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    11月の新刊の冒頭です。省いている部分などもあるので内容は変わります。

    #流三
    stream3

    三井が詐欺にあい家が燃える話(仮) 思わず「え?」と間抜けな声が出た。
     がやがやとうるさい居酒屋で、三井は耳に当てたスマートフォンを握り直す。たった今聞いた言葉にまるで大量の水を頭からかけられたように全身が冷え固まった。
     かかってきたのはアパートの管理人からで、要約すると隣の家から出火して三井の住む部屋はほぼ全焼した、という知らせだった。警察が連絡したらしいが、繋がらなかったので再度連絡したとどうでもよい情報を続けている。だが、今知りたいのはそんな話ではなかった。ただそう思っても脳が理解することを拒否していてぱくぱくと唇が動くだけで、聞きたいことを具体的に口に出すことができない。
     そのとき、目の前にいた男がどうしたという風に首を傾げて視線を合わせてきた。高校の後輩で腐れ縁といって良い相手である宮城だ。三井が電話をとったまま動かないからか、もしくはビールとハイボール数杯分のアルコールで火照った顔色が瞬時に消えて蒼白にでもなっているのだろうか。その男を見て少しだけ冷静になった三井は、そちらに視線をやったまま電話相手に返していた。
    「とりあえず、すぐに行きます!」
     口にしてから、それが一番良いと自分で納得する。立ち上がると財布に入っていた万札を渡し、店を出ようとしたところで腕を捕まれる。
    「三井サン、そんな慌てて何があったんすか?」
    「……俺ん家が燃えた、らしい」
    「はぁ⁉」
     宮城はそう大きな声を出して立ち上がった。その反応が普通だろうと思いながら、三井はこれからの行動を伝える。
    「だから、家帰る」
    「俺も行きますよ」
     それに三井は、「おう」だとか「ああ」だとか中途半端な返事をしつつ、動転している状況から頭を冷やすにはその方が良いだろうと甘えることにしてすぐに会計をすると二人で連れだって外に出た。
     先ほど支払った金を鑑みて、ここから帰るのなら電車でと考えたけれどすでに宮城がタクシーを止めていた。三井はとある事情で金がないので本当は避けたいが今回は仕方がないだろう。その車に飛び乗ると、自分の家の方面を告げた。
     ひんやりと冷房の効いた車内で考える。全焼、となるとどの程度ひどいのだろうか。全てが燃えていることを示す言葉だとは分かるが数時間前に家を出たときの自分の部屋の状態を結びつけることができずに混乱していると、隣に座って居た宮城がスマートフォンをこちらに向けた。
    「これっすかね?」
    「お、ああ?」
     動揺でおかしな声が出たが、そこに映し出されたのはまぎれもなく三井の住むアパートだった。野次馬がSNSに投稿したものを検索したらしい。その惨状を見た限り、家にいない時で良かったというのが一番だけれど、それ以上のことはうまく思考ができなかった。




    「マジでどうするよ」
     ホテルのダブルベッドに座り、頭を抱えて三井は自問自答する。
     自宅のアパートに向かえば、見事に部屋は燃えていた。諸事情で築年数を重ねすぎている木造の家に住んでいたのでそれはひどいありさまだった。隣の家の住人が寝たばこをして燃え広がったとかそういう話しを聞いた気もするが、あまり覚えていない。
     一応保険には入っているので修繕費用自体は発生しないけれど、家電など家にあったものは補償対象外らしい。この仕打ちは理不尽すぎてどうしてよいのかわからなかった。というより、これから当面の生活が厳しい。そうして悩んでいると、風呂から出た宮城が戻ってきた。帰る場所がなく、この男が泊っているホテルにとりあえずやってきたからだ。
    「いや、何でまだここいんの。部屋取れって言ったじゃん」
    「うるせぇ、慰めろ」
    「まあ、災難すぎるけどさ」
     宮城は三井と同じプロバスケット選手ではあるが、地方のチームに所属しているので家は遠い。オフシーズンである今、仕事の都合でこちらに来ていたのでたまたま飲んでいたのだ。そして、三井の最悪の事態に立ち会った。
    「……ここに一緒に泊まって良いか?」
    「は? ぜってぇーやだ」
     そういって薄情な後輩は勝手にフロントに電話をして、空いている部屋をとってしまった。幸い残り一室空きがあったらしいが、シングルのようだ。三井の身体的に狭いので少しだけ考えて隣にいる男を見る。
    「ここダブルだろ? 交換してくんね? お前はベッド小さくてもいけるだろ」
    「あ?」
     地獄からやって来たような低い声で告げられ睨まれ、地雷を踏んだらしいと気づいたときには「早く出てって」と背を蹴られていた。とぼとぼと肩を落として入り口に向かったところで、急に宮城が真剣な顔で問うてきた。
    「あんたさ、家燃えちゃって新しいとこ借りられんの? 今金ねぇんでしょ?」
    「……」
     答えられずにいると沈黙が落ちる。それに驚いたのか宮城も引きつった顔でこちらを見ているのでさすがに後輩にこの姿をさらすのは情けなさすぎると「何とかなるだろ」と告げて部屋を出た。
     風呂無しの貧乏学生が住むようなボロアパートだってあるはずだし、選ばなければきっといけるはずだ。今の部屋も似たようなものだったが、その結果、火に弱く全焼してしまったから次も同じことが起こらないとも限らないが。
     しばらく考え、今よりグレードを上げるとなると敷金、礼金に加え、燃えてしまった家電や家具費用も両肩に重くのしかかり、肺の空気がなくなるほどの深いため息を吐いた。だが生きていくためには拠点がいる。
     チームの寮に戻るかとも考えたが、年齢制限があるし一度出た人間がそうするのも難しく、ホテル暮らしも金額がばかにならないので、しばらく友人の家を転々とするしかないと考えながらエレベーターに乗り込んだ。
     プロバスケット選手なのだから収入も人並みに三井はあった。プレーもさることながら見た目も良いのでCMや雑誌なんかにも出たこともあるから少し前までは通帳だって潤っていたのだ。だが、今はそれが寂しいことになっている。小さく息を吐くと宮城に勝手に取られた部屋にチェックインするためにフロントに向かった。
     財布の中身を見ると諭吉が数枚まだこちらを見ていてほっと息を吐いた。




     翌朝のことである。
     燃える家で必死に火を消している夢を見て目が覚めた。悪夢だと思うと同時に、現実も似たようなものだったと思い出して打ちのめされる。
     ただ、カーテンの隙間から漏れる光は三井の心情など知らぬとでもいうように明るく眩しかった。最悪なことが起きても平等に夜は空けるのだと当たり前のことを考えながら狭いベッドで寝たせいで縮こまった身体を大きく伸ばしたときスマートフォンに着信がきた。
     ディスプレイを見ると相手は宮城だった。今朝は朝から仕事があると言っていた気がしたので首を傾げる。だが、時計を見るともうチェックアウトぎりぎりの時間だったから、こちらに来た理由を終えてこれから飛行機に乗るとかそういう連絡だろうか。死なない程度に頑張って、とかひどいことを言ってくるつもりかもしれない。小さくため息をついて三井は電話に出る。するとすぐにこちらを確認する声が聞こえた。
    「三井サン?」
    「おう、俺以外に誰がいんだよ」
     そう不遜に言ったのに、自分でも驚くほど掠れていた。
    「声だけで沈んでんのわかんね」
    「うるせぇな。おめぇは理由も知ってんだろうが」
    「まあそうだけど」
     その言葉に腹が立っていると、意外なことを振って来る。
    「あんたに良い話があってさ」
     その言葉にびくりと身体が竦んで、スマートフォンを握る手に力がこもる。〝良い話〟なんてものはこの世に無いとここ一年のできごとで知っているからだ。だが、相手は宮城だ。高校の時から知っているし、信頼もしている。この男は例外だろうと、しばらく嫌な感じに鳴った心臓あたりに手を置いて呼吸をすると耳を傾けた。
    「何だよ」
    「流川、わかるでしょ?」
    「……おう」
     その名前に動揺しつつも頷いた。こちらも高校の後輩だ。ただ、宮城とは関係が少し違う。あることを思い出して手のひらに薄っすら汗をかいた。そこで、自覚はなかったが自分は思ったより地雷が多い人生を歩んでいるらしいと関係ないことを考えていると次の言葉が続いた。
    「今、仕事で会ったんだけど、あいつ日本に帰って来てんのね」
    「あー、オフだからか」
    「それもあるけど、こっちにも拠点あるらしい」
    「拠点?」
     長らくアメリカでNBAプレーヤーとして活躍していることは嫌と言っていいほど知っている。湘北高校一の出世頭だ。ずっと米国にいるのだと思っていたが、違うらしい。すると宮城が答えた。
    「そ。で、こっちに家買ったんだって」
    「買った⁉」
    「ほとんどアメリカいるくせに金あるよね」
     その言葉に同意したところで、少しだけこの先の展開が見えたような気がして三井は唇を噛んだ。すると宮城がこちらの返事を待たずに続ける。
    「三井さんの家が燃えた話ししたらさ、部屋が余ってるって」
    「そうか」
    「いや、そうかじゃないでしょ。そこ喜ぶとこ。家が決まるまでタダであんたのこと置いてくれるって」
    「でも、……わりぃだろ」
    「何遠慮してんの? 今そんなこと言ってらんないでしょ」
    「……」
     三井はすぐに返事ができずにいると、急に宮城がとある場所を告げてくる。このあとすぐにそこへ来いということだった。どうやら二人は今一緒に居るらしい。断ることもできるがそこに流川もいるのだ。そう考えると、さすがにそのまま無視をすることはできなかった。さらにいえば、あの男が何を考えているかはわからないが、条件としては破格だ。これ以上ない申し出だろう。三井は昨夜から何度目かわからないため息をついて指定された駅に向かった。

     今回の移動はタクシーでなく電車を使う。
     車窓に写った生気のない自分の顔を三井が見つめているとスマートフォンが震え、詳細が送られてくる。そこは、駅から少し歩いたところにあるカフェだった。
     浮かない気分で真っすぐ指定された場所に向かい店員に待ち合わせだと伝えると、奥まった席に宮城と流川の姿があった。表情に出さないように努めたが、その姿に小さく息をのむ。宮城は昨日ぶりだが、流川は数年単位で会っていない。試合の中継や、ニュースで見ることはあったし、三井が追加召集された全日本の合宿などで顔を会わせることはあったがそれくらいだ。
    「こっちっす」
     三井が立ち止まっていると、宮城がそう声をかけてきた。
    「おう」
     そう返して近づく。どちらの隣に座るかはわかり切っていて、身体の小さな宮城の横の椅子を引くと斜め前にいる男と目が合った。
    「久しぶりだな」
    「っス」
     相変わらずの無表情で小さく頷いた男は、じっとこちらを見たままで居心地が少しだけ悪くなる。そんな二人の様子には気づかなかったのか、アイスコーヒーを飲んでいた宮城がさっそくその場を取り仕切るように口を開いた。
    「流川の家、部屋余ってるんだろ?」
     その問いにちらりと宮城に視線をやった男を声は出さずに頷いている。そして、もう一度三井を見て口を開いた。
    「あんたが使っても構わねぇ」
    「……」
     三井は流川の様子を見つめる。相手がそれこそ宮城や、同じ後輩である桜木であったら「わりぃな、助かる」だとか何とか言ってすぐにその申し出を受けていただろう。だが、その二人とは違ったのは、流川との間に別の過去があるからだった。唇を噛んで言葉を探していると宮城が訝し気な表情でこちらを見て言った。
    「どうしたの? こんないい条件ねぇよ? あんたの前の家に比べたら部屋も風呂も倍以上あると思うし」
     その言葉は間違いではないし、もともと遠慮する性格でもないので願ったりかなったりの申し出である。だが、三井はもう一度問うていた。
    「お前、本当に良いのか?」
    「別に」
     じっと見つめると、重いひとえ瞼の視線を一瞬こちらに向けたあと興味がなさそうに逸らした。そこに感情を読み取ることはできない。この男に自分は恨まれていると三井は思っていたが、違うのだろうか。
    「じゃあわりぃけど、しばらくの間頼む」
     三井が絞り出して答えれば、流川はまた興味がなさそうに頷いただけだった。
     そのあとは、店で呼んでもらったタクシーに流川と三井は乗り込んだ。このまま帰宅するというので着いていくためだ。
     宮城は二人のやり取りを見届けると用は済んだとすぐに帰って行き、それからは無言で今に至る。普段であれば、この気まずい時間を持たせるために言葉を紡いだだろうが、この男相手だと簡単にはいかない。だからといって性格上、何も話さないわけにはいられず声をかけた。
    「ありがとな。正直助かった」
    「キャプテンが、あんたのことこのままだと路頭に迷うって言ってたから」
     反論したいが、絶対にそうはならないと否定できないのが辛いところだ。けれど、理由を言われて流川が自ら言い出したわけではないのだと知れた。
    「……だよな」
    「だよなって何がすか?」
    「いや、宮城がお前に頼み込んでくれたってことだと思って。じゃなきゃ俺のことなんて嫌だよな。なるべく早く出てくから」
     三井は一応気を遣って告げたが、流川が着目したのはその言葉ではなかったようだ。
    「どうやって?」
    「……ダチの家に行くとか、」
    「誰?」
    「お前の知らねぇやつだよ」
    「だから誰って聞いてる」
    「あぁ? ……徳男とか」
     そう答えると鼻で笑われた。流川も知っている人間だったからだろう。だが、咄嗟に出ただけでその選択肢は限りなく低い。堀田は、最近子供が生まれたばかりで嫁がナーバスになっているという話しをきいたばかりだからだ。そんな折に金のない三井が転がり込めばきっと微妙なバランスを何とか保っているだろう夫婦仲がさらに悪くなってしまう。そうなると、大学の知り合いかそこらだ。実家は、今はこの地になかったし両親に話していないことも多くあるから選択肢にはない。
     会話が途切れたところでちょうどマンションに着いたようだった。流川がカードで金を払い三井は後に続く。そこは都内の一等地でさらにだだっ広い共同ロビーがあり、コンシェルジュがいるマンションだった。同じ高校でバスケットをしていたはずなのに自分との差に嫌気がさした。
     部屋まで直通のエレベーターに乗り込みカードキーを翳すと扉を開ける。流川の後に続けばリビングに通された。家具はすでに入っていてセンスのいいソファとローテーブルが置かれ、毛の長いラグも高級そうだ。ダイニングも六人掛けのテーブルセットが置かれていた。流川や三井の身長よりもずっと大きな窓からの景色も良い。まさしく成功者の住居だった。
    「あんたの荷物はどこにあんの?」
    「……これだけだ。全部燃えてっから服とかもねぇ」
     スマートフォンと財布を見せながら言う。幸い身分証明書やキャッシュカード、クレジットカードなどは財布の中に入っていた。そのとき流川は初めて驚いた表情を見せる。
    「……だったら買い物が先だった?」
    「あー、まあそうだな」
     ホテルの代金は一万円弱だったが、宮城が気を利かせて払ってくれていた。落ち着いたら返してと言われたので頭が上がらない。小さく息を吐いてここ数日生きて行くだけの日用品を買う金は手元にあると考えたところで流川がまた問うてくる。
    「貯金は?」
    「……」
     言いたくなくて口を閉ざしていると、もう一度同じことを聞かれる。昔と変わらず気を遣うといったことをしてくれる人間ではないらしい。
    「無いの?」
    「少しあるけど、税金が払えなくなるといけねぇから使えねぇやつ」
     プロバスケットは年俸制ではあるが、十二で割った収入が月々入る。持っていた貯金はすっからかんになったので、昨年の税金を払うだけの分を別にしている状況だ。CMや雑誌などの副収入で得た額が今になって痛手になっている。三井の状況を知ったらしい流川は、黙ったままこちらをしばらく見ていた。それに不貞腐れた気分になって口を開く。
    「笑いたきゃ笑え」
    「……別に」
     そこまで言い、流川は興味なさそうにリビングを出て行く。けれど、数歩進んだところで「着いてきて」と聞こえたので三井もその背に続いた。
     たどりついた先は、マスターベッドルームでキングサイズのベッドにウォークインクローゼットのある部屋だった。歩き回れる広さのそこには服や、鞄、キャップなどが置かれている。この男は無頓着そうに見えて服については案外オシャレだったことを思い出した。入り口で見ていると、作り付けなのか後から付けたのかわからないが、その棚の一つをがさがさと漁り、三井の前にいくつかの服を投げ捨てる。
    「これあげる」
    「あ? こんないいやつもらえねぇわ」
     流川に放られたのは上下揃いのスウェットだったり、ラフなものが大半だったが、一流ブランドのものだ。例えこの状況でも後輩にそんなことはさせられないと首を横に振ると流川はこちらを見ることなく答える。
    「スポンサーからもらったけど小さかったから着てねぇやつだから」
    「……ありがと」
     そこまで言うと流川は今度は違う棚を漁り、Tシャツとバスパンを投げてよこした。首を傾げていると目の前の男は着ていたブランド物だろうTシャツを脱ぎ捨てて裸になる。鍛え上げた広背筋が目に入り、驚きに固まった。そして同時に、ここが寝室だということに気づいた。そのとき、この破格の待遇はそういうことなのかと考えて背中に焦りで薄っすら汗をかいていると、流川がこちらを見下ろしていた。
    「何?」
    「えっと、何で?」
    「何でって何がすか?」
    「いや、服脱ぐ意味がわかんねぇっつぅか」
     状況が読めずに視線を逸らしたまま目を白黒させていると流川は三井の心の内に思い当たったようでこちらを見て鼻で笑った。
    「……意識してんすか?」
    「うるせぇ。するだろ」
     馬鹿にされたように言われて三井は吐き捨てるように答える。すると流川は少しだけ意外そうな顔をしてこちらを見た。
    「忘れてっかと思った」
    「んなわけねぇだろ」
     思わず小声になるが、さすがに忘れるはずなどないだろう。十年以内の記憶だからだ。しかし目の前で鍛えられた肉体美を披露している相手はさして興味もなさそうに続けた。
    「ふーん、まあいいや。早く着替えて」
    「あ? 着替えてどうするんだよ」
    「バスケしかないでしょ」
    「え?」
     目を丸くしていると次の質問をされる。
    「バッシュは?」
    「チームのロッカー、……あ!」
     オフシーズンだから自主練や撮影で使うこともあるだろうと一番気に入っていたものを持って帰ってきていたことを思い出す。そうなると、あの部屋と一緒に臨終しているはずだ。けれど予備がいくつかあるので伝えると流川は頷いて答えた。
    「じゃあ、取りに行こ」
     そう言って流川はボトムスも脱ぎ捨て着替えを終えると、その上に下だけジャージを重ねてクローゼットを出て行く。当たり前だが結局三井が予想したことは起こらなかった。その背を何となしに見つめていると、「早く」と声がかかって慌てて服を着替えた。



     流川はオフシーズンの間は、日本で週に数度トレーニング施設が併設された体育館を数時間、貸し切りにして練習をするつもりらしい。そのためこれから数か月はこちらにいるようだ。
     そして、それに誘われた三井も自主練に付き合うことになった。オフシーズンに必要なトレーニングだったし、NBA選手とできるのなどプラスしかないので願ったりかなったりである。
     ただ、海外で活躍し日本でも名の知れたバスケットボールプレーヤーである流川が声をかければ練習相手に駆けつける人間は多くいそうだが、特にそういう振る舞いはしていなかった。もう少し人数が必要な内容や、試合形式の練習をしたい場合は人を呼ぶのだろうが。
     それゆえ体育館には、トレーナーもおらず流川と三井だけだ。基本的なプランは作成済みで、ウエイトトレーニングをする際は付いてもらうこともあるようだがボールを使った練習をするときは一人きりのつもりだったらしい。このストイックな男なら自分の調子なども判断できるのだろうと考えていると、怪我をしないように身体を温め、ストレッチを終わらせた流川が黙々とシュート練習を始めた。
     昔からフォームはきれいだったが、確率は格段に上がっていた。シュートがうまい選手と言えるし、流川の持ち味は中も外もどこからでも得点が狙えるところだろう。試合は見ているが、チームメイトの信頼も厚く世界最高峰の舞台で活躍している。あの住居もその証だろう。
     少しだけ気が滅入ったが、日本と米国で拠点は違うとしても三井だってプロ選手として活躍していて、スリーポイントにおいては三本の指に入るだろう。私生活がぐちゃぐちゃであってもその精度を落とすわけにはいかないと、反対側のリングでシュート練を行おうとしたところで、流川がこちらを振り向いて口を開いた。
    「先輩、あとで一対一の相手して」
     その言葉に、既視感が湧くと同時に酷く懐かしくなって、どうしてだか胸が僅かに軋んだ。
    「何?」
    「いや、別に。やろうぜ」
     そう答えて笑ったけれど、三井の心に抱えていたものの正体はわからなかった。




     改めて二人きりになるのは練習を終えて、帰宅した後だった。
     三井は流川にもらった着心地の良いスウェットの上下を着てソファに座る。
    「飯とかどうする?」
     ルールが何も決まっていない生活に問えば、自室に行こうとしていたらしい男が振り返った。
    「俺は自炊するけど。先輩は好きにしていい」
    「んー、じゃあ買い物行ってくるわ」
    「……金あんの?」
    「生活費くれぇはある」
    「そう。スペアキーはこれ。エレベーター乗るとき翳して」
     流川はそう言って部屋から取ってきたカードを三井に投げてよこした。
     なるべく食費を節約しようと検索するが、都内の一等地のせいか近くのスーパーは割高で少し遠くまで足を運び、食材をそろえる。一パック二百九十八円のしめじはさすがに買うことができなかった。豚肉が安かったから生姜焼きにでもしようと算段して他にも頭の中でレシピをざっと考えてまとめ買いをした。明日からも生活は続いていくからだ。袋代も積み重なれば、ばかにならないので持参のエコバッグに入れて荷物を手に、流川の家までの道のりを歩く。
     そうして慣れぬ街並みを見つめながら三井は流川が自分のことをどう思っているのだろうかと考えた。もし、あの男の立場だったら自分は受け入れるだろうかと首を傾げたが、先輩である宮城に頼まれたら断ることができなかったのかもしれない。しかし、すぐにあの流川がそれほどのことで引くだろうかという気もしてくる。そうなると、バスケットの相手ができるというところに利点を覚えたのかもしれない。
     そのとき、目の前を横切っていった人物がある男に似ている気がして思わず三井は立ち止まった。心にさざ波が立つようなざわつきが走り、気づけば相手を呼ぶ声が出ていた。
    「おい!」
     三井の声量に驚いたのか相手はすぐに振り返ったけれど、その顔は全く知らない人間で面食らっていると、訝し気にこちらを見ている。
    「……あの?」
     恐る恐るというように返されて慌てて首を横に振って頭を下げた。
    「すみません、人違いでした」
     すると、一瞬迷惑そうに眉間に皺を寄せ足早に去っていった。三井も気恥ずかしさを感じて速度を上げて歩き出す。よく見れば顔も背格好もそれほど似ているわけではなかったのに、間違えてしまった。その人物は、三井をこの状況に陥れた人間だ。思い出すと腹のあたりにやり場のない感情が吹き出し、けれどそれを内にとどめることはしたくないと一緒に吐き出してしまうために肺の空気がなくなるようなため息をついた。



    「なあ、冷蔵庫使って良いか?」
     帰宅すると三井は、自室にいるらしい流川にドア越しに話しかける。すると、返事の前に部屋からのそっと男が顔を出した。
    「冷蔵庫?」
    「おう。食材買ってきたから」
    「別に、好きにしていい」
    「ありがとな」
     許可を取ってキッチンに向かうと流川もどうしてだか後をついてきた。ワークトップにエコバッグを置いたときにきづいたが、この男の身長に合わせて選んだのか高くできている。これで料理をすれば腰が楽だろうと考えていると流川がこちらを見ていることに気づいて三井は首を傾げた。
    「どうした?」
    「先輩、料理すんの?」
    「おう。器具も使って良いか?」
     見回せば、一通りの料理ができそうなものはすべてそろっているので問えば流川は頷いた。そして新たな質問をしてくる。
    「何作んの?」
    「豚肉が安かったから生姜焼き。お前が先にキッチン使うなら譲るぜ」
    「……」
     三井が提案すれば、流川は黙ったままこちらを見ている。その意味を図りかねてしばらく室内に沈黙が続いたが、もしかしてと考えてから問うてみた。
    「お前も食う?」
    「あんたが面倒じゃなければ」
    「面倒じゃねぇよ。それにお前にはこれくらいじゃ足りないくらいだろ」
     感謝が、ということだ。家賃を払わずこれほどいい家に住ませてくれ、そして自主練の環境だってそろえてくれている。
     それに料理は寮生活をやめてから一通りできるようになっていた。三井自身、もともとフィジカルはそれほど強くなく、好不調の波も激しい体質だ。身体に摂取するものから変えようと思い食べるものには気を付けることにし、わずかばかり勉強をしたのだ。以前のボロアパートはキッチンも申し訳程度の設備しかなく、コンロも一口だったからそれに比べればここまで使いがっての良さそうなところなら破格の待遇だし、これまでより手の込んだ料理もできそうな気がする。
     三井が効率を考えて頭の中で算段をし、支度を始めても流川がこちらを見続けていることに気づいて顔を上げる。
    「見張ってなくても変なものは入れねぇよ。できたら呼ぶ」
     すると、流川はハッとしたようにこちらを見たあと何も言わず部屋に戻っていった。


    「どうよ?」
     三井が用意した料理を前に問えば、黙って口に入れた流川がこちらをちらりと見る。
    「悪くねぇ」
     素直でないが、文句を言わないという点において三井の料理の評価は上々だったらしい。
    「ちょっと勉強したしな」
    「意外」
    「身体が資本だし、できるだけバスケは続けてぇしな」
     流川はそれ以上は特に何も言わず、三井が作った料理を黙々と食べている。その姿を見てある考えが浮かんだ。
    「自炊するって言ってたけどお前は料理できんの?」
    「できるけど好きなわけじゃねぇから、仕方なくやってる」
     理由はあんたと同じ、と続けられて会話をあまりしたくないのだろうかとは思ったけれど、三井は先ほど浮かんだことを口に出してみた。
    「じゃあここに置いてもらう間、俺が飯の支度するのはどうだ? そんなレパートリーとかねぇし、まだ勉強中だけど」
     その問いに流川は、付け合わせのサラダのきゅうりに手を伸ばし、こちらを見ずに答えた。
    「家賃ってことでお願い」
     やはり作った生姜焼きは美味かったらしい。
    「おう、任せろ。いらねぇ日は言えよ」
     流川はポリポリと咀嚼したまま頷いた。三井は、自ら行った提案により、少しだけ心が軽くなる。罪悪感が一つだけ減ったような気がするからだ。だが、心に凝り固まってあるその気持ちはこの家に破格の条件で置いてもらっていることが原因ではなかった。


     食事の片づけを終え、キッチンから出たときリビングのソファに座って居た男と視線があった。どうやら三井がやって来るのを待っていたようだ。
    「あんた騙されたんだって?」
     その言葉に驚いて立ち止まるが「何で知ってんだ」という言葉が出かかったところで、伝えたのは宮城かと気づく。人並み以上の収入がありながらも、簡単に全焼してしまう古い木造アパートに住んでいた理由はそれだ。だが、何と答えて良いかわからずに逡巡していると流川が立ち上がって三井の前までやってきた。その姿を思わず見つめ、高校生の頃からついた身長差に僅かに驚いた。十五歳と、あと数日で十八歳という時に出会っているのでその後の成長の幅はどうしても流川の方が大きくなる。すると、三井が黙ったままだからせかすように流川はさらに言葉を続けた。
    「どんなやつ? あんた騙したのって」
    「……別に関係ねぇだろ」
     これほどの対応をしてもらっているのに、気付いたらそう吐き捨てていた。自ら口にしたい内容ではないからだ。流川には口を閉ざしたがそれは、スポーツで怪我をした子供たちのリハビリセンターを作りたいといって出資を募っていた相手だ。大学時代の友人で同じバスケットボール部だったが、怪我をして続けられずに引退したのだ。それから縁遠くなりしばらく会っていなかったが、たまたま再開して会う仲になってその話を持ち掛けられた。今考えたらおかしい点や、辻褄が合わない箇所がたくさんあったかもしれないが、三井は信じてしまったのだ。大学時代、失意の気持ちで辞めていく男に何もしてやれなかったという罪悪感もあって信じたいという心もあった。
     今思えば詐欺の手口だったのだが、その男の親族まで紹介されて疑う気持ちを持つことはなくなった。そして結果的に建設予定地や設計図、事業紹介もされて、数人のプロスポーツ選手から募っていたらしいと知る。その一人が三井だった。
     気づいたのは、有り金のほとんどを巻き取られたあとで、被害者の中には訴訟を起こそうとしていた者もいたが本人が行方不明になりできなかった。そんな中、三井だけは裏切られたことがショックでぽっかり胸に穴が開き、それを怒りに変えることができないまましばらくすごすことになったのだ。ただそこで数人の別の友人たちに手を差し伸べられ、心に傷が残ったままだけれど、また前を見て生きようとしていた矢先だった。そこまで思い出して苦い気持ちになったところで、流川にまだ見下ろされていることに気づいた。
    「好きだったの、そいつのこと」
    「はぁ?」
     相手は友人でそういう関係ではない。ただ、怪我をした時に三井と同じ境遇でさらに復帰もできなかったので心配していたし、部活のメンバーの中では仲の良い人間であっただけだ。流川の問いの意味が分からず眉間に皺を寄せるが、男は引かずに質問を重ねてくる。
    「あんたの男だったのって聞いてる」
    「ちげぇよ」
     そう答えたけれど、流川は馬鹿にしたようにフンと鼻を鳴らしている。
    「警戒心足りねぇんじゃねの?」
    「そうだな」
    「何があったらそんなことになるのかわかんねー」
     吐き捨てるように言い、そのままリビングを出て行ってしまった。その言葉はまだ癒えぬ心を僅かに抉ったけれど、三井自身そう思うので反論することはできなかった。


     スーパーに行った際に帰りに寄ったドラッグストアで買った歯磨きを済ませ、流川に与えられた自室に向かったときにあることに気づいた。その部屋は八畳ほどで、それ以外に大き目なクローゼットがついていてそこ事態に文句はない。だが、布団などの寝具が全くなかったのだ。もしかしたら、それも自分で用意しろということだったのかもしれないと青くなる。この時間で調達するのはさすがに難しいからだ。床で眠るという選択肢も厳すぎるし、食事にいくら気を付けても物理的に身体に負担がかかりすぎるだろう。そのとき、もしかしたら流川の寝室に予備の寝具などがあるかもしれないと三井はそこに行ってみることにした。
     一通り家の中を紹介されたときに中を少しだけ見た寝室の前で立ち止まると、ドアをノックする。すると中からすぐに流川の声が聞こえた。
    「何?」
    「開けて良いか?」
    「別にいい」
     扉を開けると中には、驚くほど大きなベッドが鎮座していた。おそらくキングサイズより大きい。特注だろうなとよぎったけれど、縦幅を流川の身長に合わせたら日本製では収まらないからだろう。
    「わりぃ、布団とかあるかなって思って」
     そのとき、流川がしばらく固まったのでどうやらそこまで思い至らなかったらしい。リビングにはソファもあるけれど、この男の身体に合わせていないのかそれほど大きくなく横になるのはきついのだ。どうするか考えていると、流川がぽつりと答えた。
    「ここの端で寝れば」
     ここの、とは同じベッドということだろう。確かに眠っても問題なさそうな広さである。それに流川と三井は同じ性別で、部活の先輩と後輩という間柄だ。合宿などのときはもっと狭い場所で雑魚寝をした仲である。けれど、三井はある理由から首を横に振った。
    「さすがにそれは」
    「何で?」
    「……だって、おめぇ」
     そこまで答えた頭の中に浮かんでいた言葉を告げられずいると、その動揺が伝わったのかベッドに座ってスマートフォンをいじっていた男がこちらを見た。
    「俺に手出されると思ってる?」
    「……」
     核心をついた問いに三井は思わず視線を逸らした。けれど、そう考えるのは仕方のないことだと思う。何故なら流川と三井は付き合っていたからだ。といっても、一年も続かない関係だったけれど。もう何年も前の話で三井が高校を卒業してすぐその関係は終わった。というより三井が振ったのだ。理由をあげるとすれば、当時は今よりもマイノリティが認められていなかった。誰にも言ったことがなかったし、言える空気でもなかった。ただ、それでいいと思って付き合ったのだが、正直に言えば流川の本気が怖かった。もともと三井は男が好きというわけではなかったし、周囲に彼女ができたり、当たり前に結婚して子供を作ると思っている家族にそういった未来の話を振られて自分がしていることに迷いが生まれた。
     それだけの理由で振っていたのだ。今考えれば自分がどうしたいかが大事だから周りに流されるなど滑稽だが当時はそれが正しいように思えた。だが、相手は流川だ。簡単には引かず何でだと強気に詰められ、好きだと思ったのは勘違いだったと自分でも最低な答えを出した。
     その後、この男がどういう表情で自分を見たのかという事実からは恐ろしくて視線を逸らした。そこまで思い出したところで、呆れたような流川の声が響く。
    「あのさ、あんたと違って困ってねぇんすけど」
     驚きに三井は目を瞠る。三井の知る流川からは想像できない言葉だったからだ。けれど、流川はため息をついてやれやれと肩を竦めている。急に羞恥心が湧いてきて三井は頭をかくとベッドの端に座った。
    「……そう、だよな」
     俺だって困ってねぇわという三井らしい返しは口の中から外には出ず、そんな言葉だけが漏れた。確かにNBA選手でこの見た目だ。出会った頃から桁違いに女にモテたが今ではさらに引く手あまただろう。だから、もう十年近く前のことを思い出して勘ぐった自分に羞恥心を覚えた。するとそれきり三井が黙ったからか流川がこちらを覗き込んでくる。
    「何? 手だしてほしかったんすか?」
    「あ?」
    「あんたがどうしてもっていうなら……いや、ムリか」
    「自己完結してんじゃねぇ! それに、んなことこれっぽっちも思ってねぇよ」
     やっと本来の三井らしい言葉が出て自分で安堵する。
    「わかってればいいや、もう寝よ」
     流川はそう告げると、スマートフォンをワイヤレス充電器の上に置き、そのまま目を瞑った。この男がこの数秒後に眠ってしまう性質だということは三井も理解している。小さく息を吐きだして、流川の頭の近くにあったリモコンを引き寄せ電気を消すと端まで戻り、三井も背を向けて目を瞑った。

     その夜、夢を見た。
     それは久しぶりに高校生の頃のもので流川と付き合っていた時のことだ。
     今と同じように二人でベッドに眠っている。けれど当時は、互いの実家でのことで、これほど広いベッドではなかった。親に布団を用意してもらったのに使わず、ぎゅぎゅうのそこに二人で入り、もっと寄り添って狭いと笑いあっていた。初めのうちは、そんな甘酸っぱい記憶を反芻していたのに急に場面が変化し、流川を振った日に切り替わる。
     その時の男の顔は見ていないというのに、夢の補正なのか、三井の心情が入り交じったのか、ひどくショックを受けたような苦し気な表情をしていた。自分がしでかしたことだというのに胸が軋むように痛み、罪悪感が全身を包んだところで目を覚ました。
    「……ッ」
     見覚えのない天井の模様に驚いたが、そのあと自分がどこにいるかを思い出し、息を整え隣を見ると、その男が数年ぶりに近くで眠っていた。奇妙な感覚を覚えるのと同時に、先ほど夢の中で感じた罪悪感が現実世界でも身体に重くのしかかっていた。
     しかし、当時はきっと傷つけたと思うが、今では遠い記憶になったらしいと先ほどの流川の様子を見て考える。だとしても三井の心に罪悪感は残っていた。そんな感情はもう不要だろうし、求められてもいないはずだ。その証拠に当時の軋轢など関係なくこうして家に置いてくれている。だとしたら、相手が知らぬところで自分だけ蹴りをつけてしまおうとゆっくりと上下する身体を見つめてぽそりとその言葉を紡いだ。
    「あの時は悪かった。傷つけてごめん」
     暗闇に響き、消えていった。そうすると心に抱えた罪悪感は消えていき、今度は深く眠れそうだと目を瞑った。すると疲労も溜まっていたのかすぐに二度目の眠りに意識は落ちていった。
     だからその時、流川がこちらを振り返って三井の言葉を冷ややかな顔で見つめていたことには気が付かなかった。
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    Replies from the creator

    akubi_el

    MAIKING11月の新刊の冒頭です。省いている部分などもあるので内容は変わります。
    三井が詐欺にあい家が燃える話(仮) 思わず「え?」と間抜けな声が出た。
     がやがやとうるさい居酒屋で、三井は耳に当てたスマートフォンを握り直す。たった今聞いた言葉にまるで大量の水を頭からかけられたように全身が冷え固まった。
     かかってきたのはアパートの管理人からで、要約すると隣の家から出火して三井の住む部屋はほぼ全焼した、という知らせだった。警察が連絡したらしいが、繋がらなかったので再度連絡したとどうでもよい情報を続けている。だが、今知りたいのはそんな話ではなかった。ただそう思っても脳が理解することを拒否していてぱくぱくと唇が動くだけで、聞きたいことを具体的に口に出すことができない。
     そのとき、目の前にいた男がどうしたという風に首を傾げて視線を合わせてきた。高校の後輩で腐れ縁といって良い相手である宮城だ。三井が電話をとったまま動かないからか、もしくはビールとハイボール数杯分のアルコールで火照った顔色が瞬時に消えて蒼白にでもなっているのだろうか。その男を見て少しだけ冷静になった三井は、そちらに視線をやったまま電話相手に返していた。
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