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    初代ボンブシェル→サウンドウェーブ。
    他機の心を弄ぶことを好むボンブシェルが、サウンドウェーブに執着するまでの話。

    前作とはまた別の世界線です。

    ##サウンドウェーブ
    #虫音

    退屈を終わらせろ! / 初代虫音 インセクトロンはきゅうしていた。
    なにも今、突然に起こったことではない。彼らはいつも腹を空かせている。独自に遂げた進化によって、森を食らい、田畑を食らい、どうにかこうにか食い繋いでいるが、腹が膨れたと思い少し動くとまた腹が減るのだからどうしようもなかった。
    インセクトロンに遅れてこの星へやって来たデストロン。そのトップであるメガトロンは、明らかに報酬に見合わない労働をインセクトロンに要求してくる。しかし、いつも腹を空かせているインセクトロンは、頭ではその不義理な同盟者から満足な報酬は望めないことを理解していながら、ご馳走を期待してその依頼に飛び付いてしまうのだ。

    インセクトロン達は、その同盟者から提供された、ノヴァ発電所で食らったエネルギーの事が忘れられなかった。結果的には消化不良を起こしてしまったが、十二分にエネルギーを蓄えて力に満ちた機体は溌剌はつらつとして、本来の力以上のものを発揮することが出来た。インセクトロンの機体は他の機械生命体とは違い、エネルギー残量で身体の大きさが変化する。常に腹が減っているものだから、普段の彼らは小さな体躯たいくをしているのだ。腹が減れば力も出ない。頭も本来ほどは回らない。あの時のように腹を満たした状態でいられたら、その力でもって食べきれない程のエネルギーをかき集めることも、その頭でもって策を巡らすことも出来るはずだ。

    それにはまず、あの時のように発電所丸々ひとつぶんのエネルギーは欲しい。そしてノヴァ発電所で捕らえたサウンドウェーブの能力。あれを持って帰ることが出来なかったのは本当に惜しかった。もう一度、サウンドウェーブごと情報を掠め取ることが出来ないか?
    インセクトロン達は森の幹を食らい、葉を食らい、空腹を誤魔化しながら、その為の策を練る。今度こそもっともっと上等の食事で空腹を満たすために。

    三匹は頭を寄せて必要な情報を出し合った。よくメガトロンに用事を言いつけられるボンブシェルは、サウンドウェーブと顔を合わせる機会も多い。改めて、の機体をよくよく分析する。
    サウンドウェーブを手短に言い表すと、無味乾燥の鉄仮面だ。誰にでもそうなのだろうが、援軍に来ようが手伝いに来ようが、インセクトロンが来たことを確認したあとに見せるのは横顔ばかり。挨拶のひとつもない。しかし、おそらくはその視線の解らぬオプティックで、じろりとこちらを監視しているのだろう。
    インセクトロンにとってデストロンが不義理の同盟者であるように、デストロンにとってインセクトロンもまた不義理な同盟者なのだ。

    サウンドウェーブには、自らが収集した情報によって格下と判断した者に対して、見くびってかかる節があった。先の作戦でのインセクトロン達への不覚も、それによるものだろう。サウンドウェーブ自身とカセットロン部隊による調査で収集した情報への絶対的な自信。収集する情報の量、正確さ、様々な面で、情報参謀としてデストロンの参謀を務めるだけの能力がサウンドウェーブにはある。
    裏を返すと、調査範囲外の隠し球さえ用意出来れば、サウンドウェーブの隙をつくことは不可能ではないということだ。しかしそうは言っても一筋縄ではいかない。安全に成功させるためには、いくつかクリアすべき要点がある……。
    虫達の計画は少しずつ具体性を帯びていく。

    まずはサウンドウェーブが単機で行動している時を狙うこと。サウンドウェーブは諜報や調査の為に単機で活動することが多い。それだけなら好機は幾らでもある。しかしその上、カセットロン部隊――特に、戦闘能力の高いコンドルが居ないことを確認する必要があった。これがなかなか難しい。サウンドウェーブは最低でも二機以上のカセットロンを胸のハッチに控えさせていることが多い。そうなればカセットロンとの交戦により時間を稼がれ、デストロン本隊へ連絡を取られる危険性が高まってしまう。可能であれば全てのカセットロンを別の任務の為にイジェクトした後が望ましい。
    そして最後に重要なことは、こちらの常套手段をサウンドウェーブに"知られている"こと。
    単機を襲われ、劣勢だと思って気を引き締めたところに、手の内の解っている相手が、その通りに動いてくる。これならば、持っている情報と照らし合わせて捌くだけでいい。そう判断した瞬間、サウンドウェーブは油断する。自分の持っている情報に躍らされて出来る隙。そこに常套手段から外れた動きを見せてやると反応が遅れる。
    それでも抵抗が激しいのなら連結装置のひとつも壊してやれば良い。少しばかり壊したところで、その程度ボンブシェルならばあとで簡単にリペア出来る。そしてここまでサウンドウェーブを戦闘に掛かりきりにさせられたなら、既にシャープネルが通信機を麻痺させる事に成功しているはずだ。今更助けは呼べない。
    あとはもう、押さえつけるなり何なりして、セレブロシェルを撃ち込んでやるだけで良い。

    ――インセクトロン達はこうして、再びデストロンから、サウンドウェーブごと情報を掠め取ることに成功した。
    撃ち込んだセレブロシェルがブレインを抉り、発せられる信号がメモリーチップから機体に干渉して精神を支配する。サウンドウェーブは生気が抜けたように立ち尽くし、そして、セレブロシェルがブレインの全てに干渉を完了した証を発声する。

    「何ナリト御命令ヲ。インセクトロン様」

    ボンブシェルは、セレブロシェルが干渉するとエネルゴンと同じ色に染まる、サウンドウェーブのオプティックを気に入っていた。何を考えているのか解らない、普段のオプティックとは違い、なんとも食欲をそそる色だ。そしてサウンドウェーブが格下だと見くびった相手――インセクトロンを主と仰ぎ跪く姿。一仕事やりきった達成感もあって、気分が高揚する。そうして満足そうにしているボンブシェルを、キックバックは膝で小突く。

    「おい、ボンブシェル、早いとこ次へ行こうぜ。腹が減って仕方がねえや」
    「それもそうだ。サウンドウェーブ、近場にたらふくエネルギーが食える所はねぇか。こっちはお前を捕まえるのに動いて腹が減ったんだ」
    「北西ノ、水力発電所ヲ推奨スル。コンボイ ヲ始メ、サイバトロンハ現在、人間トノ友好式典ニ参加スル為、都市部ヘ向カッテイル。千アストロ秒一時間ノ後、ソレニ乗ジテ デストロンハ採掘場ヲ襲ウ。同時ニ、ソノ裏デ研究所ヲ襲イ、兵器ヲ手ニ入レル予定ダ。戦イガ始マレバ、ドチラモ スグニハ発電所ヘ駆ケツケテ来ラレナイ」
    「そいつぁ都合が良い。優雅な昼メシになりそうだ」

    サウンドウェーブの情報は、しっかりとインセクトロンの腹を満たした。研究所と採掘場の両方で戦いが始まり、インセクトロンが食事を終えてもなおその争いは続いていた。途中、通信が来たようだが、本来居たはずのサウンドウェーブが居ないぶん、インセクトロンを援軍にでも呼びたかったのだろう。虫達はそんなことよりもエネルギーの味に舌鼓を打つのに忙しかった。三匹がかりで食べた後、余ったエネルギーをサウンドウェーブの作り出したエネルゴンキューブに詰めて根城へ運ぶ。こんなにも悠々と、しかも上等な食事を味わったのは久しぶりだった。

    インセクトロンはあくまで独立部隊である。メガトロンに根城の場所は知られていない。デストロン本隊と通信が繋がるようにはしてあるが、こちらから通信を遮断すればそれも拒否することが出来た。
    サウンドウェーブさえ手に入ればインセクトロンの食料問題は解決したも同然。もう不当な報酬しか払わないメガトロンの依頼を受ける必要はなくなった。
    これからノヴァ発電所で得たほどのエネルギーを継続的に蓄えられるようになれば、インセクトロン三体でサイバトロンを打ち砕くことさえ出来る。
    しかし、それはしない。サイバトロンにはデストロンに対する防波堤になって貰いたいからだ。サウンドウェーブをインセクトロンが拐った事が露見した場合、メガトロンが黙ってはいないだろう。だが邪魔なサイバトロンが居る限り、デストロンはインセクトロンだけにかまけてはいられない。それにサイバトロンとデストロンが小競り合いをするところを狙えばゆっくりと食事を取れることが解ったのだから、その好機を狙わない手はなかった。
    インセクトロン達にとって、これは地球とセイバートロン星の命運をかけた戦争ではない。あくまで自分達が食料を得ることが出来るか、出来ないか。日々の食事を掛けた争奪戦でしかなかった。

    一方で、サウンドウェーブを失い、諜報部隊の要が欠けたデストロンは動揺に包まれていた。部下の代わりは幾らでもいる、とはメガトロンの言だったが、情報参謀であるサウンドウェーブの行方が解らなくなったことは大きな損害だった。
    デストロンはサウンドウェーブを捜索するが、それを阻止するのは皮肉にもサウンドウェーブ自身だ。シャープネルが得意の電磁波で海底基地のスキャナーを操作し、感知不能にさせる間に、サウンドウェーブがデストロン本隊を諜報する。基地の防衛システムを把握しているサウンドウェーブが居れば、それは驚くほど簡単だった。メガトロンもまさか、消息不明のサウンドウェーブが海底基地を諜報しているとは夢にも思わないのだろう。
    おかげでデストロンの動向が手に取るように解る。あとはデストロンの破壊活動、その予定日に合わせて裏でエネルギー強奪をすればいい。
    カセットロンが居ない状態でもこれなのだから、なるほど重宝されるはずだ。

    サウンドウェーブがインセクトロンの兵士として迎えられてから、四日が過ぎた。
    そのうちに解ったことがある。デストロンの情報参謀サウンドウェーブ。それを従えたからにはインセクトロンの戦力もエネルギー強奪の効率も飛躍的に高まると思っていた。それがサウンドウェーブはふいに何かに躓いて転んでいたり、固形にする前のエネルゴンを摂取させたところ、酔い潰れて倒れたり……。何と言い表すべきか、とにかく虫達が思っていたのとは幾分か違った。
    銃の扱いなどは並みの兵士など比にならないのだろうが、未だサイバトロンやデストロンとの交戦がないこともあり、どうにも間の抜けたところばかり目立つ。もちろん、諜報に関しては非の打ち所が無い。しかし、それにしてもメガトロンの依頼で作戦を共にする時、そして同盟を反故ほごにして相対した時の印象とは全く違うように見える。

    セレブロシェルで思考を遮断しているせいかと、インセクトロンに絶対服従することはそのままに、思考や自我を戻してやったが、それでも大して変わらないようだった。話し掛けなければ特に何も話さないし、その返事も別段気の利いたものではない。相変わらずの鉄仮面で、何を考えているのか全く解らない。なんとも面白くない奴だ。
    しかしそのうちに、ボンブシェルはどうやって遊ぶのが正解なのか気が付いた。何か聞いても必要最低限の答えだけを返すサウンドウェーブに、意地悪く質問をし続けてやるのだ。デストロンやサイバトロン共の動向とも、次の作戦とも関係のない話。それもサウンドウェーブ自身の事を話さざるをえないような内容の質問を。ボンブシェルが誰かに振られたとしても適当に流すようなそんな話に対して、サウンドウェーブは排気を詰まらせて答えを考える。本当は答えたくないのだろう。自我は残っていてもインセクトロンの命令に従うことは絶対であり、セレブロシェルの信号には絶対に逆らえないものだから、もたもたと言葉を選びながら答えを返す。それを繰り返していると、よほどのストレスなのか、次第にブレインが過熱して頭部から冷却水を流し始める。
    いつもメガトロンの後ろでインセクトロンに興味も無さそうにしていた鉄仮面、サウンドウェーブがこれほどまでに窮したところは見たことがない。それも、こんな下らないことで必死になって。
    その姿がひどく滑稽こっけいで、たまらなく嗜虐しぎゃく心を煽られてしまう。

    「ボンブシェル、調子に乗って遊びすぎるなよ。そいつのブレインがお釈迦になっちゃ、俺達またメシを食いっぱぐれることになるんだからよ」
    「なぁに、これぐらいの事で壊れたりしねぇよ、キックバック。それに、壊れたら直してやりゃあいいだけの事だ」
    「お前さんがそう言うんなら直せるんだろうがよ。腹ぺこでメガトロンにこき使われるのはもう飽き飽きなんだ」
    「俺だってそうだぜ。これはただインセクトロンの"仲間"として温かく迎えてやってるだけじゃねぇか。お前だって仲間とのお喋りは楽しいよなぁ、サウンドウェーブ」
    「……ハイ」
    「へっ、無理やり言わせてるじゃねぇか」

    今やサウンドウェーブより少し大きい程の体躯になったキックバックは、笑いながらおやつ代わりの小さなエネルゴンキューブをつまむ。サウンドウェーブのもたらした情報と、エネルゴンキューブを製作する能力によって得た上等な食糧だ。

    ここ数日のデストロンは、サウンドウェーブが捕虜にされたのだとして、サイバトロンに攻撃を仕掛けていた。
    根拠もなく、というわけではない。捕えられたあの日、サウンドウェーブは廃鉱はいこう跡の調査を行っているところだった。それもただの廃鉱ではない。サイバトロンが人間達に頼まれて埋め立てた廃鉱だ。廃鉱を潰す時、ちょっとした事故でも起こったのだろう、そこにはお誂え向きにもサイバトロンの徽章きしょうが落ちていた。
    サウンドウェーブが消息を絶った場所に、サイバトロンの徽章が落ちている。誰であっても犯人はサイバトロンだと思うだろう。インセクトロンは謀らずも、いつかの意趣返しが出来たというわけだ。

    両軍はここ数日間言い争い、そして戦闘が続いている。おかげでインセクトロンはその裏をついて、色々な場所でエネルギーを強奪することが出来た。サイバトロンはインセクトロンのエネルギー強奪を阻止したかったようだが、デストロンに足止めを食らってうまく身動きが取れないらしい。しかしそろそろデストロンも、サイバトロンにサウンドウェーブが捕えられていない事に気がつくだろう。
    少し前まで、腹の虫を鳴らしながら眠る場所になっていた根城には、――うっかりと食べすぎなければ――軽食として数日間楽しめる程のエネルゴンキューブが貯蔵されている。数日はゆっくりと息を潜めて、両軍がまた喧嘩を始めるのを待っていてもいいかもしれない。

    今のインセクトロンにとって、サウンドウェーブの存在は大きい。
    少なくともキックバックとシャープネルには、便利なメシの種であるサウンドウェーブを、インセクトロンなりにではあるが、丁重に扱ってやろうという心持ちがいくらかあった。
    しかし、ボンブシェルだけはどうしてもサウンドウェーブに質の悪い嫌がらせを仕掛けて面白がることをやめられないようだ。食い意地の張ったボンブシェルがメシの種をぞんざいに扱うのはなぜか。二匹は不思議に思っていたが、シャープネルはふと思いついて口に出す。

    「そうかそうか、ボンブシェル、ずいぶんとサウンドウェーブにお熱じゃあねえか」
    「はあ?」
    「ガキみたいにちょっかい出してないで、さっさと接続でも何でもしちまえよ。誰も文句なんざ言わねぇぜ」
    「馬鹿言うな。誰がこんな鉄仮面と……。うん?いや、面白い事を思い付いたかもしれねぇぞ、シャープネル」
    「あぁ?何の事だよ」

    満足そうに頷き始めるボンブシェルに、シャープネルは首を捻った。心理工作兵であるボンブシェルは、他機の心を弄ぶ事を愉楽としている。セレブロシェルで操ることはもちろん、そうでない者に対しても、口八丁手八丁でいたずらに他機を翻弄しては、それに怒ったり落ち込んだり、時には絶望の淵に立たされる様を見て面白がった。

    デストロンもそのうちにはサウンドウェーブを奪ったのがインセクトロンだという事に気が付くだろう。そうすればメガトロンも以前のようにプライドを捨てて、サイバトロンと協力でもしてインセクトロンからサウンドウェーブを奪還するかもしれない。
    ならばデストロンへ戻った後のサウンドウェーブに対して、"仲間"として心ばかりの贈り物を仕込んで置くのも悪くない。

    「んん、なかなか良い考えだ」

    ボンブシェルは独りごちる。
    セレブロシェルで操っている間のメモリーを記憶回路に残すか消すかは基本的にはボンブシェルの裁量で決まる。しかしアイアンマウンテンコンピューター基地でのメモリーは、一度に大量のデストロンを操っていたせいで負荷が高く、力を失った時、全て消えてしまったようだった。ボンブシェルはデストロンに奪還された後のサウンドウェーブに、今度こそ"楽しい思い出"を残してやろうというのだ。

    「シャープネルの奴、なかなか良いことを言う。サウンドウェーブが正気に戻った時、俺に恋慕していた記憶が残っていたらさぞ屈辱的なことだろうよ」

    ボンブシェルはかねてから、サウンドウェーブをいけ好かない奴だと思っていた。不当な報酬しか寄越さないメガトロンも気に入らないが、その横に立つ鉄仮面も同じくらい気に入らなかった。インセクトロンを侮っているであろうにもかかわらず、心の隙は見せようとしない。それどころか、ちょっとした感情すら見せやしない。横で作業をするサウンドウェーブに対して、気の良いふりをして話し掛けようが、怒らせようと煽ろうが、どう接しようと殆ど反応が変わらないのだ。小さな隙に付け入って弄ぶことを愉しみとしているボンブシェルにとって、退屈な仕事の合間の息抜きすら許されないのは窮屈で仕方がなかった。
    しかし、こういう者の心の隙を見つけるか作り出すかして、そこを揺さぶって、自尊心を傷付けることが出来れば、たまらなく面白くなることをボンブシェルは知っている。どうにかして、この無愛想で面白味のない機体が本性を露にするところを見てみたい。
    サウンドウェーブが正気に戻った時、記憶回路にみっともなくボンブシェルに愛を乞う自分の姿が残っていたら、どんな反応をするだろう。狼狽ろうばいするのか、怒るのか、嘆くのか、それとも憎しみを抱くのか。何か強い感情を引き起こせたなら、ついにこの鉄仮面にも隙が出来るはずだ。

    ――ボンブシェルが思惑を持ってセレブロシェルの信号を変更してから、二日が経っていた。

    「……おかしい。何も変わった事がありゃしねぇ」

    セレブロシェルが機能しなくなったのかと訝しんだが、相変わらずインセクトロンの言うことは聞くし、セレブロシェルからの信号を変えれば最初のように、何も言わず何も考えず、ただ言うことを聞くだけの操り人形にすることも出来た。
    しかしセレブロシェルがいくら信号を送っても、サウンドウェーブがボンブシェルに恋い焦がれているようにはとても見えない。
    今、サウンドウェーブは、インセクトロンに絶対服従という指令と、元々インセクトロンに所属していて、三匹は上官であるということ。そしてサウンドウェーブはボンブシェルに恋慕している……その他幾らかの記憶回路の改竄かいざんを受けている。だが、インセクトロンを上官として仰ぐ以外には何も変化がないのだ。恋慕しているはずのボンブシェルに対して態度が変わることもない。暫くは様子を見ていたが、ボンブシェルはいい加減我慢が出来なくなった。

    「サウンドウェーブ」
    「ハイ」
    「……お前、俺のこと好きだよな?」
    「ハイ」

    何とも間抜けな質問をした。と渋い顔になるボンブシェル。違う。サウンドウェーブに屈辱的な記憶を残してやるんだ。喜劇をやりたい訳じゃあない。何と聞くべきか。ボンブシェルは、サウンドウェーブにとって言いたくないであろう、恋人に甘く囁くような言葉を引き出すにはどう問うべきか考えあぐねた。そもそも、この朴念仁ぼくねんじんがそんな言葉を発することがあるのか?どんな状況で?何と聞けばそれが返ってくる?全く想像がつかない。

    「あー……、俺のことをどう思っているか言ってみろ」
    「貴方ハ俺ノ上官ダ」
    「そうじゃねぇ。いや、そうなんだが……。ほら、えぇと、俺のことをどう好きなんだ!?」
    「……」
    「……あ」

    具体的な言葉がさっぱり思い浮かばず、苛立って声を荒げたところで、根城の奥から出てきたキックバックと視線が合った。……変な空気が流れた気がする。
    仲間が面倒な恋人のような質問をしているところを見掛けてしまったキックバックは、何も言わず、からかうでもなく、気を遣ってやったんだから感謝しろとでも言うように口の端を上げて見せ、トランスフォームしてどこかへ出掛けていった。
    クソ……、あいつ絶対に勘違いしてやがる……。
    追って訂正するほどの事でもないが、腑に落ちない。ボンブシェルがキックバックに気を取られている間も、サウンドウェーブは何か考えている様子で、暫くの沈黙の後、首を傾げた。こんな風に感情が解るような仕草をするのは珍しい。ボンブシェルはしげしげとサウンドウェーブを見る。

    「……解ラナイ。解ラナイガ、好キダト認識シテイル」
    「なら、もっと何か無いのかよ?」
    「何カ……、トハ?」
    「あぁ?だから、例えば、接続したいとか……。えー……、とにかく何かあるもんだろ!何かしたいと思わねぇのか?」

    サウンドウェーブは、しんと押し黙った。
    また何か考えているのか?何をしたいのか、そんなにも考えないと思い付かないのか?こいつは普段、どんな思考回路をしているんだ……?ボンブシェルの中で、サウンドウェーブに対する謎が深まってゆく。

    「……。俺ノ情報収集ト、エネルゴンキューブヲ作ル能力ハ、エネルギー消費の激シイ我ガ軍ニ、必要不可欠ダ」
    「は?まあ、そりゃそうだが……」
    「ツマリ、好悪ニ関係ナク、俺ガ必要ダ」
    「……? 何の話をしてやがる」

    こいつの考えることは、わけが解らない。どうして、好きな相手と何をしたいかと聞かれて、自分の必要性を説き始める?もしかすると、キックバックが言うように、サウンドウェーブで遊びすぎてブレインがおかしくなったのかもしれない。ボンブシェルは、やっちまった、面倒だ。と後悔しながら排気する。

    「俺ハ、貴方ガ何時、何ヲシテイルカ把握シテイル。他機ニ知ラレタク無イデアロウ事モ、全テ」
    「……何だと?」

    一瞬で空気が変わったような気がした。
    サウンドウェーブは、ボンブシェルを諜報している。
    いつの間に?一体なぜ?
    セレブロシェルは今も問題なく機能している。自我があるとはいえ、サウンドウェーブはインセクトロンに反抗することも、危害を加えることも、不信感を持つことすらも出来ないはずだ。
    機体にじわり、と嫌な汗が……いや、冷却水が滲む。

    「ソウデナクトモ、此処インセクトロンの根城ノ正確ナ座標…内部ノ構造……、ソレラハ サイバトロン ドコロカ、デストロン本隊ニスラ 知レタラ困ルダロウ」
    「何のつもりだ」
    「何モ。タダ、俺ハ重要ナ秘密ヲ握ッテイル。ソシテ貴方ハ、俺ヲ絶対ニ排除スル事ガ出来ナイ。……ソノ事実ガ有ルダケダ」

    ――これは、紛れもなく脅迫だ。
    淡々と続けるサウンドウェーブに、ボンブシェルの背筋が冷える。
    ただ心を弄んでやろうとしたつもりだった。要求が愛の言葉でも接続でも何でも、サウンドウェーブの要求をつっぱねてやって、みっともなく縋りついてくる所でも記憶させてやろうと思っていた。
    全くの予想外だ。彼の愚鈍ともいえる姿を見たことで油断していた。サウンドウェーブは優秀な諜報員で、デストロンの情報参謀。軍の為に情報を集め、作戦を円滑に進める為にはその情報を使って、同胞さえも脅迫することがある。そんな機体が誰かに恋をした時、成就させるためのその手段が脅迫かもしれないとなぜ思い至らなかったのか。
    セレブロシェルで操っているのだから、全てはボンブシェルの手の内にある。脅威ではない。それが解っていても、目の前の機体が突然さっきまでと違う異質なものに感じられて、いつもの鉄仮面がボンブシェルを嘲笑っているように見えた。
    しかし、ボンブシェルにはその得体の知れぬものとしてオプティックに映るサウンドウェーブがもたらす寒気以上に、彼の欲求の矛先が気になって仕方がなくなった。サウンドウェーブは恋い焦がれる相手に何を求めるのか。それがどうしても知りたくなってきた。愛の言葉を乞うのか、接続を求めるのか、それとも他の何かを欲するのか。
    その鉄仮面の下にあるのは何だ?

    「……それで、俺に何をしろって?」

    胸のうちの期待を隠し、落ち着いた声音で問う。ごくり、と口内のオイルを飲み込んで、ボンブシェルは無意識にオプティックを細めた。

    「俺ハ、コノ状態ヲ至上ト感ジテイル。従ッテ、他ニ何カヲ求メル必要ハ無イ」

    ……他に何かを求める必要はない?つまり、つまり……、どういうことだ?予想外の答えに、ボンブシェルは唖然とする。

    「……はぁ!?脅かしといて何もねぇってのかよ!?」

    一体どういう事なのか、ボンブシェルには理解出来なかった。何かを求めるものだとばかり思っていた。やっとサウンドウェーブの心のやわらかいところを抉って、弄ぶことが出来ると思っていた。それなのに、とんだ肩透かしだ!

    「脅カシタツモリハ無イ」
    「デストロンにここを教えるだの、俺の秘密を知ってるだの!それが脅しじゃねぇってのか!?」
    「デストロンハ同盟者ダガ、脅威デモ有ル。拠点ノ場所ヲ教エル筈ガ無イ。ソレニ俺ハ秘密ヲ知ッテイルダケデ満足ダ。洩ラスツモリハ無イ」

    サウンドウェーブは相変わらず淡々と続ける。諜報の結果を報告するように、そこに何の感情もないかのように。
    脅迫だと真面目に受け取ったのが馬鹿らしくなった。さっきまでの寒気も期待もすっかり凪いで、気の抜けたボンブシェルは大きく排気して、当たり散らすようにサウンドウェーブのカセット窓をカンと音を立てて小突く。

    「……ハア~~ッ、色恋の話をしてるってのにワルい顔しやがってよ!お前にゃ色気ってモンがねぇのか!?」
    「甘ク囁イタ ツモリダ」
    「あぁ!?どこが甘いってんだ」
    「俺ハ通常、自分ノ情報ヲ開示シナイ。何気ナイ好悪ノ話デスラ、致命的ナ弱味ニ繋ガル。俺ニトッテ手ノ内ヲ見セル事ハ、急所ヲ晒ス事ニ等シイ。コレ以上ニ好意ノ伝ワル言動ハ無イダロウ」
    「ああ、そうかい!」

    それで質問をするとあんなに冷却水をだらだら流していやがったのか。ボンブシェルは思い返して納得する。そういえば、恋慕するようセレブロシェルの信号を変えてから、以前より流暢に喋るようになったかもしれない。これが警戒心の無い状態なのだろうか。
    落ち着いて考えてみると、先ほどまで脅迫だと思っていた、相手の行動や秘密を把握することは、サウンドウェーブにとって興味の対象への強い関心の表れでもあるのかもしれない。とすると、それで満足だというのは、全てを把握することで、相手を擬似的に自分の支配下に置いている状態だという認識なのか……?諜報員としての気質が嗜好も兼ねているとは、なんとも厄介な奴だ。
    そこまで考えて、ふと気付く。

    「おい、記憶を消すしかなくなったじゃねぇか!」
    「何ノ話ダ」
    「何でもねえ!めんどくせぇ趣味しやがって……」

    元々これは、デストロンにサウンドウェーブを奪還された場合のイースターエッグ、つまりちょっとした嫌がらせ――もとい悪戯いたずらとして、サウンドウェーブにとって不愉快な記憶を残すための仕込みだった。だが、必要以上に知られてしまったからには記憶を残しておく訳にはいかない。セレブロシェルが機能しなくなるか、摘出されるその一瞬のうちに都合の悪い一部分だけ消して、都合の良い一部分だけを残すことは、どうしても難しい。出来たとしても、消去したメモリーが復元できる状態で残ってしまう可能性が高いのだ。
    しかし今、サウンドウェーブの鉄仮面の隙間を、ほんの少し覗いたような心地がした。良い兆候ちょうこうだ。
    もしもさっきの、サウンドウェーブが相手の全てを把握して支配下に置いている状態を満足のいくところとしている、という推測が合っているのなら、案外とこいつは執着心の強い機体なのかもしれない。だったらきっとどこかに大きな隙がある。
    ――やろうと思えばセレブロシェルで、その思考の全てを言葉にさせることも出来る。けれども、それでは達成感がない。どうしてやるのが一番面白いのか。ボンブシェルは頭を悩ませて、……そして腹をさする。

    「……小腹が減ったな。サウンドウェーブ、お前も食っとけ」
    「了解」

    ボンブシェルの言葉で察し、根城の奥からエネルゴンキューブを抱えて戻って来たサウンドウェーブは、大きいキューブをボンブシェルに渡す。手元に残った、切り分けて小さく加工してあるキューブひとつがサウンドウェーブの分け前である。何も虫達が食糧を分け与えるのを渋ったわけではない。インセクトロンは燃料消費率が悪いため、一般的な機械生命体に比べてエネルギー摂取の必要量が多い。小分けにして摂取するならその頻度は高くなる。サウンドウェーブがそれに合わせてエネルギーを補充するのであれば、一回分が少なく済むというだけのことだ。
    木々は木々の味わいがあって、それはそれで旨いのだがいかんせん腹持ちが悪い。エネルゴンキューブは、精製元のエネルギーで味や食感が変わるが、凝縮してあるぶん濃厚な味わいが楽しめる。口に含む前から、なんとも良い香りが漂ってきた。手に持った感触はしっかりとしていても、かぶり付けば果実のように柔らかく、咀嚼すると口内でとろりと溶けてゆく。これはどこから盗ってきたエネルギーだったか。格別のご馳走だ。

    「お前さんはそんだけありゃあ動けるんだから、全く羨ましいこった」
    「ソウカ」

    サウンドウェーブのオプティックと同じ色をしたエネルゴンキューブをかじり、味わいながら何ともなしに話し掛ける。ボンブシェルは今、サウンドウェーブの上官だというのに、返ってきたのは相変わらずの素っ気ない相づちだ。こいつにはそもそも、おべっかを使って会話を盛り上げる、という発想がないのかもしれない。しかし今のボンブシェルには、ろくでもないおべんちゃらを並べられるよりは、こっちの方がずっと良いように思えた。
    便利な道具兼おもちゃのつもりだったが、兵隊蟻くらいには考えてやってもいいかもしれない。……どう見たってこいつは虫じゃあないが。
    たった六日の間手元に置いているだけだが、考えてみれば今までセレブロシェルで操った者は、その場その場で使い捨ててきた。道具も長く使えば多少の愛着が湧くものだ。自分は決してこの鉄仮面に絆されているわけではない。
    ボンブシェルは八つ当たりするようにサウンドウェーブの脛を蹴った。

    「何ダ」
    「何でもねぇ」

    ――こんなことじゃあ平和ボケしそうだと思っていたが、次の日にはそれは杞憂だと思い知らされた。
    サウンドウェーブの聴音回路が、サイバトロン共の足音を察知した。どうやったのかはとんと見当がつかないが、根城の場所を勘づかれたらしい。根城の奥には入り組んだ通路があり、別の出口に繋がっている。少し前までならばここを放棄して逃げたかもしれない。だが、今ここはエネルゴンキューブの貯蔵庫も兼ねている。出来ればサイバトロンを蹴散らし、退かせて、その間に別の拠点へ運び出したい。
    すぐさま迎撃体勢を取る。今の俺達なら、むやみにサイバトロンを間引きすぎて、メガトロンの追い風にならないように気を付ける必要さえあるかもしれない。今ならこれは自信過剰ではない。ただの事実だ。
    ボンブシェルは外の様子を窺い、そして二匹へ合図を送る。インセクトロンは遮蔽物を確認し、根城へ向かうサイバトロンを囲うよう、弧を描き展開する陣形を取った。

    「サウンドウェーブ!射撃開始しろ!」
    「了解、ボンブシェル様」

    未だ攻撃準備が出来ていなかったとみえる、サイバトロン共がどよめく。
    先手を取った。いい調子だ。不意打ちで一体でも動けなくしてやれば、それだけで相手の士気は下がる。
    サウンドウェーブはボンブシェルの命で射撃の為に振動ブラスターガンを構え、そしてもう片方の腕を上げたかと思うと――なぜかその動きが止まった。隙だらけのその姿は格好の的と言っていい。動揺していたサイバトロンも、アイアンハイドの、撃て!という号令と共に、銃口を一斉にサウンドウェーブへ集中させる。

    「あいつ、何をやってやがる!?」

    近くに居たシャープネルが、飛び込むようにサウンドウェーブを抱えて遮蔽物の裏へ雪崩れ込む。何やら解らないが、被弾は回避したらしい。ボンブシェルがサイバトロンへ射撃しながら、ちらと横目で確認すると、サウンドウェーブは何事も無かったように攻撃を開始していた。さっきのは一体何だったのか。引っ掛かりを感じるが、今は戦闘が最優先だ。ボンブシェルは迫撃砲を放ち、他の二匹に目配せをしてトランスフォームする。
    昆虫モードで空からサイバトロンを見やると、隊列の中のどこにもコンボイが居ないことを確認出来た。そうだ、さっきからアイアンハイドが指揮をとっている。頭数も予想よりずっと少ない。陽動の可能性も頭を過ったが、それにしては事が起こるのがあまりに遅い。これは陽動隊じゃあない、本隊だ。
    サイバトロンめ、インセクトロンを侮ったか。
    ふん、と鼻先で笑うと空中から派手に爆撃してやる。サイバトロンの注意は、面白いようにボンブシェルへ集中した。この森はインセクトロンの庭のようなものだ。それも、根城の側で交戦しようなんざ、俺達も舐められたもんだ。
    爆撃を投下する位置を調節して、サイバトロン共が一ヶ所に固まるように誘導する。その間、サウンドウェーブは正面からの射撃を続け、サイバトロンは行き場を失っていく。木々に紛れ左右に大きく展開したキックバックとシャープネルが、挟撃の形でサイバトロン共の横っ腹に銃弾を撃ち込んだ。
    ――残念ながら兵士の一体も仕留められなかったが、幾らかリペアが必要な傷は負わせてやった。
    スモークスクリーンがお得意の煙幕作戦でインセクトロンの視界を遮り、サイバトロンは退いていく。
    インセクトロンがこれほどまでにエネルギーを蓄えて力をつけているとは、調べが付いていなかったのだろう。偵察の最中、偶然にも根城を見付けただけだったのかもしれない。それならばコンボイが見当たらなかったのも、頭数が少なかったことにも納得がいく。

    退かせることが目的だったのだから、こちらとしては万々歳だ。援軍を連れて戻ってくる前に、急いで別の拠点へエネルゴンキューブを運ばなくては。
    元々インセクトロン達は、いくつかの拠点を持っている。それは田畑がある場所の側であったり、鬱蒼うっそうとした森林の奥深くであったり、崖の上の険しい場所であったり、様々だ。ひとつ使えなくなったとしても、別の拠点へ本拠を移せばいい。しかしあれは、放棄するには惜しい、良い根城だった。
    しんみりする暇もなく、三匹と一機は新たな根城へエネルゴンキューブをせかせかと運び入れる。森の中にひっそりと佇む、広い洞穴の中はひんやりとして涼しい。戦闘で昂った気分も少しは落ち着くというものだ。デストロンにぶつける為にサイバトロンを生かしておく、そういう算段だったはずが、上手くやれば二体は破壊出来たと、少しばかり後悔の念が湧いてくる。頭で考えた作戦と、有り余る力とが噛み合わず、ちぐはぐになってどうにもいけねえ。この力にもその内には馴れるだろうが……。ボンブシェルは頭をかぶる。
    一息ついたところでサウンドウェーブが寄ってきた。

    「何だ?またサイバトロン共が来たなんて言うなよ」
    「違ウ。リペアヲ、頼ミタイ」
    「怪我でもしたか」
    「怪我ハ無イ。シカシ、何カガ オカシイ」
    「ああ?何かって、何だ?」

    要領を得ないサウンドウェーブを訝しむように見据える。何も変わった所はないように見えるが、しかし、先の戦闘でおかしな動きをしていた。あれの事か?

    「射撃ヲ命ジラレタ時、発砲ト同時ニ、"何カ"ヲ行オウトシテ、動ケナクナッタ」
    「……"何か"、か」
    「何ナノカ、俺ニモ解ラナイ。自己診断デハ、異常ハ無イガ……」

    言われてみれば、ボンブシェルには心当たりがあった。
    それは、サウンドウェーブの攻撃の要、カセットロンのイジェクトだ。
    今のサウンドウェーブには、胸のハッチにカセットロンが一体も控えていない。それを狙って襲ったのだから当たり前だ。けれども今、自我を持たせている状態のサウンドウェーブがカセットロンの居ないことに疑問を抱かないはずはない。その為、ボンブシェルはサウンドウェーブのカセットロンに関する記憶にロックをかけた。しかし、長年機体に染み着いた動作は、ロックを掛けた記憶と関係なく戦闘開始をトリガーに呼び起こされ、サウンドウェーブのブレインを混乱させ、数秒間フリーズさせてしまったのだ。
    エネルギーに満ちた今のボンブシェルならば、複数の機体を同時に操る力がある。サウンドウェーブを使ってカセットロンを誘き出し、セレブロシェルで操ることも可能だろう。そうすればサウンドウェーブだけでなく、その一班、全てを手に入れる事が出来る。けれど、カセットロンを一体でも逃したらどうだ。サウンドウェーブがインセクトロンに捕らわれていると、デストロンに露見してしまう。メガトロンに、サウンドウェーブが消息を絶ったのは、インセクトロンの謀略だったと知られるのは、なるべく遅い方がいい。そう判断した。
    アイアンマウンテンコンピューター基地では、欲を出して全てを失ったのだ。今度こそは上手く立ち回ってみせる。
    ボンブシェルはサウンドウェーブの腰に手を回し、大袈裟なほど心配そうな声を出して寝床へ連れてゆく。

    「そりゃあ大変じゃねえか!よおし、俺が診てやる。ちょっとの間電源を落としな。なぁに、心配は要らねえ。起きたら全部良くなってるからよ」
    「了解、ボンブシェル様」

    促されるまま横たわるサウンドウェーブのオプティックが光を失うと、ボンブシェルは目の前の機体が無防備な姿を晒していることがおかしくて堪らなくなった。セレブロシェルが埋め込まれたままの、サウンドウェーブの頭部を撫でてやる。あれほど気に食わなかった鉄仮面でも、支配下に置いてこうも素直に動くようになるとかわいく思えてくるのだから不思議だ。

    「お前さんの言う通りだぜ、サウンドウェーブ。情報なんか開示するもんじゃねぇな。黙ってりゃ、そのうち何か思い出せたかもしれねえのに」

    記憶回路の改竄という名のリペア完了後、サウンドウェーブは少しの間ぼんやりとしているようだった。機体の再起動と共にブレインが記憶回路を整理しているのだろう。セレブロシェルの信号によって都合の悪い所にロックを掛け、インセクトロンにとって都合の良いように改竄された記憶回路は、不安定なバランスで何とか整合性を保とうとしている。
    目の前の哀れな機体は、煮ても焼いても食えなかった以前の鉄仮面とは違い、ボンブシェルの掌の上に大人しく収まっている。うすら寒いような恐ろしさも、もう感じない。

    ――愉快だ。いや、とても愉快なはずだ。それなのに、何か物足りない。

    「気分はどうだ、サウンドウェーブ」
    「……、少シ、処理能力ガ、落チテイル……」
    「安定するまで、ちょいとばかり掛かるかもな」
    「了解シタ」

    エネルゴン色のオプティックが、ボンブシェルを捉えている。それはまるで、寄る辺のない者の不安な視線のように見えて、何となく居心地が悪かった。普段のボンブシェルならば、こんな風に他機を見る奴は絶好のおもちゃになると、機嫌良く嗤っただろう。しかし、今はなぜかアイセンサーを逸らしたくなった。全て思い通りに運んでいる筈が、なぜか面白くなかった。
    何がいけない?
    ボンブシェルにはその理由が見つけられなかった。

    ――悪いことは重なるもので、新しい根城である洞穴に、爆発音と共に聞き覚えのある怒声が響く。

    「ゴキブリ共!貴様らに勝ち目はない、さっさと降伏しろ!!」

    外を盗み見れば声の主であるメガトロン、そしてスタースクリーム、サンダークラッカー、スカイワープ。それと、カセットロン部隊が揃っている。おそらくはサイバトロンとの交戦をカセットロンが見ていて、拠点まで追って来て場所を特定したのだろう。
    ……であれば、サウンドウェーブの件もとっくに露見しているはずだ。出し惜しみはしない。戦力として使う。

    「サウンドウェーブ!戦闘だ、交戦用意!!」
    「了解、ボンブシェル様」

    メガトロンが最前線に構えている。流石にアイアンマウンテンコンピューター基地での失敗を繰り返すような馬鹿ではないらしい。伊達に大将をやっているわけではないということか。メガトロンには不意討ちであろうとセレブロシェルを撃ち込むことが出来なかった。もしもセレブロシェルを破壊されればボンブシェルに手痛いダメージが返ってくる。思ったよりデストロンの頭数が少ないのは、多すぎるとメガトロンがカバーしきれず"敵兵"を増やすことになるから、といったところか。これでは迂闊にセレブロシェルを使えない。

    「メガトロン、連絡も寄越さずに家に上がろうなんてのは不躾ぶしつけにも程があるぜ!」
    「虫けらを駆除するのに連絡が要るものか!」

    遮蔽物に張り付き、様子を探る。後手に回ったせいで根城の入り口を塞ぐように囲まれていた。入り口には岩やら臨時基地の戦闘跡から拾ってきた合金やらで遮蔽物を作ってあるが、これだけで戦い続けることは難しいだろう。
    エネルギーを得た身体は普段とは段違いのパワーがある。相手がこの頭数なら、インセクトロン全員で飛び出して行っても勝機はあるだろうが、出入り口を抑えられているとなると危険も大きい。ボンブシェルは頭を悩ませる。それに応えるように空は陰り、雨がぱらつく。
    ――また運が向いてきた。インセクトロンには絶好の日和だ。

    「おい、一丁頼むぜ、シャープネル!」
    「解ってるとも。目立つのは俺の仕事だ。俺のな」

    それを聞いてキックバックは昆虫モードにトランスフォームし、根城の奥へと跳ねてゆく。シャープネルがソーラービームガンを構え、雷を集積し始めた。お得意のサンダーアタックを披露しようというわけだ。しかしなにもこの一撃で終わらせられるとは思っていない。銃撃と、派手な雷撃でメガトロン共の目を引いて、その間にキックバックが根城の奥の抜け穴を通って外へ出る。そして側面から不意打ちを仕掛け、隊列を崩す算段だ。一瞬でも先頭のメガトロンの注意がボンブシェルから逸れれば、セレブロシェルでデストロンを操れる。そうすればもう、敵はメガトロン一機のみ。それこそが狙いだ。

    「サウンドウェーブ!ランチャー、はなてえっ!!」
    「了解」

    号令に合わせてサウンドウェーブがエレクトリックランチャーを発射すると、カセットロン達が動揺するのが見えた。こういう悲劇的な場面は大好物だ。気分が乗ってきたボンブシェルは、追い討ちのように自らも迫撃砲を撃ち込む。
    サウンドウェーブの攻撃は想定よりもデストロンの目を引いた。あちらは木々を遮蔽物にして撃ってきているが、おそらくはまだ、キックバックが居ないことには気がついていない。
    シャープネルのサンダーアタックも、もうすぐ集積を完了するはずだ。不意打ちが決まればインセクトロンの勝利は約束されたも同然。そう思った瞬間、遮蔽物ごと爆発が起こる。二匹と一機は弾かれるように森へ投げ出された。

    ――何だ?何が起こった!?

    「虫けらが、調子に乗りおって。誰か、サウンドウェーブを回収しろ!」

    今の爆発は、メガトロンの融合カノン砲だ。まさか遮蔽物とサウンドウェーブごとインセクトロンを吹き飛ばそうとは思ってもいなかった。多少痛むが、エネルギーを蓄えた身体はまだ動く。ボンブシェルが上半身を起こすと、目の前にメガトロンが迫っていた。今のボンブシェルの体躯は、メガトロンと同じ程の大きさまで変わっているはずだ。それなのに、眼前の機体の、この威圧感は何だ。

    「……どうやら動けるのは貴様だけのようだな。ワシの手でバラバラにしてくれるわ」

    メガトロンはゆっくりと融合カノン砲を構えた。雨空で薄暗く、メガトロンの表情はよく解らない。しかし赤いオプティックの光がまっすぐにボンブシェルを射貫いている。セレブロシェルは使えない。視界の端で、倒れたサウンドウェーブへカセットロンが駆けていくのが見える。シャープネルは地面に身体を投げ出したまま、うつ伏せて動かない。気を失っているのか――まずい流れだ。キックバックはまだなのか……!?メガトロンに気圧されて、身体が動かない。それは雨か冷却水か、焦るボンブシェルの顔にだらだらと冷たい水が伝った。

    「へっへ……、そうボンブシェルばかり見てちゃあけるぜ、メガトロン」
    「何!?」

    気を失ったふりをして雷の集積を終えたシャープネルが、横になったそのままで半身をメガトロンに向けていた。反動に備えるようにソーラービームガンを両手で構え、メガトロンへサンダーアタックを放つ。辺りが雷撃の閃光に包まれたのと同時に、キックバックが側面から躍り出て、近くに居たスカイワープをメガトロンの方へ蹴り飛ばす。サンダーアタックの直撃と、スカイワープをぶつけられた衝撃には流石のメガトロンもよろけて、ボンブシェルから視線が外れた。
    起死回生とはこの事!ボンブシェルは確信する。
    ……俺達の勝ちだ!

    しかしセレブロシェルが発射されるその寸前、ボンブシェルの角にジャガーが飛び掛かり、コンドルが空中を旋回しながら射撃でそれを援護する。ジャガーを振り払ううちに一瞬の隙はふいになり、メガトロンは体勢を立て直す。

    「ぐっ!!クソ……!サウンドウェーブ!そのカセットロン共を始末しろ!!」
    「了解、ボンブシェル様」

    ジャガーとコンドルがサウンドウェーブの元へ向かうのが解り、視界の外のサウンドウェーブへ声を張り上げる。命令に応え、振動ブラスターガンを構えた音がした。おそらく既に残りのカセットロン共に取り囲まれているだろう。だが、先程までメガトロンの融合カノン砲の爆発で倒れていたとはいえ、サウンドウェーブならカセットロンの能力や癖、弱点、その全て把握しているのだ。それをいなし、征する事くらいアイセンサーを切っていても出来るはず。ボンブシェルはどうやってメガトロンを始末するか、それだけに集中する。

    「グッ……、ウウ……!」

    ――射撃音と金属同士のぶつかる音。その後のサウンドウェーブの呻き声に慌てて振り返った。オプティックで捉えたサウンドウェーブは、振動ブラスターガンを取り落とし、カセットロンに纏わりつかれて地面に押さえ付けられている。
    一体何をやってる!?ボンブシェルは動揺し、そして重大な事が頭から抜け落ちていたことに気付く。
    サウンドウェーブのカセットロンに関する記憶には全てロックをかけてある。つまり、今のサウンドウェーブにとってカセットロンは未知の機体であり、どんな能力を持って、どんな戦法を取ってくるのか、そのデータを持っていないのと同じ状態だったのだ。
    メガトロンに気を取られすぎて、改竄した記憶のことまで気が回らなかった。とんでもない大ポカだ!!シャープネルとキックバックも、ジェットロン共に手を焼いている。これをひっくり返す一手が何か、何かないのか!?

    「おい、頼んだぜスタースクリーム!サウンドウェーブに怪我させんなよ!」
    「ああ解った解った、しつこいっての、フレンジー。さぁてサウンドウェーブ、とびきり痛いが俺様を恨んでくれるなよ!」
    「グアァ……!!」

    言葉とは裏腹に楽しげな表情で、スタースクリームがサウンドウェーブにナルビームを放った。そのショックでセレブロシェルが機能を停止し、転がり落ちる。先程まで厳しい顔で取り押さえていたカセットロン達が、その表情を和らげてワッとサウンドウェーブを取り囲んだ。
    その光景を、ボンブシェルは見ていることしか出来なかった。拳を握る。今度こそ上手くやるはずだった。今度こそは。

    「おい、逃げるぞボンブシェル!このままじゃエネルギー切れだ!」

    キックバックの声でハッと我に返る。キックバックもシャープネルも、もちろんボンブシェルも、その体躯が小さくなってきている。サイバトロンとの戦闘から続け様にデストロンの強襲。エネルギー消費の激しいインセクトロンが、エネルギー切れを起こさない筈がなかった。ボンブシェルは苦々しい気持ちで昆虫モードにトランスフォームする。座り込んだままのサウンドウェーブのオプティックは、もうエネルゴンの色をしていなかった。ブレインがまだぼんやりとしているのか、飛び去るボンブシェルを見ているのか、周りを囲むカセットロン達を見ているのか、なにも読み取ることが出来ない。

    「……ふん、面白くねえ!」



    ――インセクトロンは、またも窮していた。
    案の定、いつも頭数に困っているメガトロンに虫達が破壊される事はなかった。しかしまた不義理な同盟者の"下請け"に逆戻りだ。労力に見合った報酬が見込めないのは解っているが、腹が減っては動けない。ボンブシェルはメガトロンの要請に従い、今日もまた仕方なく作戦に協力している。

    「……進捗ヲ報告シロ」

    作業部屋に顔を出したのは、サウンドウェーブだ。ボンブシェルがサボっていないか見張りに来たのだろう。今回のボンブシェルは、車を改造して作った頭がスカスカの兵士に、いつかの忍者ロボットのような頭脳をつけられないか。可能ならばその頭脳を量産してほしい。ビルドロンをサポートに付けても良いが、その代わり分け前は減る。……などという、メガトロンからの無茶苦茶な依頼を受けていた。簡単に言うが相当に難しい事なんだぜ、とうんざりしたように言ってやったが、メガトロンにはたっぷりと報酬を与えたうえで作業を減らして楽にしてやろうなどという気はひとつもないらしかった。せめてサウンドウェーブをからかって気晴らしがしたい。

    「元ご主人様に挨拶とは、殊勝な事だな、サウンドウェーブ」
    「黙レ」
    「おーおー、すっかり冷たくなっちまって。ちょいと前までは素直で可愛かったのになァ」
    「働ケ」

    相変わらずの、隙も無駄もない返事だ。セレブロシェルのないサウンドウェーブとの会話は以前と何も変わらないが、不思議と前より快く感じられた。意地悪く質問をして色んな事を無理やり聞き出しただけとはいえ、少しはサウンドウェーブのことを知ったからだろうか。

    「オ前ノ所デ、俺ハ何ヲサセラレテイタ」
    「知らない方が良いぜ」
    「答エロ」
    「なんだい、親切で言ってやったのに。俺らに抱き潰されてたなんて、知りたくなかっただろ?」
    「下ラナイ嘘ダ。戦闘デ受ケタ傷以外、損傷ハ残ッテイナカッタ」
    「ちぇ、騙されねぇのか。つまらねぇなぁ」

    ……こいつは余計な会話をしない。サウンドウェーブの質問の、本当の意図はなんだ?ボンブシェルは軽薄な受け答えをしながら、ブレインをフル稼働させる。

    「ボンブシェル」
    「……何だ」
    「俺ハ、オ前ノ事ガ何故カ気ニナル。ソノ理由ガ知リタイ」
    「さあて、何だろうな」
    「……マタ進捗ヲ確認シニ来ル。サボルナ」
    「へいへい、言われなくてもメシの為だ。やらせてもらうぜ」

    サウンドウェーブが部屋を去る。こちらに視認できる動作で一度振り返った姿を見て、ボンブシェルは確信した。
    ――今のサウンドウェーブが、俺に"情報を開示"するわけがねえ。あいつは何か企んでやがる。
    本当にボンブシェルのことが気になるのなら、サウンドウェーブはそれを決して伝えない。気取られぬよう、遠巻きに様子を見て、おくびにも出さないはずだ。
    作業部屋を覗きに来たのも、おそらくはひっそりとブレインスキャンをしようとしたのだろう。
    だが、ボンブシェルは知っていた。サウンドウェーブのブレインスキャンは、頭部から専用のアンテナを引き出し、対象に向かって特殊な電磁波を送る必要があることを。そしてそれは壁越しに行うことは出来ず、電磁波の送受信範囲内の距離で行わなければならない。その姿を見られたら、ブレインスキャンを行っているとたちどころにバレてしまう。それこそがブレインスキャンの弱点だった。
    だからこそあらかじめ、ボンブシェルは部屋にひとつしかない入り口に向かって作業していたのだ。サウンドウェーブに対して背を向けない為に。
    そしてもうひとつ。対象に触れてブレインから直接データをダウンロードする方法。こちらはデータの容量によるが、暫くの間触れたままでいる必要がある。数分から、数十分。実際に行おうとすると長く、不審に思われず秘密裏に行うのは難しい。尋問じんもんにはたいそう便利な能力だが、同盟者に対して行うのは適当とは言えないだろう。
    ボンブシェルはただ嫌がらせとしてサウンドウェーブを質問責めにしたわけではない。もちろん、面白がっていたというのも間違いではないが。
    自分に対して恋慕をさせて動揺を誘う、という元々の作戦は失敗に終わり、その記憶は消すしかなかった。だが、記憶を消されたサウンドウェーブは、ボンブシェルに手の内を披露したことを忘れている。それを利用してサウンドウェーブの企みを妨害することが出来れば、これこそがデストロンに戻ったサウンドウェーブへの"はなむけ"となるはずだ。

    ……そうだ、俺はずっとこれがやりたかったんだ。
    セレブロシェルで操った人形のようなサウンドウェーブではなく、デストロンの気に食わない鉄仮面のサウンドウェーブ。その仮面を引き剥がして、本性を、動揺を、出来ることなら、自尊心を傷つけられて取り乱す姿を暴き出してやりたい。その時こそ、ついにきっと満たされる。
    ボンブシェルは、今度こそ心が沸き立つのを感じた。それは恋とも厭悪えんおともつかない、いびつな執着だった。


    ――臨時基地の廊下を歩きながら、サウンドウェーブは思案していた。スタースクリームのナルビームでセレブロシェルの機能までもが麻痺した影響か、前回とは違い、記憶回路からメモリーの断片をサルベージ出来たことは、大きな収穫だった。データが潤沢になればセレブロシェルの信号を解析し、その機能を再現する装置を作ることが可能になるかもしれないからだ。その為には多少低劣な絵面であろうが、虫共に道具や小間使いとして扱われる記憶を見ることもいとわない。
    しかし、虫達から受けた扱いは、サウンドウェーブの想定とは違うものだった。意外にも手荒な扱いを受けてはいないということは、機体に戦闘時以外の損傷がなかったことからも窺えたが、それが些細なことに思えるような記録が残っている。あろうことか、サルベージしたメモリーの中のサウンドウェーブは、ボンブシェルを恋い慕うようにプログラムされているのだ。記憶回路から詳細な部分を思い出すことは出来ない。けれども、確かにそう認識させられていたようだ。なぜそんな風にプログラムしたのか、全くもって理解できない。
    一体何が狙いだったのか。良からぬ事を企んでいるのなら、不明瞭なまま済ませることは出来ない。気付かれぬようブレインスキャンをしようとしたが、ボンブシェルの居る作業部屋を覗くと視線がかち合ってしまった。ボンブシェルに手の内は見せられない。サウンドウェーブは仕方なくちょっとした会話をする。

    ……少し会話をしただけだが、もしかすると、いや、しかし……本当にそうなのか?推測に疑問を持ってしまうが、ボンブシェルはもしかすると、俺に気があるのか。

    自身の関わる恋愛だの何だのに関して、察する事が不得手なサウンドウェーブだが、セレブロシェルで恋慕させられていたこと、そして、可愛かっただの抱き潰しただの、これまでのボンブシェルの発言にはみられなかった、およそ自分とはかけ離れた言葉が結び付き、その可能性を思い付く。
    ――ならば、それを利用しない手はない。
    インセクトロンの能力や技能は使い勝手が良く便利だが、一方ですぐに裏切ることがリスクになっていた。ボンブシェルを手玉にとり、裏切ることのない兵士に出来れば、デストロンの追い風になる。今まで、その為には餌が足りなかった。
    エネルゴンキューブには限りがある。サイバトロンにエネルギーの回収を妨害されるせいで、デストロン内の食糧やエネルギーとして使う範囲で手一杯。インセクトロンが満足して尻尾を振るほどの量を回すことは到底出来ない。
    だが、もしも本当にボンブシェルがサウンドウェーブに恋慕しているのであれば、サウンドウェーブが気のあるふりをしてやれば、ボンブシェルは食い付いてくるのではないだろうか。実質的に殆ど対価を払わず、低リスクで働かせることが出来るかもしれない。
    問題は、サウンドウェーブがハニートラップにはおよそ向かない性格をしていることだけだ。しかし失敗したとして、大きなリスクは見あたらないように思える。元より虫共は腹が空けばデストロンの要請に応じるしかなく、気が向かなくなれば簡単に裏切るのだ。それがコントロール出来るようになる可能性があるならば、試してみる価値はある。少し粉をかけるようなことはしてみたが、本当にこれで良いのか判断がつかない。好機を見つけ、ブレインスキャンをして真意を確かめておきたい。しかのちに、罠にかけて手駒にしてやる。
    ――心理工作兵ボンブシェル、今度こそはデストロンに忠義を尽くして貰おうか。


    ボンブシェルの"イースターエッグはなむけ"と、サウンドウェーブの画策。一体どちらに軍配があがるのか。そしてこれから、何が始まり、どう転ぶのか。それはまだ、誰にも解らない。
    しかし暫くの間、ボンブシェルが退屈しないことだけは間違いないだろう。

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    ereply

    DONE初代ブロ音です。
    三部作ですが、ぽいぴくではまとめました。

    ※前後のシーンしかありませんが、合意のない接続を含む内容ですのでご注意ください。

    ※また、今作では機械生命体の接続と、有機生命体の生殖行動を全く別のものとして描いており、全体を通して立場やキャラクターによって倫理観・価値観が違うことを強調している話のため、読む方によっては一部不快に感じる可能性があります。
    ブロードキャスト・エレジー / 初代ブロ音*前後のシーンしかありませんが、合意のない接続(合意のない性行為を思わせる描写)を含む内容ですのでご注意ください。

    *この作品では、機械生命体の接続と有機生命体の生殖行動を、“見た目の類似した別のもの”として書いており、人間と機械生命体との倫理観・価値観は違うという描写をしています。
    また、立場やキャラクターによって倫理観・価値観などが違うことを強調するような話になっておりますので、読む方によっては一部不快に感じる可能性があります。

    ブロードキャスト・エレジー part1
    ――ディスコ、ダンシトロン。華々しい社交の場かと思われたその実態は、労働力や兵士として人間達を意のままに操ろうと企む、デストロンの仕組んだ罠であった。
    49830

    ereply

    DONE初代ボンブシェル→サウンドウェーブ。
    他機の心を弄ぶことを好むボンブシェルが、サウンドウェーブに執着するまでの話。

    前作とはまた別の世界線です。
    退屈を終わらせろ! / 初代虫音 インセクトロンは[[rb:窮 > きゅう]]していた。
    なにも今、突然に起こったことではない。彼らはいつも腹を空かせている。独自に遂げた進化によって、森を食らい、田畑を食らい、どうにかこうにか食い繋いでいるが、腹が膨れたと思い少し動くとまた腹が減るのだからどうしようもなかった。
    インセクトロンに遅れてこの星へやって来たデストロン。そのトップであるメガトロンは、明らかに報酬に見合わない労働をインセクトロンに要求してくる。しかし、いつも腹を空かせているインセクトロンは、頭ではその不義理な同盟者から満足な報酬は望めないことを理解していながら、ご馳走を期待してその依頼に飛び付いてしまうのだ。

    インセクトロン達は、その同盟者から提供された、ノヴァ発電所で食らったエネルギーの事が忘れられなかった。結果的には消化不良を起こしてしまったが、十二分にエネルギーを蓄えて力に満ちた機体は[[rb:溌剌 > はつらつ]]として、本来の力以上のものを発揮することが出来た。インセクトロンの機体は他の機械生命体とは違い、エネルギー残量で身体の大きさが変化する。常に腹が減っているものだから、普段の彼らは小さな[[rb:体躯 > たいく]]をしているのだ。腹が減れば力も出ない。頭も本来ほどは回らない。あの時のように腹を満たした状態でいられたら、その力でもって食べきれない程のエネルギーをかき集めることも、その頭でもって策を巡らすことも出来るはずだ。
    23894

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    ereply

    DONE初代ボンブシェル→サウンドウェーブ。
    他機の心を弄ぶことを好むボンブシェルが、サウンドウェーブに執着するまでの話。

    前作とはまた別の世界線です。
    退屈を終わらせろ! / 初代虫音 インセクトロンは[[rb:窮 > きゅう]]していた。
    なにも今、突然に起こったことではない。彼らはいつも腹を空かせている。独自に遂げた進化によって、森を食らい、田畑を食らい、どうにかこうにか食い繋いでいるが、腹が膨れたと思い少し動くとまた腹が減るのだからどうしようもなかった。
    インセクトロンに遅れてこの星へやって来たデストロン。そのトップであるメガトロンは、明らかに報酬に見合わない労働をインセクトロンに要求してくる。しかし、いつも腹を空かせているインセクトロンは、頭ではその不義理な同盟者から満足な報酬は望めないことを理解していながら、ご馳走を期待してその依頼に飛び付いてしまうのだ。

    インセクトロン達は、その同盟者から提供された、ノヴァ発電所で食らったエネルギーの事が忘れられなかった。結果的には消化不良を起こしてしまったが、十二分にエネルギーを蓄えて力に満ちた機体は[[rb:溌剌 > はつらつ]]として、本来の力以上のものを発揮することが出来た。インセクトロンの機体は他の機械生命体とは違い、エネルギー残量で身体の大きさが変化する。常に腹が減っているものだから、普段の彼らは小さな[[rb:体躯 > たいく]]をしているのだ。腹が減れば力も出ない。頭も本来ほどは回らない。あの時のように腹を満たした状態でいられたら、その力でもって食べきれない程のエネルギーをかき集めることも、その頭でもって策を巡らすことも出来るはずだ。
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