花 太陽が沈みかけている昼下がり、仕事を終えると急いで愛する師匠の元へと向かった。
コンコンとノックをすると見慣れた顔がひょこっと現れた。
「ピッコロさん!お待たせしました!!!!」
5月9日、ピッコロさんは今日が何の日か理解していない様子だ。「とりあえず中に入れ」そういうと部屋の中へと招き入れてくれた。
「急に家で待っていろなんて、一体何の用だ?」
キョトンとしたお顔の師匠はとても愛らしくて一生見ていたいなんて思ったけど、今日の目的を果たすのが先決だ。
僕は何も言わずにバサァとそれをピッコロさんに差し出した。花びら一枚一枚が淡い紫色に輝いたそれは束になってピッコロさんの方を向いた。
「これは?」
「ピッコロさん。今日が何の日か覚えてないんですか?」
「?」
あざとく首を傾げる師匠は本当に自身の誕生日を覚えていない様子で暫く考え込んだ。
「5月9日……僕の愛する師匠の誕生日ですよ。はい、これ受け取ってください」
そう言って無理やり花束を持たせた。
「……誕生日か。お前、よくそんなこと覚えていたな」
「そんな事って……当たり前じゃないですか」
「まぁ、その……ありがとう」
照れくさそうに礼を言うとジーッと貰ったそれを眺めていた。
「テッセンです」
「?」
「この花の名前。5月9日の誕生花がこのテッセンと言う花らしいです。それにピッコロさんには紫が似合うと思って!」
ピッコロさんの部屋に置くことを想定して買ったがとても馴染みそうで安心した。それにピッコロさんの美しい緑の肌に良く映える紫……素敵すぎて見惚れてしまう。でもこの花を選んだ本当の理由はそんなことじゃない。
「それとね、この花には花言葉があるんです」
「花言葉?」
師匠は僕の話を片手間に聞きながら部屋のどこに飾ろうか試行錯誤している様子だ。
「高潔、清廉な心……。まるであなたの為にあるような言葉ですね」
「そうだろうか」
「ふふっ。そうですよ」
未だに自分の魅力に気がついていない師匠に呆れてしまう。
「よし、ここに飾ろう」
お得意の能力でピッと花瓶を生み出しテッセンの束を丁寧にその中へと入れる。
あぁ、やっぱり紫色の花が良く似合う。とっても綺麗だ。思わず見惚れているとピッコロさんは「うむ、とても綺麗だ」そう言って満足そうに微笑んだ。
「ふふ…それはあなたの方ですよピッコロさん」
僕の言葉に反応してすぐに緑の顔を紫色に染めた。
「なっ……何を言ってるんだ貴様は!まったく……」
そんな会話をしているうちに日は暮れていた。
「あっ!そろそろ夕飯の時間ですよ!ピッコロさん、さぁ行きましょう!」
毎日夕飯に半無理やり参加してもらっているが、決して嫌そうには見えなくて、僕はそれがとにかく嬉しかった。
ピッコロさんの手を引いて自宅へと向かう時間はこの上なく幸せでこの時間が永遠に続けば良いとさえ思った。
自宅に向かう途中、僕は花言葉のもう一つの意味をピッコロさんに伝えるか迷ったが、それはまた今度にしておこうと思う。
◇
「お邪魔するわね〜」
たまたま近くまで来たついでと言いブルマが俺の自宅へと乗り込んできた。1階から2階の部屋、隅々まで見渡す。全く……人の家にズカズカとコイツは。
「へ〜。2階のかわいいぬいぐるみ以外は本当に何もない部屋ね」
かわいいぬいぐるみとは悟飯たちから貰った大量のぬいぐるみのことだろう。今は置き場所に困り2階の寝室へ飾られている。
「必要のないものは置かないだけだ」
「ふ〜ん……じゃあこれは?」
そう言うと花瓶に入った花束を指差した。
「それは前に悟飯から貰ったものだ」
「やっぱりね〜。これはキンポウゲ科のテッセンかしら?」
やっぱりと言い、ニヤニヤしていたブルマはすぐにその花が何かわかったようだ。
「そういえば悟飯がテッセンと言っていたな」
「あー……なるほどね……ところであんたテッセンの花言葉は聞いた?」
「確か、高潔……なんて言っていた気がするが…」
「それだけ?」
「ああ」
ブルマは顔を近づけて釘を刺すように俺を見つめて言い放つ。
「あんた……本当に悟飯くんには気をつけなさいよ?」
「??」
「まっ、アタシには関係のないことだけど一応教えといてあげるわ」
スタスタと玄関に向かい歩き出したブルマは話を続けた。
「もう一つの花言葉は"甘い束縛"……アンタを縛りつけるって意味よ」
それだけ言うと、「まぁ貴方が良いなら良いけどせいぜい気をつけるのよ〜」と言ってそそくさとまるで嵐のように去って行った。
「甘い束縛……か」
その日は暫くその花から目が離せなかった。
END