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    キタハル

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    半伝 好きな惣菜発表ハンスケ

    ##半伝
    #半伝

    私のお気に入り「かまぼこは嫌いですが、薬味のネギは好きです」
    「なんだいきなり」
    馴染みの茶屋でうどんを食べながらそう言うと、山田先生は目を丸くした。私の分のかまぼこはいつも通り、山田先生の器に旅行中だ。きっと帰ることはないだろう。
    「いえ、いつも山田先生には教えてもらってばかりなので、私も何か山田先生に教えてみたいなと思いまして」
    「なるほど?」
    わかったようなわからないような相槌が返る。山田先生がずばずばとうどんを啜るのを見ながら、続きを口にする。
    「この間、火薬について話してみたのですが、あまりご興味がなさそうだったので、違う話を」
    「ああ、あれ、そういう話だったのか。いきなり始まったから、なにやらストレスでも溜まっているのかと思っていた」
    「そもそも、いきなり話し過ぎましたよね……。ちょっと意気込みすぎて空回りしてしまいました」
    「それで自己紹介を?」
    「好きなものの方が、うまく話せるのかなと思いまして」
    「と言いますかそもそも、あんたが新米教師だった頃こそ、あれこれうるさく言いましたけどね、最近は別にあんたに何かを教えるということもないでしょうが」
    私が放り込んだ方のかまぼこが、山田先生の前歯で噛み切られる。もぐもぐ。残りの部分も口に放り込まれる。かまぼこよ、私の器の底に残されるより、山田先生の血肉となれて嬉しかろう。私も自分のうどんをつるつると食べていく。
    「まあでも、あんたが好きなもんの話をするのは、聞くのが楽しそうだなぁ。ちょっと続きを話してみなさい」
    「ふぁい。ええと、ネギは緑のところより、白いところの方が柔らかくて好きです」
    「その心は」
    「えっ……特にないです。ないと駄目ですかね」
    「いや、そんな事はないぞ。火薬の話が細かかったから、何かあるのかと思っただけだ。他には何か?」
    「そうですね、食後のお茶は熱くて渋めでさっぱりしたのが好きですし、自室で休憩する時は贅沢にちょっといい茶葉で淹れるやつが好きです」
    「学園長先生のお裾分けのやつだな。あれ美味いんだよなぁ」
    「食堂のおばちゃんのご飯は、何を食べてもおいしくてすごいです。おいもの煮たやつとか大好きです。練り物だけは勘弁ですが」
    「あれに慣れると、転職する気が起きんのだよなぁ」
    山田先生は相槌を打ちながら、うどんを食べ、二枚目のかまぼこを食べ始めた。うどんのふくふくした白い色を見て、とある生徒のもちもちのほっぺたを思い出す。
    「しんべヱは手がかかりますし、のんびりしすぎで困ったところもありますが、あのおっとりとした毒気のなさが好きだなぁと思うことがあります」
    「ふむ。まあ、あれは悪い子ではないからな。まあ、みんなそうだが」
    「乱太郎も本当に優しい子ですよね。育ちがいいと言いますか。人と人との和を繋ぐのがうまいです。よく揉め事の元を拾ってくるのは心配なんですが」
    「待て、半助、もしかして一年は組のよい子たちを全員挙げていくつもりか?」
    「いけませんか?」
    「駄目ということはないが……、時間がかかるでしょう。ひとまず先にうどんを食べてしまいなさい。帰り道に聞きますから」
    見ると、山田先生はそろそろ食べ終わりそうなのに対し、私はまだ半分以上残っている。話に夢中になりすぎたようだ。はいと慌てて返事して、自分の器に向き直る。うどんも好きだ。特にこうして、出先で山田先生と茶屋で食べる一杯は。
    「まあでも、好きなもんがたくさんあるのは、いいことだな。あんたも成長したじゃないか」
    「成長、ですか?」
    「あんたに会った頃は、なんでもいいですー、って顔をしてたじゃないか」
    「そう、でしたかね」
    もぐもぐ。うどんを咀嚼して、ごくりと飲み込む。まあ、そうなのだ。今の私が好きなものは、山田家の皆さんに助けてもらってから好きになったものが多いのだ。見るものに色が付いていくように視界が開け、ただの背景であったものに己の視線が向く。処理すべきものとしてではなく、ただそこに在るものとして向き合い、時に好きだとか、手を伸ばしたいだとかの感情を抱く。そうやって増えていった好きなものたちは、私を照らし、背骨を支えてくれているという気がする。少し、大袈裟かもしれないけれど。
    「人の好きなものの話は聞いていて楽しいからな。まぁ、ゆっくり食べ終わったら、また続きを聞かせなさい」
    それならば、隣で食後の茶を啜っている、強面だが笑うと可愛いひとのことも話してみようか。きっと照れてしまって、最後までは言わせてくれないだろうなと想像して、少し笑った。
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