴いていた。そこに日課の朝ランニングをしている山田先生が通りかかった。そこは低学年生の実技でも使うような場所であるため、見目の愛らしい仔犬などが鳴いていては、生徒たちの気が散るのは火を見るより明らかだった。だから授業の邪魔にならぬよう、拾ってきたのだと山田先生は言う。山田先生はどこからか使っていない箱を持ってきて、ご自身の着古しの忍者装束を割いて底に敷き、仔犬をそこに入れた。私事なのに生物委員に任せきりにするわけにもいかないからと言い、それを山田・土井の職員部屋に持ち込む。手慣れた様子ではあるが、なんせ仔犬だ、手がかかる。食事の間隔も短く、食わせるのにも人の手がいる。山田先生の手からすり潰した残飯をおぼつかない様子で食べる仔犬は確かに愛らしい。甲斐甲斐しく仔犬の面倒をみる山田先生も、ご多用ではあるものの楽しそうだ。よく食べた、偉いぞ、可愛いなぁ。そう言って仔犬を撫でるのである。山田家に匿ってもらった時のことを思い出す。出していただいた食事がたいへんおいしく、遠慮も外聞もなくペロリと平らげた時も、感心した様子で鷹揚に褒めてくださったのだった。なんだか、気恥ずかしくて落ち着かない。
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