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    kuriyama_d

    @kuriyama_d 落書き・SSなど。

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    kuriyama_d

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    寄稿作品のサンプルです。
    一部体裁が崩れている部分があります。

    #刻学
    engravedLearning

     一番上の兄が結婚する。
     そんな手紙を受け取ったのは、瑳雲(さくも)がクロノ学園に入学して、ひと月ほど経った頃だった。
     急な話に驚きはしたが、義姉となる人の名前を見て納得したものである。柚葉という、香老舗の娘だ。瑳雲たち反物屋の三兄弟とは幼い頃から懇意にしており、特に長兄とは仲が良かった気がする。なるほど、お似合いの二人だと瑳雲は笑った。
     受け取った手紙には祝言の日取りと場所、家族の近況などが長々と書き連ねられ、そして最後に、やんちゃな末弟を案じる言葉が添えてあった。
     学業が大変なことは分かるけれど、たまには家に帰って両親を安心させるように、とのことだ。心配性な長兄の声が、はっきりと聞こえてくる。
    「たまに……って。たったのひと月じゃん」
     一体なにを大袈裟な。これではまるで、もう何年も帰省していないような口振りではないか。瑳雲は苦笑しつつ、机の脇に置いた小棚から、透かし模様の入った文紙を取り出した。早速、返事をしたためるらしい。
     はてさて、何を書いたものやら。
     瑳雲は小首を傾げた。
     家族への手紙なんて、ちょっと気恥ずかしい。何を書くべきか、書き出しから困ってしまう。机の前に座ってしばらく後、ああだこうだと悩んだ末に、結局は堅苦しい挨拶なんて全部すっ飛ばすことにした。
     結婚する二人への祝福と、自分は元気にやっている事、教師に関するちょっとした愚痴や、異国の奇妙な風習などを紹介し、そして最後に、結婚式には必ず出席する旨を書き綴ろうとした……のだが。
     筆を持つ手が、ぴたりと止まる。
    「……駄目だ」
     ある事を思い出し、瑳雲は呻いた。
     机に突っ伏して、そのまま動かなくなる。
     手紙の書き出しに悩んでいた時間よりもずっと長く、ずっと静かに、もう寝てしまったのではないかと疑ってしまうほどに。ずっと、ずっと、机に伏せて微動だにしなかった。
     そして瑳雲は、書きかけの手紙を握りつぶす。
     くしゃ、と小さな音がした。
     それが合図になった。
     瑳雲は勢いよく机から身を剥がし、手に持つ筆を壁に向かって乱暴に投げ捨てる。
     かと思うと、今度は自分の頭を思い切り掻きむしった。
    「駄目だ駄目だ! こんな姿じゃ会いに行けないっ」
     狭い自室の中をぐるぐる回り、雄叫びを上げ、清潔に整えた寝台に倒れ込むと、毛布をぐしゃぐしゃに抱き込んで、また何かを叫んだ。
     そうして少しは落ち着いたのか。
     瑳雲は投げ捨てた筆を床から拾い上げ、のろのろとした足取りで再び机に向かう。
     小棚から改めて取り出した無地の文紙に、彼は短くこう綴った。

    『兄ちゃん、義姉ちゃん、ごめん。
     小生は、結婚式に出られそうにない』

     その夜は何も手に付かず、一睡もできず。
     翌日から始まる中間考査の結果は、散々なものとなった。

       * ✿ *

     季節は過ぎ、マインドロップ地方は秋を迎えようとしていた。
     新設校ならではの小競り合いが絶えなかったクロノ学園も、最近は落ち着いている。教師や生徒会の尽力は勿論のこと、それに加えて、学園内の勢力図がほぼ定まったためだろう。つまり、誰が強いか弱いかはっきりした事で、ある種の秩序が生まれて余計な争いが減ったのだ。
     それでも、生徒同士の血気盛んな試合(けんか)は日常風景だった。なぜなら此処は、冒険者の養成学校なのだから。生徒同士、互いに研鑽し合うことを是とする校風である。
    「ふあああああ……」
     ある晴れた日の昼休み。学園の中庭には、くつろいだ様子の瑳雲がいた。
     周囲に誰もいないことを幸いと、彼は庭に置かれた木製の椅子にどかりと腰を下ろし、好物の三色団子を幸せそうに頬張っている。
     秋とはいえ、中庭に植えられた銀杏の葉は、青色をまだ色濃く残していた。柔らかな風に吹かれ、さわさわと葉が揺れる。その音が心地良くて、このまま眠ってしまいそうだ。
    「おっと。そろそろ時間じゃん」
     はたと気付き、瑳雲は中庭の時計台を見上げる。
     時刻は十二時二十分。
     昼休みが終わるにはまだ早い。いつもなら、次の授業が始まるまで此処でぼーっと過ごす瑳雲だったが、今日は特別な用事があった。
     数日前、彼は『沐黎(もくれい)』という名前で一つの依頼を出していたのだ。『大切な友達に贈る花』と銘打ったそれを、なんと請け負ってくれる生徒が現れたらしい。
     そこで今から、三階の空き教室で彼らと顔合わせをするのである。
     期待半分、不安半分。
     食べ終えた団子の串をゴミ箱に放り込み、瑳雲は中庭から校舎へと戻る。
     このまま空き教室に向かっても良かったが、廊下の窓に映った自分の姿を見て、少し気になった。
    「髪が、ちょっと跳ねてんな」
     もとより癖っ毛の瑳雲だ。髪を毎晩丁寧に梳(くしけず)り、学生には少々お高めの香油を丹念に塗り付けたところで、跳ねるものは跳ねる。それをハーフアップに結い上げ、櫛でわざと逆立てて誤魔化していたが、結い紐からちょろんと飛び出た一房が微妙に許せなかった。
    「更衣室、空いてるかな」
     女子制服を着た姿から考えると、やはり女子用の更衣室を利用した方が、今の瑳雲には自然だろう。しかし、それでは酷く罪悪感を覚えるので、いつも通りに男子更衣室へと忍び込む。
     幸い、更衣室はがらんとして誰もいないようだった。
     明かりは灯さず、薄暗い部屋の鏡の前で、瑳雲は手早く髪を結い直す。ついでに、午前の訓練で崩れてしまった化粧を整え、制服の裾に乱れがないかを確認すれば準備万端だ。
    「よっしゃ、小生は今日も可愛い!」
     気合いを入れるために、両手で頬を叩く。
     更衣室の扉をそっと開けて、生徒が行き交う廊下へと何食わぬ顔で戻って行った。そうして彼は、依頼の説明をするために、東校舎三階の空き教室へと足早に向かうのだ。
     うっかり蟹股歩きにならないよう、十分に気を付けながら。

       * ✿ *

     一条瑳雲は、エルフ族の男児である。
     反物屋の三男坊として生まれ、末子の気易さも手伝って、両親からは適度に雑に、そしてそれなりに甘やかされて育った。
     近所からの評判は、良くもなければ悪くもない。愛嬌はあるが喧嘩っ早く、行動力があっても思慮には欠ける。世間知らずの悪ガキ、というのが一番近いだろう。
     おだてると調子に乗り、怒られると途端にしょげる。弱い者いじめが大嫌いで、虐(しいた)げられている人がいれば、相手も見ずに首を突っ込んだ。
     そして何よりも、瑳雲は家族が大好きだった。家族の幸せを壊すモノは何であろうと許すことができず、だからこそ、彼は冒険者を目指すことになる……騙されて。
     それは記憶にも新しい、昨年の冬だ。瑳雲は疎遠だった父方の祖父に突然呼び出され、生まれて初めて一条家本邸の門をくぐった。
     向かう場所が場所だけに、行き先を告げると父親に猛反対されるだろう。だから「友人の家に数日ほど遊びに行く」と嘘をついて、雪華の舞う都を北に歩いた。
     初めて顔を合わせた祖父は、虚ろな目をした男だった。
     誰も信じていないのだろう。腐った落ち葉のような視線が、瑳雲に向けられる。祖父による品定めの時間は存外長く、老エルフがふかす煙管(きせる)の煙が、蛇のように部屋に燻(くゆ)っていた。
    「なあ。それって、爺ちゃんの身体にも悪いんじゃないの?」
     折角仕立てた着物に匂いが付くので、煙草の煙は嫌いだ。
     瑳雲は、身体に巻き付く蛇の頭を片手で払い除け、煙を掻き消す。それは粘っこく、僅かに重量を感じる煙だった。
     その様子を見た祖父が、ようやく納得したらしい。気怠げに口を開く。
    「知らぬ話だろうが、お前の父親は若い頃に罪を犯した。その尻拭いを本邸の者達がしているものの、そろそろ限界だ。一族の誰かが『借金』の取り立てでも行えば、いかに繁盛した店でも一瞬で潰れてしまうに違いない。それほど途方もない額だ。一攫千金でも狙わぬかぎり、反物屋の者はたちまち路頭に迷うだろう」
    「そんな……」
     瑳雲は仰天したが、祖父の話は嘘である。
     確かに、瑳雲の父は罪を犯した。けれど長い年月を掛けて己の罪を精算し、赦しを得て現在がある。だから『借金』なんて在るはずもない。
     ところが、瑳雲は嘘を信じてしまう。
    「一攫千金って言われても、困っちまうよ。小生は頭悪いし。……なあ爺ちゃん。皆を助ける良い方法はない?」
     そこで祖父から、冒険者という夢追い人の話を教えてもらったのだ。
     なんでも、冒険者の養成学校というものまで存在するらしい。隣の大陸では、来年度の開校を控えた新しい学園が、ちょうど一期生の募集を掛けているのだとか。
     今ここで入学を決意するなら、学校へ通うための費用を祖父が全額負担してくれると言うので、断る理由なんてない。瑳雲は合点承知と二つ返事で頷き、家に戻って家族をどうにか説得して、クロノ学園への入学を決めた。
    「いざ、異国の大陸へ!」
     瑳雲が暮らす島国から、隣のラグナ・ラギア大陸までは結構な距離がある。飛竜を借りての旅は怖かったので、彼は人生初の船旅に意気揚々と臨むことにした。
    「うげええええ……」
     ところが、どうやら彼は船酔いに滅法弱かったらしい。穏やかに揺れる船内で十日間ほど悶え苦しみ、どうにかラグナ・ラギア大陸の土を踏みしめた時には、死地から命からがら帰還した戦士もかくやの顔になっていたそうだ。
     しかし、それでも温和しくできないのが、悪ガキたる所以だろうか。
     瑳雲は入学式前日にクロノ学園へと辿り着き、その日の内に禁を犯して呪われた。
     禁足地とは知らずに立ち寄った祠で、厳かに祀られていた宝箱をまさかの素人根性(ビギナーズラッキー)で解錠してしまったのだ。
     宝箱を開いた途端に溢れる、呪いの言葉。
     放たれた黒い呪詛は、呪った相手を死に至らしめるだけでなく、その隣人すらを破滅させる、あまりにも強い怨みを孕んだものだった。
    「うっわ、やば」
     想定外の勢いに避ける間もなく、呪詛を頭からまともに被ってしまった瑳雲。
     黒き言の葉の渦に呑み込まれたからには、彼は此処で死なねばならない。
     けれど、そうはならなかった。
     悍(おぞ)ましい怨嗟の声を聞いた瑳雲は、一度は呪いを受け入れた。
     ただし、殺すのは己の命でも魂でもなく、別の何かだ。
     何にしよう、と考える間にも呪詛は身体を蝕んでいく。蝕まれた箇所は、もうどうにもならない。黒い言葉が巻き付いた身体は、とっくに手遅れだ。
    「くそったれっ」
     ならば、殺すのは身体でいい。でも身体が壊れたら、結局は命も死んでしまう。
     そうだ、有り様を殺そう。
     男という属性を殺す。そうして本来あるべき姿を失った肉体は、対となる女の形に変貌を遂げるだろう。これならまだ間に合う。かなり無理やりだが、瑳雲はそのように呪詛を書き換えた。
     呪詛を破ることも、もしかしたら可能だったかもしれない。
     けれど破られた呪詛は術者に返る。術者がすでに死んでいる場合は、その子孫に返っていく。この古い呪いを拒絶したなら、一体何人が不幸になるだろう。
    「洒落くせえっ」
     なおも瑳雲の身体を這いずる黒い言葉。
     それを力で捻じ伏せ、抗う怨嗟の声は恫喝をもって黙らせる。
     無論、容易なことではない。呪術に関する知識と、そして何より素質がなければまず無理だ。しかし、瑳雲には可能だった。
     一条家は、古来より朝廷に仕える呪術師の一族だ。先代当主である瑳雲の父親が、呪術を厭ってお役目を返上したため、その座は傍系に流れたが。
     けれど三人いる息子のうち、とくに三男坊は、幸か不幸か呪術の才に恵まれ過ぎていた。
     禁を犯したことは、クロノ学園にすぐバレた。
     提出済みの入学願書に男と記載した者が、少女の姿で現れたのだから当然だ。
     まだ入学前の部外者という立場だったため、瑳雲は校則違反ではなく、不法侵入ならびに窃盗の罪で私的に裁かれることになる。
     学園に到着して早々、大ピンチである。
    「頼むよぉ、小生に悪気は無かったんだってば。無実じゃないけど、無実なんだよぉ」
     瑳雲は可能なかぎりの低姿勢で謝罪と懇願を繰り返したが、クロノ学園の教師たちは厳しい表情を崩さない。狭い尋問室の中、瑳雲を取り囲む大人たちのほとんどが、彼の入学資格を永久に剥奪した上で、故郷に帰すことが順当だと述べた。
    「そんなぁ」
     入学すらできず、門前払いとなるのか。
     父親の借金返済の為にどうしても一攫千金を狙いたい瑳雲は、おいおい泣いた。
    「先生方、ちょっといいかナ?」
     すると一人の教師が、救いの手を差し伸べてくれたのだ。
     盗賊学科の担当だという教師は、演劇役者のようにこう言った。
     曰く、瑳雲の行為は罪である。
     けれど彼が呪いを一身に引き受けたことで、助かる命は確かにあったろう。死に至るのは、これから入学する生徒の誰かであったかもしれない。
     そこで校長ならびに教師の皆さま、如何だろうか。彼の入学を許可しては。
     勿論、ただでとは言わない。それ相応の条件を付けるべきである。
     一つ。身に受けた呪いは、自らの手で解くこと。
     一つ。身に受けた呪いを、誰にも伝えてはならぬ。
     一つ。身に受けた呪いで、他者を穢すことを禁ずる。
     条件に一つでも添えなかった場合は、退学(死)をもって償うこと。
     盗賊学科の教師は、人懐っこい笑顔で片目を瞑ってみせた。
    「……」
     提案を聞いて、瑳雲は黙った。
     この教師は、温情から言っているのではない。呪われた瑳雲を手元に置いて監視し、必要であれば処分するために、敢えて入学を許可しようと言うのだ。
     それと同時に、瑳雲は自身が行った呪詛の書き換えが不完全である事を知った。
     彼自身は生きているが、呪いの本質が消えたわけではないらしい。
     触れた者に死を与え、犠牲を嘆く者すら破滅させる膿んだ呪い。
     瑳雲を殺せぬと知った呪詛は、力を大きく削がれながらも形を変え、彼と共存する道を選んだようだ。今後、瑳雲が吐く怨みの言葉は明確な力を伴って他者を襲うだろう。
     瑳雲自身が、その破滅を望めば。
     目の前で笑う教師は、それを理解する人なのだ。
     瑳雲は震え、教師は言った。
     もし皆様が彼の軽挙を許し、優しさを持って故郷に帰すのならば、それは発動寸前の危険な呪具を人里に投げ入れる事と同義。
     ならば私は、此処に居並ぶ冒険者たちの長として、これを決して看過はすまい。
     君達が出来ぬと言うなら、いまこの時、この場で、私が彼の首を切り落とそう。
    「まあ、決めるのはボクじゃないけどネ★」
     ……如何かな?
     反論の言葉も、肯定の言葉も、何も出なかった。

     向かえた翌日の入学式。
     そこに、一条瑳雲(さくも)の姿は無かった。
     代わりに、一条沐黎(もくれい)という少女が、クロノ学園の一期生として名を呼ばれる事となる。
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