翼・光 立て込んでいた仕事が一段落すると無意識に身体はあの人の元へと歩き出していた。
いつものように気を集中し居場所を探る。疲労困憊の重たい身体はその人の事を思うだけで軽くなった気がした。
暫く森の中を進むと川辺に辿り着く。そこには美しい緑色の身体を晒し水浴びをする師匠がいた。
――……しかしその姿はどこから見ても僕の知っている師匠ではなくて、まるで夢でも見ているかのような気分にすらなった。
「悟飯、来ていたのか」
「……それ……どうしたんですか……」
「? それ、とはどれの事だ」
「だから、その姿はどうしたんですかって聞いてるんです」
「……? ああ、すまない」
一言謝ると、ピッと指で胸元を指差しいつものように道着を生み出す。……勿論服を着ていないことを指摘している訳ではなかったのだが。
「いや、服のことじゃなくて」
「だったらなんなのだ、ハッキリと言わんか」
どうして伝わらないのだろう。明らかにいつもと違うのに……どうしてピッコロさんは何食わぬ顔をしているのだろう。
「じゃあハッキリ言いますけど……その大きな翼は……いったい……」
「……は? 翼……?」
「だから、背中から生えたその翼はなんですかって言っているんです!」
「……???」
ピッコロさんは何を言っているのか理解していない様子だが……僕は…………。
――僕は、まるで天使のようなその姿に釘付けになった。
「俺の背中に翼? そんなもの見えないが」
「あるじゃないですか! ここに! 大きな翼が! ……あ、あれ?」
翼に触れようとしたが、驚くことにその翼に触れることはできなかった。
……いったいどういうことだ?
僕の目には間違いなく大きな翼がピッコロさんの背中から生えているのだが。
「なんで触れないんだ……そうだ! デンデに診てもらいましょうよ!」
「……診てもらうべきなのはお前の方な気はするが……まぁいいか」
――しかし、デンデやポポの目にもその翼は映らなく……本当に僕にしか見えていないようだ。
「悟飯、少し疲れているのではないか?」
「……はぁ……まぁ、僕にしか見えていないならそれで良いです。 寧ろちょっと嬉しい気もします……ってことでピッコロさん、その大きな翼で僕を包み込んでください」
ピッコロさんの胸に顔を埋め強く抱きつく。
「そんなこと言われてもだな……」
困った様子で僕を見るが、その翼は僕の身体を包み込んでくれた。
「……わぁ……あったかい……」
「…………今翼はどうなっているんだ?」
「ふふっ、僕の身体を優しく包み込んでくれていますよ……嬉しいな……」
「…………そうか」
意外にもピッコロさんは僕にしか見えない翼を受け入れ始めていたことに驚いた。
「もう少しだけこうしていても良いですか?」
「それでお前が満足できるなら構わん」
「ありがとう、ピッコロさん」
――……あぁ、本当にあなたは僕の天使だ。
僕が毎晩あなたのふしだらな妄想を繰り広げ、一人自慰行為に励んでいる事なんて知る由も無いんだろうな。
こんなにドロドロとした一言では言い表せない感情を抱いているなんて知ったらどう思うかな……。
「本当にあなたは……僕の天使です」
「……? 俺は天使ではない、魔族だ」
「じゃあ魔族の天使ですね!」
「意味がわからん」
――あぁ、ピッコロさん……好き……大好き……ずっとこうしていたいのに……なんだか、視界に……靄がかかって……あれ…………。
「――――…………はん…………ごはん…………悟飯起きろ!」
「っ!?!? えっ!? ぴ、ぴっさん!? あれ? 翼は?」
「翼? 何を訳わからん事を言っている。 それよりお前少し寝過ぎではないか? 疲れているのはわかるが夕飯くらいは食え」
どうやら僕は仕事が一段落してすぐにパソコンの前で眠ってしまったらしい。
……キッチンの方から漂う美味しそうな匂いは僕の身体を刺激した。ピッコロさんがわざわざ家まで来て作ってくれたのか……まるで彼女みたいだな……。
だが今の僕は翼がなくなったピッコロさんに少しだけ寂しさを覚えた。
「……ピッコロさん、天使みたいで可愛かったのに……あぁ、僕の天使……」
「俺は天使ではない、魔族だ」
……先ほども聞いたセリフだと気がつき、それが夢だったのだとようやく理解した。
「しかし……俺がお前の天使だと言うのなら、お前は俺にとっての光……か……」
「え?」
「……いや……なんでも無い」
「……え……え!? ちょっちょっとそれどう言う意味ですか〜〜!?!?」
「〜〜〜! うるさい! 良いから早く飯を食え!」
「嫌です〜〜!!! どう言う意味か答えてくるまで絶対食べませんからね〜〜!!!」
「なんだと〜〜!?」
顔を真っ赤にしたピッコロさんをみて、少しだけ自信が持てた。
――もしかしたら、僕の願いはもうすぐ叶うのかもしれない……そう思えた夜だった。
end