託された想い 曹紫主の終わりが近かった…。
目の前には血の気の引いた顔の曹操が横になっていた。
近年。洛陽では疫病が流行っていた。
流行りの病に犯される中、曹操もその一人だった。
紫鸞は曹操の額に手を当てる。
肌は既に人より冷たく、今にも息を引き取りそうだった。
「紫鸞……か……。もう少し…顔を近づけてくれ……。」
言われるがままに紫鸞は曹操に顔を近づける。
「お前の瞳は本当に綺麗な色をしている。」
できるだけの笑顔を見せた。
「思い返せば…過酷な人生…だったな…」
黄巾で共に戦い
反董卓軍を結成するも直ぐに解散し……
三勢力に別れ…呂布を討ち、
友の倅を手にかけ……
赤壁では大敗。
これまでの戦いで幾多の親族や仲間を失った…。
「我が覇道の道を駆け抜けてこれたのはお前や夏侯惇…我が軍師たちの協力があってこそだ………。
感謝するぞ…紫鸞……皆……。」
独りでに語り出す曹操に紫鸞は自然と涙が浮かぶ。
霊鳥の涙珠が曹操の肌に当たる。
「そんな顔をするな…我が紫鸞よ…。お前は…これから我が軍師たちが行く先々を切り開く霊鳥なのだ…。」
痩せこけた手が紫鸞の頬に触れる。
「先に逝くことを…許してくれ…。お前の命が尽きた時にあの世で私がいくらでも謝罪する…。勿論……紫鸞だけに限らずだ……。」
紫鸞は首を横に振る。
「逝かないでくれ…。」
哀しみがこみあがって上手く言葉に出せない。
曹操の手を掴み、飴色の瞳を見つめる。
弱々しいが握り返してくれた。
ーこの感じ…あの時に似ているー
燃え盛る里の中で朱和が死んだ。
あの時のように……
涙がとめどなく溢れる。
「紫鸞よ……。最期にお前を堪能させてくれ…。」
そう言うと曹操は残っていた力を振り絞り、紫鸞の口に自身の口を重ねた。
触れるだけの軽い口付け。
それはしょっぱく。とても哀しい味がした。
「お前は…本当に…我が軍にいてくれたことを…誇りに思う……。私の夢が潰えそうになった時も颯爽と駆けてくれた。
後の世は…お前と夏侯惇達に任せたぞ……紫鸞…。」
「やめろ…やめてくれ…!」
「また…いつか……巡り…合える…。そう…悲しむな…」
「やめろ…!」
信じたくなかった。目の前で主が力尽きようとしている現実を。
ボタボタと曹操の肌に紫鸞の涙珠が落ちる。
曹操の飴色の瞳からも小さな涙が零れる。
「紫鸞…我が……………霊鳥…。愛してる…ぞ…………。ずっ……と…。」
そういい、曹操は目を閉じ、力尽きた。
紫鸞の手から曹操の手が滑り落ちて、そのまま褥に落ちた。
飴色の瞳は二度と開くことは無かった。
紫鸞はひたすら咽び泣いた。
異変に気づいた夏侯惇と夏侯淵が紫鸞の傍に駆け寄る。
「孟徳………。」
「殿……!」
ひたすらに咽び泣く紫鸞を見て夏侯惇は紫鸞を抱き寄せた。
「俺もお前も辛いのは同じだ…。好きなだけ泣け…。」
「これからどうするんです…?惇兄…。」
夏侯淵は今にも泣きそうな顔をしていた。
「孟徳の想いは俺たちが繋いでいく。途絶えさせてはいけない。」
目の前の亡骸を見つめる。
夏侯惇は必死に気持ちを抑えていた。
本当は今すぐにでも泣きたかった。
だが自身の弱い所を見せたくないという意思が勝り、我慢していたのだった。
「俺たちは先に進まなければならない。散っていったものたちの命を…無駄にはせん。
この夏侯元譲…。曹孟徳の想い。しかと受け取った」
夏侯惇が大きく宣言した。