『夜を知らない世界』 序章 ※試作 ――この世界には夜が存在しない
教室の片隅、昼休みのざわめきから少し離れた場所で僕は机の上に突っ伏していた。
目立たないようにしていればきっと今日は何もない。そんな淡い期待を抱いていた。
「おーいクソ薙!何してんだよ隅っこで!」
その声が聞こえた瞬間、期待はあっけなく砕け散る。
振り向かなくても分かる、いじめっ子の玄英だ……玄英が僕に構うときろくなことがない。
僕は校舎裏に連れてかれる。
草薙日向(またか…)
僕は教科書と弁当を抱えながらため息をついた。校舎裏、ここはいつもそういう場所だ、誰にも見られない、先生にも気づかれない……だからこそ、あの人たちにはちょうどいいらしい。
玄英「クソ薙、金持ってんだろ?」
その声が聞こえるだけで全身に緊張が走る。
怖くないって言ったら嘘だ、でも反論したところで状況が変わるわけじゃない。
草薙日向「お、お金なんて持ってかないよ……ここ中学校だよ……?」
そう言い返したところで彼は聞く耳を持たない。
笑いながら僕のカバンを引ったくる。
玄英「ホントにろくなもんねぇな……って、何だよこのペンダント、キモッ。」
床に叩きつける音と一緒に、僕の目の前に落とされたのは母の形見であるペンダント。
玄英「ほら、お前の大事なペンダントなんだろ?」
玄英と取り巻き達が意地の悪い笑みを浮かべながらペンダントを指で弄ぶ。
草薙日向「か、返してくれ!」
ああ、もう嫌だ。
どうしてこんなことに毎回付き合わなきゃいけないんだろう。胸の中に渦巻く不満と悔しさを噛み殺しながらただ見ているしかない。
だけど、その瞬間だった。
「おい、返してやれよ。」
玄英「あ?」
低く冷たい声が響いた。
玄英と取り巻き達が振り返るとそこには月影緋真が立っていた。
月影緋真。
僕にとって唯一の親友。
玄英「な、なんだよ月影……お前には関係ないだろ。」
月影緋真「うるさい、早く返してやれ。」
緋真は淡々と言い放つ。
緋真の目は冷たく光り圧倒的な迫力があった。
玄英は一瞬たじろいだけど取り巻きたちの目を気にしてか強がる。
玄英「チッ……調子乗んなよ。」
玄英と取り巻き達は捨て台詞を吐きながら逃げていった。その手にはもう僕のカバンはなかった。
月影緋真「……早く立てよ。」
緋真が僕を見下ろしながら声をかけてくる。その声は無機質だけど、どこか安心感があった。
緋真は無造作に地面に落ちたカバンを拾い上げて渡してくれた。
草薙陽向「あ、ありがとう緋真……本当に助かったよ。」
ペンダントを拾い上げながら僕はそう言った。
でも緋真はため息交じりに呟く。
月影緋真「それ母さんの形見なんだろ?」
草薙日向「うん、そうだよ。」
月影緋真「形見ならもっと大事にしろよ。」
草薙日向「……っ」
胸が締め付けられるような感覚に襲われる。その一言が僕の不甲斐なさを突きつけてきた。
緋真の言葉は、まるで鋭い刃物のように僕の胸に突き刺さった。
草薙日向「……分かった、次こそは自分で守る。」
***
5時間目の授業が始まる
教師「この世界には『夜』が存在しません。
それは皆さんがよく知っている通り、200年前の『怪魔戦争』が原因です。怪魔たちは日光を嫌い、夜を拠点に活動します。そのため……
世界の夜は怪魔たちに譲られました。
世界の朝を手にしたのが我々人間です。
一方で、我々人間にも夜は必要不可欠な存在です。そこで開発された必要に応じて夜を人工的に再現し、作りだす技術。
それを『人工夜』と呼びます。
先生がプロジェクターを操作すると、都会の夜空を模した漆黒の写真が映し出される。
月影緋真(またこの授業かよ、何回聞かされたっけ?)
地球から夜が消えた理由、
人工夜がどうやって作られているのか。
5時間目の社会の授業は何度も繰り返される「この世界の歴史」のおさらいだった。
窓の外をぼんやりと眺めながら緋真は心の中で退屈そうにつぶやいた。
月影緋真(別にどうでもいいけどな。夜があろうがなかろうが俺の生活には関係ない。)
空は相変わらず青く澄んでいて普段と変わらない昼の風景なのであった。
あっという間に授業は終わり、帰りの会が始まった。生徒たちは早く帰りたい一心でそわそわしている。
先生は机の前で手元のタブレットを見ながら話し始めた。
教師「はい、帰りの会を始めるぞ。さっさと終わらせたいだろうが、まずは連絡事項だ。」
クラス全体から微かなため息が漏れる中、先生は話を続けた。
教師「みんな知ってると思うけど、今夜から明日にかけて『人工夜』が実施されるからな。人工夜の最中は"怪魔”の出現率が高まるので学校は休みになるぞ。どうしても外出が必要な場合は保護者に連絡しろよ。」
教室内が少しざわついた。「人工夜」と聞いて何やら騒ぎ出す生徒もいれば、特に気にせず荷物を片付けている生徒もいる。
草薙陽向「先生、それって"怪魔官"が出動するやつですか?」
教師「ああ、そうだ。怪魔が出た場合は怪魔を払う為に怪魔官が対応することになる。夜だからって肝試しするとか、忘れ物を取りに学校に戻るとか、そういうバカなこともしないように。これで話は終わりだ。気をつけて帰れよ。」
生徒たちは立ち上がり、「さようなら」の挨拶をして次々に教室を後にする。
……放課後
校門を抜け、僕は緋真と並んで歩いていた。人工夜が始まるという予感からか通りを行き交う人々の足は少しだけ早い。
僕は空を見上げながらぽつりとつぶやいた。
草薙日向「今日は人工夜だね。久しぶりだぁ!!」
月影緋真「そうだな。」
緋真はぶっきらぼうに答えたが、青空を見上げる僕の表情に気づいて少しだけ首を傾げた。
月影緋真「なんか……楽しそうだな?」
草薙日向「だって怪魔官の活躍が見れるんだよ!!!楽しみ!!!」
僕の母は、かつて怪魔官としてその名を馳せた人物だった。そんな母に憧れてた僕は怪魔官オタクだ。
人工夜になると怪魔が出やすい、
怪魔払いをする怪魔官は人工夜の時が一番活躍する。
怪魔官の活躍が見れるのだから楽しみで仕方がないのだ。
月影緋真「危ないだけの仕事だろ、誰が好き好んでやるんだか……」
緋真に鼻で笑われた、くやしい。
草薙陽向「そんなことない、誰かがやらなきゃいけない仕事だし……怪魔官がいなかったら人工夜だってもっと怖いものになってるはずだよ!!」
月影緋真「でもお前がなるわけじゃないだろ。」
草薙陽向「いずれ僕も怪魔官になるもん。母さんみたいな立派な怪魔官に!」
月影緋真「だったらいじめっ子程度におどおどすんなよ?」
緋真は笑いながら言ったが、その目は僕をからかうのではなくどこか優しい。僕は少し恥ずかしそうに後頭部を掻きながら笑って誤魔化した。
草薙陽向(僕よりも緋真みたいな人の方が絶対に怪魔官に向いてると思うんだけどな……)
僕にとって緋真はヒーローみたいな人物だった。
いじめられてなにも出来ない無力な僕に手を差し伸べてくれる。
そんな緋真が大好きだ。
本音を言うと緋真と一緒に怪魔官になるのが夢だった。
***
緋真と別れた後、僕は人気の少ない路地を選んで歩いていた。街は相変わらず活気があって遠くから聞こえる子どもたちの声や車のエンジン音が僕の耳に混ざり込む。
草薙陽向「怪魔官……本当に緋真には向いてるよなぁ……」
心の中で呟くようにしてつい声に出た。彼は強いし、頼れるし、何より怖いものなんて何もないように見える。
僕とは正反対だ。緋真が怪魔官になればこの世界も少しは安心だろうなぁ……
――そんなことを妄想していると、不意に背後から声がした。
「おい、クソ薙。」
その瞬間に心臓が跳ねる。あの声、嫌な予感が背筋を這い上がる。
振り返ると予想通り玄英が立っていた。
草薙陽向「な、なんだよ……」
僕はとっさに後ずさりしながら問いかける。
玄英「なんだよ、じゃねぇよ。昼間はイイヤツ気取りの緋真に守られて調子に乗ってたじゃねぇか?」
口調には明らかな侮辱が込められていて、それが余計に僕の弱気を刺激した。
草薙陽向「そ、そんなつもりじゃ……」
どう言っても無駄だと分かっているのに言い返そうとする自分が情けない。玄英はゆっくりと歩み寄りながら僕のペンダントを奪い取った。
草薙陽向「あ、それ……返してよ!」
大事なペンダントをまた奪われた。
取り返そうと一歩踏み出すと、玄英はニヤリと笑った。
玄英「返してほしけりゃ"夜の学校"に来いよ。」
草薙陽向「は……?」
何を言っているんだこの人は……
玄英「人工夜だぜ、誰もいねぇ学校で自分の手で取りに来いって言ってんだよ!!!!」
人工夜。
――それは誰もが知っている危険な時間。
怪魔が街を徘徊する可能性だってある、そんなときに学校に来いなんて正気の沙汰じゃない。
草薙日向「そ、そんなの……危ないに決まってるじゃないか。」
玄英「危ない?怪魔が出るってか?お前怪魔官になりたいらしいな?」
玄英「このくらいで怖気づいてどうすんだよ!!!だっせぇ!!!」
玄英の言葉が心に刺さる。
僕が怪魔官になりたいことを知っていて、わざと挑発しているのだ。
玄英「待ってるぜ、夜の学校でな。」
そう言い残し、玄英はペンダントを手にその場を去っていった。僕はその背中を見つめながら足がすくんで動けなかった。
どうするべきだ?
怖い……でも僕が取り戻さないとあのペンダントは……
「返してほしけりゃ、夜に学校に来い」
頭の中でその言葉が繰り返されるたび恐怖が湧き上がる。それでも足を止めなかった、僕は学校へ向かって歩き出した。
空が次第に暗く染まり、夜の準備を始めている。
今日は「人工夜」だって先生が言っていた。
夜がないこの世界に訪れる闇の時間……
――怪魔が動きやすくなる時間帯だ。
【第1話 完】
人工夜の影響で街はいつもより少し早い静けさに包まれ始めていた。人気のない校門の前で足を止め、暗くなり始めた空を見上げた。夜になるとわかっていても人工夜特有の魔法で作られた不気味な空模様が目に映る。
草薙陽向「自分でやらなきゃ……緋真には頼れない……」
ポケットに手を突っ込む。触れたのはスマホ、今すぐ緋真に連絡をして助けを求めたくなる。
草薙陽向「でも……今度こそ1人で取り返す……僕が弱いままじゃダメなんだ」
陽向の心には葛藤があった。緋真に助けられることに慣れてしまっている自分が情けなくて仕方がなかった。
今回ばかりは自分の力で解決したかった。
陽向は正門から忍び足で校内へ入ると暗い廊下を進んでいく。体育館の裏にある倉庫に玄英たちがいると見当をつけて慎重に足を運ぶ。
周囲が暗くなるにつれて校舎内の雰囲気が異様に感じられてきた。
ひんやりとした空気、妙に響く足音、
そして奥の方から聞こえてくる微かな物音。
草薙陽(……うう、怖い)
陽向の背中に嫌な汗が流れる。だがここで引き返すわけにはいかなかった。
母の形見を取り返す、
それだけが彼の頭の中を支配していた。体育館のドアをそっと開けると微かな光が薄暗い空間をぼんやりと照らしていた。
中に足を踏み入れると、そこにはペンダントを手にした玄英の姿があった。
玄英「よく来たな草薙!!お前ほんとバカだよな、こんな夜に一人で来るなんてよぉ!!」
草薙陽向「返してよ……それ……」
陽向は震える声でそう言った。だが玄英はペンダントを指で弄びながらニヤリと笑う。
玄英「ほら、取り返してみろよ! できるもんならな!」
玄英の嘲るような声が、薄暗い路地に響き渡る。
陽向が一歩、足を踏み出した——その刹那だった。
ゴト……ゴト……ギシギシ……
不気味な音が、どこからともなく響いた。まるで歪んだ歯車が軋むような耳障りな音。
陽向も、玄英と取り巻き達も、凍りついたように動きを止めた。
音の正体を探るようにゆっくりと背後を振り向く。
——そして、目にした。
闇の奥底から、静かに、だが確実に這い出てくる異形の影。
怪魔——。
草薙陽向「なんだ……あ、あれ……」
喉が乾いて言葉が出ない。目の前に現れたのは夢でも見ているのかと思うほど不気味な生物……いや怪物だ。鋭い爪、異様に伸びた手足、そして真っ赤に輝く目。
草薙陽向「……っひ」
体がすくむ、動けない。
ふと隣を見ると玄英が震える手でスマホを取り出し必死に誰かと電話しているのが目に入った。
玄英「……母さん!父さん!!兄ちゃん助けて!学校だ!今すぐ来てくれ!怪魔が!」
彼の声が震えている。あの余裕たっぷりだった玄英が今では陽向と同じように恐怖で押しつぶされそうになっている。
陽向はその様子に驚きながらも自分のポケットにあるスマホを思い出した。
草薙陽向(緋真……!)
陽向は手を震わせながらスマホを取り出し、急いで緋真の名前を探す。画面をタップする指がうまく動かない、焦りで視界がぼやける。
草薙陽向「緋真……た、助けて……」
震え声でようやく緋真に電話をかけた瞬間、怪魔の唸り声が耳を裂くように響き渡る。スマホ越しに彼の声が届く前に視界の端で怪魔の動きが見えた。
――次の瞬間、怪魔の長い腕が地面を叩きつける音が、鼓膜を突き抜けるように響いた。
草薙陽向「玄英!」
玄英と取り巻き達は声を上げる余裕すらなく後ろへと転がり逃げる。その直後、怪魔の鋭い爪が彼のいた場所を引き裂いた。
玄英「クソッ……」
玄英が地面に手をつきながら顔を上げる。血の気が引いた顔には普段の余裕などどこにもない。
一方で陽向も足がすくんで動けない。ただスマホを握りしめ緋真の声を待っていた。
月影緋真「陽向、今どこだ?」
スマホ越しに響く真の声に陽向は少しだけ現実に引き戻される。だが声が震えて言葉にならない。
草薙陽向「が、がっこう……た、たすけ……て……」
それだけ言うのが精一杯だった。言葉を絞り出した陽向は緋真に助けを求めたことだけで安心感を抱きそうになったが……
その瞬間、再び怪魔が動いた。
玄英「危ねぇ!」
玄英が陽向の腕を掴み、力任せに引き倒す。次の瞬間、怪魔の鋭い爪が陽向のすぐ横を掠め、空気を切り裂く音が響いた。
玄英「バカかお前、何ボサッとしてんだよ!」
怒鳴る玄英の声が、普段の横柄さとは違って聞こえた。流石にこの状況で傍観していられるほど、玄英も狂ってはいなかった。
玄英「クソッ……!」
いじめの延長でからかうことはあっても、目の前で誰かが死ぬのを黙って見ていられるほど、倫理観が欠如しているわけではない。
玄英「何してんだよ、動けよクソ薙! ここで立ち止まってたら、本当に殺されるぞ!」
あの玄英が半泣きで怒鳴る。
草薙陽向「けど、逃げても……」
陽向は震える声で言い返した。どこに行ってもこの怪魔から逃れられる気がしない。
怪魔は明らかに自分たちを狙って動いている、その異様な目は獲物を追い詰める捕食者そのものだ。
玄英「だからって死ぬつもりかよ!」
玄英が苛立ちながらも必死に叫ぶ。その目に浮かぶ恐怖は陽向と同じだが、彼はそれを必死に振り払おうとしているのがわかる。
***
一方その頃……
緋真は人工夜の夜空をぼんやりと眺めていた。
明日の学校が休みとあって彼はゆっくりとした時間を過ごしているところだった。
だが、その静寂を破るようにスマホが震えた。画面には陽向からの着備。
月影緋真「陽向……?こんな時間に何だよ」
通話ボタンを押した瞬間、スマホ越しに聞こえてきたのは陽向の震える声だった。
草薙陽向「ひ、緋真……お、おねが……たす……た、助け……て……」
緋真の表情が一気に引き締まる。
月影緋真「おい陽向、何があった?」
草薙日向「か、かいまが……」
すぐに位置情報を確認すると、陽向のスマホからの位置共有が学校の体育館を示していた。
月影緋真(間違いない。陽向は今、学校にいる)
すぐに家を飛び出そうとするが廊下を抜ける途中で両親に呼び止められる。
母「緋真、どうしたの。人工夜の最中に外に出るなんて」
父「まさか、さっき電話してた陽向君と関係があるのか?」
緋真は迷いなく答える。
月影緋真「あいつが危ないんだ。助けに行かないと……」
だが、即座には許されなかった。
母「緋真、人工夜は危ないのよ。特に今の時間は怪魔が出るってわかってるじゃない!」
月影緋真「だからだよ、陽向がそんな夜の学校にいるんだ。怪魔に襲われてるかもしれない!」
母親の表情が苦しげに歪む。父親も沈黙したまま考えているようだった。
月影緋真(お願いだ、頼む……!)
緋真は必死に両親を見つめる。すると父親が意を決したようにうなずいた。
緋真の父「わかった、だが俺たちも一緒に行く。お前を一人で行かせるわけにはいかない」
月影緋真「……ありがとう」
焦る気持ちを抑えながら、緋真は両親とともに夜の街へと走り出した。
緋真は両親とともに闇が広がる夜の街を駆け抜けていた。
人工夜の影響で昼間とはまるで別世界のように静まり返っている。街灯の明かりは弱々しく月も星もない間が広がっていた。
月影緋真(陽向、待ってろよ……!)
スマホを握る手に力が入る、画面には陽向の位置情報が映し出されていた。やはり彼は体育館にいる。
だが、その位置は微かに動いているように見えた。
月影緋真(まさか……逃げてるのか?)
息が荒くなるのも構わず、緋真はさらに速度を上げた。両親も必死についてくる。
父「……お前、陽向君から何を聞いた?」
走りながら父が問いかけてくる。
月影緋真「陽向は体育館にいる、もしかしたら怪魔が出た可能性もある。」
父「……まずいな、すぐに怪魔官に連絡を入れよう」
父親はポケットからスマホを取り出し、素早く怪魔官に電話をかける。
父「もしもし、怪魔官の……はい、場所は██中学校の体育館です。」
頼もしい父の声に、緋真はほんのわずかに胸をなでおろした。しかし——
月影緋真(間に合うのか……?)
不安が胸を締めつける。焦燥感に駆られながら、緋真たちはひたすら学校へと駆けた。
ようやく辿り着いた校門をくぐると、そこには異様な静寂が広がっていた。街の喧騒は遠のき、人工夜の闇がじわじわと学校を呑み込んでいく。
まるで世界そのものが呼吸を潜め、何かを待ち構えているかのようだった。父は慎重に辺りを見渡し、低く呟く。
父「……気をつけろ。何かがいるかもしれない」
その言葉に、緋真の指が無意識にスマホを握りしめる。震える指先で陽向の位置情報を確認した。
——体育館の中。間違いない。
「急ごう!!」
駆け出そうとした、その刹那だった。
——ガタッ……バキバキッ……!
異様な音が、闇の奥から響き渡る。その瞬間、漆黒の影が虚空を裂き牙を剥いて飛び出した。咄嗟に身を引いたものの、影の動きは尋常ではない速さだった。
鋭い爪が無慈悲に振り下ろされる。
「危ない!!」
ドンッ——!
突如、強い衝撃が緋真の身体を弾き飛ばした。地面に転がったまま目を向ける。そこには——。
腹部を裂かれ、赤黒い血が闇に滲んでいく父の姿があった。
月影緋真「……っ!?父さん!!」
父親の口元から血が零れ苦しそうに顔を歪める。
父「緋真……逃げ――」
最後まで言い切る前に怪魔の爪が深く突き刺さり、
父親の体が動かなくなった。
月影緋真「は……?」
思考が追いつかない。
目の前で父が死んだ。
母「緋真、立って!」
母はすぐに怪魔の前へ立ちはだかった。震える手で緋真を守ろうとしている。
母「この子には……指一本触れさせない.……!」
しかし、怪魔は容赦なく母の胸を貫いた。
月影緋真「母さん!」
母の体が力なく崩れ落ちた。
あまりにも一瞬の出来事だった。
温もりも、声も、すべてが唐突に断ち切られる。
目の前で……家族が無惨に。
「——ッ!」
緋真の喉が張り裂けるほどの叫びが、虚空に響いた。それでも世界は残酷なまでに静かだった。
目の前に横たわる両親の亡骸、地を這う赤黒い液体。だが絶叫する暇すらない。喉は詰まり、体は強張り、足は地に縫い留められたかのように動かない。
死の匂いが満ちる空間で緋真の心は空っぽになり、耳鳴りが頭の奥で響く。視界は滲み、ぼやけ、すべてが遠のいていくようだった。
月影緋真(どうして……?)
何度問いかけても、答えはない。
そして——。
ゴソッ……ガサッ……
体育館の奥から、微かな物音がした。ざわりと全身を駆け抜ける不安。遅れて、恐怖が一気に押し寄せた。振り返ると、そこにいたのは目を覆いたくなるような怪魔の姿。
全身に無数の目を持つその怪物が足音を立てずに緋真に迫ってくる。
その瞬間、草薙の声が聞こえた。
草薙陽向「ひ、緋真……後ろ……早く逃げ……て、、、」
緋真が振り向くと陽向が目の前に立ち、怪魔を引き寄せている。緋真の声が震える。
だが陽向は無言でその怪魔を見据えた、恐怖を隠しきれない彼の目。しかしその目は緋真を守ろうとする決意に満ちていた。
怪魔は一瞬で陽向に飛びかかり、その鋭い爪が陽向の肩を買いた。陽向の叫び声が耳をつんざく。
月影緋真「陽向っ………!」
血が飛び散り陽向はその場に崩れ落ちる。緋真はその光景を目の前で見て心が張り裂けそうになった。
月影緋真「やめろおおおお!!!!!!」
緋真が叫んでも怪魔の姿は変わらず陽向の体を押さえつけながらその恐ろしい目を見開く。
陽向は申きながらもわずかに体を動かし、緋真に向かって手を伸ばす。
草薙陽向「ひさ……な……」
月影緋真「おいしっかりしろ!すぐに助けてやる!」
陽向は床に横たわり胸元から血を流していた。傷口は深く、すでに顔が青白くなっている。緋真は駆け寄り陽向の肩を支える。
だがその体は驚くほど冷たかった。
草薙陽向「ぼくさ……ちゃんと……ひとり……で……とり……かえし……たんだ……」
陽向は弱々しく笑いながら、震える手で胸元のペンダントを示した。
――大切なペンダント。
草薙陽向「玄英に……取られた時……ずっと怖くてさ……でも……緋真に頼るばっかじゃダメだって……思って……頑張ったんだ……」
言葉を絞り出すように話す陽向の目に、涙が浮かぶ。
草薙陽向「かいま……でて……怖かった……けど…………頑張って……退治できるかな……とかおもった……でも……ダメだった……一人じゃ……勝てなかった……」
指先から滑り落ちるように、陽向の手を離れたペンダントが小さく音を立てて床へと落ちた。
草薙陽向「ぼく……かいまかん……に……なりたかったんだ……」
草薙陽向「ひ、ひさな、と……ね、ぼく、みたいなやつでも……誰かを守れるような……そんな存在に……2人で、大好きなひさな、と一緒に……ね……」
まるで夢を語るような声だった。緋真の目から涙が零れ落ちる。
草薙陽向「でも……もうむりみたい……」
月影緋真「おい、、陽向、、何言ってんだよ、、、、」
草薙陽「だから……ひさなぁ......」
陽向の顔が穏やかに緩む。
――君がなってほしいな、、かいまかん、、、
ピクリとも動かなくなった。
何かが壊れる音がした。
月影緋真「……陽向?」
草薙陽向「………………………」
呼びかけても返事はない。
目の前の親友は、もう息をしていなかった。
陽向の最後の言葉が緋真の耳の中で繰り返し鳴り響く。あの優しい笑顔、あの無邪気な言葉、そして必死にペンダントを守ろうとしたあの手ー。
陽向はもういない。
両親もいない。
緋真一人が残されて何もかもが壊れてしまった。
月影緋真「なんで……母さんも父さんも……陽向も……」
こんなところで……
目の前で親友が死んでいく。
目の前で家族が死んでいく。
手が届かない。救えなかった。
無力だと深く感じさせられたその瞬間。
月影緋真「許せない……」
胸の奥が煮えたぎる。悔しさ、怒り、絶望。すべてが混ざり合い圧倒的な感情の波が心を飲み込んでいく。その時だった。
「グウオオオオ......」
怪魔の唸り声がすぐ近くで響く。
――まだいる。
緋真はゆっくりと顔を上げると、怪魔が鋭い爪を振り上げていた。
月影緋真「……っ!」
怪魔がゆっくりとこちらへと顔を向ける。鋭い牙を剥き出しにし、獲物を狩るように緩やかに歩み寄ってくる。
緋真は理解した。
次は自分が殺される番だと。
反応する暇もない。
怪魔の爪が振り下ろされる――
その瞬間、陽向のペンダントが眩い光を放った。
「一一君がなってほしいな、怪魔官。」
陽向の最後の声を思い出す。
緋真の手が無意識のうちにペンダントを握りしめる。
月影緋真「………!」
視界が滲む。
心臓がしく鼓動を刻む。
次の瞬間――
バチバチバチバチッッツ!!!!
月影緋真「……なっ!?」
ペンダントから青白い稲妻のような光が弾けた。
怪魔「グウオオ?!」
怪魔が警戒するように後退る。
だが緋真はもうその動きを見ていなかった。
――何かが、体の奥底から溢れ出す。
怒りとも悲しみとも違う。
ただ強烈な何かが緋真を支配していく。
頭の奥が焼けるように熱い。心臓が軋むように高鳴る。血が燃えるように沸き立つ。
緋真の足がゆっくりと立ち上がる。
次の瞬間――
轟音とともに、世界が弾けた。
凄まじい衝撃が辺りに広がった、怪魔が驚いたように身を引く。
緋真の髪が光の粒子を纏うように揺らめく。
鋭く怪魔を射抜いた。
月影緋真「……絶対に許さない」
その言葉と同時にペンダントが眩い関光を放つ。
緋真は覚醒した。
【第2話 完】
陽向と両親を無惨に奪われたその怒りが頭の中を支配していた。理性などもはや何も感じない、ただ復讐の炎が体中を駆け巡り怒りで脳内が燃え上がっている。
月影緋真「絶対に許さない!」
緋真はその怒りをペンダントに込めた。
もう何も恐れるものはない。自分を殺す力が目の前の怪魔たちに向かって放たれるのだ。
ペンダントから放たれた光が彼の体に流れ込み、すぐに全身が熱く強烈な衝撃に包まれる。
月影緋真「俺の家族を殺しやがってーー!!」
緋真の中で何かが弾けた。ペンダントの光が一気に爆発し周囲の空気が一変する。目の前にいる怪魔たちが驚き足を止めるのがわかる。
月影緋真「来い、来い、全部俺がぶっ壊してやる!」
目の前に立ちはだかる怪魔を次々と倒していく。
どれもこれも、ただの邪魔者だ。何も感じず冷徹にその身体を打ち倒す。もはや目の前の怪魔がどんな姿をしているのかすら気にならない。
緋真の視界にはただ「敵」という文字が浮かび上がる。
月影緋真「陽向を殺したお前たちをーー!」
一体、また一体。怪魔たちは倒れていく。
怒りの炎に飲み込まれて緋真は何もかもを壊していった。
その力を使いこなしているのかさえ分からない。ただ目の前の怪魔をただひたすらに壊していく。
月影緋真「俺が、俺が!この手でーー!!」
次々と倒れる怪魔たち。倒れたその身体からは何も感じない。ただひたすらに怒りが湧き上がる。
目の前の怪魔たちがどれほど強かろうと、倒して、倒して、倒していく。
――その時、突然緋真の背後に異常な気配が迫った。
「へぇ……やるじゃんキミ!!」
目の前に現れたのは今まで戦ってきた怪魔たちとは違う異様な姿をした存在だった。
その怪魔はタコのように無数の触手を持ち、紫色の髪を揺らしながらゆっくりと歩み寄ってきた。その姿はどこか中性的で、まるで人間ではないことをはっきりと告げている。
「ボクの名前はオメガ。君みたいなただの人間がこんなことしてるなんて面白いねぇ」
そのタコ怪魔が意外にも言葉を発した瞬間、緋真は驚愕し、さらにその言葉が頭の中に響く。
月影緋真「な、何だ..?」
オメガ「怪魔官でもない君が、すっごい怒ってズバズバ殺しちゃうから興味が湧いたんだぁ!」
その言葉に緋真は一瞬だけ立ち止まるが、すぐに我を取り戻す。
月影緋真「俺を殺す気か?」
オメガは触手を前に伸ばし、緋真の近くでくねらせながら言葉を続ける。
オメガ「まぁ……そうだねぇ!」
緋真は拳を握りしめオメガに向かって突進しようとするが次の瞬間、オメガの触手が空気を切り裂き緋真の体を捕らえる。
月影緋真「……あっがああああ!!」
その力に引き寄せられ、緋真は大地に叩きつけられる。喘ぎながら目の前に迫るオメガの顔を見上げると、その目はまるで冷笑を浮かべているかのようだった。
オメガ「そんなに必死に抵抗しても無駄だよぉ、君はもうすぐ死ぬ!!」
緋真は必死で反撃しようとするがオメガの触手の力は想像以上に強く、体を動かすことさえできない。
視界がぼやけ始める。意識が遠のいていく中で緋真の頭の中に陽向と両親の顔が浮かび上がる。
月影緋真「ダメだ……こんなところで……死んじゃダメだ……」
その瞬間、遠くから聞こえてきた声が緋真を現実に引き戻す。
「……そこまでだ」
その声が響いた瞬間、オメガが使っていた触手が一瞬で氷の槍に貫かれた。
氷の破片が舞いオメガの攻撃が一時的に止まる。
オメガ「なっ……」
オメガはその場で触手を引き抜き周囲を警戒しながら目を向ける。氷を纏った男が冷徹な目でこちらを見据えていた。
「僕は楼刀玄夜、怪魔官だ。」
オメガ「ふーン……怪魔官かぁ……面白くないなぁ……」
楼刀玄夜「貴様が退屈しようがしまいが、僕の仕事に関係はない。さっさと消えろ。」
楼刀玄夜は冷静に言い放つと、再び手をかざして氷の魔法を発動する。オメガの足元を凍らせて動きを制限しようと試みた。
オメガ「氷かアぁ……」
オメガは冷笑を浮かべながら、周囲の空気を一度に触手で激しく切り裂く。
オメガ「ボクを止められると思ってンのぉ?」
オメガの触手が楼刀玄夜の肩に向かって突き出される。
楼刀玄夜は素早く動き、氷の盾を前に作り出して受け止める。
楼刀玄夜「死ね、クソ怪魔」
彼が冷たく呟くと空気の温度が一気に下がり、周囲の霧が霜に変わり始める。氷の弾丸が無数に形成され、オメガに向かって放たれた。
オメガは触手を弾き飛ばして反射的にその氷の弾丸をかわすが楼刀玄夜の攻撃はまだ終わっていない。
楼刀玄夜「僕の攻撃からは逃れられない。」
楼刀玄夜の一声と共に、周囲の氷が急速に膨張しオメガを包み込むようにして凍らせる。オメガの動きが遅くなり隙が生まれる。
その瞬間、楼刀玄夜は再度氷の刃を手に取りオメガに迫る。一気に突進しオメガの腹部に氷の刃を突き立てようとする。
しかし、オメガは触手を引き戻し階段を駆け上がるようにしてその場を離れ始めた。
オメガ「チッ……これだから怪魔官はダルいんだよなぁ」
その言葉を残してオメガは消えていった。
楼刀玄夜「(……逃がしたか)」
楼刀玄夜は倒れている緋真の方を見た。
楼刀玄夜「……おい、クソガキ。」
月影緋真「……ぅう」
緋真は意識を失いかけていた。
身体は動かない。オメガの力に圧倒され全てが重く、辛かった。
楼刀玄夜「……生きてるようだな」
楼刀玄夜は緋真に駆け寄ると、無言でその身を支えた。怪魔官としての冷徹な仕事をこなすため彼は緋真を救出し、意識を保たせるために慎重に手を打った。
緋真はゆっくりと目を開け、彼を見上げた。
月影緋真「……あ、ぁあ。」
その瞬間、ようやく緋真は安心したように目を閉じ意識を失った。玄夜は緋真が無事であることを確認すると周囲の状況を確認し、次の行動に移ったのであった。
***
現場に到着した怪魔官たちは、すでに倒れた怪魔の死体を処理する玄夜の姿に目を奪われる。
普段は冷徹で言葉少ない玄夜だが、今はその場で堂々と立っている。現場を指揮する怪魔官の一人が玄夜を見て驚きの表情を浮かべた。
怪魔官A「楼刀さん……何故貴方がここに?」
玄夜は少し肩をすくめ冷静に答えた。
楼刀玄夜「到着が遅いな、怪魔は僕が退治しておいた。」
その言葉に、現場にいる怪魔官たちは目を見開く。
楼刀玄夜はこのエリアの担当ではない。それに、まだ報告も上がっていないこの状況でまさか彼が先に現れていたとは思わなかった。
怪魔官A「ここは楼刀さんに担当エリアではないですよね?」
怪魔官の一人が疑問を口にするが、楼刀玄夜はその問いを軽く流すように答える。
楼刀玄夜「偶然通りかかった、たまたま怪魔を見かけたから退治しておいた。」
楼刀玄夜の冷徹な表情は変わらない。しかしその言葉の端々には怪魔に対する冷静な態度と、どこか自信に満ちた響きが含まれている。
楼刀玄夜「これで僕の出番はなさそうだ、後は任せた。」
怪魔官A「……そうですか。しかし、これは正式な報告として上に伝えねばなりません。」
怪魔官Aは僅かに警戒するような視線を楼刀玄夜に向けた。彼が現れたのは偶然か、それとも何か別の意図があるのか——疑念が頭をよぎる。しかし、楼刀玄夜の表情は変わらず冷静で、彼の意図を探ろうにも何も読み取れなかった。
楼刀玄夜「好きにするといい。僕はただ怪魔を退治しただけだ。」
そう言い残し、楼刀玄夜は背を向けてその場を去ろうとする。その後ろ姿には迷いの色はなく、まるでこの場の出来事など取るに足らない些事であるかのような風格があった。
怪魔官B「……相変わらず、自分のルールで動く人ですね。」
怪魔官A「そうですね。まあ、被害が抑えられたのなら問題はないでしょう。ただ、彼がここにいた理由は気になりますが……。」
怪魔官たちは楼刀玄夜の去っていく背中を見送りながら、それぞれの考えを巡らせた。楼刀玄夜の行動にはしばしば謎が多い。彼は本当に偶然ここにいたのか、それとも何か別の目的があったのか——。
***
後日(月影緋真 視点)
その後、俺は怪魔官の管理する医療施設に運ばれた。
現場で応急処置は受けたものの、傷は深くてまともに動ける状態ではなかったらしい。意識が戻ったとき、すぐにでも動こうとしたが医者に止められた。
医者「しばらくは安静にしていてください」
そう言われても、そんな気になれるわけがない。
目を閉じれば陽向と両親の姿が浮かんでくる。
何度も、何度も、まるで悪夢のように。
数日後には、怪魔官の事情聴取を受けた。
「なぜあの場にいた?」
「どうやって怪魔を倒した?」
問い詰められたが、俺はまともに答える気にはなれなかった。ただ一言、こう返した。
「あいつらを殺した怪魔を討つために戦っただけだ」
「素人がどうやって倒した?」と、しつこく食い下がられたが答えはひとつしかなかった。
「……家族と親友を殺した怪魔を討つために戦っただけだ」
それ以上は何も言わなかった。
それと、その日の午後に両親と陽向の死亡が公式に確定した。
正式な調査の結果らしい、身元確認やDNA鑑定も終わり間違いないと言われた。
それはつまり、俺はもう法的に孤児になったってことだ。
それでも実感なんてなかった。
怒りと喪失感だけが胸に渦香いていた。
***
病室にて――
暗い病室の中、無機質なテレビの光だけが淡く灯っている。
〔 人工夜の影響で怪魔が暴走し、一般人が巻き込まれる事件が発生しました。 〕
アナウンサーの冷静な声が流れる。
画面には無惨に崩れた学校の校舎と、血に染まった地面が映し出されていた。
「死傷者は数名にのぼり現在怪魔官が調査を進めています。関係者によると事件当時、現場には複数の一般市民が取り残されていたとみられ……」
緋真はベッドに座り、静かにテレビを見つめていた。その内容を聞くうちに胸の奥から強い怒りが込み上げてくる。
月影緋真「……くっそ」
爪が掌に食い込むほど、拳を握り込んだそのときだった。
病室の外で、見覚えのある人影が視界に入る。
――玄英。
包帯の巻かれた腕、顔に残るかすり傷。だが、それ以外に目立った外傷はない。
月影緋真(アイツも……生きていたのか)
緋真はベッドから立ち上がり、無言のまま病室の扉を開ける。そして、そのまま玄英を鋭く睨みつけた。
気配を察したのか、玄英もこちらに気づく。一瞬、驚いたように目を見開くが――すぐに視線を逸らす。
静寂が落ちる。
やがて、緋真は低く、押し殺した声で問いかけた。
「……なんで陽向が死んでお前なんかが生きてるんだよ」
その言葉に、玄英の肩がびくりと震えた。
玄英「……生きてちゃ悪いのかよ」
緋真の目を見据えながら玄英は鋭く言い返す。口調には少しも弱気なところはない。
玄英「家族に助けを呼んで……気づいたら、あの化け物がいなくなってた。悪いかよ。」
月影緋真「そうか、家族に助けを呼んだか」
緋真の視線が冷徹に、そして鋭く玄英を貫く。
月影緋真「陽向には?」
玄英「何を言ってやがる……なんでクソ薙の話になるんだよバーカ!!!!!」
その言葉には怒りと焦りが滲み出ていた。
彼の目がさらに鋭くなり、あたかも緋真を殴りつけようとするかのような目つきになった。
月影緋真「お前が陽向を呼び出さなければ、あいつは死ななかったんだ!!」
緋真の言葉が玄英の胸に深く突き刺さる
玄英「……クソが、何だよそれ」
玄英は拳を強く握りしめ、その力を緋真にぶつけるように声を荒げる。
玄英「俺だってクソ薙を殺すつもりではなかった!あんなことになるとは思わねぇだろ!!!」
その言葉に緋真は驚きを隠せなかった。
しかし、すぐに冷徹な目で玄英を睨みつける。
月影緋真「俺は陽向だけじゃない、家族も失った。」
玄英「クソ薙とてめぇの両親が死んだのは弱かったからだ!!!俺はカンケーねぇだろ!!!!怪魔が悪い!!」
月影緋真「でも、お前がアイツのペンダントを奪ってなければ……お前が、あんなことをしなければ……今、こんなことにはなってなかったぞ。」
睨みつける緋真の視線を、玄英は真っ向から受け止める。一切目を逸らさないまま、険しい表情で睨み返し、わずかに唇を歪めた。
玄英「知らねぇよ、クソッタレ……だから、なんだってんだ。」
挑むような声。怒りと苛立ちが混じった声音は、まるで自分自身に言い聞かせるようだった。
月影緋真「…………」
緋真は無言で拳を握りしめ、その震える手が何もできない自分を少しでも弱く感じてしまう自分を許せなかった。
沈黙の中、緋真の心はどんどん冷えていく。
暴力的な感情が湧き上がってくる。
陽向の最後の言葉が今も耳に残る。
――君がなってほしいな、怪魔官 。
自分が力を持っていれば――
怪魔の一体でも倒せたのなら――
怪魔らをすべて殺せたのなら――
緋真は無力さに胸が張り裂けそうになる。
緋真はもう耐えられなかった。
あの怪魔――
あの怪物どもを許すわけにはいかない。
許さない、絶対に許さない。
月影緋真「怪魔共、みんなまとめて――」
陽向と両親を奪った怪魔どもを容赦なく殺してやる。
彼らを絶対に許さない。
――この世から怪魔を根絶やしにしてやる
その決意が真の中で、強く、冷たく、硬く固まる。
この先どんな困難が待っていようとも、怪魔を殺すためには、何だってする。
彼の決意は揺るがなかった。
これは長き物語の序章、ただの幕開けに過ぎない。
『夜を知らない世界』【序章 完】
最後まで読んでくれてありがとうございました!!
とりあえず序章はこんな感じです!!
今後、この物語を作っていくかは未定ですが、それなりに気に入ってるので三ヶ月に一回くらいの超不定期更新でやっていこうかなーっと思ってます!!
ただ、これは試作版で、伏線やキャラの過去、結末等はあまり決まってない状態で制作しているので、途中からキャラの口調とか設定が変更されていくと思います。
また、活動するかは未定ですが、『夜を知らない世界』のTwitterアカウントを制作しました。興味のある方は是非フォローよろしくお願いします!!!
TwitterID @morinu0100