還るべき場所 曹紫行って……紫鸞……。
………は死んだ……!
思い出せ紫鸞…!
太平の要よ…来るべき選択が来る時……
知らない何かが永遠と声をかけてくる。
ーなんだこれはー
紫鸞は悪夢を見ていた。
真っ暗闇にただ一人立たされ、辺りには何も無かった。
ただ己を攻撃する言葉だけが交錯する。
聞いているだけで頭が割れるような気分だった。
勢いで目が覚めると、まだ外は陽が出ていなかった。
乱れる呼吸を整え、流していた涙を拭く。
着ていた服は既に汗で濡れ全身が気持ち悪かった。
近頃。連戦が続いており、紫鸞の身体はとっくに限界を超えていた。
戦が終わると自室にすぐ戻り、倒れ込むように寝てしまった。
また、暗闇の中で彼は襲われる。
里が狙われている…!
紫鸞……!……………を救うんだ
私を罰してくれるのが……あなたで良かった……
ーやめろ。やめてくれ!ー
目の前に人型の黒いモヤが今日も現れる。
その白い目が自分を見つめている。
紫鸞……お前は………
呼吸が段々と荒くなる。
ーまただ、この感覚ー
ー誰か…助けてくれ!ー
夢の中でそう訴えかけた時だった。
「っ…!?」
唇に何かが当たる。
紫鸞は何をされているのか分かないままだが、今あるこの息苦しさは不快なものでは無かった。
と同時に、夢の中では黒いモヤの目の前を蒼色の炎が貫いた。
モヤは炎と共に消えていく。
その後、蒼い炎は紫鸞の周りを囲み。ひとつの道を作った。
自然と触れても熱くなく、紫鸞はその道に従って歩を進める。
ー紫鸞よ。お前が帰る場所は私の腕の中だー
顔は見えないが、その声は紛れもない主。曹操のものだった。
目が覚めると、陽が少し出ていた。
昨晩のような不快感はなく、それどころ身体が晴れやかになった気分だった。
ふと褥に手を着くと、自分のものでは無い体温の温かさがあった。
誰かがいた…?
「あ、無名殿。起きていましたか。もうすぐ軍議が開かれますので準備を…」
一般兵士がそう伝えると、紫鸞は軍議に向かう準備をした。
軍議場に着くと、既にみんな揃っていた。
「来たか、紫鸞よ。では、始めるぞ。」
曹操の合図で軍議が開かれた。
戦術の内容を淡々と説明されていく。
軍師たちの意見が工作する中、ふと紫鸞は曹操と目が合った。
曹操は周りには分からない程度に少しだけ口角を上げ目線を外した。
軍議が終わったあと、みんなが解散して持ち場に向かおうとしていた時だった。
「そういえば孟徳。夜中何処に行っていた。」
夏侯惇が曹操を問いただす。
紫鸞はそれを聞いて足を止める。
「……詩を考えていた。」
「思索にふけるのはいいが、寝不足で倒れてしまってからでは困る。連戦続きなんだ。自分をもっと慈愛してくれ。」
夏侯惇は呆れ顔で訴えた。
「無名。お前もだぞ。」
彼なりに心配してくれてるのか、紫鸞は心が少し軽くなった。
また、曹操と目が合う。
彼の飴色の瞳は全てを見透かしているようだった。
先程まで賑やかだった軍議場が今はとても静かな空間になっている。
紫鸞は夢の中での出来事を思い出す。
ーあの時助けてくれたのはもしかしてー
「やけに機嫌がいいな。孟徳。」
「我ながら傑作を生み出してしまってな…。」
「全く……。」
ー紫鸞よ。還るべき道が分からなくなったら、私がいつでも導こう。ー