同棲 それはいつもの店で、いつものようにモーニングを済ましている時だった。
「同棲しませんか?」
茨の突然の提案に、ジュンは持っていたフォークを皿の上に落とした。
「どっ、同棲?同棲って一緒に住むってことですか?」
「そうですよ、それ以外何があるんですか」
茨は呆れたように笑う。
「にしても、急に同棲ってどうしたんですか?」
「事務所の他に拠点が欲しくて、自分の会社名義でマンションを買うつもりなんですが、目星をつけている所が広いんですよね。それで、よかったらジュンもって」
「オレでいいんですか?」
「なんです?別の男と自分が同棲していいんですか?」
「だっ……駄目に決まってます!」
ジュンは茨の冗談が伝わらなかったのか、涙目になっていた。
「冗談ですよ、ジュン以外にこんなこといいません。まぁ、ジュンが嫌ならいいですけど」
「嫌じゃないです!したいです!」
「では決まりですね、場所は自分が決めてもいいですか?」
「オレはそういうの分からないので、茨にお任せします」
「わかりました。部屋はそれぞれ分けるつもりですが、寝室はどうします?」
「同じがいいです……」
だって、どんなに忙しくても顔が見えるし、行ってきますもただいまもいえますもん。とジュンは照れくさそうに呟く。
「わかりました。なにか希望ありますか?」
「マグカップとか、食器とかはお揃いがいいです」
「では、その辺はジュンにお任せします」
やった!とジュンはガッツポーズをして満面の笑みを浮かべた。
そこからの展開は早かった、マンションの契約は茨が済ませ、オフの日に家具やカトラリーを一緒に見に行った。同棲をすることは、凪砂と日和そしてプロデューサーだけに伝えて、引越しもすぐ終わらせた。完全に寮を出るわけではないので、同室のメンバーには戻ってくることが少なくなることだけは伝えた。
同棲初日、ジュンはEveでの街ロケ、茨は事務所で会議だった。ゆっくりできるように次の日はオフにした。
「ただいま〜って茨はまだ帰ってきてないか」
ジュンの声が廊下に響く。電気をつけ、リビングに荷物を置き、休む間もなくキッチンへ向かった。
「茨、朝からなにも食べてないっていってましたからねぇ」
少し前にメッセージを送った時、今日はなにも食べていないと返信があったのだ。そうでなくても、今日は自分が早く帰宅するだろうからと、夕食を作ることは約束していた。
慣れた手つきで調理をはじめる。目標は茨が帰ってくるまでに作り終えること!茨の為に作れるなんて幸せだなぁと、自然と鼻歌を歌っていた。
あと皿に盛りつければ完成、という時玄関が開く音がした。
「ただいま……」
「茨!おかえりなさい!お疲れ様です」
ジュンは茨をぎゅっと抱きしめる。
「はぁ〜こうやって“おかえりなさい”って言えるの凄い幸せです。ご飯出来てますよ、荷物は持っていくので、手洗ってきてください」
鞄と紙袋を受け取り、先にリビングへ戻る。
ソファに荷物を置いて、キッチンへ戻ったのとほぼ同時に、茨がリビングへ戻ってきた。
「茨〜座ってください」
茨はジュンに言われるがまま椅子に座る。
ジュンはランチョンマットを敷き、ちょっとまっててくださいと再度キッチンへ戻る。アイランドキッチンなので、茨からジュンの楽しそうな背中が見えていた。
「お待たせしました〜!今日のメインはハンバーグですよぉ、ミネストローネとサラダ、そしてご飯はおかわり自由です!食後のデザートもありますからねぇ」
「至れり尽くせりですね……いただきます」
「ふふっ、いただきます」
茨はまずハンバーグを口に運ぶ。
「おいしいですか?」
「凄い……美味しいです」
「よかった〜、今日ロケで行った商店街の肉屋さんで買った合い挽き肉でつくったんですよ〜、ハンバーグつくるって伝えたらおすすめの比率でつくってくれて、ソースの作り方まで教えてもらいました!」
「え、このデミグラスソースも手作りなんですか?」
「はい!気合いいれちゃいました」
ニコニコ笑うジュンを驚いたように茨は見つめる。いくら仕事が早く終わったとはいえ、ここまで気合いをいれられるなんて……。ジュンのこういう所好きだなと思う。言わないけれども。
その後、黙々と食べ進めご飯もミネストローネもおかわりをして、食後のデザートのアイスもたいらげた。
「久しぶりにこんなに食べたかもしれません……美味しかった……」
「ならよかったです!茨普段あまり食べないから……いっぱい食べてくれて嬉しいです」
「洗いもの手伝いますよ、あと、あの花は?」
ローテブルに置かれた花束を指さす。
「あぁ、あれはおひいさんが新居祝いにって今日くれたんですよ。でも花瓶ないじゃないですか、それでどうしようかなって」
「殿下が、そういえば今日俺も閣下からお祝いでもらったんですけど……」
凪砂からのお祝いをあけると、それは花瓶だった。
「おぉ……ナイスタイミング」
「事前に話しあっていたんですかね。ありがたいです」
「どこに飾りますか?」
「そこのローチェストの上に飾りましょう。なにもなくて寂しかったですし」
茨はそう言ってローチェストの上に花を飾った。一気にその場が明るくなる。
「そうだ、これから定期的にお花買いません?」
「何も無いのに?」
「はい。何も無い日にお花を買って贈るのよくないですか?」
「さすが、殿下に育てられただけはありますね。でも、いいですよせっかく閣下からいただいた花瓶が使われないのは勿体ないので」
一緒に洗いものをして、お風呂も一緒に入った。ロケで入った雑貨店で買った、二人のメンバーカラーのバスソルトを入れ、のぼせないくらいの時間湯船で語り合った後、お互い髪を乾かしあった。
二人でベッドに潜ったのは日付が変わる少し前。ジュンはベッドで茨をそっと抱き寄せた。
「ジュン……?」
「茨……いい匂い」
「シャンプーもトリートメントも同じじゃないですか」
茨もジュンの背中に腕を回す。
「んー?そうですけど、茨の匂いがします」
「ふふっ、なんですかそれ……ジュンは温かくて落ち着きます……」
「本当ですかぁ?これからはこうやって寝ましょうねぇ……茨、おやすみなさい」
「おやすみなさい……」
おやすみのキスをする。毎日こんなことできるなんて幸せすぎやしませんか?と茨を再度抱きしめ眠りについた。
翌朝。茨が目を覚ますと、隣にいるはずのジュンが居なかった。
「……もうおきたのかな」
目を擦り、寝ぼけたままリビングに向かう。リビングには甘い香りが漂っていた。
「茨、おはようございます。まだ眠いですか?寝てても大丈夫ですよ」
「ん……だいじょうぶ……です。なにつくってるの」
「ホットケーキです。メイプルシロップとチョコシロップあるので好きなソース使ってくださいね?」
いつもハキハキしていて、泊まり込みのロケでは誰よりも早く起きて活動している茨の、ポヤポヤした姿を見られるのは、彼氏の特権だと思うと嬉しくて仕方がない。
「かおあらってきます」
「わかりました。あと、茨」
「なんですか?」
「ホットミルクとホットココアどっちがいいですか?」
「ココア……」
「わかりました。待ってますね」
五分ほど経ったあと、茨が戻ってきた。寝起きの時より覚醒はしているが、まだどこか眠そう。
「どうぞ、ホットココアです。目覚めの一杯ですよぉ」
「ありがとうございます……おいしい」
「ホットケーキもどうぞ、ヨーグルトもありますからねぇ」
「ジュン、今日の昼と夜は俺がつくります」
「え?いいんですか?オレ食事当番やりますよ?」
「お互い料理できますし……ジュンばかりは不公平かなと」
そんなこと気にしなくていいのに、と思ったがせっかくの提案だ。ジュンは茨の提案を引き受けた。
「色々な家事の当番とか、やり方とかも決めておきましょうか、お互い仕事でできない日もありますしねぇ」
「はい……」
「なんかこう、まだ同棲して一日も経ってないですけど、オレすっごい幸せです。茨と家族になれたみたいで」
「家族……?」
「うん。だからこれからずっと一緒にいましょうね」
家族という単語に慣れていない茨は、小声で家族かぁと呟き咀嚼する。
ジュンはそんな茨を見てずっと幸せそうだ。
どうか、この幸せが一生続きますように。