"特記事項7"子供の頃、一冊の絵本を読んだ。
主人公の少年は、夜空から落ちてきて迷子になってしまった星と出会った。家に帰りたいと泣く星のために、少年は大冒険に出る。クジラやコウモリ、そしてフクロウ……。様々な動物に知恵を貸してもらって、最後には無事に星を空に帰すことができた。そういう話。
どこにでもあるようなありふれた内容……だけど、
「本気で憧れちゃったんだ、俺」
小さくため息をつきながら、そう呟いた。
二人きりの展望ラウンジ。隣では、シロイルカのオトメが興味深そうに話を聞いてくれている。
「星と話ができて、一緒に冒険をして……そんな主人公に憧れた。なんでかはよくわかんないけど、そりゃもうめちゃくちゃに」
「キュワ〜……!ルチルさん、ほんとにその絵本が好きなんですね!」
「好きなんてもんじゃ済まないよ。それに影響されて天文学者目指してるんだし。……でもさ」
一呼吸置いてから続ける。
「……馬鹿みたいだよね。絵本なんかに憧れて」
「え……?」
戸惑ったような声で聞き返すオトメ。そんな様子に思わず苦笑してしまう。
「だってそうだろ。星と話してみたいです〜なんて絵空事を、この歳になってもまだ本気で言ってんだよ?」
「……馬鹿みたいだなんて、そんなこと……」
「俺の両親もさ。最初は見守ってくれてたけど、俺がいつまで経っても星と話したい、話したいって言うもんだから気味悪がって...…結局、16の時に勘当されちゃった」
「…...カンドウ、って?」
「縁切り。簡単に言えば、捨てられたってこと」
そう答えると、オトメは俯いて黙り込んでしまった。どんな言葉をかけようかと一生懸命思案している雰囲気が伝わってくる。優しい彼女のことだ、なんとか慰めようとしてくれているのだろう。
「……時々思うんだ。いつまでも馬鹿なこと言ってないで、別の道を行くべきなんじゃないかって。どうせ星と会話なんかできやしないんだから、諦めた方がいいんじゃないか、って」
オトメはまだ黙ったままだ。困らせるようなことを言っている自覚はあるので、とりあえず謝ろうと口を開く。
「……ごめん、変な話聞かせちゃって。もう遅い時間だし、そろそろ部屋に……」
「……そんなの、ダメです」
「え?」
今度はこちらが聞き返す番だった。彼女の顔を見やれば、その悲しげな瞳と目が合う。
「そんなこと言うなんて、ルチルさんらしくないの……」
「……オトメ」
「あたし、ナダに帰ったらヨシカドさんに聞いてみます。お星さまとおはなしすることって出来ますか、って。ヨシカドさんなら、きっと一緒に考えてくれると思うの。だから...…だから、諦めないでほしいです」
諦めないで。その言葉を頭の中で反芻する。
今まで誰にも理解されなかった自分の夢。彼女はそれを否定しない上に寄り添ってくれようとしてくれているのだ。
なんだか目頭が熱くなってきてしまって、慌てて目元を手で覆い隠した。
「ムキュ...…ルチルさん、泣いてるの?」
心配そうに顔を覗き込んでくるオトメを安心させるように、首を小さく横に振ってみせた。
そして徐に彼女の方へ手を伸ばし……
─────パチン。
「.....あぁもう。こんなの、早く終わらせなきゃなぁ......」
ぽつりと呟かれたその言葉は、誰の耳にも届くことはなかった。