魔法のカバン厄災による任務も、魔法使いたちの喧嘩もない穏やかな昼下がり。魔法舎をのんびりと歩いていた晶は、談話室から聞こえてくる騒がしい声に気が付いて、顔を出してみることにした。談話室にはカイン、クロエ、オーエンがいて、喧嘩というほどではないけれど何か揉めているようで、晶は少しだけ不安になる。
「あの、どうしたんでしょうか?」
「その声は晶か?」
カインが朗らかに晶に向けて手を掲げるので、晶は少しほっとしてその手に触れる。晶が見えるようになったカインは、半月型の小さなカバンを見せてくれた。色とりどりのビーズが取り付けられていて、日に当たるとキラキラ光る。生地に刺繍されている独特な模様とそのビーズが良く似合っていた。
「賢者様、それ俺が作ったんだ、かわいいでしょう。街で砂漠からきた商人からこの生地とビーズを買ったんだ!彼らの生まれ故郷の刺繍も教えてもらったから生地に縫い込んでみた!」
「へえ!すごいですね!本当にかわいい」
「賢者様の分もあるからね!」
クロエはどこからかもう一つ、色合いが異なる同じサイズのカバンを取り出して晶に渡してくる。そのカバンには空が溶けたような色合いの大きいビーズがいくつも付いていて、宝石が埋め込まれているようにも見えた。刺繍の色合いも、カインのものと少し異なっていて、夜明けのような色の糸が縫い込まれていた。
「もらっていいんですか!ありがとうございます!」
「たくさん買っちゃったから、みんなをイメージして作ってみたんだ。もらってくれると俺もうれしい」
晶がカバンを肩にかけてみると、クロエがひとりひとりの身体に合わせて作ったからなのか、脇腹のちょうどいいところに収まった。まるで昔からこのカバンを使っていたかのように身体に馴染んでいる。カインも嬉しそうに自分の身体にフィットしているカバンを撫でていた。
そこで面白くなさそうに三人を見ていたのがオーエンだった。オーエンはカバンを持っていないことに晶は気が付いた。クロエが作っていないはずがないのだけど、とカインとクロエを見ると、二人とも少し眉を下げて困ったような顔をする。
「おまえももらったらいいじゃないか、オーエン」
「はあ?騎士様とおそろいなんて、絶対にいや」
「確かに同じ色のビーズを使ったけど、全部お揃いじゃないよ!刺繍だってほら、オーエンの髪の色とそっくりの糸を使ったんだ!でもいやだったら作り直すから……」
「作り直さなくってもいい。いらないから」
晶は状況を把握して、クロエの困り顔が移ってしまう。普段であればクロエの衣装も興味深そうに着ているオーエンだが、今日はたまたま虫の居所が悪かったらしい。カインと似た色合いであること、そもそも、おそらく奪うのではなく施されていることがいつも以上に気に障ったようだった。ただ、オーエンがこの場からいなくならないことに、晶は少しだけ希望を持った。気まぐれなかれは、つまらない場には留まらない。晶は必死に脳みそを動かして、オーエンの興味を引きそうなことを考える。
「あ、あの、オーエン。このカバンを見ていたら思い出したんですけど……」
「なに。面白いこと?」
「ええと、そうだと良いんですが。俺の世界に、しゃべる青い猫のロ……いや、猫がいるんですけど、その猫が持っているポケットがちょうどこんな形なんです。半月型で、大きさも同じくらいかな」
「しゃべる青い猫!」とクロエとカインが身を乗り出してくるけれど、オーエンは「何そいつ、きもちわるい」と吐き捨てる。ロボットであることを言えば、魔法科学と混同されて印象が悪くなりそうだったので、晶はすんでのところでごまかした。ムルはかれを気に入ってくれるかもしれないが。気を取り直して、晶は話を続ける。
「そのポケットは魔法のポケットで、何でもそこにいれられて、何でもそこから取り出せるんです。ネロが作ってくれる大きいケーキもきっとそこには入っちゃうし、オーエンのトランクもきっと入ってしまいます」
「へえ、そいつは便利だな。大きさは変わらないのか?晶の世界にも魔法道具があるんだな」
オーエンではなく、カインが興味深そうに聞いてくる。クロエも、自分の作ったカバンの中身をひっくり返しながら、目を輝かせている。当のオーエンは相変わらずつまらなさそうで、でもしっかりと晶の話を聞いているようだった。腕組をして、目線だけで話を続けろと促してくる。
「大きさは変わらないです。魔法のポケットなので。俺もそれを見てみたかったんですが、空間魔法って難しいんですよね?そのポケットがここにあれば、ネロに作ってもらったお菓子をいっぱいいれて、好きな時に好きなだけ食べることができるのに」
「ねえ、青い猫にできることが、僕にできないと思ってるの?」
オーエンがクロエの手からカバンを奪い取り、にやにやと笑っている。もう片方の手にはオーエンのトランクがあり、そういえばこの人はすでに四次元ポケットのようなものをもっているんだった、と晶はケルベロスたちのことを思い出してカインを見る。カインは動じることなく「オーエンには出来るな!俺もそのポケットみたいなカバンを見てみたい」とカラッと笑っていて、晶はほっと息をつく。
無事にオーエンの手にクロエのカバンが渡ったことで安心した晶だったけれど、クロエが「ちょっと待って!!」と叫んだので、すこしだけ心臓が跳ね上がった。クロエは頬に手を当てて、世紀の大発見をしたかのように顔を紅潮させている。
「ねえ、そんなにものがいっぱい入るカバンだったら……もしかして、俺たちも入れる?それだったら、中の生地を変えてみてもいいかな?ふかふかで包まれてみたい生地があるんだけど、服に使うには大きさが足りなくって。そのカバンのデザインにも合うから最後の最後までどっちを使うか迷ってたんだ。ねえオーエン、お願い!!」
まくしたてるクロエに、オーエンは意外にも素直に頷いた。晶がちらりと横をみると、カインも少し驚いたような顔をしている。先ほどまで頑なに拒否していたオーエンだったが気分が乗ると驚くほど素直な時もあるらしく、晶はその一面に思わず頬をゆるめた。
「ネロにお菓子を作らせるから、出来上がるまでにつくるんだったらいいよ」
「うん!すぐにふかふかにするから!」
クロエはカバンを持って、疾風のように談話室を飛び出して行く。そのあとを追うように、オーエンもネロのいるキッチンへと向かった。
嵐のような一瞬に、残された晶とカインは顔を見合わせて「ふかふか、楽しみですね」と笑うしかないのだった。